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90夜 美容院では何を読む?


決まっているじゃないか、「日経エンタテイメント」だ。
少し前にはテレビドラマの変遷というのがあって、女性が主人公のテレビドラマのまとめも載っていて楽しかった。
  沙粧妙子最後の事件簿
  ケイゾク
  QUIZ
  トリック
  スペック
ここに「ボーダー・犯罪心理捜査ファイル」が入っていればもっと楽しかった。


アニメーションの変遷というのがあったときも楽しかった。
  ガンダム
  装甲騎兵ボトムズ
  青の6号
  機動警察パトレイバー
ここに「イ・リ・ア」が入っていればもっと楽しかった。
そうそう、押井 守の「Halo Legends(ヘイロー レジェンズ)」をまだ観ていない。
実写とはちがうから、そうはずれではないと思うんだが。


日経エンタメは美容院でのおたのしみなので、続けて読んでいるわけじゃない。
実写はどのような変遷でどのようにまとめられていたんだろう。
きっとわたしの好きな、金子修介版ガメラも、平成ゴジラの女性が主人公のも載っていただろう。


時間を作って観なければと思っていた映画がある。
  銀の匙
  機動警察パトレイバー
  ハリウッド版ゴジラ
どれも実写で、原作の漫画やアニメーションや日本のゴジラを思うと、大丈夫かと不安になるんだが、
とりあえずひとつ目の「銀の匙」は観た。撮影に臨む前にきちんと俳優の体の準備が整ったよい実写だった。
押井は実写に弱いから不安がある。
ハリウッド版はゴジラを単に素材として使って勧善懲悪を描くんじゃないかとこれまた不安だ。


アニメーションの変遷には、もちろん
  アンパンマン
  サザエさん
どの分類だったかは忘れたが大御所として載っていた。
どうこう言えるような代物(しろもの)ではないんだが、少しどうこう言ってみる。
「アンパンマン」の魂は正しく美しい。真っ直ぐで真っ直ぐで息苦しくて、美しいものが正しいとは限らない。
自己犠牲を大上段に掲げる物語はおそろしい。
「サザエさん」は非常識だ。
常識の定規(じょうぎ)は曖昧で、「それはあなたの常識、わたしの非常識」なのでつまらないことなのだが、
「サザエさん」は明るく清い。陰(かげ)というものがなくて不気味で、清いものが明るいとは限らない。
事情のある娘でもないのに、長男を教育して一家の明るさの権化となっているのはへんな家族だ。
長男が青年になって家を出たら困るだろう。
まぼろしのような家族の結び目がほどけて負を背負ってくれる者を失ったら困るだろう。
少なくともわたしは家長、あ、この家には家長が二人いたんだが、年をとっているほうの家長から
『バカモ~ン』なんて言われたくない。


・・美容院では頭を洗ってもらいながら頭の中もしくは頭の中身まですすいでもらえるから楽しい。



追って:
「サザエさん」にわたしが感じている違和感を説明するのは難しい。わたしの中に、わたしが跡取りとして教育された家族観があることへの自覚があるからだ。
「サザエさん」は、波平を頂点とした日本の家長制度の体(てい)をとりながら、実は長女が家を離れずに実質上の跡取りとなっており、本来の跡取りである長男がおりながらその長男に道化として家族の負を負わせて成り立つ、かりそめの家族形態にわたしには見えてならない。
まだ小学生の長男カツオが、思春期や青年期を迎えたのちに自立するためには、この家族形態を自分で切り離すしか方法がないと思うのだが、もしカツオが嫁をこの家に迎え、ワカメが婿をこの家に迎えたら、それを笑って素敵な大家族と言えるだろうか。姓がマスオの姓に変わり、嫁となって家を出たはずの娘がさしたる事情なく家に居つくというのが、そしてそれを許すマスオでないほうの家長波平の神経がわたしにはどうにも理解しがたいのだ。



                                   *


□宝島社が発表するその年の漫画の順位づけ「このマンガがすごい!」。
かならずしもわたしの趣味や好みと合っていないか、またはかけ離れていることもしばしばなんだが、
たまたま持っていたもので一般に流通していないものがあった。
「足摺り水族館」は、ページをめくると紙からインクの匂いがした。
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by noone-sei | 2014-03-17 00:25 | 趣味の書庫話(→タグへ)

82夜 よいお年を


こころを鎮めて過ごすことにちからを尽くす一年だった。
シワ コ が死んでペロ コ がおとなになり、母は認知力の低下に伴いおとなになり、
そうしてわたしもこころを鎮めておとなになろうとし。

でも頭の中は自由で、自由を欲する業というのか欲というのか、
わたしは渦中にあっても自由を強欲に欲する業を持っているのだなと思う。
自由というのは、「ひとり」とも言い換えられるもので、
それを自覚するかしないかで日々の過ごし方には大きなちがいがでる。

ひとりを自覚しても傍(かたわ)らにはシワ コ があたりまえに居た。
今はほんとうにかみしめるようにひとりだ。
もともと懐こいペロ コ はわたしと距離をとるということがないので、
夜になるとぺったりと側(そば)にへばりついて、無防備に腹を出して寝ている。

ペロ コ がわたしとひとりを分け合うようになるのはいつだろう。
それともペロ コ なりに分け合おうとしているんだろうか。



今夜のお写真は撮り貯めてきた漫画のお写真を。
ずいぶんと貯まってしまっているので、少しずつ載せていこう。

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写真には「大人女性」と名づけて保存していた。
まず、描き込みが凄まじい森薫。
「シャーリー」は楽しく読める短編集なので、眠る前に読むと幸せな気持ちになる。
笠井スイも達者。
えすとえむは、達者すぎるのと、作中に流れる時間が読み手であるわたしとどうもずれる。
オノ・ナツメの時間の流れと似ているものが感じられる。
「このたびは」に登場する新郎の挨拶はとても好き。


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写真には「大人青年」と名づけて保存していた。
諸星大二郎はもう言わずもがなの彼岸世界。
三宅乱丈は絵柄からして女性作家とは思えない。
現在連載中の「イムリ」も特別な能力を持つ者たちが登場するんだが、不条理や理不尽が必ず物語られる。
今敏はまじめすぎるように思う。
「ナチュン」はどこまで行ってしまうんだろうとはらはらさせる物語。


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写真には「平均女子」と名づけて保存していた。
鈴木有布子は達者なラブロマンス。恋愛に必要な要素がきちんと散りばめられている。
高橋美由紀は大きな使命を背負った者を描くことが多い。「9番目のムサシ」もそう。
ところで「六番目の小夜子」という恩田陸の小説は題名がこれと似ており、内容は吉田秋生「吉祥天女」と似ている。
勝田文の作品はほわほわと掴みどころがあるようなないような。でも温かみがある。
「女の子の食卓」は最終話を終えてしまった。よい短編集だったので残念。


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これも「平均女子」
荒川弘と今市子をこのカテゴリに入れたのはまちがいだった。ぜんぜん平均じゃない。
いくえみ綾については長い間の作家としての変遷を見てきているので思うところは一言にできない。
「ありをりはべり」は登場人物の高校生たちにみんながんばれと思う。
川原由美子は昔の作品は甘ったるいが、「観葉少女」で開花したように思う。
現在の作品群は漫画の既成の枠を超えたい願望を感じる。


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写真には「剛と柔」と名づけて保存していた。
作風は全く違うのだが、勝田文も緑川ゆきも作家自体に不思議な雰囲気を感じる。
吉田秋生作品はずっと読んできて息苦しい頃もあったが、この海街シリーズはどれもいい。


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これも「剛と柔」
末次と上田は似ているとか似せたとかいい話を聞かない。
そういうことは脇において読むと、末次作品のひたむきな登場人物は以前も現在も共通している。
谷川史子は少女漫画の王道だと思う。現在は登場人物の年齢を上げた作品が多いが、
中学生や高校生の淡い恋物語の清潔感こそ谷川作品の良さだと思う。
テガミバチは、とにかく早く謎を解いてくれ。
白井弓子作品はどれも重くてきついが、最後の幸を願ってやまない。

来年もよい年でありますよう
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by noone-sei | 2013-12-31 01:26 | 趣味の書庫話(→タグへ)

64夜 さくやこのはな 参  あたまにくる


雪の小正月、いや大雪の小正月、いやいやこれはなにも珍しいことじゃない例年通り、雪かきの小正月。
成人の日は、その後の行く手が平坦ではないと指し示すのか例年雪が降る。

例年通りじゃないのは、なにやらわたしも鰐号も運がないらしいということ。
昨年の暮れ、鰐号の助手席に乗っていたら追突されて軽いむちうちになった。
こんな声が出るんだというくらいの悲鳴を上げた記憶はあるんだが、どうやらわたしは育ちが悪いらしく、
後で聞いたら「きゃー」じゃなくて「うわあーーーーっ」と声を上げ、その上なんと、
「なんだ、このーーーーー!!」と怒って叫んだという。
血が瞬時に遡(さかのぼ)って頭に届いたらしい。
そうだったそうだった、もともとわたしはそうした熱情の家で育ったんだった。
穏やかに思慮深く暮らそうと努めるうちに、自分の中の血の流れ方を忘れていた。
そのむちうちはほんとに軽く、例年のような疲れによる体調不良もなかったので、
鰐号にもらった上等なワインで年越しをし、正月は朝から、いただきもののたいへん美味い地酒を飲んだ。
頭には、適度に血が遡るぶんには快適である。

そんな数日を過ごし、東京に帰る鰐号のために神社に札をもらいに行き、
まだ時間があるからと犬らを連れて散歩に出たら、鰐号が田んぼ道でシワ コ を放した。
十四歳の婆犬ゆえ、視界が狭くなり嗅覚に頼って歩いていたと思ったら、いきなり走り出して驚いた。
すたたたとのびのび走るシワ コ を追ったら、わたしが引き綱を握っていたペロ コ も走った。
しかもわたしの前を斜めに横切りシワ コ を追う。
つまりわたしはペロ コ に蹴躓(けつまづ)いて、走りながら前にのめり正面から顔面を地面に打った。
眼鏡の蔓(つる)とレンズは砕け、顔からだらだらと流血していた。
手。手があるだろう?とその時のわたしに言ってやりたい。
手は引き綱を握ったまま体を庇わず、血は頭でなく顔の外に流れた。
すぐに頭痛が起こったので近くの病院に行ったら、脳をCTでスキャンされた。
幸い脳も骨も異常が見られず外傷だけなので、傷はみるみる腫れたけれどもたいした処置もせず、
医者はわたしのすばらしく美しくなった顔を見て笑いを堪(こら)えていた。失礼な。

年末からちょっと頭にくることが続く。車や地面に当たるのは当たると言っても有難くない。
そういえば、普段はほとんどテレビは見ないが昨年観ていたドラマの特別放送を録画していた。
昨年度の大学での聴講、最新の認知心理学では、脳をワーキングメモリに見立て、
その働きやしくみを特殊な例も併せて科学的に講義していたので、
サヴァン症候群の青年が主役のその物語は面白かった。験(げん)直しにそれを観よう。

テレビを観る時にはいつも、なにか手仕事や整理作業をする。
その晩は届いた賀状の整理をしていたが、だんだんにむかむかしてきた。
どれもこれも今年の干支の賀状、つまりは巳年の長いものだらけ。
昨年は母があまり散歩をしたがらなかったこともありほとんど長いものには遭遇しなかった。
『実を結ぶ』という言葉は美しいけれども、ほんとうに『巳』を結んだら、長すぎて不気味だ。
今日など、本屋でその『巳』の写真集まで平積みで販売しており、
親切なことに帯には「嫌いな人にはたまらない、好きな人にもたまらない」。
昨今は初詣のシロヘビ神社がどうだとか、スネークセンターで太いのを首に巻いたとか、
ネット上にでるわでるわ長いものが。

あらら、頭に血が上(のぼ)るはなしから、頭にくるはなしが加わって脱線した。
こういうのを蛇足というのだっけ。
書かなくちゃいけなかったのは前述のドラマの題名だった。 ・・「ATARU」というんだ。





今夜のお写真は、さくやこのはな ずっと以前に読んだもの
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いただきもの。照れくさかったり爽やかだったりとっても恥ずかしかったり。
愉しかったよ、ありがたう。また本が旅して来ることを願う。



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一気に読んだ小説群。恩田作品では「光の帝国」がいちばん印象深い。
認知心理学では、錯視や錯聴のメカニズムやワークもたくさん行なった。
「スナーク狩り」は、わかっているのにスナークがどうしてもスネークに錯視を起こすのでいずれ手放す。
宮部みゆきと夏樹静子と山村美紗も区別がつかない。
ついでに言ってしまおう。藤沢周平と山本周五郎と池波正太郎も区別がつかない。



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大真面目であればあるほど笑わされたりアクや苦味が強かったりほんとにひどい話だったり。
わたしはこういった濃いものを「色もの」というPCの分類箱にしまう。



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背中を押される話だったり清らかさにこころが鎮まったり。
丁寧にひとつひとつの文字を拾うように読む。



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紺野キタの作品には品性と麗しさがある。
特徴的なのは幼い者への会話だ。「泣いちゃだめ」ではなく「泣かないよ」と話しかける。
わたしもそういう言い回しをする時がたびたびある。
転んでしまったけれども、「走らないよー」とシワ コ に向かって声掛けしながら追っていた。






□おまけ
いつも母と行くラーメン店。厨房からおじいちゃんがわざわざ出てきて母を出迎えてくれる。
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三年ほど前の一人前。


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現在の大盛り。一人前とたいして値段が違わない。
ふたりで分けて食せるようにというおじいちゃんの心意気。
不思議なスープは見た目よりもさらりとして塩気も控えめ、長い時間鶏の骨を煮込んで漉すのだという。

雪の夜の獣
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by NOONE-sei | 2013-01-18 01:31 | さくやこのはな

60夜 ほんとうにそこにいて


夕方、本屋にいたらあちこちからビービーと携帯電話の大きな音が鳴り出した。
するとそのすぐ後にぐらぐらと床が建物が揺れ出して収まらず、
電車が走っているわけでもないのにごうごうと音がして、
どうしたらいいかもわからず立ち尽くしてしまった。
その場にいた人たちも皆そうで、おそらく皆の脳裏によぎったものも同じだっただろう。

すぐに電話は繋がらなくなった。
王様に打ったメールは、夜になって津波警報が解除されてから届いた。
本屋で呆然としている時に大切な遠くの友人からのメールが届いたのは、
「ここにいるよ」という幸運のメッセージだったんだと思う。

皆が家路を急ぎ、小さな余震の中で車の運転をするのは怖かった。
原発に異常がないかということと、ガソリンが手に入らなくなるのかということと、
食べ物が手に入らない寒い日々を迎えるのかということが、
家族の無事を確認しなくてはという思いと同時に脳裏に浮かんだ。

津波は1メートルだった浜もあり、仙台では二千人が避難した。
余震だとはわかっていても、この大きさは尋常じゃない。
環境庁の会見をニュースで見ながら、とにかく母と夕飯を食べたら、
「非常時だから早く食べてしまうべね。それにしても国の役所は
もっと安心させるようなことをテレビで言えないのかね。総理大臣がしゃべればいいんだ。」
母がしゃっきりとしているので思わず拍手をした。

いやになったり、怖くなったり、がっかりしたり。
でも、犬や猫は落ち着いており、母も落ち着いており、
今夜もちゃんとわたしをしっかりさせてくれる。



□311の前後に読んでいた漫画
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311の後、たくさんの漫画家が集って一冊の漫画を出版した。



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近未来の物語は、起こるはずがないものを書いているかのようでいて
本当に起こってしまうと刺さる。


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たまたま読んでいた「コッペリオン」は特に現実になってしまった漫画。



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これは漫画じゃなくて小説。
日本SF大賞を取った時に、今のこの現実は予想できただろうか。



「華竜の宮」 この小説は表紙絵と題で損をしている。
本日の地震についてのニュース


     
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by NOONE-sei | 2012-12-08 02:18 | 趣味の書庫話(→タグへ)

54夜 さらってきた


初めにごめんなさいをしてしまおう。
悪いことなんだと思う、きっと。
だから、告解というのか懺悔というのか、ありのまま書いてしまおう。

塾の引越しや家の書庫の整理で、古い辞書や事典等々、処分しなくちゃいけないものが大量に出た。
車に積んで公共のクリーンセンターに持ち込むと、
紙類は資源だから紙の区画に荷降ろししてくれと指示された。
巨大な煙突のある、要塞のような建物は威圧感があって、
ごみの選別も厳しく、係員が目を光らせているのだが、
紙類にはそれがとても緩くて、全部自分でやって済んだら帰っていいから、という調子。

どさどさと車から降ろし、本や雑誌も無造作に投げ込まれている風(ふう)の紙のプールに
わたしも持参したものを投げ込もうとしたら、ちょっと目が行ってしまった。
どうしてもプールから引き上げたい。
懐かしいものであることはもちろんのこと、それらは一冊一冊、丁寧に薄紙でくるまれていた。
辺りを見回すと、誰もいない。そこはいつも誰もいない。
ちょっと一冊を手にとってみた。
学生の頃にあこがれだった書泉グランデの栞がはさんである。
ずるずると続けて手にとってみた。
有隣堂の栞、冨山房の栞。
栞の代わりに神田神保町の書店のレシートがはさんであったりする。

・・全部プールから引き上げてしまった。
さらっていってしまおう。
どんな人がどんな気持ちでそれらを手元に置き、そして手放したんだろう。
古本屋とか古書店とは呼びたくない大手の業者に持ち込まず、
資源ごみのプールに入れた、それらはたいそう綺麗な状態の漫画だった。

公共のものになったそれらをさらってきてしまった。
お縄になってもしかたがない。
・・もしや、そういうことがあるからそのプールには、いつも誰もいないんだろうか。




□うちにやってきた漫画
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こういうのを冒険少年漫画というのか?



□うちで発掘された漫画
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こういうのを正統的な少年漫画の源流というのか?
わたしがこれまでほとんど読んでこなかった漫画の系譜。




□読んだ漫画
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わたしにとっての冒険の色あいのある漫画はこんな感じ。




□「送ってしまえ」
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日本のあちこちに散らばった漫画。


そうそう、七月十七日は「漫画の日」なのだそうだ。知っていた?
わたしはぜんぜん知らなかったよ。
一箱古本市のおはなしは日延べして次の夜に。

四歳
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by noone-sei | 2012-07-25 01:13 | 趣味の書庫話(→タグへ)

53夜 村の図書館


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すっかり浦島亀子になっていて、しかもわたしのPCは数度目の不調、
再インストールというのか?再びすっかり入れ直してもらったら、
さくさく動くようにはなったものの、音が出ない。
動画を見ても、、、無音。
友人のところで新しいPCにしたそうで、背中を押されるようにお揃いのPCを注文したものの、
ぜんぜん届かない、、、注文したのはまだ暑くない頃だったような。

すっかり猛暑だ。
ここひと月は、お百姓と図書館の司書と夏への模様替えに明け暮れた。
床下にとかげが出入りしていた外の書庫に、久しぶりに着手、
埃(ほこり)にまみれ、震災でめちゃくちゃに棚から落下したままになっていた本を
庭にシートを敷いて綺麗にし、捨てるものと一箱古本市に並べるものとを取捨選択してぐっと減らし、
家の中に運び入れ、書庫の棚を外して屋内に設(しつら)え、
本日、やっと全ての本を並べ終えた。
ひと目でぐるりと見渡せる量で、しかも一部は漫画まで並べることができたのだから、
「本は財産だから手放せない」などと思っていたのがいつのことだったかというくらい。

ここ数年、画集は友人に、演劇や今ではサブカルチャーと呼ばれるようになった本は
そういう垂涎ものだけを扱う四国の古書店に、行くべき人のところに行くように一箱古本市へ、と、
王様とわたしは本を手放してきた。
漫画は、まだ読んでいなさそうな友人が「送ってしまえ」の合言葉で笑って貰ってくれるので、
よくよく、大手の古本屋とは呼びたくない業者には持ち込まないようにしている。

母の混乱が始まってちょうど一年。
大混乱を起こしていたわたしもすこしはおとなになった。
心の中で幾度殺したか数え切れない母を 今では可愛げがあると思うことさえある。
嫁の立場で苦労している友人の話を聞いたりするにつけ、
わたしは嫁でも娘でもなく、家族という扇の要(かなめ)、
もしかしたら生まれた時から位牌持ちという名の長男だったんじゃないだろうかと思う。

書架というのか書棚というのか。
少しずつ時間を見つけては本を棚に並べていたら、母が、村の小さな図書館だと言った。
あのね、図書館と呼べるほどの本の量はもうないから、
ここは村の図書室というのが相応しいのかもしれないよ。


□外の書庫
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□書庫から本を救出
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□書棚
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もうすこしで並べ終えるところ。
CDも棚に収まって、なんだかせいせいした。

一箱古本市のおはなしは、また次の夜に。

三匹劇場
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by NOONE-sei | 2012-07-16 11:56 | 趣味の書庫話(→タグへ)

49夜 今年はおりこう


夏の足音が感じられるようになったんだよ。
繰り返し繰り返し規則正しく訪れる花の順番や鳥の声。
・・ほんとうのことを言うと、急におりこうになったのだけれど。

梅、彼岸桜、花桃、連翹、タンポポ、ソメイヨシノ、しだれ桜、実の生る桃、梨、林檎、
八重桜、ハナミズキ、シャクナゲ、ツツジ、、、、
ほらね、ちょとまちがっているかもしれないけどだいたいの順番が言えるよ。

昨年の春に、友人がしきりに
「今年は花の順番がおかしくない?おかしくない?」
そう言われても、追いつけない速さで駆けるように咲き続ける花に、
昨年のわたしはただ圧倒されていた。

今年は狂ったような咲きかたじゃなかった花々をちゃんと見ていた。
例年の順番がどうで、今年がどうなのか、やっとわかった。
放射能が降り注いだ昨年がどうおかしかったのかも、やっとやっとわかった。

ただね、花が終わってしまうと、桃や林檎や梨の果樹が見分けにくくなる。
それは、果樹畑を持つ農家が精一杯の作物を作るために、
汚染を取り除くために木肌を剥(む)いてしまったから。

田んぼには水が入った。
虫を啄(つい)ばみに水に鳥が入る。
昨年は消えてしまった鳥の声が今年はよく聞こえていて、
これがこのウェブログの文章を目で読む人たちの耳に聞こえないのが
たいへん残念。




今夜のお写真は足音を聞いて欲しいような花々を。




□庭の花々
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イチゴの花。


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オダマキ。


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クリンソウ。


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シャガ。


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シャクナゲ。福の島の県花だったか?


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スズラン。


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ツツジ。


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パクチーの花。


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忘れな草・二輪草・シャガ・クリンソウ・アップルミントで作った花かご。



□漫画
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大友克洋がやっと動いた。
懐かしいので「AKIRA」を発掘して久しぶりに再読。

もうひとつのおりこう
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by NOONE-sei | 2012-05-24 01:25 | 趣味の書庫話(→タグへ)

47夜 春よ恋


一年のうちで、日本は本当に南北に胴が長い島なのだとしみじみ再認識するのがこの時季。
桜前線がやっとこの地にも北上して、街なかの桜が満開になった。
でも我が家の周囲は五分咲きくらい。山あいの温泉町は家から二十分ほど、
こちらはまだ全然咲いていない。もう少し山を行くと雪まで残っている。
いつもよりも、十日くらいは全体に花が遅い。
昨年の春の、気が昂(たか)ぶったような、気がふれたような開花にもぎょっとするが、
寒さが長引くこの花々の気の持たせようにも、なかなかやきもきさせられる。

つい先日は本家の叔父の命日だったので山の日当たりのよい斜面にある墓に参った。
フキノトウが開きかけてそれはそれで可憐な花のようで、
うつむいたようなカタクリは周囲の空気まで薄紫に染めて、
しゅっと立った細長い葉の間に硬いつぼみやほころんだつぼみや黄色に咲いた花の水仙、
それらが一面の、春の始まりの美しい墓地だった。

我が家の庭は既に春は目覚めて、福寿草もカタクリも花を終え、
一輪草や二輪草が咲き始めている。
散歩に行くと、連翹の黄色と水仙の黄色、椿だか山茶花だかが桃色や赤。
道端のその花を犬はぱっくりと食いながら歩く。




今夜のお写真は山の晩冬と庭の春を。


□山
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この日、町では桜が満開って信じられない。


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でもよく見ると山肌が見えるくらい、雪はもう融けているんだ。


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ちいさなフキノトウ。


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寒いお写真ばかりじゃつまらないので、白い湯の風呂をどうぞ。




□庭
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庭のカタクリ、ちょうど咲いていた頃のお写真。


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タネツケバナ。


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ホトケノザ。


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福寿草、終いの頃。


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ユキノシタ。この山菜の天ぷらは旨いのだけれど、この地では今年も山菜はあまり口にできない。


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二輪草がもうじき。


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ペロ コ の好物、これは山茶花?




■おまけ
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この春いちばんのお薦めしたい漫画。
・「路地恋花」ろおじコイバナ(麻生みこと)
どうせ少女たちが好きなコイバナでしょう、などと侮ってはいけない。
京都の町屋に敢えて住む、若い絵描きや細工職人や工人の手仕事をたっぷり資料検証して
麗しい物語と京都弁で味付けしたオムニバス。

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これは本の手仕事の一場面。

 十四歳
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by NOONE-sei | 2012-04-25 01:11 | 趣味の書庫話(→タグへ)

92夜 今年の書庫


今年最後の展示会。
予告したあしたがちゃんと守れたのははじめてじゃないだろうか。
ゆうべ、「鋼の錬金術師」まつりをしたけれども、
今夜はこの春からこの秋にかけて読んだ漫画と小説を。


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緑川ゆきの作品には不思議な倦怠感がある。売れている「夏目友人帳」も面白いけれど、
こういう、倦怠の危うさのなかでの鮮やかな作品が実は彼女らしさなのではあるまいか。

遠藤淑子は人の関係性をあぶり出させたらとても巧い。この「ヘヴン」はそこに
どうしようもない悲しみが加わって切なさが一層映える。

少女漫画や少年漫画にはそれぞれ提示されるべき道のりがあって、それは役割に似ている。
その役割を担って、自分のためではなく読者のための漫画を描くのが商業ベースの漫画家なんだが、
岩本ナオや小玉ユキや志村志保子の描く短編にはきらきら感があって、それは必須だと思う。

萩尾望都、その名が本名だということ自体に驚かないか?
残念ながら同時代を少し遅れてきた青年よろしく、現在過去作品を読み進めているところ。

紺野キタは少女と幼女の描き分けが巧い。丁寧に味わいたい。「日曜日に生まれた子供」以外は。


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小沢真理の作品は、すべり出しが気持ちいいのにどうして最後は女性週刊誌的になるかなあ。
短編を連ねることの良さが、女性漫画の真髄ではないかと思わされてしまう。

吉田秋生は振り返ると永く描いている。それでも古くならない眼なのは揺るがないからか。

娚の一生」は賞をもらったのだそうな。尾骶骨がむずむずするようないい作品だった。
この作家の作品は大嫌いで好きだ。

谷川史子の作品は可愛い。くすぐり方を心得ていてそれに乗せられてみたいと思う。

森薫の「乙嫁語り」はストーリーも巧いのだがその絵の偏執的な絵作りに感服する。
ぜひこれをゆっくり見て欲しい。絵が出来上がるさまを進行と同じく感じて欲しい。

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高橋葉介は「こんなに怖い物はセイさんとこに送ってしまえ」とやってきたもの。面白かったよ。

早世した波津彬子の姉、花郁悠紀子は、もし生きていたら
繊細だけれども芯のあるSFを描いたのかもしれないなと思わされる。

今市子の作品は迷走に誘い込んで読ませるところが面白い。

諏訪緑の作品って、台詞が多いからなんだろうかモノローグが多いからなんだろうか。
いやおうなく登場人物に同化したような錯覚に陥る。

「獣の奏者」、物語の世界観に圧倒され、読み終えても現実世界と物語世界の区別があやしくなる。


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白井弓子は「天顕祭」以来の付き合いだが、連載中の「WOMBS」と短編集。
絵が斬新なわけでもないし物語がスタイリッシュなわけでもないのに、惹かれるのはなぜだ。

「死がふたりを分かつまで」は「ジーザス」シリーズ・「イージス」シリーズ・「アルクベイン」
と登場人物が絡み合ってきて面白い。

結賀さとるの「E’S」、何年も連載しての完結、つまりはフロイトの自我、超自我の話。

「テガミバチ」は現在わたしが注目の少年漫画。

五十嵐大介「SARU」と、井坂幸太郎「SOSの猿」は漫画と小説での共作。
ところで「海獣の子供」続編を早く出版してもらいたい。
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by noone-sei | 2010-12-23 00:10 | 趣味の書庫話(→タグへ)

91夜 月は東に日は西に


 ・「鋼の錬金術師」をこれから読む予定のひとは、今夜の夜話を読まないほうがいい

昨日は雲ひとつなく空が澄んで、
こんなに美しい山々の稜線はそう見られないというほど。

そんな日の日の入りはたくさんの色を目にくれる。
山の連なりは青いような紫のようななんとも言えない階調で、
古(いにしえ)のひとなら、わずかな、けれども確かにある色のいろいろを
たくさんの色の名で言い当てられるのだろうに。

そうしてぽっかりと大きな白い月が昇っていた。
月は東に日は西に、そんなことばがあったっけ。

今夜は月蝕だったのだそうだが、外は雨。
昨日と今日をとりかえばやにすればよかったのに、
天はときどき気の利かないことをする。

                  *


ひとり「鋼の錬金術師」まつりをしている。
2001年から2010年まで少年誌に連載した物語が完結した。
作家はひとり立ちするまで、酪農で産業動物の育成と農業に従事していた。
そこは生命が生まれる現場でもあり、自然に反する生命操作の現場でもあり、
生き物の手触りと生命科学が同時にある場所だった。
その背景から窺(うかが)える生命観、死生観、倫理観。

漫画の話である。「鋼の錬金術師」は、
基本の流れがあり、多層構造で物語は幾重にも交錯しつつ、しかし少年誌には欠かせない
勇気や友情や困難を乗り越える要素も入れつつ、そして残酷さや非情さと向き合って
大団円で終結をみた。

漫画は本来、物語だけを切り取って批評されたり論評されたりするものではない。
雑誌「ユリイカ」の中に「・・漫画は、展開だけからなる単層の構造物ではない。
・・殆ど映画的なカットの接続を伴い音声の立体感を伴って、複数の層がぶつかり
干渉し合う動きの中から立ち上がってくるものであり、・・・」という記述の寄稿があった。
しかし敢えて宗教論から身体表象論から幹細胞生物学から等々、さまざまな見地からの
アプローチによる寄稿文が載っているので面白い。
なかには東大生がありったけの論拠をありったけの参考文献の後押しと「私たち」という
人称にやっと支えられて寄稿したものもあったけれど、笑って許そう。
今月の「ユリイカ」の特集は、連載が終わってのおまつりのようなものだから。

さて神や天をその身に取り込みたかったホムンクルス、劇中では日蝕や月蝕が大きな鍵となる。
これが現実だったら、「約束の日」の今夜は雨で大きな野望は崩れるところだっただろうな。
今、大きな雷まで鳴った。
物語のほうは、肉弾戦で野望を砕き、大団円ののち、兄弟は東と西に分かれて円環の旅へ。

そうそう、作家が女性と知って驚いたのは今年のことだったが、
二年前に連載も休まず男児を出産していたと「ユリイカ」で知って、再びびっくりだ。



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隅に手だけが描かれているのは、主に劇中で死んだ者たちなど。


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読者プレゼントでもらったアルフォンスの携帯充電器。可愛い。



春から秋に読んだ漫画の展示会はまたあした。
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by noone-sei | 2010-12-22 00:10 | 趣味の書庫話(→タグへ)