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92夜 若造の受難


昔、弟のようにかわいがっていた子が整形外科医になった。

研修医時代というのは、外からみれば医者であることにはちがいないのだが、
医者の中では医者どころか人間未満の扱いに耐える、修行僧のような日々だ。
大学病院に籍を置きながらも、あっちだこっちだと外の病院に勤務を命じられる。
上司の命令は絶対で、逆らうことはできない。
 彼は外の病院勤務で引っ越すたびに夜中に電話してきた。
顔は見えないが、声の色から、青ざめ万年寝不足、疲労の蓄積と栄養不足が容易に見て取れた。
「風邪なんです、、。」
と電話してきた時には、彼には悪いが笑った。

「風邪な・の・に・病院に行かなくちゃならなくて、、。」
普通は風邪だ・か・ら。一般人なら看てもらいに病院に行く。 
病院で寝ていられるのは『患者である病人』で、『医者である病人』は病院で ・・働く。

彼の夜間勤務の時のおはなし。

学生時代、法医学の授業では倶利伽羅悶々刺青のスライドをたっぷり見るとか。
 あるときのこと。
不審な患者が受診した。背中の切り傷は、ひと目でわかる斬りつけられたとおぼしき痕(あと)。
出血を止めるためにも早く縫い合わせなければならない。
 手が震えた。
その病院は当時暴力団抗争が頻発した町に程近かった。
暴力団員がこわい、といえばこわい。
暴れられたらこわいのではない。なにがこわいって、背中の龍の顔がまずい縫合でへちゃむくれになって、
脅しが効かなくなったと、お礼参りに来られたら困るのだ。

それから数ヵ月後のこと。
誤って切り落としたという指を持って男性が受診。
落としてからさほど時間が経過していない、繋げればくっつきそうだ。
だいぶ仕事に慣れ、表情にもゆとりが出た若い研修医は言った。
「これねぇ、この小指、関節に沿って平行に切れていたらもっとうまくくっつくんだけどなあ。
 よくテレビとかであるでしょ、指詰めるの。僕だったら言うね、平行に!って。」

夜間勤務は応急処置であって、患者の個人背景はあれこれ詮索しない。
自分の表情にはゆとりが出ただろうが、患者の顔から血の気が引いたことにまでは
観察が及ばない駆け出し者の悲しさ。

おい、若いの、これは現実。
その男性、 ・・ほ・ん・も・の。
by NOONE-sei | 2005-03-31 01:40


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