99夜 姿かたち顔かたち


暦の上では立春も過ぎ、畑の野菜の植え付けも関東以南では始まったと聞く。
この地はまだ雪が降るけれども、溶けるのが徐々に早くなってきて、
土からはフキノトウや福寿草が芽を出し始めた。
一昨日は旧暦の正月だったそうで、それなら春が間近なことにもうなづける。

冬から春への変化には、大変な熱量が要る。
殊(こと)にこの地の春は、枯れ色から桃色へと気がふれたような変貌を遂げるので、
二月の峠を越えるのは、生物にとって一年で一番厳しい摂理なんじゃないかと思う。
不祝儀や別れの二月。父の二月、シワ コ の二月。

  月日が流れるのはたいそう大切なことで、
  とらえきれぬほどの大きな現実を 一旦、自分の胸に取り込んで咀嚼する時間をくれる。
  月日を数えるのはもっと大切なことで、
  亡くなったひとや死んでゆく動物や、失くしたものやこれから失くなるものを 
  ずっと、思い続けるよすがとなる。   (12夜 花の名 2011,05)

月日を数えるということには、後ろ向きで前へ進めない負が纏(まと)うイメージや、
内向的で思い出にすがる奇異な感じがあるかもしれないけれども、
正も負も清も濁も併せ呑んで飲み込んでみると、そこにはきっとより鮮やかに、
別れたものたちが立ち現われると思うのだ。




今夜は六つの100夜の、ひとつ手前。
99夜にはいつもそうしているように、死にまつわるおはなしをいくつか。
長い話になる。


                          *

ひとつ目のおはなし。
犬の名はソロー。それは「沈まない悲しみ」という意味。
「ホテル・ニューハンプシャー」(英米カナダ合作1984年)という、
ある家族を描いた物語に登場する大型犬。

犬を飼う家族にとってそうであるように、犬の存在は生活の中で当たり前にあるものだったから、
悲しみという名とは無縁に、犬は家族なりの愛し方でそれなりに可愛がられていた。
ソローは、歳とってから不運な死に方をした後、剥製にされる。
このソローの家族は、生命力に満ち満ちている。まあ、ただそれだけとも言えるほどに。
この家族はそれぞれ皆ろくなもんじゃなくて、ほんとうにろくなもんじゃないので、
強くたくましいとも言えるし、おろかだとも言えた。

家族にはいろいろな出来事があって、それらを端折(はしょ)ってしまえばつまりは不運つづきだったので、
起死回生心機一転、家族は全員で引っ越すことを決意する。
二手に分かれてアメリカからヨーロッパに引っ越すことにし、一組は飛行機に乗り剥製のソローも運ぶ。
けれども飛行機は不運にも海に墜落してしまい、その飛行機に乗った方の家族は死んでしまう。
その飛行機に乗らなかった残りのもう一組は、ろくな夢じゃないけれどもそれでも父の夢をかなえるべく、
新天地ウィーンでこの家族らしくたくましく生きていく。

ソローは剥製だから、きっとどこかの海をぷかぷかと漂っているんだろう。
「ソロー」とは、「悲しみ」と呼ばれるすべてを 一頭で肩代わりしたみたいに皮肉な名だけれども、
それでもソローは悲運じゃない。そして家族にとって不運と悲しみはイコールじゃない。
この家族に起こった不運な出来事はたっぷりあるのに、この家族の辞書には「悲しみ」がない。
悲しみの伴わない、むしろ希望に感じる前向きさが描かれているという、ジョン・アービング原作の映画。
「希望」と言ったってろくなもんじゃないのだけれども、それはそれだ。


                          *

ふたつ目のおはなし。
犬の名は太郎丸。それは小さな柴犬。家族はその犬が可愛くて可愛くて、
死んでもなお可愛いので、剥製にしようと思い立った。
この地では、鉄砲打ち(てっぽうぶち)が熊打ち猟や鹿打ち猟をする。だから探せば剥製師もいる。
探し出した剥製師に頼んで、太郎丸を生きていた時の姿にしてもらった。

してもらったはずなんだが、家に戻ってきた太郎丸はキツネの姿になっていた。
熊や鹿や狸やキツネなどの、野にいる獣を手がける剥製師は、家庭犬の風貌を再現できなかった。
犬が死んで悲しい家族は、キツネになった犬を見て、二度悲しかったはずなんだが、
これをわたしに話したひとは、当時はまだ幼くて、剥製になった太郎丸を見てもよくわからなかった。
家にいた太郎丸が、死んでちがうものになって帰ってきた、ただそれが不思議だったという。
大人になった今なら、悲しみという名もその在り処(ありか)も知っているのだけれども。


                         *


みっつ目は、鰐号がわに丸だった頃に名前を付けた犬のおはなし。
犬の名はシワ コ 。
シワ コ は意識を失くす時にひと声吼えた。
最期の様を聞いたら獣医がそう教えてくれた。
王様とわたしはシワ コ が死んでほんの数分後に、長靴のまま病院に着いた。
その晩は大嵐で、雪かきに自宅に戻ったその間だった。

シワ コ はペロ コ に貰った血を輸血しながら、目には力があり、しっかり餌を食い、
意識を失くしたのはいよいよ逝くほんのすこし前だったという。
獣医は送管し、気道を確保し、わたしたちの到着まで保たせる努力をしてくれた。
治療台のシワ コ の姿を見ればそれはすぐにわかった。
王様とわたしの代わりに、シワ コ の目も息を引き取る喘ぎも痙攣も、獣医が見届けてくれた。
どう手を施したかを静かにつぶさに説明する彼をさえぎって、王様が
「先生、もういい、もういいよ、ほんとによくやってくれた。ありがとう。」そう言って彼の手を握った。
獣医はぽろぽろと涙をこぼした。そしてそのことに自分で驚いて、
「(病院をやっている以上)これは避けられないことなので、冷静に臨む経験は積んでいるのに、、」
あとは言葉が出てこず、わたしたち三人は一時(いっとき)静かな時間を過ごした。
シワ コ はその獣医のもとで幾度も奇跡のような生還をした。
「生きた心地」という言葉をくれたのは彼だ。
シワ コ に生きた心地を与え続けた年月は長い。シワ コ はまもなく十五歳だった。

動物の亡骸(なきがら)は目を開けている。
目をつぶっていたらよいのだけれど、現実はそうではない。
生きていれば目は口ほどに物を言うけれども、死んだら目をつぶらせなくちゃいけない。
目が語らなくなると、表情のニュアンスというものは頬に出る。
人ならばエンジェルメイクを施して、口元や頬のふくらみに面影を残す。
だから一緒にシワ コ の体を綺麗にしている時に、獣医に頬の内側の含み綿を頼んだ。 
シワ コ の舌を口の中にしまいながら、犬に含み綿をするのは初めてだと彼は言った。

すっかり綺麗になったシワ コは、大きなタオルでくるんで連れ帰った。
一体どこの雪をかいたかもわからないほど雪は積もっていた。
降り続ける大雪の中、王様がシワ コ を前抱っこで抱えて駐車場から家までの雪道を歩くと、
シワ コ はぐんにゃりと力が抜けていて、担いでもまたずり落ちる。
思わずわたしは「シワ コ!しっかりしろっ!」と言った。

鰐号はシワ コ が死んだ知らせを聞いて、翌朝一番の新幹線で帰ってきた。
うとうとしては目が覚めて叫ぶように泣き、またうとうとする、その晩の繰り返しは、
じいちゃんが死んだ晩と同じだったと言った。
じいじの時に鰐号がそんな泣き方をしていたことを初めて知った。

イギリスのことわざにこんな言葉があるという。

  子供が生まれたら犬を飼いなさい
  子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となり
  子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となり
  子供が少年期の時、子供の良き理解者となり
  そして子供が青年になった時、
  自らの死をもって子供に命の尊さを教えてくれる

鰐号がまだわに丸だった頃、ちいさいわに丸は動物が怖くて触(さわ)れなかった。
動物使いのようだったじいじだから、家にはいつも生き物がいた。
そんな家の子が動物に触れないなんてあり得ない。
そうして飼ったシワ コ はわに丸の練習台になるはずだった。
ところが子どもは動物と人間の境目があわい。
子ども自身がまだ人間以下の存在だから、どの種に属しているのかわからないんだろう。
わに丸はシワ コ に毎朝欠かさず朝餌をやり、メスなのに時にシワオと呼んで弟のように接した。
二頭は一緒に育ったはずだったが、犬は成長が早いからすぐに追い抜かれて、
わに丸はシワ コ に守られるほうの側になった。
夏休みは庭にテントを張って、わに丸とシワ コ は毎晩毎晩一緒に寝た。
シワ コ は、寝る時はわに丸の足元で丸くなり、朝そっとテントの中を覗くと
わに丸の枕元でわに丸を抱えるように寝ている。
一応の兄貴分に、寝る前は花を持たせ、寝てからは本来の立場に戻っていたんだろう。

わに丸とシワ コ の写真がある。
長距離徒歩の遠足から帰り、へとへとの小学生のわに丸を見上げて吠え立てる子犬のシワ コ 。
成犬になって、目を細めてわに丸を見つめるシワ コ 。
わに丸は年頃になると、他聞にもれず写真に写ることを嫌がるようになった。
だが犬となら別で、しかもアニバーサリーには犬と並ぶものと思っているらしく、
親子での写真はそうそうないが、わに丸の入学式や卒業式の写真はみなシワ コ と並んで写っている。
歳とったシワ コ は眠る時間が多くなった。するとわに丸もひっくり返って昼寝をするので、
頭をくっつけて眠る二頭をそっと撮った写真がある。
思えば、いつも一緒だった二頭、けれど大学の卒業式にシワ コ は間に合わなかった。
シワ コ の代わりはペロ コ が務めた。
びしっと座って鰐号を見上げるペロ コ 。ただしそれは一枚だけ。
あとは鰐号の側(そば)でごきげんな、あどけない顔だ。

死後硬直で目が閉じなくなることのないよう、一晩、頭部から目にリボンをかけておいたので、
翌朝のシワ コ は、まるでよそゆき顔で眠っているようだった。
家に着いた鰐号は、シワ コ を横たえてある部屋でしばらくシワ コ と二頭というか、ふたりきりでいた。
部屋から出ると「死んだら魂が抜けるのかな、触ると硬い。」と言った。
姿かたち顔かたちは同じでも、もうそこには「生」がない。

翌日は王様と鰐号が焼き場に運ぶため、大きな箱に入れたシワ コ に花を振り入れた。
「おばあちゃん、シワが死んだからね、お別れだよ。」母にも会わせたら、
母は「シワちゃんさよなら。また会いましょう。」と言った。
母にもシワ コ がこの世にもういないことがわかったようだった。

わたしはこれまで、動物とは焼き場で永の別れをしてきた。
鰐号にも、形見をとっておくようなことを見せたことはない。
けれども鰐号は以前、じいじの猫だったアク コ と別れる際にひとつまみ体毛を切り、
それをじいじの松の木の根元に埋めた。
焼き場では市の職員にシワ コ の頭頂部の骨をひと欠け頼んできたという。
わたしは内心、鰐号はその骨をいつまで持ち続けるつもりだろうと気がかりだった。

それから数ヶ月が経った春のある日、
鰐号は帰省すると壷から小さな骨を取り出し、アク コ の毛も埋めてあるじいじの松の根元に埋めた。
気が済んだのか、それは淡々としたものだった。
次に夏に帰省した時には、ペロ コ に五歳の誕生ケーキをくれた。
それは動物用なので、材料はとびきり良いのだが人の味覚には全く相応しくなく、非常に不味かった。
「シワ コ のために、できることは全てやったでしょ?」と鰐号は言って、
別れを胸に収めて東京に戻ったようだったけれども、
十五歳の誕生日を迎えられなかったシワ コ への思いがあったのだろうか。

そう、わたしたち家族は十分にやった。そう言えるのかもしれない。
でもまだ、それ以上、十二分にしてやれたとも思っている。
十分では充分には満たなくて、わたしの中では十二分が充分なのかもしれない。


                          *


あれから丸二年も経って、いまごろ書くのも申し訳ないんだが、
「王様の千と線」に登場するシワ コ を愛してくださった皆さま、ほんとうにありがとう。
案じてくれて手を貸してくれて思いをかけて一緒に歩いてくれて、ほんとうにありがとう。
やっと、振り返れた。


参考:悲しみの五段階 
エリザベス・キューブラー・ロス
『死ぬ瞬間』の著者として知られる精神科医
死の受容のプロセスと呼ばれているキューブラー・ロスモデルの提唱者




□懐かしい写真
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シワ コ 6歳



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シワ コ 11歳



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シワ コ 8歳



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シワ コ 11歳                                              photo by tsure



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# by NOONE-sei | 2015-02-21 23:59

98夜 謹賀新年 四種の神器


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正月飾りには鏡餅やら輪通しやら松やら神社の札やらと言っても、地域それぞれの特色がある。
わが家では暮れに幣束(へいそく)をもらって、神棚だけでなく地下水を汲み上げる所や台所にも奉るんだが、
それを寺からもらってくるのが不思議だろう?
ごく当たり前の「天照大神(アマテラスオオミカミ)」とか書いてある紙は神社からもらうから、不思議な年変わりの慣わしだ。

さて天照大神と言ったら「三種の神器」。
三種の神器は、調べたら以下の三種。

・ 八咫鏡(ヤタノカガミ) 
 天照大神の岩戸隠れの際に用いられたとされる鏡。

・ 草薙の剣(クサナギノツルギ) 
 八俣の大蛇を退治した際、大蛇から取りだし天照大神に献上した剣。

・ 八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ) 
 天照大神が岩戸隠れした際に大神を呼び戻すために飾られた勾玉。

これになぞらえて、むかしはテレビだの洗濯機だの冷蔵庫だのの電化製品、その後は電化製品は一般的になったので、
テレビに車やデジタルカメラが参入し、今はエコカーと薄型テレビとスマートフォンなんだとか。
ずっと君臨するテレビってそんなに必要なものかな。テレビの操作法もよくわからないし、わたしには必要ない。

わたしには縁がないと思っていたら、母の発症に伴い携帯電話を持たされ、
それもずいぶん経ち、やっと使いこなせるようになったと思ったら王様からのお達しで、
今度はスマートフォンを持つことになった。一週間は頭がおかしくなりそうだった。
今はメールも検索も音声入力を使うことを覚えてだいぶらくになったけれど。
三種の神器という「三」の文字は意味深、わたしはカードが「四」種目じゃないかなと思う。
現金至上主義の人はいまだにいるけれども、気をつけて使えばカードは便利だ。




ところでわたしのそのスマートフォンにまつわるおはなし。

それが入っていた紙製の箱がすばらしかったのだ。
人から尊敬のまなざしで見られた時が、わたしには一生で一時期だけある。
鰐号がわに丸だったころ、テレビマガジンという子ども雑誌の付録はすごかった。
尊敬されたのはわたしが山折り谷折りを知った時と重なる。

戦隊もののおもちゃをがちゃがちゃといじって変型させたことはあるか?
幾通りもの手順を踏んで知恵の輪みたいに変化させてゆき、人型から戦闘型へと換える。
おもちゃは立体だから三次元だけれども、付録は紙の平面だ。
それをはさみを使わず山折り谷折りの手順を繰り返すと、戦隊ものが立体になってゆく。
作っていく過程のわたしの手を見つめるわに丸の目は輝いていた。
山あり谷ありだったわたしとわに丸の時間の中で、唯一わに丸からの尊敬を欲しいままにした時。

設計図を考える人は天才ではないかと思う。
なりたい職業第一位に、なぜこれがないのだ?
おもちゃを作る仕事もすばらしいが、平面から立体を生むこの仕事はなおすばらしい。
スマートフォンを取り出した時のわくわく感をどう伝えたらわかってもらえる?

というわけで今夜の四種の神器のお写真は、まず、スマートフォンの箱から。

□箱の変型遷移
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箱入り

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取り出して

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分解開始

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まだ立体

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開いた。カブトムシに似ている。

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ひっくり返したカブトムシ。

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顔に見える。


もちろんこれを再構築したことは言うまでもない。





□幣束四種の神器
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幣束の解説、幣束は奉るのか、祀るのか?

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恵比須大黒、神棚へ。

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こういう組にして神棚へ。

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左は水源へ、右は竃(かまど)へ。


参考: 博物館で展示された 東北の伝承切り紙展
     切り紙の写真集 「東北の伝承切り紙―神を宿し神を招く」
                 「御幣―祈と祓のすがた」




□年始の鬼
年始三日に寺から配られる札。
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疫病退散、厄除けの札だそうで、平安時代、疫病退散の祈祷をした慈恵大師が鬼の形相になった姿。
正月三日に没したことから、三日に配られる。それにしても怖い。





□御節(おせち)四種の神器
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正月に先輩夫婦の家に新年の挨拶に行ったら供された、この地で一般的に用意するもの。
いかにんじん・数の子豆・なます・黒豆。わたしはこのどれも作らなかった。

わが家の正月
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# by NOONE-sei | 2015-01-07 00:34

97夜 戴きもの


「戴く」と「頂く」は使い分けがあるのだとか。
むずかしいので、いっそ「頂戴する」では慇懃(いんぎん)だろうか?

年の瀬の運勢にこんなことが書いてあった。
「友情を確かめ合えるとき。生活先行で友との交流、助け合いをおろそかにしないで」
痛い、痛い。耳が痛い、目が痛い。返すことばもない。
わたしは人に良くしてもらうばかりでちっともお返しできていないのだ。
今に始まったことではないというのがわたしのおめでたいところ。
どれほどおめでたい脳みそかといえば、来年のヒツジ年をヤギ年などと大真面目に思っていたようなところ。
漢字で表わしたら羊と山羊だろう?いっそ山羊羊(やぎひつじ)で一緒くたでは乱暴だろうか?

とても久しぶりに会う友人たちと、数日前に忘年会をやった。
のんびりと飲む昼を過ごそうと、山をいくつも越えて猪苗代に行った。
道々、いくつものスキー場や除雪された路肩を見ながら、山越えまでして行く忘年会って、
よほどの気合いだと笑った。
それもそのはず、その朝は雪もないほどの冷気で我が家の水道はみな凍った。
家中の水道が蛇口をひねっても水が出ない。
前夜の星はとても美しく光っていた。
冬は油性ボールペンのインクの出が悪くなる。車の中に置いたカメラは電池が効かなくなる。
水道が凍るほどの寒い日の空はすっきりと青空だ。

朝、雪が降っていたら取りやめます、という但し書き付きで予約したのに、
店はちゃんと準備万端で出迎えてくれた。
万障繰り合わせて集ってくれた友人たちに感謝、お店に感謝、、、 あれ?
そうだったそうだった、おめでたいわたしはすっかり肝心なことを忘れていた。
酒を飲まない王様が、酒飲み四人を車に乗せて運んでくれたんだった。
その(ご)好意に甘え、全員、昼からへべへべに酒を頂戴しました。有り難う。


□忘年会
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お献立?お品書き?


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大皿から取り分けて。匙にはフォアグラのクリームにベリーを載せて。乗せて?いや、載せて。


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ショートパスタ。丹波猪のラグー オレキエッティ。
意外なことに白ワインが合うのでびっくり。


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豚バラ肉のポルケッタ。


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ドルチェは林檎の塩キャラメルとメレンゲの焼き菓子。






□戴きもの
ここ数年、大切な友人たちから戴いたものの数々。わたしったら戴きっぱなしのようなものだ。


・関東の友人から
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缶詰にキャベツを入れたのはわたしね。

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このとき戴いたのはパンじゃなくて器ね。


・関西の友人から
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戴いたのはサラダじゃなくて点心ね。


・南の島の友人から
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・地元の友人から
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猫は紐をほどけない。




□差し上げたもの
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秋のこと。
王様には畑仕事を教えてくれるひとたちがいる。
わたしはそのおじさんたちを「畑の先生」と呼んでいる。
冬に向けての野菜の苗の心配をしてくれて、なかなか植え付けの時間が作れない王様のために
ついには植えていってくれたひとりの「畑の先生」に、
お礼にうちの庭のマム(小菊)やハーブを生けてアレンジして差し上げた。
おじさんより奥方が喜んでくれた。

鰐号にもらったもの
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# by NOONE-sei | 2014-12-30 23:59

96夜 贈りもの


今夜はイヴだね。

あっという間に季節が駆け抜けてもう十二月だよ。
雪もたくさん降って、木に白い雪の花が何度も咲いたよ。
この地は北国ではあるけれども、あんまりさっさと雪国になったので驚いてしまったよ。

先日、王様とわたしの友人がはるばる関東から遊びに来てくれたんだ。
彼は海からすぐ山のところに住んでいて、思い切って仕事を辞めてお百姓になった。
代々の山の畑を受け継がなくてはならなくて。
どうもてなそうかとすごく考えて、楽しく考えて、東北の楽しさをあげようと思った。

着いた晩はこの地の美味しい物ということで、餃子の店へ。
「ごはんないの?」と訝(いぶか)る彼に、「餃子は主食。中華屋の肉々しい餃子を思い浮かべちゃだめ。
野菜のつなぎに肉みたいな軽さだから一人二十個は食べられる。」そう答えて、二軒をハシゴした。
温泉の風呂に浸からせてやりたかったけれど、ちょとそれには時間が足りなかった、残念。

翌日は宮城の松島へ。
島々の綺麗さも見せたかったけれど、それ以上に牡蠣を食わせたかったんだ。
今年の牡蠣も、昨年のようにまだ小さいし牡蠣小屋の期間も長くはないけれど、
炭火で焼いて食った牡蠣殻をブリキのバケツにがしゃっと入れるのはきっと気持ちがいいから。
「ごはんないの?」やっぱりそう思う?「牡蠣が主食。一人十五個は食べられる。」
ほんとうは牡蠣めしがあるのだけれど、早い時間に売れてしまっていた、残念。

午後は仙台光のページェントへ。
夕暮れの欅(けやき)並木に一斉に六十万個の灯りが点く瞬間を見せて驚かせてやりたかった。
点灯まですこし時間があったので、彼の「ごはんないの?」に応えてやることにした。
牛たん焼きと麦めしとテールスープの定食屋へ。

仙台カラーと言われる白熱灯色の電球はLEDだけれどあたたかなだいだい色。
「震災後の復興はどうなの?」と彼に訊ねられて、
震災の年の暮れには、倉庫ごと流されて失くなった電球の代わりにと全国から電球が貸与されたこと、
松島では昨年からやっと牡蠣小屋が復活したこと、
三陸へ行く高速道路でCDの音が飛ばないくらいに道路が復旧したこと、
その高速道路で波がせき止められたこと、飛行場も自衛隊もビール工場も今は稼動していること、
車の中でいろいろな話をして、やっと気づいた。
毎年、松島や仙台に行くのは、復旧の確認なんだってことに。
復興とはまだちょっとちがう。わたしの中では原発であらゆるものが分断されたこの地で
具体的にこれがとかここがとか、復興していると言えるものがまだない。
同じ東北でも、この地ではない場所に復旧のしるしを見に行っているんだなぁってことに。

彼は311の後、流通が回復すると炭や軍手を送ってきたやつ。
そのときの彼からの贈りものと、このたびの彼への贈りものは形も大きさもちがうのだけれど、
贈りものをしたつもりでやっぱり「考える」という贈りものをもらったんだな。
帰ってから彼からこんな便りが届いたよ。
「おもてなしってさ、腹いっぱいにしてやることだよね!」
すごく嬉しがってくれた彼に、わたしたちのほうこそ嬉しかったと伝えたい。

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牡蠣はいつも載せているから今夜は帆立を。


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ぷくぷくしたら食べられる。


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いつもは漁師のおじさんやおかみさんがやってくれるのだけれど、
もう顔を覚えてくれたようで、自分でできるよね、という気持ちのいい放っておかれ方。
友人にもやらせてみた。心ゆくまで二枚貝の開け方を覚えることができたよ、ふふ。




                            *  *  *



さて  
今夜は特別な夜だからね。
獣たちがご挨拶するよ。


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シャンパーニュのコルクが飛ばないように抑えてある金具で王冠を作ってみたよ。
ものすごく迷惑そうだけど、テン コ がんばれ。


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トナカイの角の間に王冠を載せてみたよ。
あさってを向いちゃっているけど、ペロ コ がんばれ。


それじゃ、杜の都の夜に出かけよう。

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ショウウィンドも華やか。


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ここはかばん屋さん?


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なんだかかばんもふわふわ。


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赤いものを集めたウィンド。


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子どもが白ひげをつけちゃって。


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ここは恋人たちの森だね。



さ、寒くなってきた。森のレストランへ行こう。
洒落た店が増えているけれど、ここは昔ながらのレストランだよ。


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食事が運ばれてくるよ。


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まずは前菜をどうぞ。


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澄んだスープです。


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メインのビーフシチュウを召し上がれ。


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甘いものをどうぞ。そして苦めの飲み物も。



あったまったかな?
さぁ帰ろう。つづきは次の夜にね。
今夜は贈りもののおはなしだったから、次の夜はいただきもののおはなしを。

舞台裏
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# by NOONE-sei | 2014-12-24 23:59

95夜 はなくそ


やっぱり書きたいことがいっぱいあるよ、どうしませう。


今夜のおはなしは獣にまつわるあれこれ。

テン コ の鼻にはいつもはなくそがついている。
いや、本当のはなくそじゃない。
黒い色素が歯茎や唇にぽちぽちあちこちについている。
その色素が鼻にひとつあったのが、四歳近くになったら正中線上にぽちっとはっきりしてきた。
それをわたしははなくそと呼んでいる。

シワ コ は見た目には黒い色素はなかった。
でも、口をあけると舌に黒い舌斑(ぜっぱん)があった。
これがあると気が強いだとか癖っ気があるだとか気質的には多少問題傾向があるらしい。
たしかにシワ コ はきかない女だった。
気性が激しいことをこの地ではきかないというんだが、これは共通語か?

シワ コ がいなくなったら、ペロ コ が急に何に目覚めたのだか、わたしの御付きの者になった。
いつもわたしを目で追ったシワ コ とは違い、どこに行くにも家や敷地をくっついてくる。
しかも動線上にくっついて歩き振り向くので、わたしはペロ コ を踏みそうになったりつまづいたりする。
だからわたしはペロ コ を「御付き」と呼び、王様は「動線上のペロ コ 」と呼ぶ。
言わずもがなバッハの『G線上のアリア』である。

王様はテン コ は年を経るにつれシワ コ に似てきたという。
きかない。家族以外には触らせない。ずいぶん慣らす努力をしたのだが。
シワ コ は誰に触られてもよいようにしつけ、実際誰に触られても従順だったが、
家族以外に触られるのを本心では好まなかったし腹も見せなかった。
ペロ コ は誰にでも触られたい。
家に人が来ると、その膝によじ登り丸くなる。大型犬なのに。
ちかごろは、もし口をきいたなら敬語を使うことを覚え始めているのではないかと思えるふしもある。

介護の休みをもらえた日中は、わたしはほとんどでかけない。
昼まで家のことや庭のことをこなして、午後からは自分のためにちょっとしたつまみを整え、
明るい背景音を選び、グラスにワインを注いで本や漫画を読む。
そのうちに日々の疲れが顔を出し寝てしまう。
すると足元にテン コ が丸くなり、わたしの隣でペロ コ が丸くなる。
時には獣たちがもっと近くで寝てしまい、鼻息寝息がわたしにかかることもある。
母が帰るまでのほんのひとときだけれど、幸せで贅沢で大切なひとりの時間。

時々訪れる幸せな時間もある。
弟のような男友だちが、互いに休みの日が合うと自分の作った料理をメールに貼付してくる。
これみよがしに、どうだとばかりに、たとえばオーブン料理とワインの瓶とグラスも写っているので、
わたしはわたしで愛情たっぷりな皮肉でエレガントに返事を返してやる。
彼は娘が進学して上京したので今は猫と暮らしている。
わたしたちは休みの日が合っても、まずめったに会うことはない。
ひとりの時間を大切に過ごしているのだな、とわかればそれでいいんだ。

ところで猫というものはたいへんに綺麗好きでおしゃれで、いつも身づくろいをしている。
けれども目やにを自分で取るということができない。
テン コ が、シワ コ には取らなかった生意気な態度をペロ コ には取ることがある。
いつも我慢しているばかりではないが、ペロ コ のほうがテン コ に比べたらずっと心優しい。
ペロ コ も自分で自分の目やにを取ることができないけれど、でもペロ コ は目やにだけだ。
テン コ は「目くそ鼻くそ」じゃないか。




□わたしに幸せをくれる獣たち
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ペロ コ 、ついさっきまで寝てたね?
向かって右のまぶたの上に目やにがあるよ。


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テン コ 、鼻のまんまん中にはなくそをつけちゃって。


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どちらの獣もなにか目で言っているにちがいない。


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せっせとペロ コ を舐めてやることがあるテン コ 。


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はい、おやすみなさい。




□もうひとつの幸せ
時々、近所の馬たちにおやつをやりに行く。
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このお写真はイメージだけ。
外乗といって、乗馬レッスンではなく松林の中を馬に乗って小一時間散歩しに王様とたまに行く、その牧場の馬。

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こちらが近所の馬たち。
そこは農家の人が道楽で飼っているだけかと思ったら、ちゃんと乗馬クラブで、
浜通りの相馬野馬追いという由緒ある伝統行事にも出ていると、おやつをやりに行って初めて知った。
それが数年前、鞍もつけずに裸でうちのほうまで脱走して散歩に来ていたとは。

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おやつはかごの中のニンジンと葉っぱ。
近所のおじさんで、王様の「畑の先生」のひとりが時々立派な野菜をくれる。

 
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# by NOONE-sei | 2014-11-30 23:52