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53夜 夏のつまさき 


夜のおでかけが好き。
猫の夜回りじゃないが、あちこち点検して歩きたい。
昼間は、けだるく眠っている路地が、夜になるとぴかぴかに目を覚ます。
これ、猫の夜回りじゃなくて夜遊びとも言う?

「綿の国星」という猫漫画に、真夜中の集会というのがある。
そういえば、登場する高貴で美しい雄猫は神秘的で、
まるで王の傍(かたわ)らに静かに佇む道化師、白のクラウンのようだったっけ。
もう一度読みたい。

夏の初めのこと。
暑気払いをしよう、と男友達から誘いの電話があった。
仕事を終えた王様も合流。
三人の真夜中の集会で、飲んで食べて喋ったら、町をふらふら歩きたい。
けれど、わたしは足をくじいていた。

鈍いのも鈍い、ここまで鈍いと呆れてしまう。
夏は玄関を開けて打ち水をするが、
低い板を敷居に渡して外の埃(ほこり)除けにしておく。
それにつまづいて転んだ。
つまり足元を見ていないんだな、猫みたいにしなやかじゃない。

ひょこひょこと足元のおぼつかないわたしに、男友達が
  「セイってさ、いつも足、怪我してない?
   骨折だとか捻挫だとか。今日はなに?」

  「・・生爪。」

  「はがしたの?」

  「はがれそうなのっ。」

  「じゃあさ、ちがうの履いてくればよかったじゃない、
   ないの?ちがう履物。」

  「ある。・・雪駄。」

王様はけらけら笑う。
お洒落していたんだ。履けるわけないじゃないか、雪駄。
足の親指に包帯を巻いていたって、綺麗なサンダルを履きたい。
夏のお洒落は、オープン・トゥなんだ。

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この夏、家族それぞれに読んでは積んで重ねた漫画。
「綿の国星」はむかしむかしの漫画なのでここにはない。・・王様の趣味なんだけど。
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by NOONE-sei | 2006-09-09 02:22 | 趣味の書庫話(→タグへ)

51夜 彼女のおもひで


彼女とは幼なじみだ。
幼い頃に出会ったわけではないのだが、十八・九の小娘のときであれ、
二十歳(はたち)前の出会いならば、今となっては幼なじみみたいなものだ。

いつも酒を飲みながらなので、会話らしい会話の記憶はない。
ほんとうに料理にセンスの感じられる女性で、
パテやテリーヌやムースの違いなぞよくわからないが、彼女のはんぺんを使った前菜は美味かったし、
水切りした豆腐の味噌漬も美味かった。
正月には彼女手製のおせちを前に、それまでの暴飲暴食が祟って胃痛がひどいのに
目の食欲が胃痛を撃破してどうしても錦玉子が食いたくて、噛みしめるように御馳走になった。
ご飯だけでなく、肩で紐を結ぶサマードレスを手作りしてもらったり、
彼女というと、丁寧な手作業のイメージがある。

普段、スカートをはかないわたしは、靴下にはちょっと洒落たい気持ちがあって、
彼女から昔、花柄の可愛らしい靴下を貰ってからは、
すっかり足元に密かな花模様が気に入って、今でも靴下の花柄には目がない。
けれどあのとき貰った靴下よりも洒落た靴下にはお目にかからず、
あのときの靴下は大事にはいたけれどもう穴があいてしまって悲しい。

遠く離れて暮らしていて、日頃不義理をしているわたしに、彼女が絵本を贈ってくれた。
絵の上手い人だから、いつか彼女の漫画が絵本になればいいのにと思っていた。
わたしは不義理だし、彼女も自分のことをあまり語らない人だから
こんな本が出版されていることをちっとも知らなかった。
彼女もこんな鄙の場所で自分の本がわたしに披露されていることなど知らないだろう。

目出度いので密かに尾頭付きをあげよう。
みしほちゃん、おめでたう。

絵本
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by NOONE-sei | 2006-09-02 14:47 | 趣味の書庫話(→タグへ)

47夜 連想ゲーム


連想はよくあることなのだが、自分では突飛と思わない。
頭が悪いと思われるが、頭に悪い所は無い。
昔、交通事故にあったことがあって、頭を打ち、耳から出血していたので、
周囲からは、脳がやられてもう駄目だろうと思われた。
けれど、お花畑だとか彼岸を観なかったから、どこかに意識がさ迷ったわけでもない。

頭の中で起こっていることを伝えるのはむずかしい。
伝播する電気信号の羅列なのだけれど、そう割り切れるものでもない。
活発に機能する脳は赤く、停滞した脳は青い。

わたしの脳の中の連想はこうだ。

先日「トリック劇場版 2」(監督 堤幸彦)を観たのだが、その宣伝画像が「おろち」なのだ。
山の中で遠くを指差す主人公の女奇術師の指がそれを連想させた。
人差し指以外の指をたたんでいる手が美しくない。たたみかたが特徴的だ。
漫画「おろち」(楳図かずお)の女主人公がこんな手だった。

楳図かずおの恐怖漫画にはずいぶん悩まされた。
カラーじゃないのに、登場する人間たちは皆、顔が青ざめていて怖かった。
ことに少女は目が大きく、女の子らしさを強調した服装をしており、
それらは『きいちのぬりえ』(蔦谷喜一 絵)に描かれた少女たちと等質に思えた。
生きた気がしないぬりえの少女と漫画の中の少女。 

「おろち」は、少なくともわたしにとっては少女ではなかったので、
奇妙ではあったが『きいちのぬりえ』の連想はなかった。
「あかんぼ少女」のような、結末の哀しさがないかわりに、
不思議な力を持つばかりに、旅を終えられない女性は哀しかった。

「おろち」と「七瀬ふたたび」(筒井康隆 著)が重なる。
七瀬の最後の戦いをなにかで読んだが、思い出せない。
おろちは戦うのではなく時に癒し救うが、最後はあったのだろうか。
終わらない物語はたくさんあるのだけれど、このふたつの物語にも終わりがない。

連想の連は「連(つらなる)」と書く。
わたしの手相は生命線が二本あると言われたことがあるのだが、
今では一本だ。
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by NOONE-sei | 2006-07-09 23:59 | 趣味の書庫話(→タグへ)

35夜 漫画はどうだ


△△はどうだ。
押し付けがましく下品で、この言い回しは嫌いじゃない。

このあいだから本屋で妙に気になっていた平積みの漫画、「万福児」。
これがどんな内容なのか、前もっての情報はない。
今日もまだ積んであって、表紙の豚饅頭のような幼児の細い目が、
どう角度を変えてもわたしを見るので買ってしまった。

万福寺の子供。だから万福児。
本の中に入ることができたなら、きっと頭を『くらすけて』いるだろうガキ。
くらすける、というのは方言でぱこんとどつくことだ。父に教わった。
今なら、ぼこるとでもいう意味だろうか。

妙に可笑しな漫画だった。
・・漫画は嫌い?

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牛も内緒話をするんだろうか。見ている。(漫画とは関係のないお写真なのだけれど)

追って・・・
漫画が嫌いじゃない人はこちら
 万福児
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by NOONE-sei | 2006-06-08 01:30 | 趣味の書庫話(→タグへ)

33夜 耳よりなおはなし 弐


33夜は、耳夜のおはなし、だから耳よりなおはなし。
復刊ドットコムで知りました。
なつかしい感じのするです。

-西- 岡- 兄- 妹

本はこちらから見ることができます。
book shopカタログ目次→西岡兄妹→各本の表紙をクリック→すると本文の紹介も。

ところで、ほかにもギャラリーのカタログ目次はどれも素敵本だけれど、
トレヴィルの本の「バロック・アナトミア」をクリックした時にはちょっと困りました。
からだ=未知なる小宇宙「人体の不思議展」という
大掛かりに宣伝しているプラストミック人体標本展があちこちで開催されているのですが、
わたしはそれが怖くて観られない。JRみどりの窓口にもリーフレットが置いてあるのですけど、
どうしてもそれに触(さわ)れない。指先でつまみあげて内容を読みました。
それを思い出してしまったのです。
だからね、うっかりしてわたしのように固まってしまうことがないように、
どれをクリックするかしないかは、自分で考えてから決めてね。

ギャラリーのトップページ
百夜話 33夜 耳よりなおはなし
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by NOONE-sei | 2006-06-01 12:13 | 趣味の書庫話(→タグへ)

12夜 さよならをもう一度


『十二夜』はシェイクスピアの恋愛喜劇。
双子の兄妹が海で嵐に遭い辿り着いた港で、周囲からの人ちがいから起こる騒動。
男装した双子の妹に、それと知らずに恋する姫、姫に恋する公爵、公爵に恋する妹、、、。
恋は縺(もつ)れるけれど、双子の兄が生きていたことでお話はうまくまとまり、めでたしめでたし。

日本の古典の世界にも、兄妹が入れ替わる『とりかへばや物語』が。
ある平安貴族が、性格の正反対の兄妹を「取り替えたいなあ」と嘆き、兄を「姫君」、妹を「若君」として育てる。
それぞれが性を偽りながら出世までするのだが、妹が恋をして密かに出産を、、、。
苦悩の末、やがて二人は周囲に悟られぬよう互いの立場を入れ替えて、めでたしめでたし。

男性と女性が入れ替わるという非現実的な設定には、奇妙な面白さがある。
男装の麗人は、凛として前向きな、擬似男性というあこがれの対象のイメージがあるが、
女装の麗人(?)には、ちょっとたじろぐ。擬似女性といえば確かにそうなのだが、
姿よりも会話の妙味で、どこか人の等身大を引き出す天性のものがあって、
自分の愚痴を肴(もしくは餌)に、人から思わぬ本音を釣り上げながら不快感を与えない。

女装というと、ずいぶん昔観た学生演劇で『ハメルンの鼠』(作・唐十郎)を思い出す。
そのときの女装した登場人物には悲哀や可笑し味(おかしみ)があった。
そのせいか、以後、ニューハーフと呼ばれる女性以上に美しい男性を目にするようになっても、
やっぱり『ハメルンの鼠』を思い出す。

中世ヨーロッパの『ハーメルンの笛吹き男』はこんなお話。
ネズミに悩まされていた村ハーメルンに、鼠捕りと称する男がやって来た。
村は男にネズミ退治を頼み、報酬を約束した。男の笛の音にネズミの群れは惹き付けられ、
そのまま男は川に向かい、ついて行ったネズミを残さず溺れさせた。
ネズミが退治されたのに、ハーメルンの人々は約束を破り、報酬を支払わなかった。
笛吹き男は黙ってハーメルンを出たが、やがて戻って来て、再び笛を吹き、
子供達を村から連れ去った。子供たちは笛に合わせて踊りながらついて行ったという。
・・めでたしめでたしじゃない。

この『ハーメルンの笛吹き男』を下敷きに書かれた戯曲『ハメルンの鼠』では、
底辺の人々を追い払うために雇われた男が、女装して一人の女に近づく。
切なく懸命に不器用に生きる女に、好意を持つほどに本当のことが言えない男。
やがては雇い主に追い詰められ、女には偽りが露見する。
けれど、裏切りを決意して男は女を連れて逃げようとする。
ゆく手には、ちっぽけな希望が待つのかちいさな未来があるのか。
越えるべき果てには、大きな河が横たわっているが、それでも渡ろうとするふたり。
・・やっぱりめでたしめでたしじゃない。

越えるべき困難の象徴に、河を描くのは唐だけではない。清水邦夫の戯曲もそうだったように思う。
何かに阻まれ、傷だらけで息も絶え絶えになりながら、いやすでに先には死しかないのに、
それでも見せる、新天地を目指すカタルシス。
それまで外界とは布一枚で隔てた舞台だったのに、最後に後ろのテントが一気に開いて、
お芝居事と、現実の世界が突然出遭わされる唐の演出。
蜷川幸雄の演出で泉鏡花を観た時にも、テントではなく立派な劇場の後ろの壁が開いて、
唐とまったく同じ演出を観て、出処(でどころ)は同じなのだと思った。
蜷川というと、シェイクスピアや心中物というイメージがあるけれど、
蜷川が、劇団という枠を超えて芝居を初上演したときに戯曲を提供したのが唐だったという。
時代性もあったのだろう、当時テントの公演が多かったけれど、蜷川は大きな劇場で演出した。
出処、出発点には、はなむけのように贈られた数作の、蜷川のための戯曲がある。

誰かのための、というと、劇団「第七病棟」がある。
唐作品の蜷川演出『盲導犬』初演で石橋蓮司と緑魔子が、共演をきっかけに旗揚げ。
初演が、前述の唐作品『ハメルンの鼠』。
わたしはまだ小娘だったので、この初演どころか芝居も知らず、ぼんやり暮らしていた。

この戯曲『ハメルンの鼠』は、ふたりのために書かれたものだと思う。
劇中、女になりすました男が、男をすっかり女だと思っている女を励ます場面がある。
女が好きな人にふられた後だったのか、ふられないための指南だったのか、
一度しか観ていないので記憶が曖昧なのだけれど、
さよならをもう一度という映画で、アヌーク・エーメが歌うのだという。
 「ららら~ ららら~ ららら~ ららら~」
もう一度、もう一度、ってせがんだら、、、さよならなんて、永遠になくなる ・・・
いかつい石橋蓮司が、消えてなくなりそうな緑魔子に懸命に語るさまが、映像で浮かぶ。
・・「さよならをもう一度」、その映画にアヌーク・エーメは出演していないんじゃないか?

もう一度、もう一度「第七病棟」の『ハメルンの鼠』を観ることができたなら、
本当の台詞で確かめられるのに。


おまけ 唐十郎教授
定年で横浜国立大学を退職する唐の最終講義、こちらも「さよならをもう一度」か
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by NOONE-sei | 2006-03-30 02:20 | 趣味の書庫話(→タグへ)

8夜 夜更けのふたくち女


子どもに話して聞かせるお話。
子どもは怖い話が好きだ。

「黒塚」という能にも謡われる、安達が原の鬼婆伝説。
山姥から逃れるのに、身代わりになって助けてもらう「三枚のお札」。
食を摂らないから家計に都合がいいと娶(めと)った嫁は、
主人の留守に髪の中に隠したもうひとつの口で握り飯をむさぼり食う、鬼婆「二口女」。
女の鬼は皆怖い。

男の鬼も女の鬼も、やっつけられてしまうことに違いはないが、
恐ろしい存在としての男の鬼は、成敗されてめでたしめでたし。
わたしが知っている男の鬼で唯一悲哀があるのは、浜田広介(ひろすけ)の「泣いた赤鬼」。
一方、女の鬼は、子を失くして気がふれて鬼になったとか、その背景が悲しい。
鬼子母神という、人ならぬものとして神や仏の手で昇華してやらねばならぬほど、
母の情愛とは濃くて強(こわ)くて怖いもの?

子ども向けのお話には省かれているけれど、「二口女」の結末も知ると怖い。
鬼になった女房は、自分で作らせた桶の中に亭主を押し込めると、
背負って山奥深く連れ去って行くのだそうだ。
飯も食わずに働き者でよく尽くしたはずの、女房のもう一つの姿を見た亭主は、
女房を人間らしい存在として扱わなかった罰を受けたんだろうか。

親が子にお話を聞かせるのは、絵に描いたような幸せだ。
絵本の読み聞かせや紙芝居もいいけれど、素話(すばなし)。
何も見ないで話して聞かせる物語が、子どものいちばんのご馳走なんだという。

わに丸が寝入るまで、わたしは毎晩絵本を読んで聞かせた。
けれど、素話は苦手だった。なにしろ、わたしの素話ときたらただの思いつきで、
「白いお坊さんと黒いお坊さんが、ふたりで高くて凍った山に登りました、、、」
しかも途中で話が続かなくなる。わに丸はつまらなそうにあくびをしながら寝てしまうのだ。
 王様は、わに丸が寝る時間にはほとんど帰ってこれなかったけれど、
それでもたまに、添い寝をしてやれるときがあって、そんな時、素話は王様にかなわない。
わに丸はにこにこして眠る。それはとてもとても小さかったころのこと。

とうの昔に寝る前の読み聞かせはおしまい。
けれどお話みたいに、わたしはもしかすると二口女だ。怖くないけど。
普段は、スナック菓子をほとんど食べないので買い置きもあまりしない我が家。
三ヶ月(みつき)にいっぺんくらい、夜更けに、わたしは憑かれたように一気に食うことがある。
一袋を食えば治まる、理由もわからない。
 ・・これはなにかの発作だろうか?
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by NOONE-sei | 2006-03-20 19:35 | 趣味の書庫話(→タグへ)

2夜 「ロバと王女」のおはなし


ふたつの映画を観た。
桃の節句の頃に、逢いたかったふたりの女優さんに会えて嬉しい。
でも、そのお話は次の夜に。今夜は、お姫様のお話をしよう。女の子だからね。
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物語は、シャルル・ペローの「ロバの皮」をもとにしています。
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むかしむかし、青の国には幸せな王家がありました。お妃様は美しく、お姫様は中庭でオルガンを弾きながら愛の歌を歌い、青い家来が楽譜をめくります。けれどもある冬の朝、自分よりも美しい人と再婚してください、と王様に遺言を残し、お妃様が病気で亡くなりました。いろいろ臣下が縁談を持って来ますが、お妃様ほどの美しい人はいませんでした。
 あろうことか、王様は亡きお妃と生き写しの娘に結婚を申し込みます。
リラの精に知恵を貸してもらって、お姫様は無理な注文を出し、逃れようとします。
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無理だと思った、空のドレスが出来上がって、困ってしまいました。
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太陽のドレスも月のドレスも出来、つい、もう王様と結婚してしまおうか、と思うお姫様。
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リラの精は、どうしても結婚させてはならないと、王様が何より大切に可愛がっているロバの皮を剥いでもらうように言いました。このロバは、毎朝、藁の上に金銀財宝を排泄する、国の宝でした。
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その晩のうちに、最後のわがままを叶えてやる、と、王様は剥いだばかりのロバの皮を 寝室で眠っているお姫様の上にドサリと置きました。もう逃れようがありません。リラの精が魔法の杖をお姫様に授け、馬車で逃がしてくれました。馬車の中では白い鳥の羽に包まれて眠ったはずなのに、目覚めた時には藁の荷馬車、降りた途端に馬車は掻き消えました。
 赤の国に着いたお姫様は、ロバの皮と蔑まれながら豚小屋の掃除をして働きました。寝泊りに与えられた小屋の中でだけは、魔法の杖で、もとの美しいお姫様。森の散歩で通りかかった王子様がお姫様を見かけ、お城に帰ってからは恋の病です。王子様はもう一度会うために知恵を絞り、お菓子をロバの皮に作らせるよう、家来に命じます。

c0002408_241440.jpgc0002408_254485.jpg                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      


























魔法の杖で、ひとりは本を見てお菓子の作り方を歌い、ひとりは粉や卵やミルクを混ぜて、こねたら指輪をそっとひそませて、焼いて、愛のケーキが出来上がり。 
 指輪を見つけた王子様に、お姫様は魔法の力で会いにゆき、ふたりは夢の中で遊びます。この恋の病を治すには結婚だと侍医は言い、王子様は、指輪がぴったりの女性となら、と。国中から大勢の女性が位の別なく赤いドレスで集まりますが、皆指が太くて指輪は入りません。最後に汚いロバの皮が指を差し出すと、ぴったりです。ロバの中から太陽のドレスのお姫様が現われました。
 成婚式は、国をあげてのお祝いです。お姫様の父君、王様がリラの精を伴なってヘリコプターでお祝いに来てくれました。お姫様がいない間に、リラの精と王様は、なんと結婚していたのでした。
お姫様もリラの精も、自分の力で愛としあわせを手に入れたのですね。
めでたしめでたし。

・・初めてこの映画を観たのは、まだ小娘だった頃。
人間の記憶とは曖昧なもの。こんな物語だったとは、まったく記憶から抜け落ちている。
ずっと、もう一度観たいと思っていたのに、おはなしに少しショック。
写真のパンフレットは、大切にとっておいた、当時のもの。

ロバと王女 


                                               
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by NOONE-sei | 2006-03-05 04:33 | 趣味の書庫話(→タグへ)

51夜 夏は朱、秋は白


人間の一生を四つの季節と色にたとえるとか。
夏は朱(あか)、秋は白。
だから朱夏と白秋。
けれど、ずっと探している夏と秋の間の言葉はみつけられないままだ。

気配はすっかり秋になった。
すすきもよく見かける。
白秋とはもうひとつ、すすきを揺らす風の意だと、なにかで読んだ。

百夜を半分折り返したが、お話というものは丁度で割り切らないほうがよい。
目出度い紅白(朱と白)の後には、折り返しのおまじないを。

北原白秋の詩歌にまじなってもらおう。

ところで童謡でよく知られる彼の名だけれど、詩集や雑誌のお題には惹かれるものがある。
最初の詩集は「邪宗門」、創刊した雑誌には「屋上庭園」「地上巡礼」、、、
詩のお題の数々にも、魅力的なネーミング。
彼は内容の深さというより、守備範囲の広さに目利きがあったのだろうか?
本を読まないわたしは、白秋のことを そうは知らないけれど、
十五、六の小娘だった頃に出会った詩でおまじない。

                    * * * 


   序詩                  北原白秋  ~「思ひ出」より~
                   

思ひ出は首すぢの赤い螢の

午後(ひるすぎ)のおぼつかない触覚(てざはり)のやうに、

ふうわりと青みを帯びた

光るとも見えぬ光?

詩のつづき
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by NOONE-sei | 2005-09-23 01:23 | 趣味の書庫話(→タグへ)

50夜 折り返しの頁


貢(みつ)ぐじゃなくて頁(ページ)。
似て異なるもの、鼠と栗鼠(リス)、蜥蜴と蛇。

「動物のお医者さん」という漫画の登場人物は皆、無表情でおかしな人間ばかり。
そのうちの獣医学生のひとりが、どうにも苦手な鼠を鼠じゃないと自分に暗示をかけるために、
鼠の写真の載っているところに注釈をつける場面がある。

 『ワタシはリス。しっぽを剃られたの』 ・・でもほんとは鼠。

詭弁だか欺瞞だか、なにしろそのネガティブなすり替えを責められるのが面白かった。

数日前のこと。
駐車場から車を出したら、道路に寝ていた。いや、すでに永久に寝ていた、干からびて。
初めはわからなかった。・・いや、本当は目ざとく見つけ、すぐに勘がはたらいた。
普段はぼんやりのわたしでも、アレだけはわかる。
あの、『足の無いトカゲ』 ・・でもほんとはアレ。

この頃、よく窓の網戸に現われるカマキリで遊んだから、バチがあたったんだろうか?
それ以外に悪い事は、近頃はした記憶がない。
家の中に入ってきたイナゴだって、仮面ライダーだと言ってすこし遊んだけれど、
写真も44夜に載せたけれど、ちゃんと外に逃がした。
なんでこんな目に遭うかなぁ。

嫌なものは見ないに限る。
だから家の図鑑や百科事典のアレが載っている頁は、折り返しておく。
けれども塾にあるものは、頁を折ってしまうわけにはいかない。

小粒がまだ小学生のちいさいさんだったころ、魚や鳥をみんなで調べたことがあった。
アレの頁がわたしはさわれない。
本当なら頁を菜箸でつまんでめくり、直接には手を触れたくない。
 仕方がないので、頁と頁で挟(はさ)んでセロテープを貼り、開かないようにした。
それ以来、しばらくの間、わたしは事あるごとに小粒たちにそれで脅された。
小粒たち男子は、中学生になっても思い出すらしい。
執念深いのはアレとおんなじじゃないか?
塾に蚊が飛んでいると、潰してやるのはわたしだろう?

今夜は50夜。
百夜話の半分、折り返し、ということで。
しかし、なにが悲しゅうて、目出度い折り返しに蛇のお話を書くかなぁ、、、。
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by NOONE-sei | 2005-09-21 01:53 | 新百夜話 本日の塾(12)