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12夜 花の名


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可憐な花だろう?

311から二ヶ月が過ぎた。
月日が流れるのはたいそう大切なことで、
とらえきれぬほどの大きな現実を 一旦、自分の胸に取り込んで咀嚼する時間をくれる。
月日を数えるのはもっと大切なことで、
亡くなったひとや死んでゆく動物や、失くしたものやこれから失くなるものを 
ずっと、思い続けるよすがとなる。
このウェブログはおはなしの手触りを綴っているのに、現(うつつ)の傷がひょいひょいと顔を出す。
震災の傷痕や近くのひとや遠くのひとのことを思わない日はない。

いつか春が来るからがんばれと言われ続けてその春はもう行ってしまった。
言われなくとも十分がんばっているからもう言わないで、三月はそうテレビの映像に答えたかった。
けれど、四月は忘れられていくような気がして、この地で狂ったように咲き続ける花にすがった。
そして五月、畑では実の生る桃の花は終わり、林檎の白い花が咲き始めた。
わたしの「忘れないで」という声を掬(すく)って祈り寄り添い、
「あなたを忘れないよ」と落ち着かせる友だちの声が胸まで届くようになった。

もうじきさくらんぼの季節、夏には桃、秋には林檎。
収穫しても他県の人々の口に入るかどうかは生ってみないとわからない。
米も野菜も果物も、それでも農家は作り続ける。
そしてこの地の人々はいつもどおりの日々を暮らそうとしている。

天皇ご夫妻が、うちのすぐ近くに避難している人たちを見舞ってくれた。
静かに思い続けるこの祈りの前で、貴賎の別なくわたしたちは等しく民の子らだと改めて思う。


                            *

今週から大学が始まった。
昨年の夏、大学は、誇り高いかの地、飯舘村の村長を外部講師として招いた。
福祉学部の学生たちに、村が実践してきた数々の理想的な事業の根幹を成す理念、
血の通った村営福祉施設、質の高い農業と酪農への取り組み、コミュニティの捉え方と展望、
村営書店や「あなたにつなぐ飯館絵本リレー事業」という絵本図書館、等々の講演をしてもらった。
その飯館村の計画避難が明日から始まる。
公務員宿舎や旅館に六千五百人もの村人が散らばることになった。
どこにあっても、このコミュニティの誇りが傷つくことのないよう、心から祈っている。
祈り続けている。 ・・花の名は「忘れな草」。


□までい産品
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トミちゃんが作った料理のたれと菓子。


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この地で一番のランチを少し弁当に詰めて持ち帰った。



□花
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四月の末の果樹畑。桃の花が満開。遠くの鉄塔は東北電力の変電所。



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鑑賞用の花桃には負けるが、それでもこんなに桃の色が紅(べに)のようだ。



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菜の花。土壌の改良にいいと聞いた。
東京電力原発避難区域の一時帰宅に、菜の花の種を蒔くんだと持っていった人がいるという。
なんともせつないはなし。



次の夜から数夜、花や野菜のお写真を連続で載せようと思っている。
もう、ツバメを見かけたので夏の気配なんだが、五月初旬の春は、
やっぱり載せておかないと。

750グラム
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by noone-sei | 2011-05-14 00:10

8夜 ほんとうのおはなし


 ・おはなしの体裁をとっておらず、長く、明るくもないので引き寄せられる人は読まないほうがいい


「王様の千と線」は、おはなしを書くところだ。
でももうおはなしが書けないので、今夜はほんとうのことを書く。

大きすぎてすでに余震とは呼びたくないような地震の連続で、
船酔いが続き、毎日夕暮れになると頭が痛くなるのは数週間続いている。
怖いんだ。

大丈夫?と聞かれても、「大丈夫」と答えたくない。
大丈夫だと言い続けていた王様が、電車が東京まで回復していないので
先日夜行バスで上京して都内の電車に乗ったら揺れがものすごく怖かったと言った。
頭と体の大丈夫への認識はちがう。体は怖さを本能に刻んでいた。
そうしてこの地に再びバスで戻ったら、三十分後に大きな余震があった。
王様に東京に行かれて初めて、行って欲しくなかったんだと自分の気持ちに気づいた。
津波で家を失わなかったから、家族を失わなかったから、
地震で家が壊れなかったから、だからまだうちは大丈夫、なんて、もう言うのはやめだ。

311から一ヶ月が経ち、黙祷したその夕暮れに大余震があった。
わたしは母を連れて本家に行っており、311と同じシーンを繰り返した。
すぐに電話は通じなくなり、孤立感もおんなじ、ただ、テレビだけは消えなかった。

その夜、計画避難の発表を聴いた。
ときどき行ってひとりランチをしていた店はこの地でいちばんの美味い店で、
その店の食材は「飯舘村」のとびきりの肉や野菜だった。
村のトミちゃんがときどき店に来て、トミちゃんブランドを食わせてもくれた。
わたしはトミちゃんの、ミニトマトをひとつひとつ丁寧に湯むきして
オリーブオイルとビネガーとスパイスに漬け込んだマリネの瓶詰めがお気に入りだった。
小正月のだんごさしには、雪の中、村から美味い餅を持って振る舞いに来てくれ、
311がなかったら、彼岸には彼岸まつりでまた
あの美味い餅を寄ばれる(馳走になる)はずだったんだ。
あのトミちゃんはじめその工房の人々が遠くに行かなくちゃならない。
「飯舘村」の人々の、顔の見えるような肉や野菜が、
そしてそれらを生み出す技術や意識が福の島から失われる。

飯舘村は、町村合併の波に逆らって、自立と自律の道を選択したという、
農業も酪農も独自のブランドで誇り高く、丁寧で信用のおけるしかも安価をめざす
意識の高い村で、大学からも教えを請(こ)いに教員も学生も行くような村だった。
だった、という過去形で書かねばならないのが、身がよじれるほど口惜しい。
この地の風評被害を越えてゆけるような道をきっと大学と協同で模索してくれると
わたしは期待していたのだから。

この地の方言で「までぃ」という言葉がある。
例えばあんこを煮る時に、「焦げ付かせないように、までぃにかきまぜて」というふうに、
丁寧に、、という温かい言葉である。
その「までい」を掲げた村はあとひと月でどこかに行かなくちゃならない。

一週間くらいだから、と牛や馬や犬猫を繋いで山盛りの水と餌を置いて、
とるものもとりあえずバスに乗せられた人々がずっとわたしの周囲で避難生活をしている。
一緒に風呂に入りながら、置いてきた動物の話を聴く。
その人たちも学校が始まったからコミュニティをばらけさせられて各地の次の避難所に移っている。
多くを収容するためには旅館がほとんどで、犬猫を連れて来れた人たちも
ペット同伴禁止の旅館に機械的に割り当てられている。

わたしが生まれ育った山あいの温泉町も避難者でいっぱいだ。
三ヶ月は満館、そのあとは予約がまったくない。
地震で損壊した旅館は数軒すでに廃業を決めた。それに伴い、
繁華街のみやげ物屋も十軒近く廃業する。もう、温泉町として成り立たない。

いつまでこんな日々が続くんだろうと思ったら、原発の収束には十年単位だと知った。
ならば、一時的な避難じゃなくて、こんな待機とか流浪の民のような日々じゃなくて、
ダムの底に沈む村や町のように、コミュニティごと移転すればいいと思う。
いつ終わるとも知れぬ疲弊感や、希望を無理して沸き立たせる不自然さと別れて、
ほんとうに再生するためだけにエネルギーを使わせたらどうなんだと思う。
飯舘村には、もう二度と牛や馬や豚を置いてきて餓死させるようなことをさせずに、
役場も大人も子どもも老人も妊婦も動物も、まるごと気候風土の似た田舎に引越しをさせて、
その村づくりの技術や知恵を伝承させたらいい。

犬の散歩にはマスクと帽子と手袋で出掛ける。
カラになった家々や、人が住んでいても窓を開けず洗濯物を室内に干す家々の横を歩きながら、
吾妻山に融け残った雪の形、種蒔きうさぎを見る。
だいぶ耳が短くなってきた。急がなくちゃ、種の蒔きどきを逸してしまう。
まだ本当は手をつけちゃいけないのに、田んぼは田おこしされ、田植えを待っている。
ここいらでは米をそのつど買っては食わない。
自分の家や親戚知人の分は一年分、作らなくちゃいけない。
たとえ市場に出すことはできなくても、米そのものを作らなくなったら田んぼはだめになる。

わたしの近くで避難しているのは、津波と地震と原発の人々、
または土地家屋があるのに原発で連れてこられた数え切れない人々。
県庁が避難をするならもうそのときは、福の島はおしまい。県で残るのは会津だけになると思う。
わたしは、この地を離れるなら、「福島」の出身を隠さなくてもいいところに行きたいと思う。


飯舘村について



□庭の小さな春
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カタクリが咲いた。


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二輪草が咲いた。



8夜は目出度い数だけれど、今夜の8夜は目出度くない。
だから「数のない夜」のカテゴリとする。


口直し
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by noone-sei | 2011-04-14 00:10 | 数のない夜(23)

4夜 島のくらし


浮き足が止まらない。
赤ちゃんの水にお母さんたちが泣いている。

停電や節電に我慢している小さな子のお母さんが、
被災地を思い、ご亭主の疲れを癒す晩酌に「これって贅沢なのかも・・」と、
ちらりと罪悪感を感じる。

それはわたしも同じ。
「たまの贅沢は、素敵でしょ。」と言って友人にドリップで入れたコーヒーを勧める。
そしてちらりと罪悪感を感じる。

今日、王様が三時間並んで三千円分のガソリンを給油できた。
地震後、初めて大きなスーパーに連れて行ってもらったら、
チーズや牛乳はなかったけれども、生鮮食品が並んでおり、
買い物客は大勢いたが、買いだめする様子もなく、
普段どおりに買い物をしていたので、たいそう安心した。
まだ収まらない原発に、重い気分を持ちながら、
それでもできるだけいつもどおりへと、皆の暮らしが始まっている。
そして、やっぱりわたしはちらりと罪悪感を感じる。

九州で暮らす、昔世話になったお姉さまから電話をもらった。
「水がなくなっちゃったの。みんな関東の知人友人親戚の赤ちゃんに水を送ってるのよ。」
とてもとても罪悪感を感じる。

この地に住んでいるというだけで感じる罪悪感。
死ななかったというだけで感じる罪悪感。
被災地は辛かろうと思うだけで感じる罪悪感。
日本中が小さな罪悪感でひしゃげ始めているんだろうか。
この、共鳴音を 耳を塞いで打ち消すには皆が傷ついている。
震災直後の体力と気力が底をついてきた。
本や音楽や映画やスポーツ、日々の晩酌、そうしたものに罪悪感を感じちゃいけない。

九州のお姉さまは、東京電力と国に怒っているでしょう?とわたしに訊ねた。
もう原発がなくなればいいと思ったでしょう?とも。
答えられなかった。それはとてもむずかしいんだ。
罪悪感の出処と、それを並列に並べて迂闊に話すことはできないな、と思った。

電話の本題は、わが家に移住を勧めるものだった。
「考えてみて」と言われたのはある大きな島。
とても具体的だったけれど、それはとてもむずかしいんだ。
日々の重苦しさの出処と、それを並列には考えられないかな、と思った。

・・「島のくらし」?わたし、海では浮き足立って泳げないからやっぱり無理だと思う。




□島というと
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昨秋に撮った宮城県の景勝地、松島。松島の牡蠣養殖は、養殖棚が流されてしまったが、
この点在する島々が緩衝材になって津波の勢いをやわらげた。
今日のスーパーに、牡蠣はひとつもなく、広島からも入荷しないという。
そうなると牡蠣が食べたくて、惣菜で売っていた牡蠣フライを買った。
・・ちらりとある罪悪感、食い意地には勝てない。
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by noone-sei | 2011-03-28 00:10

数のない夜 夢の花


 ・長いおはなしなので時間のあるときに読んでくれたらいい

あとひと月したら、花が咲き出す。
野も山も、桃色、黄色、真白、青の花々が。
そんな景色が見たいんだ、今年も。

誰もいないところで花だけが一斉に咲くのかもしれない。
そう言ったひとがいるけれど、それはさみしい。

お彼岸はお彼岸だから。
そう言っていつもどおりに墓参りをした。
みんな墓に参っていて、どこで買えたのかちゃんと花が供えられていた。
うちも、王様が仕事帰りの自転車で洋花を買ってきてくれた。
王様は先日誕生日だったのだけれど、自分のためでなく父の墓参のために。

わたしは王様の誕生日を忘れていなかったよ。
結婚してずいぶん経つけれど、今度こそ、ちゃんと日付を覚えられたような気がするよ。
誕生日の献立を聞いて聞いて。 ・・ちらし寿司。
地震の前に買ったまぐろはさっと湯通ししてヅケにしておいた。
冷凍しておいた海鮮や缶詰、夏に干して揉みほぐした紫蘇の葉は酢飯に混ぜ込んで。
陸の孤島の食生活は、秋に一年分を玄米で買っておいた米がまだ残っているから大丈夫なんだ。
その数日前には畑のフキノトウをてんぷらにした。
原発の備えとして換気扇を使ってはいけないというお達しがあるのだけが不自然だった。

食生活には不満を感じていない。
畑から、土に埋めておいた大根も掘り出しておいたし、ネギも白菜もある。
青々とした葉の小カブもたくさん摘んだから緑の野菜もある。
買っておいたトマトはオリーブオイルとニンニクと鷹のつめでソースにした。
肉は塩で揉んで日持ちするようにした。
それらを少しずつ、いっぺんに使い切らぬように工夫して、毎日の食卓を作る。
そう、食卓を作る、そういうイメージだ。

被災などと言うのは恥ずかしいくらい、わが家はちゃんと暮らせている。
そしてラジオでは本日現在の死亡者数と不明者数と放射線の数値を定期的に放送する。
さまざまな現場からの生の状況を知らせるメールと音楽のリクエスト、
それらを聴きながらちゃんと暮らしている。
救助された人の数も定期的に放送して欲しいとも思う。

ちゃんと暮らすための食べ物を これまでおすそ分けで人に送ったりしていた。
よろこんでもらったり、調理の仕方を教えてあげたり、食べ物はそんなふうにして
わたしとその人を繋ぐ時があった。
これから、そんなちいさな愉しみが摘まれてしまうのか?
この地や、この地に暮らす人々や子どもは、この先、特別な目で見られるのか?

「セイさんちは逃げなかったの?△△さんちは子どもを飛行機で関西に逃がしたよ。
うちの近所は県外に逃げた家でスカスカだよ。」
高台に住む知人が電話をくれた。彼女の子どもは鰐号と同級生で、看護師一年生。
大きな病院に勤めていて、貴女たちは最後の砦だから、とヨードをひと瓶、
じつはずいぶん前にもらったんだという。
米を背負わせて、高速バスで勤め先に向かうのを見送ったと言った彼女。

「いいからいいから、って患者さん置いてっちゃったんだよ。手続きしなきゃって言ったら。
精神疾患の患者さんに出す薬、ないの。もう、ワイルドになっちゃって。
で、ほかの患者さんがね、わたしたちソフィスティケイテッドされてますねー、って言うんだー。」
ほんとうは笑うところじゃないんだが、「いいからいいから」を合言葉に働く医者。

「六号線の横はすごいよー。田んぼに船がいるんだからナイ、あははは。」
明るくそう言って相馬からこの地まで何十キロも走って餡子(あんこ)を買いに来た菓子店。
「ぼたもち、作ったべか?」避難から帰ったばかりの菓子店に聞きに来た客。
岸のむこうにいるご先祖のために、仏壇にぼたもちを供えたいじゃないか。
お彼岸はお彼岸だから。

「法事は法事だから。」と、幼なじみの一周忌に、原子力発電所から約三十キロの村で
客を三十人も集めて酒盛りをした村の年寄りたち。もう、動く気はないんだそうだ。

庭の福寿草と椿と、王様が買ってくれたチューリップを墓に供えた。
菊はきらい。だいいち秋の花だ。ひと月ののちには、春の花がもっと綺麗だ。


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おまけ
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by noone-sei | 2011-03-22 00:10 | 数のない夜(23)

閑話休題 ふたたび


この地には足の神様がいて、二月十日には山道を登って参拝する。
昼間に大きなワラジを男衆が担いで町を練り歩き、山の神社にそれを奉納した後、
夜になってから皆が山に参る。
「暁まいり」という参拝は縁結びでもあり、一年で一番寒いこの時期の山道は
雪が積もっては日中に表面が融け、夜にふたたび凍るのでつるりんつるりんと登れない。
だから男女は手を取り合って登ることになる。
三年続けて登ったら結ばれるという言い習わしがあるというわけ。

今年は積もるほどの雪がなくてつまらない。
雪道を下りながら眺める市街の灯りはえもいわれぬ美しさなのに。
わたしはこの地に人を招くとしたら、四月の末の、花が狂ったように一斉に咲く数日間と、
二月十日の暁まいり、この二度の機会だと思っている。
けれどもいままで、うまくぴたりと招くことができたのは数えるほど、
暁まいりに連れていってやれた客人はまだいない。
だれか遊びに来ないものか。


                 *  *


ふたたびの閑話休題です。
ちかごろのことを書き綴ってみることにします。



巷で風邪が流行っているせいか、それとも父の命日に気を張ったか、
それとも新しいひととの出会いがあったからか、知恵熱を出して寝込みました。
酒が飲めなくて悲しいし、布団に寝ているとこの世のすべてから置いていかれたようで悲しくて、
休養はかえって気が塞いで悲しかった数日でした。


父の命日は、丸三年経ってようやく法事のない日になりました。
本家から女の人たちが、重箱を持って訪問してくれ、墓参ののち昼食会をしました。
重箱にはきのこごはんと、白菜漬け、酢大根、カブをヨツヅミという実で赤く染めた漬物が。
かしこまった仏事ではないので、白い野菜が多くて色がさみしいこの時期、
秋に採っておいた赤い実で白い野菜には色をつけて漬物にし、
塩で保存しておいたきのこをごはんに炊き込んで食べます。
わたしは根菜の煮物を用意して迎えました。
なんということもない、昔から食べているようなごはんを持ち寄り、
昔から、こんなふうにして女の人たちは法事がなくとも忘れず故人を偲ぶのです。


新しいひととの出会いは、わざわざ場を作ってくれた労がありました。
わたしには時々立ち寄ってお茶を飲む店があって、そこで客は皆思い思いに過ごすのですが、
店主とわたしは年が近いせいもあってすこしだけ話すこともありました。
店主はひとりの女性をわたしに紹介するために早仕舞いしてごはんの夕べを催してくれ、
ご自分も含め同じ年頃の女性三人でおしゃべりする機会を設けてくれました。

その店はいつも丁寧なごはんを心がけているカフェで、
その晩は、塩コンブとサツマ芋の炊き込みごはん、ホウレン草のゴマ和え、
たっぷりの野菜と蓮根団子と春雨のスープ、自家製卵豆腐、国産レモンのケーキ。
お店なのに、思いもよらずご馳走になってしまいました。

白熱灯の照明で心地よく、三人は「ちいさなひとつ」をそれぞれ持ち寄り話しました。
店主は高村智恵子の切り絵の図録を 紹介された女性は小さな内裏雛を
わたしは今年の年賀状の原版を。
なんということない雑談もわるくないけれども、なにかについて話すというのは大切なことで、
ひととひとの関わりにそうした縛りはいい方向に働きます。
大人になってから初めて友人になるということはたいそう難しいことで、
こんな知恵がほどのよさを保つ秘訣ではないかと思います。
そして敬語も、ね。

次回もちいさな夕べを約束していて、次は「遺言状を書こう」というお題。
ちょっと驚くかもしれないけれども、三人とも大切なことだと思っていたとわかりました。
このあたりがわたしと関わってくれる女性たちらしいでしょう?
店主に、お店の採算とはちがうところで夕べを開いてくれた、その理由を聴きました。
「楽しいことを愉しもうというところ、なにか悲しいと思うところ、
その波長が近い人たちなのではないかな、と思えたからです。」という答えでした。
どうぞゆるゆるとこのおつきあいが続きますように。



□マーマレードのケーキ

ケーキはほとんど焼いたことがありません。
ちいさな夕べへの手土産に意を決してオーブンを使いました。
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卵の白身を泡立てて。これを角が立つくらい、というの?


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アーモンドプードルというのはフランス語?
マーマレードとアーモンドのパウダーと小麦粉とベーキングパウダーと砂糖と卵の黄身。


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白身をさっくりと混ぜて。さっくりというのはこのくらい?


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型に流し入れて表面をならして。


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180℃のオーブンで約三十分焼く。なんかちょっと表面が焦げたかも、、。


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しっとりしているケーキです。もともとの夏みかんという素材がいいので、とてもいいお味。
腕前はともあれ、何度も作ってみたくなる魅力あるケーキ。魅惑のケーキと名づけよう。

ちかごろの犬たち
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by noone-sei | 2011-02-14 00:10 | 閑話休題(22)

99夜 一生に一度


「一生に一度は」なんて口にしたことがあるか?
よくよく文字を見ると、なんて差し迫ったような言葉だろう。
一が二度もあるなんて、業の深い。
数というものには、目にも耳にも特別な働きかけをする不思議さがある。
夢にまで見るほど思い描く夢のようで、それはなんだかうなされそうだ。


今夜は99夜。
生と死の境目が淡くなる夜には、いつも死にまつわるお話を綴ってきた。
そしてころりと転じて生の100夜へと。

「王様の千と線」はまもなく五百の夜話を迎えるから、
今夜は四百九十九話目、千の夜の折り返しにはひとつだけ足りない。

こんな夜は力を抜いてしまおう。
読んでいてくれるひとたちの話が聴きたい。
一生けんめいに聴くから、「一生に一度は」の話を軽く聞かせてくれないか。

わたしの「一生に一度は」は、薔薇の風呂だ。
薔薇の花びらが溢れるほどに浮かべられた風呂に入ったことがある。
そのときに、「これは一生に一度は、だな」と思ったのだった。

けれど「一生に一度は」を終えたからといって、死ぬわけじゃない。
再びの薔薇の風呂があったらまた入りたいと思う。

「一生に二度も三度もいつも」があったっていいんじゃないか?



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美しい花柄の本のカバー。東京駅八重洲ブックセンターのもの。
むかしからいいなぁと思うのに一度も行ったことがない。だからこれも軽く「一生に一度は」だ。
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by noone-sei | 2011-01-19 00:10

98夜 花嫁の小正月


小正月は女(おんな)正月。
嫁に行った姉様(あねさま)が実家に帰してもらえる。
今夜は「初嫁さま」のおはなし。

今でこそ嫁ぎ先の姑(しゅうとめ)も若く、核家族を知っているから、
これをわたしに語ってくれたひとは、昔の慣わしを嫁に踏襲させようとは思わない。
そのひとが嫁に来た明くる年の正月には、初嫁さまは親類縁者の家々を回って披露目をした。
結婚式で顔を合わせてはいるが、それぞれの家に訪問するのはこれが初めてだ。
各家では膳を用意して待っている。
嫁ぎ先が一同を集めれば良いではないかと思うが、一軒一軒の敷居をまたぐことに意味がある。
年寄りのいる家では、その目出度さに「まんまたきができてよかったナイ」と言う。
まんまとは飯のこと、まんまたきとは飯炊きする人のことである。

ほどなく子が生まれ、長男を授かると、またもや各家を回って披露目をする。
すると年寄りは、その目出度さに「位牌持ちができてよかったナイ」と言う。
なんて縁起の悪い、と内心思うけれどもその意味を知らない。
子を大きくし、夫を見送り、舅を見送り、二度の葬式の位牌をその子が持った。
それはつい先ごろのことで、「位牌持ち」の意味がようやく解かったとそのひとは言った。

この正月、そのひとの家には「初嫁さま」が居た。
初嫁さまの披露目はもうやらない、そのための結婚式だったのだもの。
そう思っていたら、初嫁さまのほうから「わたし、親戚のおうちに行ってきましょうか」
と言ったので驚いた。もうお仕舞いにしようと思っていた慣わしを若いひとが知っている。

初嫁さまはお百姓の家の出だった。
仕事を持っているけれども実家の田植えもすれば稲刈りもする。
ふたりの結婚式は、五月の田植えが終わってから。
そのひとの家の初嫁さまは、だからジューンブライド、六月の花嫁だった。

初嫁さまは結局、正月の披露目に回らなかったけれど、
位牌持ちをした子は「初婿さま」になって、この小正月、初嫁さまの親類縁者を回る。


□初春の山
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うちから見える吾妻小富士。白い雪の綿帽子をかぶったお嫁さん。お相手は富士山。



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近くの山の地面には、山クルミが。
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by noone-sei | 2011-01-15 00:10

91夜 月は東に日は西に


 ・「鋼の錬金術師」をこれから読む予定のひとは、今夜の夜話を読まないほうがいい

昨日は雲ひとつなく空が澄んで、
こんなに美しい山々の稜線はそう見られないというほど。

そんな日の日の入りはたくさんの色を目にくれる。
山の連なりは青いような紫のようななんとも言えない階調で、
古(いにしえ)のひとなら、わずかな、けれども確かにある色のいろいろを
たくさんの色の名で言い当てられるのだろうに。

そうしてぽっかりと大きな白い月が昇っていた。
月は東に日は西に、そんなことばがあったっけ。

今夜は月蝕だったのだそうだが、外は雨。
昨日と今日をとりかえばやにすればよかったのに、
天はときどき気の利かないことをする。

                  *


ひとり「鋼の錬金術師」まつりをしている。
2001年から2010年まで少年誌に連載した物語が完結した。
作家はひとり立ちするまで、酪農で産業動物の育成と農業に従事していた。
そこは生命が生まれる現場でもあり、自然に反する生命操作の現場でもあり、
生き物の手触りと生命科学が同時にある場所だった。
その背景から窺(うかが)える生命観、死生観、倫理観。

漫画の話である。「鋼の錬金術師」は、
基本の流れがあり、多層構造で物語は幾重にも交錯しつつ、しかし少年誌には欠かせない
勇気や友情や困難を乗り越える要素も入れつつ、そして残酷さや非情さと向き合って
大団円で終結をみた。

漫画は本来、物語だけを切り取って批評されたり論評されたりするものではない。
雑誌「ユリイカ」の中に「・・漫画は、展開だけからなる単層の構造物ではない。
・・殆ど映画的なカットの接続を伴い音声の立体感を伴って、複数の層がぶつかり
干渉し合う動きの中から立ち上がってくるものであり、・・・」という記述の寄稿があった。
しかし敢えて宗教論から身体表象論から幹細胞生物学から等々、さまざまな見地からの
アプローチによる寄稿文が載っているので面白い。
なかには東大生がありったけの論拠をありったけの参考文献の後押しと「私たち」という
人称にやっと支えられて寄稿したものもあったけれど、笑って許そう。
今月の「ユリイカ」の特集は、連載が終わってのおまつりのようなものだから。

さて神や天をその身に取り込みたかったホムンクルス、劇中では日蝕や月蝕が大きな鍵となる。
これが現実だったら、「約束の日」の今夜は雨で大きな野望は崩れるところだっただろうな。
今、大きな雷まで鳴った。
物語のほうは、肉弾戦で野望を砕き、大団円ののち、兄弟は東と西に分かれて円環の旅へ。

そうそう、作家が女性と知って驚いたのは今年のことだったが、
二年前に連載も休まず男児を出産していたと「ユリイカ」で知って、再びびっくりだ。



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隅に手だけが描かれているのは、主に劇中で死んだ者たちなど。


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読者プレゼントでもらったアルフォンスの携帯充電器。可愛い。



春から秋に読んだ漫画の展示会はまたあした。
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by noone-sei | 2010-12-22 00:10 | 趣味の書庫話(→タグへ)

77夜 「血は立ったまま眠っている」


 ・「十三人の刺客」を観る予定のひとは読まないほうがいい



              一本の樹の中にも流れている血がある
              そこでは血は立ったまま眠っている        ---寺山修司
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77夜は語呂がいいので趣味の話を。

この地の町で、あちこちのライヴハウスでさまざまな歌や演奏がある音楽の祭の晩に、
遠藤ミチロウを聴いた。
スターリンというバンドもよく知らなかったし、彼の歌を聴くのは初めてだった。
今は伝説のパンクロッカーと言われるらしいんだが、聴いたらわたしにはたいそう懐かしく、
歌詞というにはむしろ詩だと思われる言葉のひとつひとつは、地下演劇そのものだった。
つまりは生と死を歌い続けているんだと思う。

寺山修司の戯曲を蜷川幸雄が演出した舞台があって、それが「血は立ったまま眠っている」。
遠藤ミチロウは公衆便所の便器に座り、猫を捨てにくるばか者の頭をぱっかんと叩く役だったとか。
そして「血は立ったまま眠っている」を歌う。
ライヴではそのあと下水道の歌を歌い、「ああ 中央線よ 空を飛んであの娘の胸に つきさされ」と
友部正人の歌でアンコールに応えた。

ところでその舞台で娼婦を演じた女優が、映画「十三人の刺客」で四肢欠損の娘を演じている。
崇り(たたり)って恐ろしい言葉だろう?天願というのもそら恐ろしい。
天願成就という言葉は聞いたこともないが、仏教用語にありそうでこわい。
「心願成就」は個人の願い、一切衆生に対して向けられたのが「本願成就」、
それだけでも風呂敷は大きいのに、その上をゆくような天願は想像もつかない。
「十三人の刺客」は、そんな恐ろしい名を持つ監督(三池崇史)と脚本家(天願大介)が、
時代を間違えて生まれ空しい帝王学に生を実感できない歪んだ藩主を藩士たちが、
世のため下々(しもじも)の人のために殺(あや)めるという物語、それを映画にしたものだ。

工藤栄一が監督した前作は文字通り世のため人のためという大義名分をかざしていたのだけれど、
今作は、非道な行ないをいくつかエピソードにして観せるんだが、
切腹の肉を斬る音、矢が刺さる音、藩主になぶられる女たちの鼻水やよだれや血の涙、
そして四肢欠損にされた一揆の首謀者の娘を見た藩士の生理的にタガが外れた怒りを
つまりは最後の暗殺までの原動力としたところが三池崇史の趣味の世界なんだろう。
それらまきちらしたグロテスクなものたちは、三池の悪ふざけとしてしか回収されていない。

過剰に神経を逆撫でするような事象に対して真実を見るという型の人間っているだろう?
むしろ、そうした刺激にしか真実を見出せない狭いところに入り込む型というか。
たいそう疑り深いがゆえに、陰または影に実感を得、陽または日に鈍いというか。
三池のそうした面を映画という大掛かりな手法で見せられたようで気が重い。

映画を観たあと、ふいに「新必殺仕置人」の最終話を思い出した。
昔の記憶なのでほんとうは違うかもしれないのだが、
廃人になった鋳掛屋の巳代松に、いつも使用していた竹筒鉄砲を持たせて大八車に乗せ、
仲間のおていと正八がこれで命が尽きることを覚悟の上で押してゆくラストシーンだったような。
三池の映画にこの切なさはない。本当は描きたくてたまらないように感じられるのに、
なにがそんなに怖いのだか、悪ふざけで隠してしまう。
そうそう、調べたら「新必殺仕置人」は監督が工藤栄一だった。



今夜のお写真は秋の草花を。
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彼岸花の群生地。


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リンドウ。山のリンドウは九月でおしまい、観賞用は色もさまざま。
バンコランで夕暮れにお写真を撮るのはたいそうむずかしい。焦点を合わせられない。


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田んぼの畦道のツユクサ。田んぼは稲刈りで忙しい。


「血は立ったまま眠っている」
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by noone-sei | 2010-10-07 04:12 | 趣味の書庫話(→タグへ)

72夜 ときおりの休息 参  変わらないこと


 ・メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい

変わらないって、どんなイメージ?
変わらないことの良さ、安心感、安定感。
けれど、ものごとには両面があって、
変わらないことは醜悪だったり、怠惰だったり、凝り固まっていたりもする。
変わらないものの最たるイメージ、永遠というものは美しそうだけれど、
躍動に欠けていて老いたままを維持するとも言えないか?

清濁合わせ飲む、という言葉があって、これはとても危険な言葉だと思いつつ、
わたしはよく「折り合う」という言葉で折り合いをつけている。
もしかしたら、ありっこない境地を清濁のなかに見ているからかもしれない。

父を失ったり人との別れがあったり、
許し許される「ほどのよさ」を保つために淡水の交わりで折り合ったり、
悲しいことに変わることへの耐性をつけるために目をつぶったり耳を塞いだり。
後ろ向きに限りなく近い及び腰は、つまり臆病になってしまったからだ。
ほんとうはそれを大人の振る舞いと言えるだろうか。

言ってしまおう。 ・・今年になっての文章が嫌いだ。
どこか真綿でくるんで触りのいいところを泳ごうという意図が嫌いだ。
「王様の千と線」を始めた、破裂するようなものを抱えてどきどきしながら書いていた頃、
わたしは幾度こころが死んでもユーモアがいつかきっと助けてくれると信じていた。
現実が苦いものでも、書くことの苦さで相殺される、どこかでそう思っていた。

ではそれらは皆、塗り替わったんだろうか。
変わって替わって望みどおり、怠惰な安定を手に入れられたんだろうか。

諦めながらそれでももがいてしまうのは、
変わらないのではなくて変わり得ないから?
だとしたらずいぶんとそれは、業が深いものだな。




                          *  *   *



今夜のお写真も喫茶店のつづきを。

□大阪で見つけた喫茶店
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大阪環状線を降りて、ジャンジャン横丁に向かうところ。


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この喫茶店から、可愛いウェイトレスのおねえさんがコーヒーの出前に行くのを見かけた。
すぐ近くの店で将棋を指すおじさんが注文したのかな。


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これからお店が開店、しっかり掃除。


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大阪ではいつも思うのだけれど、食品サンプルが素敵。


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実は午前中。この店もモーニングサービスをやっている。



ところで鰐号が来月、甲子園球場に再び行く。
わたしとの旅が予行演習になって今度はひとり旅。
甲子園から始まって名古屋ドーム、東京で六大学野球、十日くらいかけて野球漬け。
ついこの間までは高校野球に夢中だった。
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by noone-sei | 2010-08-27 02:37 | ときおりの休息 参(12)