写真保管庫より 四


メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい
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医者はなにもかも全てを話さねばならないので、説明のあとには署名を要求される。
王様が、医学的な説明の途中でわたしを外に出してくれた。
これから何をすべきかさえ知っていればいいという判断からだった。
そして、医者が冷静と見たわたしが、全く見た目どおりではないことを知っていたから。
わたしの目はレントゲンになってしまうのだ。

現代の透視にはおどろく。
レントゲンが画期的と思ったら、CT、MRI、造影剤に同位体元素を使うものまである。
父はまじめに、エム・アール・アイと言うのだが、わたしにはいつも「芋洗い」と聴こえて可笑しかった。

その聴き間違いを「ききまつがえ」と言う地方があるのか?
だとしたら、昨日のわたしのききまつがえも可笑しい。
看護士さんが廊下の向こうから、なにやら話しかけてくる。 
 看護士さん 「・・・だ、ふくの・・」
 わたし 「?? ・・大福ですか?」
 看護士さん 「・・?? 」
しまった、朝、父が大福を食いたいと言ったのがなぜかとっさによみがえった。
看護士さんは体を拭くので着替えが要ると言いたかったのだった。

医者は、父を生きさせようとただ前を見ていてくれる。
急激な容態の変化はあっても、父の人格は崩れない。
わたしは「お父さん子」で父が大好きだから、頭が緩まない父を誇りに思い、そしてそれがつらい。
父がいなくなることに慄(おのの)いて、受け入れられずに苦しかった。
受け入れることを前提に、人は「誰もが通る路」と言う。
けれど、まだ人の路をわたしは知らない。
受け入れられないのだから、このまま受け入れずにゆこう。



こんなときこそ、ユーモアが支えになってくれる
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by NOONE-sei | 2007-12-02 00:37 | 新々々百夜話 父のお話(12)


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