塾のちいさいさんのお母さんが、 ちいさいさんの下の妹を抱っこしながら蒸しぱんを持ってきてくれた。 ときどき、味噌ぱんや干しぶどうぱんなどを差し入れてくれるのだが、 今日は黒糖を使って蒸した、さつまいもぱんだった。 そういう時は、ちいさいさんのクラスだけでなく、中学生のお兄ちゃんお姉ちゃんも、 ちいさいさんにお礼を言ってごちそうになる。 数年前の受験生男子たちは、ケモノのようにいつも腹を空かせていて、どんな物でも 口にさえ入れば、あらゆるものを食い漁ったものだが、今年のケモノは二年生。小粒たちだ。 小粒のけちんぼが伝染(うつ)ったのか、二年男子はほとんどがけちんぼで、 なにか菓子を買ってきては自分の食う分を隠しておく。 犬のように、隠したまま忘れてしまっては困るので、流しに菓子を入れる段ボールを用意してやったら、 紙に大きく名を書いて貼り付け、食い半端には湿気ないよう開け口にテープをする。 それはよその学年に食われないためでもある。 食うときには、いくら言ってもぼろぼろとこぼして食うくせに、そんなところだけはちゃんとしている。 ただし、小粒はこぼさない。筋金入りのけちんぼだから。 小学生のちいさいさんだった小粒は、その年の芋煮会に初めて差し入れを持って来た。 みんなが驚嘆の声をあげた。大好きなミカンの袋をふたつ、母に持たされたらしい。 ひとりひとつずつ貰い、袋がひとつ空になった。焼きそばを焼いたあと、網で焼きミカンも作った。 牛肉で醤油味の山形芋煮を食って、腹ごなしにかくれんぼをして、みんなミカンのことは すっかり忘れて遊んだ。 帰り支度を始めるころ、小粒のザックが妙にぷっくりしているのを見て、王様が言った。 「小粒、おまえ、なにか野菜を持ってきてて、出し忘れたんじゃないか?」 ・・そうじゃない。小粒は残りの袋にたっぷり入っているミカンを持ち帰るところだったのだ。 ちいさいさんは蒸しぱんが嫌いで、食べ厭きていて、ちっとも嬉しくないんだという。 贅沢な言い分(ぶん)だけれど、今わたしが言っても母の手作りを再認識するわけじゃない。 ちいさな彼女が気づくのは、いくつもの夜と朝を繰り返して大きくなったはるかの未来。 「手作りのお菓子はいいねっ、いいお母さんだねっ、すごいねっ。」 そう言いながら美味そうに食べて見せるしかない。 来週は、小粒何度目かの芋煮会。あれ以来ミカンは持ってこない。 今年はソーセージも焼肉も、焼き方一切(いっさい)を任せてみようかな。 みんなに等分に分けて、しかも自分も食べることができるようになっているだろうか。
by NOONE-sei
| 2006-10-16 18:45
| 新々百夜話 本日の塾(9)
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