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7夜 美女と野獣


先日の連休には一泊で山。帰った一週間後には、公欠扱いで再び二泊三日の山。
合宿やら大会やらで、わに丸はすっかり山男だ。

これが、幼いときに心臓の穴を塞ぐ大手術をした子かと思う。
よくここまで育ってくれたとも思う。
 まだ、やつは人間未満の未熟者で現在進行形だから、脱皮や羽化を何度も繰り返すことだろう。
思い出が、書くこの手に移し変わるのには、苦さも苦しさもまだかたわらに残っていて時が要るが、
それでも、わに丸は山岳部に入ってからときどき面白いエピソードを提供してくれる。

山岳部とは、重装備だ。そしてすべての装備品の目方を計算して準備する。
テント2700グラム、ザックと水ともに3000グラム、・・軍手100グラム、予備電球の5グラムまでも。
標高1500から2000メートルの山並、磐梯吾妻連峰の山から山に歩き続ける山行は原始的だ。
雪の頂上に着き、引率顧問の「下りてよーし」の声が出ると、嬉々としてナイロン袋を尻に敷いて、
一斉に部員が山からすべり下りるさまは、まるで三十匹の小猿の群だろう。

女子にはきつくないのか、とたずねると
 「女子?女子って言わねーべ。だってあいつら、『野獣』だよ?」

東北でも、ひとつの、大きくて高い山を登るという登り方の山岳部は数あるが、
連なった山々を縦走するわに丸たちの山岳部では、女子の鍛えられ方が半端でないという。
ある意味、わに丸は正しい。男子より優秀で、彼女らは全国大会、インターハイに出場して好成績だ。
エントリーを目標にしているわに丸たち男子よりも、わに丸言うところの「格が違う」らしい。

合宿では雪でコースを誤り、水音で沢に気づきあわてて引き返したとか、
あまりにテントが寒くて、酒盛りする顧問達の暖かい山小屋を襲ってやろうかと密談したとか、
大会は十年ぶりの猛吹雪に見舞われ、寒さのため急きょ、ふたパーティでひとつのテントに寝たとか、
大なり小なりアクシデントはさまざまある。

そのテントの中でのこと。
脚、頭、脚、、、と、交互に寝袋を敷き、ぴったりくっついてテントの中で暖を得たわに丸たち。
外は吹雪と氷なのに、すっかり暖かくなった。・・暑くなってきた。・・暑い。・・すごく暑い。
たまりかねた一年生が言う。「暑いです、脱ぎますっ!」
がばっと寝袋から半身を起こして上半身裸になってしまったものだから、みんなの整列した寝袋は総崩れ。
朝、その部員の下着やらなにやらが発掘されたが、ついに手袋のかたっぽは見つからなかった。

県大会を終えて、風呂に入ってさっぱりとした顔で帰ってきたわに丸。
雪のついたテントを干し、行商のおじさんのような、縦に長い大きなザックの荷をほどいていると、
まだ凍っている手拭いや自分の装備の中に、後輩の手袋は紛れ込んでいた。
 「かえさなっきゃなんねーな、かあちゃん、封筒みたいな紙袋くれ。」

翌々日、学校に行く朝。
教科書等の準備をわたわたとしている手元に、ちらっと見えた紙袋。厳重にガムテープで封がされている。
その不自然さがかえって目を引くのに。ぴんと来たけど見ぬふり。

そうか、先輩というものはなにかとたいへんだな。
『美女』のなにやら雑誌まで、おまけにつけてやらなきゃならないんだから。
by NOONE-sei | 2005-05-17 13:44


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