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11夜 上等なもの高級なもの


母のおでかけにはわたしが運転手なので、
おかかえ運転手には名前があってもいいんじゃないかと閃(ひらめ)いた。
昔観た、今は失き自由劇場の舞台で、面白い役柄があった。
吉田日出子がお嬢様で笹野高史が運転手。
お嬢様が呼んだ名はコバヤシだったかな。
白い帽子に手袋のコバヤシが、小さな埃(ほこり)も見逃さない、職務に誇りを持った、
神経症的な運転手を芸達者に演じていたっけ。
一方わたしは、白い手袋はしているがそれは紫外線よけ、
車には犬も乗せるので、多少どころか犬の毛だらけでも気にしない。
じゃあ、わたしの名はコ抜けのハヤシでどうだろうか。本日はハヤシの日。
日常だけれども延長にせずに切り分けて捉えてみると、
気持ちひとつでなかなか似合いな感じがしてくる。

街では、用を済ませたあとの百貨店めぐりが母の愉しみで、
買い物を終えて家でファッションショーをするのもまた愉しみのひとつだ。
先日の伯父の一周忌には、宝飾品は黒真珠、靴は銀座ヨシノヤ、
季節と相談してコートはバーバリーを羽織って出掛けた。
家で野良着を着て庭仕事をする母と同一人とは思えないほどここ一番には洒落る人なのだが、
ただ、犬との散歩に小一万もする帽子を買ったりするのには首をかしげるけれども。
普段は気に入ったものを買う人で、ブランドの名に特別な感情を持つわけではない。
だから、ずいぶん前に王様が母から貰って使っていた皮のキーケースが古ぼけたので捨てたら、
あとになってそれがセリーヌという名だったと知って、しまったと思った。

ほんとうに上等でいいものに囲まれて暮らしたいと願うのだったら、
似合ってゆき、身の丈に合ってゆく、そんな出会いかたがいいんだろう、きっと。
けれど、生まれたときからあらかじめ当たり前に裕福だとどうなんだろう。
高村光太郎と智恵子は清貧の暮らしぶりだったと言われている。
光太郎は、入院している智恵子によく銀座千疋屋の果物を買っていくのだが、
ブランドへの憧れとか見栄でなく、そういうものに触れて育った育ちからくる感覚だったから、
暮らし向きが苦しくともそれは別だったんだろう。
似合ってはいるが、身の丈には合っていない感じを本人は感じていなかっただろう。

もともと、お遣(つか)え物に千疋屋の果物というのが当たり前の感覚をわたしは知らない。
千疋屋のものだからありがたい、という感覚はなお知らない。
採ったばかりのものを果樹農家が畑の横で売っている美味しさは知っているが、
名の通った専門店の高級なものがどういうものか、よく知らない。
だいたい、わたしの知る限りこの地に果物店なんてあっただろうか。
食べる物に先取りはあまり価値を見ない。
お洒落に関しては、母のような目利きで先取りすることに価値はあるのだろうが。

ところで、母から西太后の称号を外してしばらくになる。
外してよかったと思うときもあれば、外さねばよかったと思うときもあるので日常とは面白い。
今、わが家には早く外してやりたい犬がいる。
エリザベス。 ・・ペロ コ にこの名は全然似合わない。
ペロ コ は不妊手術後、エリザベスカラーという、外傷をなめて悪化させないための
半円錐形状の保護具を付けている。英国エリザベス王朝のレディーではないんだが。

日々不満そうな顔の、ペロ コ の首から名前とカラーが外れるのはあと少し。
また身の丈に合った暮らしが始まる。





  「上海バンスキング」という舞台でよく知られた
  六本木自由劇場のファンサイトはここ


                                   * *


今夜のお写真は珍しい花桃を。
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この地にいくつかある温泉町のひとつが、観光のために山に花桃を植えた。
白い花桃は初めて見る。


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写真奥でわかりずらいんだが、
真紅の花桃は中国種のものだとか。桃というより、木瓜(ぼけ)か紅梅のような色だ。


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観賞用の桃でも、実は生(な)ると思うんだが、何色の桃が実るだろう。


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これはよく知っている花、大根の花。
この山はもともとは野菜畑だったんだろうか、抜き忘れられた大根がこんなに花を付けた。



・・珍しいからいいというものでもないような気がする。
土地を空けておくのももったいないからと花桃を植え、
いつも一年に一度の愉しみをくれる近所の農家が何件もあるが、
その心意気と相(あい)まって観る花桃は身に近く、親しみ深く、わたしの身の丈には合っている。
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by NOONE-sei | 2009-04-25 17:47

9夜 すこし前の春


散歩の道々で見かけている野菜のお写真を
ようやっと撮ったと思ったら、あっという間に山々は、花々が開花の伝播。
あんまりいっぺんに咲くものだから、花に酔ってしまう。

桜の好きだった父を思って、
母があっちの桜、こっちの桜と、桜を追うのにいそがしい。
昼はしだれ桜、江戸彼岸、山一帯のソメイヨシノ。
夜は池に火が映る、桜の下のかがり火。

こんなにちいさなこの地だけれど、花には花の伝播する時間差があって、
例年ならこんなにせわしなく追わずとも、もう少し長く楽しめたものだけれど。
今年の「春」は、なにを焦っているんだろう。
いっぺんに咲いたらいっぺんにさみしくなるじゃないか。

誰とも約束していないのに、
この地に遊びに来るなら春の花の数日を逃さずに早く早く、と、
毎年遠くの友達に教えたくなるものだったが、
こんなに早いのでは豪奢な春を観せてやれないじゃないか。



次の夜にはまた花のお写真を載せるから、
王様の千と線を訪れてくださる方々が酔ってしまわぬよう、
今夜は緑と土のお写真を。



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まだ花が開かない、ほんの数日前の桃畑。
おばあちゃんが芽選りの手を休めて一服。


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花がなくて区別がつくだろうか?
リンゴの木は一本の幹から、ごつごつと腕を伸ばしたような姿。
桃の木は地面からはやばやとほっそりした手を広げる。


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道々の草。名のある雑草なのだろうに、物の名知らずでちょと悲しい。

追って:
教えていただきました、ありがたい。
左上から時計回りにタネツケバナと天人唐草、ノボロギクとホトケノザ、ヒメオドリコソウ、タネツケバナ。



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田んぼには農機具が入り、土が起こされている。水が入るのはもうじき。向こうに見える白い山は安達太良。
畑にも新しい土が入り、もう急いで種まき。
吾妻山の雪がだいぶ消え、白い雪が融(と)け残り、種まきうさぎの姿が見えたから。


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左上から時計回りに、くきたち菜、かぶれ菜、セリ、からし菜。


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アサツキはひょんとした細い茎、ノビルはひょろんとした細い茎。父はひょろこと呼んでいた。
これはアサツキ。


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これはもうトウが立ち始めたからし菜だけれど、
なんてきれいな緑なんだろうといつも思う。上手く手早くさっと茹でると鮮烈な辛み。


・・わかったようなことを書いているけれど、物の名知らずばかりでなく物知らずでもあるので、
間違っていたら教えてください。

ちかごろの犬たち
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by NOONE-sei | 2009-04-12 03:45

7夜 ちかごろの春


春彼岸は墓参り。
本家で、ぼたもちと、青菜とふきのとうを和えたおひたしと、
これは必ず作る、切り昆布と車麩の煮物を馳走になった。
毎年季節に食するもの、慣わしに食するもの、変わらずに墓前に供えるもの。

毎年変わらず替えることというのがある。
季節に合わせて装いを替えること。春には春の装い。
ちかごろ雪が降って、春だと思っていた体が驚いて、体感温度が低くて寒い。
それでも、素材は厚物でも色は春物。
このように、着る物の素材や色に思いをめぐらし、
着る物に季節と相談をすることを美しいと思う。
食生活も同じように、野菜も白いものから青みのあるものへと替えてゆく。
白菜や大根から、かぶれ菜や野の物へ。

ところでまだ春は名のみの風の寒さ。
母とほとんど毎日、昼の陽のある時間に犬を伴って散歩をしている。
ひとりで犬を連れていたときには、よく休耕田でノビルを採ったり小川でセリを摘んだりした。
犬はわたしの道草をのんびり待っていてくれた。
ふきのとうやつくしもそのようにして食卓に上ったのだったが、今年は野の物が摘みにくい。
母は父としていた散歩をわたしとするので、道草を食わない。
それに加えて子犬は待たない。

先日、紅梅の赤と連翹の黄に、白い山からこぼれた雪がちらついて、
それでも風をよけながら歩いていたらふきのとうをみつけた。
ちかごろとんと見かけていなくてとても食べたかったので、
母に子犬を任せて休耕田に入り摘んでいたら、子犬は待っていなかったらしい。

・・子犬はぱくんと食うんだという。
しかも、ふきのとうを選んで。



                    * *


ここでちかごろの野のお写真を載せたいところなのだけれど、
まだゆとりがない日々なので、食べ物のお写真を載せて冬から春を感じてもらおう。

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友人のところで馳走になったキクイモの漬物。


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宮城松島の浜で焼いた牡蠣、働く手が美しい。


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焼きホタテ。



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                                                        photo by bow
父を偲ぶ食事会での前菜。このときはまだ二月初旬だったのに、ホテルが春らしい献立にしてくれた。
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by NOONE-sei | 2009-03-29 02:46

4夜 ねこまた


ねこまたって、なんだ?
猫もまたいで通る学生寮のまずい食事、と聞いたことがあるが。
妖怪化け猫とも聞いたことがあるが。

枕木のように問題が沸き起こる日々から平穏な日々になったと思うだろう?
ネットから遠ざかり、縫い物をする、と聞くとさも平穏そうだ。
・・PCは、春休みでどっかり茶の間に居座り、ゲームと野球に嵩(こう)じる鰐号に占領されている。
・・縫い物は、ペロ コ めが食いちぎった、引き綱やシワ コ の首に巻いた可愛らしいリボンの補修だ。
いや、そんなことはたいした問題ではない。

ネズミが出たのだ。
農村地帯なのだからどこにだってネズミぐらいは、いる。
思い返せば、アク コ が弱り始めた頃、木小屋に保存しておいたリンゴが食われた。
上からきれいに丸く、しょりしょり齧ったような跡を見つけた時には、ハクビシンが居ついたのかと思った。
居つく動物なら追い出すわけにもいかない、というのがわが家の考えかただけれど、
それにしては糞溜(くそだま)りがない。
王様にリンゴ箱の周辺を見てもらったら、あるのはネズミの糞(ふん)だという。
ハクビシンなら仕方がない。ツバメが巣を掛けるなら大歓迎。
なのに、出たのは歓迎しないネズミだ。

アク コ の親は、カエルやら長いものやらコウモリやらネズミやらを
せっせと獲ってアク コ に食わせていたから、
アク コ はほとんど家から離れないで生き餌を喰う猫だったけれども、
親のブチ コ がいなくなってからは、見よう見まねで気まぐれに自分も獲ってくることがあった。
それでも床下からネズミが出ることがあったのだから、アク コ の狩りなどたかがしれていたのだが、
いくらかは役に立っていたんだろう。
昨日、裏口で納戸の床下から外の書庫の下にさささと走る小さいネズミを見てしまって驚いた。
アク コ や親が居た頃は、糞を見てネズミが居ることを知るが実物を見ることはなかった。

これは困った、猫はもういない、猫いらずを撒(ま)いたら、ペロ コ が食うにちがいない。
シワ コ は手でばしっと玄関の引き戸を開ける知恵があるけれども、閉めることをしない。
玄関が開いていたらネズミが家に上がってしまう。
玄関の錠を掛けに行ってみると、石畳に水に濡れたネズミが死んでいた。
どうやら、玄関の外の水屋で水を飲み走り去るネズミをシワ コ が仕留めたようなのだ。
シワ コ は尋ねても答えないから憶測でしかないのだけれども。

アク コ を看取ったそのすぐ後に、母が言った。
 「みんなに話があるから。
  もう、犬も猫も拾って連れて来ないこと。いいね?」
逝ったばかりのアク コ の前でそれを言うのはどうかとも思ったが、
母のために次の猫をという考えがよぎっていなかったかといえば嘘になる。
猫いらずより本物の猫に勝るものはなく、猫を飼えば何所帯かのネズミが即座に退散するのだが、
今日、母に気は変わらないのか尋ねても答えは変わらなかった。

猫は十歳を過ぎたら猫又と言ってもいいのだとか。
シワ コ はもうすぐ十一歳を迎える。アク コ はもういない。
妖猫よばわりするようで申し訳ないんだが、一肌脱いで、ここはひとつ、犬又になってはくれまいか?



猫又とは


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今は亡きアク コ : 猫はネズミを獲って一人前だからねっ。
シワ コ : うーーん、それは・・
      努力はしてみますけど、、、。

ちかごろの犬たち
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by NOONE-sei | 2009-03-14 02:36

1夜 生きた心地 


手厚い看病をしたと言っていいと思う。
ここ十日で急激に衰弱していった猫を車に乗せ、吹雪く嵐の三日三晩獣医に通った。
体温や体重の推移、食への意欲や行動の意志を確かめながら、
医者は生きようとしていると判断して治療を続けた。
静かに逝こうとしているなら見守るにとどめたのだけれども、
もとより猫は生まれたときから虚弱でぎりぎりのところで生きており、
意志に体の力がついてゆかないだけだという判断だった。
意識レベルがあるのならよりよく生きるための努力をする、・・それは父の看護から学んだこと。
逝くことがわかっていたけれども、その時が来るまでは猫の望むようにしてやる。
看病というよりも、看護と言ったほうがぴったりするのかもしれない。

陰猫(かげねこ)という言葉があるのだとか。
ことに来客があるときなどは人前に姿を現わさない。
餌を食う時だけ姿を見せる猫。アク コ もそのような猫だった。
ところが父の自宅ホスピスが始まると、人の出入りが多くなったものだから、
姿を見せ、時には人の輪に紛れていたりして驚かされた。
父にだけ懐(なつ)いていたから、毎夜父の寝台の下で寝た。

アク コ はそもそも野良の子で、虚弱に生まれたためにわが家に居ついた。
母猫に生きた餌を食わされて育ったけれども、自力で獲る力はないだろうと見くびっていたら、
昨年の秋には、言葉にするのもおぞましい長いものを獲って家に持ち込んだのでひっくりかえった。
しかも信じられないことに、アク コ が齧ったのか、長いものは出血しながら暴れた。
田んぼの側溝に流してこいと母にどれほど言われても、
わたしがそれだけは勘弁してくれと頑なに拒んだものだから、鰐号がしぶしぶ出動し事なきを得た。
アク コ は普段から、うまく手を使い蓋のある器からも盗み食いをする知恵があったので、
出入り口をきちんと閉めない鰐号に、猫が入って来るからちゃんとしてくれなければ困る、と
注意するいい口実も作ってくれた。

アク コ は、わたしたちが父の命日に一周忌の人寄せを終えた途端に、ほとんど物を食わなくなった。
医者に言われて振り返れば、年が明けると多尿期に水を大量に飲み、それを過ぎて乏尿期に入っており、
見た目にも衰弱がわかるようになっていた。
まもなくだろうと感じたので、医者にはっきりと診たてと方針を言ってもらった。
「一週間までもたないでしょうが、見ていると、生きたいように見える。動けないけど動きたい気があります。
外に行きたがったら連れていくとか抱いて外を見せるとか、楽しみは取り上げないでいきましょう。
口に入れれば食べ物を吐かずに飲み下すのだから、食べられないだけで食べようという気があると思います。
点滴はミネラルと水分の補給にしかなりません。口から栄養を摂るに勝るものはない、
だから三時間おきの強制給餌でいきましょう。
それから、必要以上に始終顔を覗き込んだり声を掛けたりしないで、いつもどおりでいきましょう。
あんまり構われたら、生きた心地がしないでしょ?」
『生きた心地』とはびっくりするような表現だ。
生きた心地、生かした心地。数日間、それだけを思った。

いよいよかと思う晩、寿司とたらちりを用意して、家族全員で食卓を囲んだ。
父もそのような最中(さなか)に呼吸することをやめたのだったが、アク コ も同様だった。
不思議な符丁など、わたしは信じないのだが、父の命日から十日後の同じ時刻に逝ったのには驚いた。
九年間、よくがんばってぎりぎりの生を生き抜いたと思う。動物とは天晴れである。
アク コ は死ぬまで生きた心地がしていただろうか。




ブチ コ の話  本日の産声 四
ブチ コ の話  本日の産声 五
クロ の話    時おりの休息 無口な猫

アク コ
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by NOONE-sei | 2009-02-21 04:01

数のない夜  死がふたりを別つまで


 ・メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい

前夜に書いた、『病める時も健やかなる時も』にはつづきがある。
・・『死がふたりを別(わか)つまで』

子犬が生後半年になって、先住犬のシワ コ とすこし折りが良くなってきた。
どちらが譲ることを覚えたのか、見て見ぬ振りを覚えたのか、
どちらもだと思いたいところだが、実際のところはシワ コ が力の抜き加減を覚え、
ペロ コ はシワ コ に慣れたんだろう。

相変わらず周囲には無頓着に無邪気なペロ コ に接するのは、ある意味気が楽だ。
シワ コ との十年は、切なかったり気づかったり、濃いものがあり、
傍らに寄り添っていても周囲に気を張り巡らせ野生を失わずに距離を置くシワ コ は、
いつもわたしと神経の糸が繋がっている。
一方ペロ コ は、シワ コ のように気配を読んでわたしの視線や行動を追わないので、
糸がまったく繋がらない。
たとえ乱暴に扱っても誤って踏んづけても、シワ コ に感じる切なさや憐憫を感じない。
わたしが指をさしたらシワ コ はその先にあるものを見るが、ペロ コ は指そのものを見る。
日本語がわからないので、ぼぉっとしている。

シワ コ は、王様に言わせるとわたしと一心同体なので、そばにいるのが当たり前だった。
けれどもペロ コ には、言葉にして言ってみた。
言ったところでわかりはしないんだが。
「一生、一緒にいようね。」
ペロ コ がどれくらい生きるかはわからないが、長く生きてほしいと思う。
わたしにとって、犬を飼うことは日常で、ペロ コ が最初の犬でも最後の犬でもないけれども、
ペロ コ にとってはここで生きるのが全てなのだと、いまさらのように気づいた。

シワ コ は従順でありながら気難しい犬だったから、母はすこし距離を置いて扱っていたが、
ペロ コ のことはかわいくてかわいくて、普通の犬にやっと会えたような気持ちになるらしい。
その天真爛漫さに、気持ちがほぐされるのだろう。
父を失って一年、記憶の中の父に恋をし続ける母に、笑いをもたらしてくれるのは子犬だ。


死がふたりを別つまで

まるでそこで終わりのような文言だけれども、父と母、ことに母にとっては、
病める時も健やかなる時も、死がふたりを別(わか)つまで  ・・ではなく、
病める時には揺れ惑い、やがて死がふたりを別ち、そうして初めて健やかに愛が訪れている、
そんなふうに見える。

本日の犬たち
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by NOONE-sei | 2009-01-31 03:00 | 数のない夜(23)

数のない夜  病めるときも


 ・メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい

もうじき父の命日。
ちかごろ、わたしの「記念日反応」が朝になるとやってくる。
目が覚めると、そこが病室なのか家なのか、よくわからない。
なぜだか病床の父がいなくなっているような気がして、
看護士詰め所で一睡もせずに働いている父を迎えに行かなくちゃ、と思う。

朝、よく病院から電話がきて起こされた。
父がずっとぴかぴかに起きて、騒いでいるから来てくれという知らせ。
見えないものが見えたり、居ないひとがいたり、
看護士たちは、夜の病院で繰り広げられる長い架空のお話には慣れっこになっているのだが、
父は働きづめだったから迷惑をかけた。
夜中に様子を見に行くと、父の隣の空き寝台で、たたんで重ねた布団の上に日誌を載せて
お座りして書きながら父の相手をしてくれている看護士の後ろ姿を何度も見た。
やがて寝台から朝方転げ落ちるようになってからは、寝ずの番で付き添うようになったから、
もう朝の電話はなくなったのだけれども今頃になって錯覚する。

結婚式で訊かれるだろう?病める時も健やかなる時も、あなたは愛し続けられますか。

母はぴかぴかになった父を「あれはお父さんじゃない」と言った。
だから付き添いたがらなかったし恐がった。
水が引いたように透明な眼差しになって、静かに話ができる時もあったのに、
その静けささえも恐がって避けた母は、もったいないことをしたと思う。
死への恐怖を最後まで口にしなかった父を 王様は「雄雄しい」と今になって振り返る。
医者がいいと思うことを心底受け入れてその先の先にあるものをとやかく言わない、
そういう日々の積み重ねを意識が遠のくまで淡々と繰り返した。

父が死に対して淡々としていたから、律し続けていられたから、母は今になって
「あんなに早く死んでしまうとは思わなかった」と言う。
わたしは何度も「思っているほど長くない、後悔のないように」そう言ったのだけれども。
人間というものは、見ようとしなければ、聞こうとしなければ、目にも耳にも入らないもの。

一年を区切りに人寄せをする準備で、母は毎日、父の笑顔の写真を探している。
古いアルバムからはがした懐かしい写真を毎日わたしに届ける。
それをわたしは内心苦い思いで淡々と受け取る。
母の納得いくだけの数がたまったら、集った人々に見てもらえるような体裁のものにする。

ほんとうは父の写真を見たくない。
記念日反応には慌てず自然なこととして受け入れて、
ちゃんと泣いたり悲しんだり、実感がないことには実感が伴うまでなぞってみたり振り返ったり、
無理に蓋をしないで向き合えと聞く。
そうすると、弔いも回復も為され精神を傷めないのだとか。でもわたしは写真を見たくない。

病める時も愛していられますか。

母は父と連れ添って、おばちゃんにもお婆ちゃんにもならずに女の人のまま歳をとった。
病める時に愛せなかった母は今、写真の中に恋人を見ている。
病んでおらず健やかな笑顔の。



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大工仕事で塗りをせず白木のままにしたい時、
これは「とのこ」といって、木目を最後に綺麗に拭きあげるもの。
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by NOONE-sei | 2009-01-28 03:05

98夜 赤いかまぼこ


ゆく年くる年。
明けゆく年くる佳き年という意味だろうか。
正月の来ないわが家は言祝(ことほ)ぎを言わない。
言わないままゆく年とくる年のあわい狭間でよろしくを言う。

おせちの準備をしなかったけれど、ひとりで暮れの買い物には行った。
大きな店舗には家族連れの客がごった返しており、
晦日に食べたいご馳走を選んだり、元旦に食べたいおせちの、出来合いの素材を選んだり。
その晩の食卓の賑(にぎ)わいが見えるようだ。

一昨年までは、父が暮れの買い物をしていた。
食料の買い物が好きな父と、それが嫌いな母。
料理をよくする父と、料理が嫌いな母。
母は、父のいいところの影響を受けろよと言いたいくらいに
父の人懐(ひとなつ)こさとは縁遠い。
どうしてこういう組み合わせかなぁと不思議になる。

お神酒徳利(おみきどっくり)とは酒を入れて神前に供える一対の徳利。
転じて 同じような姿をした一対の人や物。
一対とはいい言葉で、父と母は似ていなかったが一対だった。

暮れに、母の冷蔵庫に赤いかまぼこがあって驚いた。
正月の来ないわが家、わたしはにんじんの赤が入らない煮しめを作ったというのに。
聞けば、かまぼこが食べたくなって買ったら、
売り場には正月準備の食料品が並んでいるのでたまたま赤かったという。
そういう、こだわりがないというよりも屈託がないところが母にはあって、笑ってしまう。
父と母がよく行ったラーメン屋になぞ、いないだけで悲しいから行くのが嫌かと思いきや、
存外平気でわたしを誘う。

通夜も斎場も告別式も、涙のなかった人だから周囲は驚いていたけれど、
わたしとふたりになるとこんなことを言う。
「お父さんはわたしがお父さんを好きなくらいにわたしを好きだったかな。
 わたしはこんなにお父さんが大好きなのに。」
それでいて仏壇に花を飾るわけでもなく、墓に足げく通うわけでもない。

赤いかまぼこを買うひとは、今でも父を愛していて、あの世とこの世のあわい狭間にいる。




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皇族のお屋敷、お姫さまが使うような鏡台。
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by NOONE-sei | 2009-01-06 03:11

97夜 明けても暮れても


いや、暮れたら明ける、のまちがいだろう?

今夜は暮れの三十日、わが家はまだ喪に服していて「歳とり」をしないから、
家族みなでゆるやかに静かに過ごしたかった。
じいじを失った鰐号めは、相も変わらず太陽でわたしを惑星にするのでそれもままならない。

はたちを過ぎたとは信じがたい日々の言動に血が逆流して、久々の乱闘になった。
鰐号は、引っ張られた耳は痛かろうが、人の気持ちを思えという言葉に耳は痛くない。
わたしは咳をすると鎖骨にひびく。
『咳をしてもひとり』は、尾崎 放哉(おざき ほうさい)だったか?
そのようなよるべない孤独の極みを知れとは言わないが、
男の子なら、そろそろ「ひとり」を知ってもいい頃だ。

男の子は早いうちに一人暮らしを経験するべきだ、と思っている。
一人になったことがない人をどうこうは思わないけれども、
地方にあって長男で家から出たことのない男性に、
ちょと惜しいな、と思うなにかを感じることはよくある。
とりわけ鰐号のような「なに様」ぶりの著しい者には必須じゃないかと思う。

幾度か促してきたのだが、うやむやになってしまうのは、
必要性を感じていないからだろう。
けれども、この乱闘で嫌な思いを引き金にして不承不承(ふしょうぶしょう)、出ざるを得ない、
それでもいいんじゃないかと思う。
暮れても明けても安穏と家がある、というわけにはいかない。

ところで、母 西太后から、そろそろ西太后の称号を外してやろうかと思っている。
父は理のある篤いひとだったが、母を大人にしないでしまった。
父が亡くなって、わたしが父の代わりになっていたが、
ちかごろようやく、変化がみえはじめている。
泣いて訴えたこともあったし、耐えたこともあったし、
それでも母というひとは変われないと思っていたら、そうではなかった。

ひとは、いくつになっても大人になれるものなのだな。
鰐号も、明けても暮れてもではいられないだろう?




今夜は冬の書庫。ほとんど漫画ばっかし。


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                                               (thanks Lococo)

あれぇ?
古い漫画を重複して撮っている。 ・・ぼんやりだなぁ、まぁいいか。
あれぇ?
文字が読めない本がある。 ・・ボルヘスの「伝奇集」とサキ傑作集の文庫だ。
でもまだ読んでいないから、これもまた ・・まぁいいか。



カテゴリをすこし整理しました
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by NOONE-sei | 2008-12-30 03:07 | 趣味の書庫話(→タグへ)

93夜 鰐号ぺろ号


脳は鎮まれと言っているのに、五官が騒ぐ。
匂いだったり色だったり気温だったり、
季節が既視感を呼び覚ます。
記念日反応という言葉がある。 ・・アニバーサリー・リアクション。
誰かと別れたり何かを失くしたことを思い出し、大概はメランコリックな気分が伴う。

九月は胸がざわざわした。
十月はもう落ち着かなくなった。
父との別れをなぞる日々が来た。
それは誰しも、当たり前にやってきて、当たり前に流れ込んでくる感情なのに、
わたしには何なのかわからずに、ただ焦り動揺した。

家族がひとり欠けたのだから、わたしは子犬を飼いたいと思っていた。
みんな寂しかった。わたしは泣きそうに悲しかった。
けれど王様が許してくれなければ叶わない。
あるとき、王様が母 西太后に、つい冗談めかして水を向けたものだから、
まずわたしの、次に鰐号の、水が堰を切った。

子犬を探して迎えることになったものの、大きな問題があった。
西太后は犬を飼うことに反対で、わたしたち三人はぐるになって秘密裏にことを進めた。
王様は腹が痛くなるほど西太后にどう告げようかと悩んだけれど、
ついに告げられず、現物を見せてしまおうという乱暴な結論になった。

こういう時、西太后に強い鰐号が、力を発揮する。
「ばーちゃん、大学の近くで見つけたから。犬生まれたって貼り紙。だから貰って来た。」
三人で見に行ったら可愛いから貰ってきちゃった、と、そういうことになった。
探していただとか、どこから来ただとかは、うやむやにしてしまおうと。

西太后はびっくりしたけれど、見たら可愛いに決まっていると、わたしたちは知っていた。
昔、父が趣味で犬の繁殖の犬舎をやっていた頃、
実際に犬たちの世話をしたのは西太后だったから、犬のことはよく知っている。
だからこそ、十分に飼ってやれる状況と自信がなければ賛成しなかったのだ。

子犬が来て数日が過ぎた。
母が子犬にじゃれられて、声を上げて笑った。
もう、子犬は十分にその役を果たしているように思う。

ところでその子犬、大学の近くに居たことにしたからといってお利口かどうか。
・・門前の小僧が経を読むとは限らない。



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わたし:
  ねえシワ コ 、相談があるんだけど。
シワ コ :
  はい。
わたし:
  子犬が来たら、遊んでくれる?
シワ コ :
  はい、いいでしょう。


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アク コ :
  なんにも聞こえない、聞こえないからねっ。


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シワ コ ・アク コ :
  そういうわけで、、、、

はじめまして
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by NOONE-sei | 2008-10-28 02:29