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4夜 人の噂も七十五日



ほんとうは七月にこのおはなしを書いていたのだけれど、カギをかけてしまっておいたよ。
はなちゃんは四月十七日にみまかりました。
案じてくれたかたがた、見守ってくれたかたがた、応援してくれたかたがたに深く感謝します。
そして、身内ではありますが、ずっとはなちゃんのそばにいてくれたペロ コ とテン コ に感謝します。
四月十七日はシワ コ の誕生日でした。
符牒を合わせようなどとは思わないけれども、なんとも不思議なことです。




人の噂も七十五日とは、世間で人があれこれ噂をしていても、それは長く続くものではなく、
やがて自然に忘れ去られてしまうものだということ。

忘れたいこと、忘れられないこと、忘れたほうがいいこと、忘れないほうがいいこと。

はなちゃんが父のもとへ去って、七十五日が経った。
毎日朝夕はヘルパーさんが車椅子に乗せて庭を見せたり庭に押していってくれたりしていて、
その晩にはいつものように梅酒を飲んで元気におやすみを言ったのに、
朝様子を見ると呼吸が止まってすぐだった。
そんなふうに呼吸に異状が起こり、すぐに吸引して持ち直させることがそれまでも数度あったけれど、
今度は引っ張り上げることができなかった。
救急車は呼ばず、家で蘇生の手を尽くし、お医者の指示を片手に持った電話で受けながら
「心臓を押すその手を止めなさい。はなこさんもう充分にがんばった。きっと苦しくなかったよ。」
そう言われてやっと引き戻せないことを知った。



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今日は秋の彼岸。庭の彼岸花が真っ赤に咲いている。
もうそろそろはなちゃんにお別れをいわなくちゃ。

はなちゃん、さよなら。
おとうさんがずっと待っていた安達太良山に行ったんだね。




     
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by NOONE-sei | 2016-07-01 03:34

2夜 どっちつかずの夜


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お写真は昨年初夏の蔵王高原、ヤギと跳ねる子どもたち。
ちょうどその頃は、東北各地の山の噴火が危ぶまれたり地震が起こったりした時期で、観光地は客足が遠のき静かだった。

地震には、3.11から長く続いた余震で徐々に体が強く反応してしまうようになって久しい。
自然界の変動は突然やってきたり息をひそめたりする。
昨年までは、3.11が近づくと地震の数が増えて、忘れるな、と思い知らされていた。
だから今年の3.11もきっとそうなのだと構えていたらちがった。
数日前に久々に地震はあったものの、ごく小さなものだった。
自然界というものはあまりに大きすぎて、抗うということができない。
構えると肩透かしを食わされ、忘れかけていると気まぐれのように恐いものを突きつけてくる。

抗えないならどうする?小さく丸くなって耐える?変動が行き過ぎるのを物陰から待つ?
できることはないのか考えながらまっすぐに見据える?
人間の微力でどうにもできないものをどうにかできるようなつもりになった驕(おご)りが、
原発の再びの稼動を始めさせていて恐ろしい。
わたしたちが生きている間に鎮めることのできないものが、この地ではあちこちに積み上げられている。
除染作業がまだ続いていて、剥がした表土はシートを被せて敷地に置き、
美観を甚だしく損ねつつ恐ろしい存在主張をし、またはシートで覆って土中に埋めている。
放射能に汚染された土は鎮められたのではなく、長い時間、いや気の遠くなる年月隔離しておくだけだ。

気の遠くなる年月だとわかっているのに、原発で避難して故郷に帰れないままの人たちに、
もうあそこには戻れないんだと告知しないのはなぜなんだろう。
いつまでも故郷を思い、仮の地と馴染むことのない人々が大勢近くに住んでいる。

ちかごろ、苛々して人に当たる人に遭遇することが幾度かあり、
そういう人の心根までは到底わからないけれども、
その反射に近い苛立った言動が浅ましく人を傷つけるのを見過ごせず、
近寄っていって「そんなに怒んないの。ね。」と声を掛けてしまったことがある。
日々の生活の中で蓄積されたものか、環境が思い通りにゆかない悲嘆か、いずれにしても
自分で自分の発露が止められない哀れないきものになってしまいそうな時、彼または彼女は声を出す。
そんなせっぱつまった声をとどめようとするのだから、
わたしは殴られるのを覚悟しているのだが、声掛けをすると彼らは行動だけでなく目までが止まって、
しばらく機能を停止してしまうので、仕方なくそっとその場を離れるしかない。
自然の変動が人の気持ちに揺らぎを与えるのか、大地の揺らぎが不安を煽るのか。
依って立つべき地を持てない寄る辺なさをこの先何年彼らは抱えてゆくのだろう。




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今日は震災から五年と一日目。
震災の傷みはフラッシュバック、原発による不安はフラッシュフォワード。
六年目になってもなおあるこの苦しさや閉塞感は、未来に重くて永い不安を見ているからだ。
過去なのか未来なのか、どっちつかずの昨日を終えてほっとした。
3.11は、理性でなく感情がざわつく日だから。
ことに昨日は朝から、五年前と天候がよく似ていてざわざわした。
こんな日にあの曲は聴きたくないな、と思っていたら聴かずに済んだ。
『見上げてごらん 夜の星を』
何か悲しいことが起こると流れる曲。
わたしには世界でふたつ、嫌いな曲があるんだが、その三番目にこの曲を入れることにした。
ひとつは『四季の歌』ふたつは『千の風になって』その三番目だ。

今日は、五年前にやっと耳が開いた頃に聴こえてきた曲を久しぶりにテレビで聴いた。
ずいぶん前の曲らしいんだが、それをどこでどんな状況で聴いたのかが鮮烈に蘇った。
五年前だって今だって、どっちつかずの日の夜の星は見上げたくない。

SMAP『この瞬間(とき)、きっと夢じゃない』





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今まで外に食べ物を干すのをはばかっていたのだけれど、近隣で除染作業を終えたので干しリンゴを作ってみた。


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リンゴチップスは甘みが凝縮されている。でもリンゴってほとんど水分なのね。


おまけ
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こちらは煮リンゴ。

獣たちの昼寝とはなちゃん
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by NOONE-sei | 2016-03-12 11:50

1夜 「寒さも忘れる人と、冬を過ごそう。」

 ・メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい


母、はなちゃんが夏に緊急入院して、退院してから二ヶ月とすこしが過ぎた。
わたしはもうはなちゃんを家に帰したいと言って、病院から自宅に連れて帰った。病院や施設を転々とするよりも、家がいいと思った。
入院していた病院ははなちゃんが「食べる」機能を思い出す訓練を言語聴覚士にさせてくれた。
福祉に関わる大勢の人が計画を立ててくれ、毎日朝夕ヘルパーさんに助けてもらって、家での介護が手厚く受けられるようにできた。
寝たきりになったはなちゃんは、わたしが作るペースト食を食べる。訪問看護師が定期的に家でバイタルチェックをしてくれる。
往診を専門にしているお医者とも出会うことができた。お医者は、急変してもあわてて救急車を呼ばないようにと言った。
このウェブログを長く読んでいる読み手は、おや?と思わないか?父を自宅で看病したことと重ならない?

はなちゃんの介護ベッドの上には毎日ぺろてんが一緒に寝ている。
五年近い介護の中で一番穏やかな日々を過ごしていたのに、今度ははなちゃんの「飲み下す」という機能に異変が起きてしまった。
はなちゃんは認知症とパーキンソン病なので、脳からの食べろという指令が混乱し、飲み下す筋肉がこわばり始めた。
呼吸を確保するために喉に痞(つか)えた痰の吸引が必須で、これができないと自宅介護(看護)が崩壊する。
わたしは父の時にもそうしたように、いや父の時よりも頻繁に、吸引のチューブを使って苦しい息を和らげてやる。
もし、クリスマスになにかを願っていいなら、はなちゃんの意識レベルがすこしでも長く維持できますように、と思う。
意識が混濁し、昏睡するほうが本人は楽かもしれない。けれど、たまに電流がつながるようなわずかな会話の疎通を大切に思う。



                                *    *   *




よし、それじゃ、ささやかな聖なる夜のおはなし。
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クリスマスだね。
こんなカードをもらったよ。
今年は雪がほとんど降らなくて不思議な冬だよ。

ゆっくり絵本を読んでお昼まで過ごしてみる?

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ぶどうといちじくのおやつをどうぞ。


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こんな絵本があったよ。
わたしはこの訳者、村上春樹の小説を一冊も読んだことがない。


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こんなおじさんが登場するおはなし。


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おじさんに災難がいろいろ降りかかる。これを冒険と言っていいのかな?




次は、まど みちおの詩集。
このおじいさんが亡くなって、わたしはとても悲しい。
このひとの詩は胸が、なんというの、きゅんきゅん鳴るというの、きしきしと軋(きし)むというの、とにかく、なにかでいっぱいになる。
だれよりも、何か強いことばやちからで追いかけてきたりしない、静けさのある時間をくれる。

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なつかしい絵かきさん。


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うつくしい詩。





さてっ。お昼だよ。ごはんを食べに行こうよ。

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お昼にはちょうどいいごちそうだったかな?





さてさて。家では獣が待っている。
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獣たちと遊んでいたら夕暮れになってきた。
と思ったら、すっかり夜に。
冬の夜は早くやってくるから、なんだかそわそわしないか?

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獣にもごちそう
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by NOONE-sei | 2015-12-25 11:59

100夜ひとつ前  とくべつな夜


99夜には死のおはなしを 
100夜には目出度さを
 
褻(ケ)の場が晴(ハレ)の場にくるりと転じて100夜を迎えるような仕掛けの王様の千と線。
ほんとうなら、今夜が600夜目のおはなしなのだけれど、
今夜は3.11 特別な夜だからね、100夜のひとつ前というお題にするよ。


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畑ではフキノトウが、霜でかじかんだ土から芽を出したよ。


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庭では福寿草が咲いたよ。今日は雪が舞っていたというのに。



あれから四年が経った。
日々を静かに過ごしているものだから、悲しみは静かに閉じ込めて蓋をしておいたつもりだった。
だからテレビの特別番組には困った。
ほんとうに言葉が音としてしか聴こえなくなった母とふたり、それを観ながら夕餉をとっていたら、
画面に、あの日に生まれた東北の赤ン坊の顔がたくさん映し出された。
わたしの知人も、震災の翌日に出産して言葉にできないような思いをしていた。
画面を見た母が、「どの子どもも、みんなほんとにかわいいねぇーーー。」と無邪気に言った。
母から脈絡のある言葉を聞くのは久しぶりで、なんだかぐっときた。

そして次の場面で、うちから三十分ほどの小学校の子どもたちの歌声が流れた。
子どものひとりが、「こんなに、ストレートな歌詞を(仮設住宅や被災した人)みんなの前で、歌っていいのかな、と、
とても、まよいました。」と、ひとことひとことをかみしめるように話した。
わたしはその歌を初めて聴いた。
あまりに飾り気がなくて、直接的で、距離を置いて聴けなくて、泣けてきた。

阪神淡路大震災から二十年が経った。
でも信じられないニュースが絶え間なく続いたあの日のことは忘れない。
二十年目の日には、この地も揺れた。
神戸の子どもたちは小さな頃からその歌を歌ってきたのだという。
それを今、福の島の子どもたちが歌っている。

情感で歌われたらたまらないので、ロックバージョンをここに。



□習いごと その一
宮城の名取市閖上(ゆりあげ)で、赤貝が採れるようになったという。
福島の相馬では北寄貝(ほっきがい)漁が盛んだったのだけれど、
原発汚染水の問題で、まだ試験操業しかできていない。
それでも名産を知ってもらおうと、漁師の奥方たちが浜料理の講習会に来てくれた。
浜通りの気質はこの地のような中通りとはだいぶちがう。
二枚貝の開(あ)け方を楽しく教わり、試食し、礼を述べて解散の時になって、家も土地も船も流され、
地元の消防団として住民避難の誘導の最中に津波に巻かれた家族がまだみつからない講師もいたことを知った。

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貝の開け方、じゃなくて剥(む)き方


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刺身にするには身が不揃いの貝とねぎを刻み、味噌と砂糖で調理。


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北寄味噌。すばらしく旨い。


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いただいたレシピ集




□習いごと その二
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春の花のアレンジメント講習で作った花かご。




□美しい雪景色
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よく晴れた日曜日の山。


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雪面に映った樹木の影。葉脈という言葉があるのだから、これはさしずめ幹脈?


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樹木の根元は、よく見ると雪が少ない。樹の体温で溶けるのだろうか。


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あちこちに動物の足跡。


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スノーシューは初めての体験。雪景色、綺麗だろう?

いつもどおりに
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by NOONE-sei | 2015-03-11 23:59

85夜 湯たんぽ


湯湯婆と書いて『湯たんぽ』。それが、湯婆婆と書いた『ゆばーば』に読めてしまう。
しかし見ようによっては、うちではそれが相応しくて毎晩母に湯たんぽをこしらえる。
口いっぱいまで熱い湯を入れると、長時間高温が保たれ朝まで温かい。
自分で体温を調節したり寝床を体温で温かく維持できない母には必需品。
湯たんぽという言葉を忘れてしまった母は、これをこたつと呼ぶ。

寝る直前に風呂に入れても、どうして足が冷たいんだろう。
皮膚から吸収して脳を刺激する貼り薬はほんとうは上半身につけるのだが、
かぶれてしまうのでいつも足先につける。
そのあと皮膚の保護剤を擦り込むと足が冷たい。
小憎らしくてぎゅっぎゅと擦り込む晩もあれば撫でて擦り込む晩もある。

もどかしいのはきっと母もおんなじ。
憶えていることや忘れてしまうこと、理解できないことやまちがった理解をすること、
表わしたいことが言葉にならないこと、それが自分でもわかること、
母はときどきあちらとこちらの世界を行き来して、生きたひとも死んだひとも一緒くたになるけれど、
まったく行ったきりになるわけじゃない。

どんな人生を送ってきたのか今となっては母は語る言葉を持たないが、
きちんと化粧をしようとすることや食器を洗って片付けようとすることや洗濯物を干してたたむ姿を見ると、
身の回りを整えることをずっとやってきたひとなのだとわかる。
昨冬までは湯たんぽを自分でなんとかこしらえていたのもそうだ。
ひとつひとつなにかを失ってゆくのを見続けるのはたいそうつらいこと。
けれどもまだ残存する機能や能力をできるだけ維持させてやりたい。
それがきっと、「家で暮らす」、ということなんだろう。
しかたない。小憎らしい晩も可愛げのある晩も、湯婆婆に湯湯婆をこしらえてやろう。



今夜のお写真は常備菜を。

しょうがを使って
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たまねぎとかつおぶしと醤油



夏に漬けたフレッシュパクチーシードを使って
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しらすの水分を飛ばしてオリーブオイルと黒胡椒



山椒の葉と実を使って
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身欠きにしんと酢醤油

なにが出るかな
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by noone-sei | 2014-01-16 01:37

84夜 めでたさの名残り


松の内もおしまい。
でもなんとなくまだふわふわした気分はすこし残っていて、
このあと、鏡開きと小正月があり、小正月は神棚にだんごさしを飾るからまた神社にゆく。
正月初詣の神社はにぎやかでいいが、小正月の神社はもっといい。
すこしずつ昼が長くなって、真冬の厳しさにも体が馴染み、
粒の大きな雪が降るような鋭くない寒さの神社で小正月の飾り物を売る露天が並ぶと、
それからが本当の寒さや雪がやってくるというのに気持ちのほうは春を目指し始める。
いちばん花のない時季だから、ミズキに挿したとりどりの色鮮やかだんごさしの飾り物はとても華やか。

小正月は薮入りで、嫁も奉公人も、休みをもらって実家に帰してもらえる。
だから女正月とも言い、家長がどんと構えた正月よりも小正月のほうが華やぐ。
ところでこの正月、年末年始と家の中は忙しかった。
食わせてさえおけばいいとも言えるんだが、家族への目配りはいつも以上に必要。
働き者でないわたしには荷が重いので、手を抜いて簡便にできることはできるだけそうした。

母を連れて時々昼ごはんを食べる、飯舘村にゆかりの店は、化学調味料や冷凍食品を使わない。
昔の味を好ましがる母はその店が供する食事の食いがいい。
おかずのことを『お菜(おさい)』と言うんだとか、思い出しておしゃべりし、
いつもは噛み合わない会話がすっきりと通ったりする。

今年のおせちは、思い切ってその店に頼んでみた。
わたしが用意するのはかまぼことか伊達巻とかおおざっぱなもので、
あとは歳夜(としや)の晩に供する煮魚や刺身など、さらに翌朝元旦の雑煮の仕込みまでやってしまえる。
おせちができましたと連絡をもらい、受け取って重箱の蓋を開けてみたらほんとうに手のかかったものだった。
元旦は年賀状を見ながらそのおせちでぜったいに飲む、体調をそのために維持しようと決めた。

わたしは年末年始とほとんど家にいたけれども、王様も鰐号もそれぞれ思い思いに過ごす時間があったから、
三日は半日、温泉の風呂に行かせてもらった。
家族が揃うと誰かしら留守番をして交代で休みが取れる。
四日の午後には女ともだちの家でまるで実家に帰ったみたいにごろごろして本を読み、
あまつさえ昼寝までさせてもらった。
寝ている間にともだちは実家に料理を届けに行ったから、わたしは自分の家は鰐号に留守番させ、
自分はともだちの留守番をしたというわけ。
十日も早いけれど、これって女正月だったのかな。



今夜のお写真は、おせち
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この地の郷土料理、いかにんじんも入っている。

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飲んだ酒いろいろ。
鰐号が酒の用意だけはせっせとし、せっせと注いでくれるのが可笑しい。

新年の獣その弐
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by noone-sei | 2014-01-08 01:20

79夜 亡者のために


本屋で小説の背表紙をざっとながめていたら、「七緒のために」(島尾 理生)という題名を見て
それが「亡者のために」と読めてしまった。
意図した嘘読みは、ちいさなころからのわたしの密かな愉しみなんだが、
その日は眼鏡の調子が悪くて本当にそう読めた。
どんな小説かと手にとってぱらぱらめくると、それは十四歳の女の子同士の、痛々しい物語だった。
亡者のためにという嘘読みは正解ではないが、間違ってもいなかったように思う。

いつの世も変わらず、少女期は苦い。
別れが少女たちを本当に大人にするのか、信頼を回復するちからを少女たちは備えているのか、
それとも求めるものが大きすぎるのか、受け止める奥行きを持つには傷に敏感過ぎるのか、
いずれにせよ少女たちは孤独だ。

少女は寄り添う。そして残酷に遠ざけあう。
ときに、無視という武器を振るい、力関係の、閉じない輪を繰り返す。
きっかけはちいさなほつれ目なのに、長期に渡る無視がまとわりつくこともよくある。
その長期に耐えることでほつれの代償は払ったかと思うのに、いつのまにか、許す許されざる関係が出来上がる。
それまでの、いい時があったことも通い合ったものも塗り替えてしまうのに、やめられない。
それは孤独から生じた執着だろうか。

「愛を乞うひと」という日本映画がある。
もう二度とわたしは観ないだろうけれども、二度と忘れることができない母と娘の物語。
生まれ落ちて最初に結ぶひととひととの関わりがうまくいかないことが、こうも尾を引いてゆくものかと思う。
親と子のことが出発点だと言ってしまえば話は簡単、そして短絡。
けれども無下(むげ)に否定できない現実が実際にはある。
少なくともわたしが知っている少女たちやかつて少女だった者たちは、
情愛を持ったことそれ自体が呪わしいかのように愛を乞うひとたちだった。

いまになって、ひとはみな愛を乞うひとたちなのだと気づく。
ワレモコウ、吾亦紅、我も乞う、、と。
誰かと話していて、このひとも愛を乞うひとだった、と感じることはよくあること、
いちばん身近な母も鰐号も、そしてわたしも、みなそうだ。

母はあるときわたしに「大人になるから」と言った。
母たちの年代のユーモアに、衰えたり老いてゆくことを「大人になる」と言う言い方がある。
もちろん母が言った大人とは、もっと素直に接したり自分の力で物事に対処できる姿を指しているが、
わたしは心の中で、ユーモアのほうの「大人になる」でもまあいいか、そう思ったりする。
それが現実だし、かつて少女だったころをほんの少し前まで持ち続けていた母よりも、
大人になった母のほうがわたしには親しみが湧く。

ところで本屋で嘘読みをしたわたしは眼鏡を新調した。
嘘読みした亡者と盲者も、たいへんよく似ている。




今夜は秋から冬のお写真を。



□十月なかばの安達太良山
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今年は母を連れて二度行ったのだが、紅葉の時期を少し逃したみたい。


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まあまあの紅葉かな。


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このゴンドラで山を上り下りする。


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とっさのことで焦点がぼやけているのが本当に残念。
昨年は牡(オス)のカモシカが車の目の前を駆け抜けて行き、今年はゴンドラの下をカモシカの母子が歩いていた。
仔はむっちりとした、まるでツチノコ?「カモシカのような脚」というのはぜんぜん細くない。




□つい先日の吾妻山
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冠雪。うちも初雪が降った。


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夕暮れの田んぼ。




■おまけ
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安達太良を下りて入った田舎料理の店。
ほんとにいかにもこの地のごく一般的な田舎料理には、煮しめに凍み豆腐、いかにんじん、山菜の和え物、
しその葉の塩漬けのおにぎり、味噌味の芋煮、山椒味噌を塗った焼き団子。


・ご報告
78夜 大学でのこと
その後のご報告です。プレゼンは二週をかけて全グループ終了し、三週目に一位の投票が行われました。わたしのグループは有効票の半数近くを獲得し、一位になりました。
講師は来年の実現に向けて準備を進めたいとしています。


ちいさな来客
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by noone-sei | 2013-11-30 01:10

72夜 春の足跡  参


71夜は、五月だったんだなぁ。
五月に追っかけ追っかけひと月遅れで四月の花見の宴を載せたものだから、
わたしの頭の中は四月で止まってしまっていた。
とうに桜は過ぎ、藤が過ぎ、花菖蒲も薔薇も過ぎ、今は紫陽花とアヤメのすっかり梅雨だ。
暑かったひところが嘘のように肌寒い。

父が亡くなって丸五年が過ぎ、母がいよいよ庭も畑も手入れできなくなって、
王様が畑を わたしが庭の手入れを始めた。
近くに住む友人に、お父さんの畑を受け継いだんだねぇ、と言われて初めて、
それがどういうことなのかを深く知った。

とはいえ、王様は昨年の暮れに出来の良かった初めての白菜に気をよくしているから、
じゃがいも、ねぎ、たまねぎ、にんにくに力こぶを入れているんだが、
近所のおじさんたちが首をかしげるような植え方をしていたりよその畑と違うことに気づいて
王様自身も首をひねったり、ずいぶんと笑わせてくれて面白い。
わたしはと言えば、何年も前に直播(じかまき)したコリアンダーとルッコラが自生して
背の高い真っ白な花々が畑の三分の一を占めると、花畑のような不思議な野菜畑に
やっぱり気をよくして、せっせと葉や種を王様と一緒に人に分けて歩く。
セイさんは西の魔女だね、と友人に言われるその元の本は、『西の魔女が死んだ』(梨木 香歩)
なのだが、わたしはどちらかというと東または北に住んでいるのだけれど。

庭はイングリッシュガーデンではなくて、松が三本もある小さいが池もある日本庭園なので、
樹木の剪定や下草の手入れをしないとあっという間にただのガサ藪になってしまう。
三本も、と敢えて書いたのは、父はこよなく松を愛で、わたしは松の雪落としに辟易したものだったからだ。
毎年、庭師を入れて松をはじめ庭木の手入れをして貰っていたけれども、
松はおそろしく金食い虫で困る。今年は試しに自分でやってみることにした。
だって、松の剪定って、なんだか庭師の王道って気がしないか?
実は移転前の塾の庭には大家さんが植えた松があって、時々いじらせて貰って大変面白かった。
大家さんには悪いが松の手入れの決まりごとなど何も知らないから、
ずいぶんと斬新な松にしてしまったと今になると思う。

追っかけ追っかけのお写真とおはなしのウェブログなので、
松の剪定のおはなしはだいぶ後になるかもしれないが、ちょとお写真を楽しみにしていてくれ。




今夜のお写真は、四月からの時間を動かすために、
そしてわたしの停滞していたひとりの時間も動かすために、桜。



四月から母は認知の力がぐっと下がってしまい、急な下降にわたしがついてゆけず、無我夢中で過ごしていました。
五月の末にはストレスでぎっくり腰になり、週に一度の休みを貰わなければもうわたしが保たないかもしれないということで、いろいろ現実的な調整をしました。
六月はその調整に、母もわたしも慣れる期間であり、やっとこうして今夜はおはなしを書くまとまった時間を作れました。



□あっちの桜、こっちの桜と、母と桜を追っかけ追っかけ

・四月十五日の桜
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しだれ桜


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城の桜


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合戦場跡のしだれ桜



・四月二十日の桜
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寺のしだれ桜


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ソメイヨシノ


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花びら


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山の斜面の花々


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山の斜面から市内を望む



・五月四日の桜
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八重桜 前から見た顔


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八重桜 後ろから見た顔


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濃い桜色の八重桜


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薄い桜色の八重桜

こうして並べて見ると、ソメイヨシノは中庸、しだれ桜はわかりにくく、八重桜はわかりやすいと思わないか?

獣たち
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by noone-sei | 2013-06-30 11:59

69夜 春の足音


春はどんな足音だろう。
ぱたぱたぱた・・ ひたひたひた・・ 
やっと冬を越してえらかったと思ったら、そして心待ちにした花の開花があったと思ったら、
春の足音はもうわたしを追い越して先に駆けてゆくかのようだ。

春の足音は愛くるしい童のちいさな足の運びであって欲しかったのだけれど、
近くの神社の春祭りに、今年も子ども神輿(みこし)は出なかった。
いつもなら子どもたちは太鼓を鳴らしながら奉納箱を持って「お花」と呼ぶ祝儀を集めて回る。
酒樽で作った樽神輿にも奉納箱にも、毎年、とりどりの色薄紙で作った花を飾って、
地域を賑やかに練り歩くのだったが。
今年も祝儀袋を用意して祭りの声を待ったけれども、ついぞ聴くことはなかった。
神社に参ったけれども子どもの姿がない。

この春、鰐号がやっとやっと卒業した時に、市から、原発の放射能が飛散した時期にこの地に居た若者は
ホールボディカウンター検査を受けるようにという指示があった。
めでたい卒業の翌日、保健所で検査を受けてから鰐号は東京に戻った。
限りなくゼロに近い数値を目指した、実際にはゼロじゃない数値の検査なんだろうか。

放射線内部被曝検査測定結果について
健康管理検討委員会からの見解
 今回の測定は、現状における内部被曝線量を把握するためのものでしたが、測定結果から健康に影響が心配されるレベルの数値の方はおりませんでした。
また、預託実効線量(概ね一生の間に受けると計算される内部被曝線量)についても、1ミリシーベルトを超える方はおりませんでした。 ~一部転載


・・で、肝心の鰐号の測定数値は、なにがいくつだったんだ?

お城山に満開の桜の森を観に行くと、0.57とか数字が点灯する大きな線量計が設置してある。
道路では大きな看板に「除染作業中」と書かれた工事のトラックをよく見かける。
今日の町内の回覧板には、△△地域で落盤があり、やむなく町内の近くを汚染土の借り置き場にする、
という知らせがあった。

子どもの声も姿もない、大人ばかりの祭りや花見はつまらない。
花が気がふれたように咲くこの地の春の足音、ぬかるみを歩くような音ではつまらない。
第一、無粋ではないか。



今夜のお写真は、山のカタクリの濃い紫を。


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母を連れてあっちの山こっちの山と、春を追うのに忙しい。
母の足音は近頃ほんとうにゆっくりになってきた。



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山の中の平地には果樹畑。



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地面には青い絨毯が。



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天気がいいので、ちょっとおやつを広げて。



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つくしも地面から。



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小さな沼の周りにはフキノトウが。でもこれはもう育ちすぎ。



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一面、カタクリの群生地。
適度な湿地で木立に陽を遮られると紫が濃くなる。



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なんて美味そうなんだろう。
もう何年も口にしていないのだけれども。



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白い可憐な花は、アヅマイチゲ。


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母とわたしの、夕暮れの長い影。



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物見遊山は仲良くとばかりはいかないので、帰り道には一息ついて、
仲直りに山のカフェでお茶と菓子。 くすくす
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by noone-sei | 2013-04-17 02:04

63夜 さくやこのはな 弐  謹賀新年


はつはるのご挨拶、松の内にはやっと間に合ったかな。

佳き年に 佳きひとと 佳き出会いがありますよう、
ここを訪れてくださるみなさまの幸(さち)を こころより願っています。

    人の幸

返り見すればこれに勝るものはないように思うのです。
昨年は、多くのひとに見守られ支えられた一年でした。




                         *    *    *





さて、今夜のおはなしは約束どおり連続するお題「さくやこのはな」の謎解きを。

『木花咲耶姫(このはなさくやひめ)』という名の姫君がいて、
これはいにしえ日本神話に登場する女神のひとり。
そして『咲くやこの花』というのは、姫の名ではなくて和歌の一部分。


    難波津(なにはず)に
    咲くやこの花冬ごもり
    いまを春辺と咲くやこの花


千両や万両という赤く目出度い実を 松と一緒に門口に飾るのが正月だけれども、
ほんとうは正月から二ヶ月ほどは雪の花ばかりで生花のない時期で、
この歌に出会ったときにはなんだかうれしくなったのだ。
寒いこの地で花を願うのは誰しも同じ。
花には活(かつ)を呼び覚ますちからがあって、そのまわりの空気さえ甘やかな気がする。 

正月に、かるた百人一首で遊ぶだろう?
遊ぶのではなくて競技としての百人一首は熱い。
そこまでではなくとも、ちいさい頃に全首を覚えておけばよかったとつくづく思う。
母がむかし、冬になると茶の間の障子の桟(さん)に百人一首をびっしりと書いた半紙を貼った。
正月までに覚えるつもりだったんだろう。
当時の友人たちとかるた取りをして遊びたかったのだと思う。
わたしもそのときならきっとまだ幼くて覚えてしまえただろうに、
残念なことに和歌に触れるには幼すぎた。

上記の歌は、競技開始に先立って読まれる、百人一首には無い和歌なのだとか。
それを「序歌」という。
この場合、創作ではなくて読み上げるのだから、「詠む」ではなく「読む」でよいのだろう?


では『さくやこのはな』はというと・・
これはわたしの当て字で、『朔夜此花』を当てている。
このウェブログ「王様の千と線」は夜の森のおはなし、
返り見すると冬の森にぽつぽつと点(とも)るような花があったらそこだけ温かいじゃないか?
夜を遡るように、撮りためたお写真を載せる時にこのお題を冠しようと思ったというわけ。
今夜のお写真は王様がお百姓の真似事を始めて、初めて収穫した白菜。



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あんまり目出度いので正月の供え物にしてみたよ。



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十月の初めはこんな感じ。


近隣のおじさんたちにも褒められるくらいの良い出来。
ただし、大根は種の蒔き時を逸してしまったのでちびのままだった。
さすがに本格的なおじさんたちが、どうだどうだとにこにこして立派な聖護院と青首の大根を
食うようにと持って来てくれた。

我が家の鏡餅たち
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by NOONE-sei | 2013-01-05 00:05 | さくやこのはな