昔は女性のひとり旅は嫌われた。 わたしの育った山あいの温泉町では、旅館にひとりで泊まる女は傷心と相場は決まっていて、 夜に宿を求める女性客は、部屋に空きがあっても断られたものだった。 自殺でもされたらあとが面倒だったからだ。 旅館と死は離れてもいない。 旅館の湯は源泉の硫黄がきつくて、朝に客が風呂で浮いていたなどということは、 めったにはないが、そうめずらしいことでもなかった。 そんな事故があっても、宿の営業は休まなかったし、 誰もわざわざ口の端に上(のぼ)らせるということもなかった。 近頃はだいぶ様子も変わってきていて、 ひとりで泊まる女性を歓迎する宿が増えた。 少人数の女ともだち同士で泊まるということはよくあるが、 日常の喧騒を離れてのんびりしたい、そういうひとり客も増えてきて、 男性は旅することを楽しむために宿に来るのに対し、 宿で過ごすことを楽しもうという女性の志向が多くなってきたのだ。 なかにはめずらしい客もいる。 ひとりなのに二人分の宿賃を払いたいという話。 布団も二人分敷いて、食事は子どものものを用意してくれと言う。 動物じゃない。人形を連れてくる。 人形の数え方は一体二体。けれどもそういう客の場合はひとりふたりと言わなくちゃならない。 どんなわけがあったかは知らないが、生きている人として扱い、 おろそかにしてはいけないので仲居は神経を使う。 人形は小さな子どもくらいの大きさはあり、兄弟会や子供会や同窓会があったりもする。 補修が必要な時には、それを里帰りという。 どこまで人として扱うのか扱われたいのか、 どこまで人として信じているのか信じて欲しいのか、 人間の心の深淵は量り知れないし、深淵のほうも人を覗き込んでいるというから、 目を閉じて、深淵とやらと目を合わせないにこしたことはない。 今夜はわたしのひとり旅を。 夜の料理はパタリロでまだうまく撮れないので、なし。 外は仙台郊外の名取川、まだ冬だったのに家よりも北に行きたいと思うのはなぜだろう。 ひとり湯治はくせになるかもしれない。 まったく退屈しないで風呂三昧、読書三昧、気分が一ヶ月は保てる気がする。
by NOONE-sei
| 2010-03-31 03:48
| ときおりの休息 杜の都(4)
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