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39夜 たからぶね


今日はいいことがあった。
まだ若くて新米の大工の兄ちゃんが、父が長年使った大工道具を貰いに来た。
もう四年もほったらかしで埃だらけにしてあって、
けれどもうちでは大工の跡継ぎはおらず、父の道具に申し訳ないようで、
ずっと気が引けていた。

年季の入った鉋(かんな)や墨壷やノミや鋸(のこぎり)などなど、
たくさんの道具が作業小屋から出されて日の目を見た。
父の四十九日に父の弟子に形見分けのノミを選び出した以来、ずっと眠っていた道具だ。
「用と美」という言葉があるが、そのとおり道具には美しさとちからがあって、
庭に並べられた道具類は壮観だった。
彫刻が施されている道具をいくつかだけ記念に残して、ライトバンに一杯の道具を持ち帰り、
兄ちゃんは時間をかけてそれらを生き返らせる。

四年前、父の弟子が訃報を聞いてわが家に駆けつけた時、
彼は開口一番、「親方、手を握らせてください。」と言った。
夜間高校で学びながら父の元で修行をした彼は父と同じごつごつした手をしていた。
葬儀では弔事を述べてくれ、原稿なしで父の遺影に
「親方、俺はおやじがいなかったから、親方がおやじだった。」
そう呼びかけると弔問客の皆が泣いた。
その強い想いのあまり、弔事の最後に彼は
「セイちゃん!俺は、俺は、、、がんばってもらいたい!」
わたしを大きな声で励まし握手の手を伸ばした。
葬式で親族が「はいっ!」と返事をして弔事の最中に立ち上がるなど、
いままで多くの葬儀に参列したが一度も見たことがない。

新年の蓋(ふた)明け、道具が蘇るに相応しい晴れた日、
わたしは父の葬儀のことを思い出していたけれど、
父も喜んだかもしれないがもう雲の上の人なのでその気持ちはわからない。
なにより、日の目を見た道具たちが、今日一番喜んだのではないかな。
今夜は初夢、宝船の荷はきっとたくさんの大工道具だ。



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兄ちゃんが年始にくれた酒。
年末年始は疲れがたたって調子を崩し、酒が飲めなくて困るんだが、
気持ちのいい酒だから飲まないわけにはいかない。
昼から利き酒。

わが家の鏡餅
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by NOONE-sei | 2012-01-03 01:41 | その六の百夜話 父のお話(2)

38夜 一陽来復


昨年は変な年だった。
そんな言い方ができるほど出来事は彼方には行っていないんだが、
寄る辺ない波間に浮くようなおぼつかなさに抗(あらが)って、
端正に暮らそうと努めてもいた。

もとよりこの一年は、
おかしなことばかりが続いたし続いてもいるし、
自分だけは新年を目出度いと思ってはいけないような気がしていた。
こころからの見舞いの言葉と明くる年の言祝(ことほ)ぎを
いたわりながら述べたい気持ちは同時に在(あ)って、
けれども「誰に何に」相応しい言葉を献ずればよいかわからなかった。

そんな暮れに母の姉が他界して、大晦日が葬儀だった。
遅い秋の頃、母を案じた母の弟が関東から来てくれたので、
母の姉妹弟の四人のためにわが家で姉弟会を開いた。
その無理がたたったとは思いたくないが、その後の健康が芳しくなくなったことは、
訃報を聞いて初めて知った。

一陽来復。
陰が極まれば陽に転ずるという意味。
ほんとうは明日から日が伸びる冬至を指すのだけれど、
わたしは頭を四角三角にして考えた末に、賀状にこの言葉を充てていた。
母は喪中となり、本当に正月は来なくなってしまった。
けれども、わたしが年の暮れに用意した言祝ぎは、
「誰にでも何にでも」、そしてわたし自身にも相応しい言葉だったのだな。




□外にある 陰
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外に陰はあっても同時に内には陽が在る。

 □内にある 陽
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by NOONE-sei | 2012-01-01 02:46

31夜 いま起きていること

 
メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい

田舎では「自分の」のことを「我が」と言うことがあって、
母が父の看病を投げ出したときに本家筋からは「我が旦那だべに」という声が聞こえた。
今度は、現在、その母が急変しひとりぼっちでわたしは対応に追われている。
親類縁者というものは日々の現実は知らない。
知らないけれども「我が親だからナイ。頼むよ。」当たり前のことだからと何度も言われた。

文字通りの親と子、だから当たり前なんだろうか。
産んだから親なんじゃなくて、認識し続けたから親と子なんじゃないんだろうか。
その関係をうまく作れなくてきたわたしと母は、
今、親と子というよりは保護する者とされる者という形で成り立っている。

認知の問題は、緩慢に進む人もいれば、母のように堰を切ったように表出する人もいる。
母は自分に起こっている急速な変化に不安の中で認識があって、
そのことをいたましいと思い、わたしは母を寝かしつけてから毎晩泣く。

この涙が一体なんなのかがわからずに、
ずっとウェブログに文字を綴ることができずにきた。
・・これは悲しみというよりは、憐憫なんだと今日気づいた。




□九月初めはリンドウの季節
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山野草を供する料理屋で添えられていた花。母に生けてもらった。



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吾妻山に連れて行った。高原の花々。



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湿原のリンドウ。



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温泉のつり橋。
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by NOONE-sei | 2011-09-25 01:18

30夜 夏雨前線


秋雨前線(あきさめぜんせん)には注意するように、と、獣医に言われている。
シワ コ は脳梗塞の病歴があるので、気圧の変動が頭に影響を与えるんだという。
秋雨前線は九月から十月の頃。
シワ コ は普段から、秋に限らず雨の前にはそわそわして外に出たがらなくなる。

この夏の雨は人にも厳しかった。
暑さも厳しかった。過酷な自然界は、ずいぶんと試練を与えて、
生きるもの達すべてが文字通り試され続けていたように思う。

311のもたらし続ける数々の容赦のなさや、雨のもたらした追い討ちや、
忘れるな、と、津波警報さえ伴った大きな余震や、耐え難い気候に、
この地の者たちは皆で長期にわたり鬱(うつ)になっていると聞いた。
先日の二時半の余震では久々にラジオで定型句の津波警報を聞いて、
電気も電話も繋がらない311のあの時に「三時三十分に津波が到達する予定です。」と
繰り返し伝えるアナウンサーが、定型以外の台詞「もう来ているかもしれません!」
そう言った時の、奇妙な感覚を思い出した。

試練に振り落とされた者には容赦ない仕打ちがあって、
母の認知力に明らかな問題が急速に表われてきた。
その急激な変化に強く傷つけられ、そのときはまだ認知の問題とは知らずに
わたしは発狂しそうになりながら盆の迎え火を焚いた。
口から言葉という形を持つものが出なくなって、音という声しかなくなったら、
シワ コ が餌を食わなくなった。

そうだった、シワ コ はわたしの体と連動する犬だった。
ちっとも傍に寄って来ず、触ればあさってのほうを見る犬なのに、
体でわたしに反応する犬だったことを、ちかごろすっかり忘れて油断した。
シワ コ に気づかされて、母の変化への手当てをどうするか、
気を取り直したら今はいつものシワ コ に戻った。

母の娘であったことを紐解(ひもと)いて、母がわたしの子どもになることを
よくよく考えてゆこうと思ったら、ふとひらめいて、くすりと笑った。
シワ コ はわたしの犬、ペロ コ は王様の犬、そしてテン コ は、、
テン コ は ・・ペロ コ の犬。
今こうして書いている横で、夜にぴかぴかになった猫が箱に頭を突っ込んで、
出られなくなってぎゃおぎゃお泣いている。




お写真は夏の、あり合わせの昼ごはん。
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野菜たっぷりのポテトサラダ、ミネストローネ。


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とうもろこしと紫蘇のチャーハン、たけのこと人参と新タマネギのピクルス、ナス煮、鶏から揚げ甘酢あん、
揚げ小芋に甘味噌をからめて。もずくとトマトのスープ。

そのぎゃおぎゃおは・・
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by noone-sei | 2011-08-27 00:10

22夜 六月の森


◆本日の百ケ日連打
「天気、わたしをなめてんの?」
天気に呼びかけたところで応えやしない。



梅雨入りは肌寒くて、一旦しまったこたつ掛けをまた出した。
長い長い梅雨、晴れ間には虹を見て喜んでいたら、ここ数日の暑さには参る。

暑いと血管が広がって血圧が下がる。
するとただでさえぼぉっとしているのに、なおなおぼぉっとしたセイの出来上がり。

山の中の森で働いている友人が、
「うちの職場は冷暗所なのよね。山の冷気で建物がひんやりしてるの。
一応冷暗所と言っておくけど、ほんとは内輪では霊安所で通ってる。視える人もいるし。
たまたま働いている人たちみんな血圧低いし。」
なんだそれは。

山の霊の話や、山で死んだ動物を見て不憫に思ったら肩に乗って付いてきて、
整体院に行ったら整体師も視える人でよく揉んでもらったら軽くなったって。とか、
とりだてて特別なことのようには語らないからちっとも怖くない話の数々。
小さなときから視えているから、その人には当たり前のことなんだという。

311の前に、大切に思っているひとには大切だと伝えるよ、と、連絡を取った。
唐突なので不審な印象を与えてもいけないと思い、
今はまだなにかあるというわけではないけれど、という但し書きもつけた。
311の後、巷(ちまた)には予言があっただとか予感がしただとか、
さもそれらしいいいかげんな流布がさまざまあったが、
それらはわたしの行ないとは別のところにあるように感じた。
連絡を取らなきゃ、と思った源を さして自分では訝(いぶか)しくも思わなかったが、
今でも、何故それをしようとしたのかはよくわからない。


                             *


今夜のお写真は、六月初めに歩いた近くの森。
避難者も大勢参加しての歩く会。
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暴れる川の治水には大昔から知恵を出して臨んでいた。



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森の水の流れ。



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立ち枯れた樹や株。



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タイサンボクというのだったか。 追って:ほんとうはホオの木の花や葉だと知った。
てんぷらにしたいような肉厚の花。でも香りが強くて食べられない。



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花や花や葉。名前がわからない。


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歩き終えると振る舞われたおにぎりと豚汁。
じゃがいもだったので芋煮とは言わない。芋煮は秋の里芋でなくちゃ。
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by noone-sei | 2011-07-02 00:53 | 百ケ日連打(9)

21夜 なかなおり


 ・19夜からつづく話

また月が変わった。今日から七月、明日は半夏生(はんげしょう)。
なんともあやしげな言葉じゃないか?

一年のうちでいちばん日が長かった夏至、それから十一日ののちが半夏生とは、
なにやら中途半端でおぼつかない。半夏生とは一年のうちの中休み?
これから日は短くなる一方なのだよ、と、そう言う前に、
暦(こよみ)というものは何故ひと呼吸おくんだろう。

なかなおりという言葉がある。
中治りというのか仲直りというのか中直りというのか、相応しい漢字をわたしは知らない。

それは生を終える前の「なかなおり」といって、驚くくらい一時的に元気になること。
別れのために設けられた自然の猶予なんだろうか。
ほんの一日やせいぜい数日あるかないかの不思議な時間で、
年寄りたちはつれあいを見送ったあとなどに、しみじみ振り返って
「あれはなかなおりだったのかもしれないナイ」と言う。
わたしにはそれが、連れ添った夫婦の、別れを前にした「仲直り」に聞こえる。





◆本日の百ケ日連打
「暦をめくっていた」
鰐号が東京に行ってしばらく過ぎた。
いくつかのトラブルを抱えながらも、この地に戻りたいとはまだ言わない。
だから戻れるようそのままにしておいたアパートを引き払うことにした。
震災で、たてこもりだかひきこもりだかから急に炙(あぶ)り出されたから、
部屋は三月十日そのままだ。
片付けに入ったら暦を見つけた。三月までめくってある。
鰐号のたてこもり半年間はなにもかも停止していると思っていたら、時間は動いていたのだな。
昨日、鰐号は用足しのために二日ばかりの帰省をした。
十日遅れの父の日の贈り物も持って。



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鰐号の荷物を作業場に入れる準備で汗を流した父の日。
ごほうびは十割蕎麦と夕暮れの甘いもの。ほとんど喧嘩はないので仲直りはない。
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by noone-sei | 2011-07-01 00:10 | 百ケ日連打(9)

19夜 なくしたもの


長いこと飼っていた動物をなくした方がいて、
悲しみは悲しみとしてそのまま自分のものとして抱えていかねばならない、
朝、ご飯をねだる鳴き声の聞こえない寂しさ、悲しさも、
ずっと忘れずにゆくのだと言った。
わたしは、「なくす」とは亡くすなのか失くすなのかと考える。

世には時間の経過や日々の暮らしの積み重ねが忘れさせてくれるということがあるけれど、
わたしは業が深いのか、「時間も薬」と言いながらちっとも忘れようとしない自分を知っている。
折り合いだとか受け入れるだとか傷はいつしか癒えるだとか、
そんな触りのいい言葉群を日頃は意識して使っているくせに、
裏腹に記憶を絶対に手放さない自分も知っている。

悲しみが喜びに変わるなぞという経験をしたことはないし、
悲しみの波長が伸びたり縮んだりはしない。
「忘れる」ということは神とやらが子らに与えた愚かな救いの知恵だけれども、
ちかごろ、神なぞ信じないので忘れるために祈ることもなくなった。
「なくなる」とは無くなるなのか失くなるなのか。
壊れたものも死んだものも、替えのきかないものたちは総(すべ)てそれぞれの波長を持つ。

病の動物と死んだ動物と置き去りにされて殺された動物のためには祈ろう。
天に? ・・いや、天の者は今、欠伸(あくび)をしている。だから福の島の名物、虹に。


◆本日の百ケ日連打
梅雨の晴れ間には虹が。
虹は波長の色。
本日見たのは長い長いもの。
長いものと虹は、どうしてこうも漢字が似ている?


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梅雨の数日だけ開かれたカフェ。名を NIJI cafe という。


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遠くの島からわが家にやってきた果物。
美しい名を 美生柑(みしょうかん)という。
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by noone-sei | 2011-06-29 01:22

17夜 くちべにの花


こんな小さい町にも花屋はあって、
それが幾件もあると不思議な感じがする。
人に花を贈る機会はそうはないと思うのに、切花が揃えてあるのはなぜだろうと、
店先の彩りを見るたびに、いつも思っていた。

父が亡くなってほんの数ヵ月後に本家の伯父が亡くなった。
伯父の葬儀には、棺に畑の春の和花がたくさん供えられて印象的だった。
本家を訪ねると仏壇にはいつも育てた花があるのに感心する。
花への思いって、特別なもの?

五月に贅沢な花見を山あいの畑でさせてもらったときに、
こころから礼を述べたら伯母が言った。
「一生懸命に丹精した花だからナイ、観に来てもらって嬉しかったヨ。
んだけども、一番喜んでいるのは、観てもらった花だヨ。」
花が喜んでいる。そんな気持ちでわたしは花を育てたことがない。

月命日にはいつも花を持って父の墓に行く。
安達太良山も吾妻山も見えるいい所に墓があるので、行くとせいせいする。
本家に倣って近頃は庭の花を持ってゆくんだが、背の高い花がなかなかない。
本家の畑には背の高い花がたくさんあったとようやっと気づいた。
墓や仏壇に供えられるよう、本家ではもともと心がけて背の高い花を育てていた。
仏さまが居るようになって初めて、わたしもそうしたことに気づいた。

もう十年も行っていないが、
昔、絵を習っていた恩師の墓参は、寺の近くを通りかかったときに寄っていた。
急に行くものだから近くに花屋もない。
もちろん線香もないから、わたしはいつも、煙草を一本かばんから取り出して、
口紅をつけて線香の代わりに置いた。
・・煙草は線香、では、口紅は花?


                         *


今夜のお写真は、庭の花々を。

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すずらん


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みやこわすれ


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オダマキ


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これもオダマキ。織物の道具に似ているので糸繰草(いとくりそう)と言うそうな。


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ワカラン。名はなんという?


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これもワカラン。


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シラン。ワカランじゃなくて、これはほんとうにシランという名。


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父も庭の花を喜ぶだろう。


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田植えを終えた田んぼ。今はこれよりもっと青々している。


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近所の友人の庭からまっすぐに見える安達太良山。ぽちっとした部分が山頂。
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by noone-sei | 2011-06-14 00:10

16夜 鳥のことば 


果樹農家が少しずつ梨畑の周囲に植えた薔薇があんまりみごとなので、
ほんの数年前に一般に公開を始めてくれた。
英国庭園を模(かたど)った薔薇園は、
まだ実がほんの小さな、葉が青々とした梨棚の広大な群の中にある。
鳥の声を聴きながら蝶を見ながら、甘い香りが漂う小道を歩く。


カッコウって、薔薇の季節だけの鳥なのか?
托卵の鳥カッコウに薔薇とは、よく似合うと思う。 古くは

   憂きわれを さびしがらせよ 閑古鳥

松尾芭蕉が吟じ、「閑古鳥(かんこどり)が鳴く」とはものさみしい感じを表わすそうだが、
カッコウの声はものさみしいだろうか。声はことばだろうか。
音声を真似しやすいカッコウでなくとも実際には夏鳥の声は艶やかで、
この季節、せっせと青虫をヒナに食わせるシジュウカラのつがいなど頭が下がるほどで、
巣の持ち主の卵やヒナを巣の外に放り出してしまい自分だけを育てさせるカッコウの生態には、
また別の意味で頭が下がる。
同じ巣に別々のカッコウが托卵したら、カッコウのヒナ同士で巣から落とし合いをし、
敗れたほうには当然のように死が待っているわけで、
熾烈な闘いを生き抜く渡り鳥の繁殖には、托卵する鳥もされる鳥も、どちらも
首尾よく生きろと願うしかない。

鳥の声といえば、山のふもとの森でオオルリの声を聴いた。
ウグイスやコマドリと並んで日本三鳴鳥のひとつなのだとか。夏の歌姫なのだという。
歌姫といったらメスだと思うものだけれど、この美声にオスメスがあるんだろうか。
そういえば、花々を擬人化して表わすとしたら、やっぱりメスじゃないかと思う。
それとも、男性は花を同性と見る?花はおとこことばで話すだろうか。

カッコウもオオルリも遥かな地から渡って来る鳥だと、調べていて初めて知った。
渡り鳥にはなんとも言いしれない思いがする。白鳥くらいしか渡り鳥って知らなかった。
小さい鳥も、途方もない距離を旅するのだなぁ。・・やっぱり言いしれない。


                      *


今夜のお写真は、友人の家に招かれての食事会。
それは五月の初めの頃のこと。
まだ、余震が怖く、原発の先が見えず、日々を重い気持ちで過ごし、
他所の家で食事をするなんて考えられなかった頃でもある。
今はもう六月、月が変わるごとに気持ちだけは鎮まってくる。
とはいえ311以来、まだ映画館に行っていない。
ひとりで映画館に行くのが怖かったけれども、そろそろ行ってみたらいいんだろうか。

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美しい食卓。
実はこの日、皆で食器を持ち寄った。友人の食器は自分で吹いたガラス器の数点を除いて、
普段使いの器も大切にしていた器もほとんど全部が地震で壊れた。
実はわたしも、金継ぎや銀継ぎなど、漆で継いで大切にしていた思い出の器がいくつも壊れた。
形あるものは壊れるとよく言うけれど、壊れてもなお大切にしたいものだってある。
けれども311で壊れたものは、言いしれない思いの末にみんな捨てた。


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心づくしの料理。
煮物の大根は、冬に干して凍らせた凍み大根。


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花も飾って。


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ワインで乾杯し、日本酒を持ち寄って利き酒を楽しんだ。
わたしはこの日のために、とっておきの伏見の酒を。


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写真中央が持っていった酒、両脇は普段の酒、もう、酒はでぶの素にちがいない。

1250グラム
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by noone-sei | 2011-06-10 00:10

15夜 青の野菜


春は緑。なのにどうして青のイメージがある?
青春というけれど、ほんとうは緑の春だろう?
そんな投げかけから始まった、青年心理の授業。
今年は大学で認知心理学を一年間、青年心理を前期の半年間聴講する。

青から始まり赤(朱)と白と黒。これは春から始まり夏秋冬の色。
この四つの色は方角も表わしていて、日が昇る東はやっぱり青。
漢の時代、「青竜」「白虎」「朱雀」「玄武」の四神が天の東西南北を示す。

青年心理では、生まれてから死を迎えるまでのうち、青年期と呼ばれる期間について、
発達段階や青年期以降の変化という全体の推移も含めて注目してゆく。
ところで心理学に思春期という言葉は出てこない。じつはこれは医学で使う言葉。
医学で言う「思春期」を心理学では「青年期前期」と呼ぶ。
着目点は、医学は生理的な変化、心理学は心理的な変化。聞いてみればあたりまえな感じ。
人になりかけの春の頃、いろいろなことを思い「人」というものに近づく、
そんなイメージの思春期という言葉はどこか文学的だ。
なのにそれは理系の医学で使われる言葉だというのが奇妙な感じがする。

心理学が文系か理系かというおはなしはまたいつかのおはなしにするとして。
もひとつところで人間の進化はちょっと他の動物とちがう。
昔も今も誕生の時の大きさは平均で3000グラム前後、
なのに現代の人間の成人身長の平均はまだ伸びている。
キリンの首が昔に比べて長くなったなんて話は聞いたことがない。
人間以外の動物の、種としての大きさはだいたい決まっているのになぜ人間だけが
伸び続けているんだろう。不思議でもあり、ちょっと気持ち悪くもある。
そして身体的な変化が早く前のめりに訪れ心が追いつかなくなってもきている。
これを発達の加速化現象という。あ、気持ち悪いというのはわたしだけが思っていること。

蛇足なおはなし。
講義はビルの五階や六階で行なわれる。
エレベーターは震度3で止まる設定になっている。
五月二十日は、授業の前に余震時の避難方法についての説明があった。
ちょうどその真っ最中に強くて長い余震があって、ぐらりぐらりと揺れた。
・・一応、ドアだけ開けておきますかね、、、。そう指示を受けて、
誰も席を立つ者もなく、静かに授業が始まった。
そこに集っていたのは大学生だから、青年期も、もう後期の者たち。
激情のような揺れに劇的な変化を遂げる青年期前期を「第二の誕生」というんだが、
すっかり、生まれてからもう一度生まれなおして久しい者たち。



今夜のお写真は、青い春の野菜を。



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14夜の本家の畑の行者ニンニク。


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こちらが普通のニンニク。


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ルッコラの花。今はロケットと言うの?


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野アサ。アサツキのこと。


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コゴミの炒め物。本家のある山あいは驚くほど線量が低いから山菜を口にできる。



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サラダの素。


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五月初めの春サラダ。
野菜には、セリ科、キク科、アブラナ科などなどがあるのだという。
アブラナ科のものは放射性物質を吸い上げるので口に入れることははばかられる。
トマトやキュウリはだいじょうぶなのだとか。
よく調べて食生活を送らなくちゃいけなくて、今年は周囲の畑に菜の花が多くて、
それは収穫されなかった葉物がたくさんあったということで、すこし悲しくなる。
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by noone-sei | 2011-05-30 00:10