98夜 謹賀新年 四種の神器


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正月飾りには鏡餅やら輪通しやら松やら神社の札やらと言っても、地域それぞれの特色がある。
わが家では暮れに幣束(へいそく)をもらって、神棚だけでなく地下水を汲み上げる所や台所にも奉るんだが、
それを寺からもらってくるのが不思議だろう?
ごく当たり前の「天照大神(アマテラスオオミカミ)」とか書いてある紙は神社からもらうから、不思議な年変わりの慣わしだ。

さて天照大神と言ったら「三種の神器」。
三種の神器は、調べたら以下の三種。

・ 八咫鏡(ヤタノカガミ) 
 天照大神の岩戸隠れの際に用いられたとされる鏡。

・ 草薙の剣(クサナギノツルギ) 
 八俣の大蛇を退治した際、大蛇から取りだし天照大神に献上した剣。

・ 八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ) 
 天照大神が岩戸隠れした際に大神を呼び戻すために飾られた勾玉。

これになぞらえて、むかしはテレビだの洗濯機だの冷蔵庫だのの電化製品、その後は電化製品は一般的になったので、
テレビに車やデジタルカメラが参入し、今はエコカーと薄型テレビとスマートフォンなんだとか。
ずっと君臨するテレビってそんなに必要なものかな。テレビの操作法もよくわからないし、わたしには必要ない。

わたしには縁がないと思っていたら、母の発症に伴い携帯電話を持たされ、
それもずいぶん経ち、やっと使いこなせるようになったと思ったら王様からのお達しで、
今度はスマートフォンを持つことになった。一週間は頭がおかしくなりそうだった。
今はメールも検索も音声入力を使うことを覚えてだいぶらくになったけれど。
三種の神器という「三」の文字は意味深、わたしはカードが「四」種目じゃないかなと思う。
現金至上主義の人はいまだにいるけれども、気をつけて使えばカードは便利だ。




ところでわたしのそのスマートフォンにまつわるおはなし。

それが入っていた紙製の箱がすばらしかったのだ。
人から尊敬のまなざしで見られた時が、わたしには一生で一時期だけある。
鰐号がわに丸だったころ、テレビマガジンという子ども雑誌の付録はすごかった。
尊敬されたのはわたしが山折り谷折りを知った時と重なる。

戦隊もののおもちゃをがちゃがちゃといじって変型させたことはあるか?
幾通りもの手順を踏んで知恵の輪みたいに変化させてゆき、人型から戦闘型へと換える。
おもちゃは立体だから三次元だけれども、付録は紙の平面だ。
それをはさみを使わず山折り谷折りの手順を繰り返すと、戦隊ものが立体になってゆく。
作っていく過程のわたしの手を見つめるわに丸の目は輝いていた。
山あり谷ありだったわたしとわに丸の時間の中で、唯一わに丸からの尊敬を欲しいままにした時。

設計図を考える人は天才ではないかと思う。
なりたい職業第一位に、なぜこれがないのだ?
おもちゃを作る仕事もすばらしいが、平面から立体を生むこの仕事はなおすばらしい。
スマートフォンを取り出した時のわくわく感をどう伝えたらわかってもらえる?

というわけで今夜の四種の神器のお写真は、まず、スマートフォンの箱から。

□箱の変型遷移
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箱入り

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取り出して

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分解開始

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まだ立体

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開いた。カブトムシに似ている。

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ひっくり返したカブトムシ。

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顔に見える。


もちろんこれを再構築したことは言うまでもない。





□幣束四種の神器
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幣束の解説、幣束は奉るのか、祀るのか?

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恵比須大黒、神棚へ。

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こういう組にして神棚へ。

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左は水源へ、右は竃(かまど)へ。


参考: 博物館で展示された 東北の伝承切り紙展
     切り紙の写真集 「東北の伝承切り紙―神を宿し神を招く」
                 「御幣―祈と祓のすがた」




□年始の鬼
年始三日に寺から配られる札。
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疫病退散、厄除けの札だそうで、平安時代、疫病退散の祈祷をした慈恵大師が鬼の形相になった姿。
正月三日に没したことから、三日に配られる。それにしても怖い。





□御節(おせち)四種の神器
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正月に先輩夫婦の家に新年の挨拶に行ったら供された、この地で一般的に用意するもの。
いかにんじん・数の子豆・なます・黒豆。わたしはこのどれも作らなかった。

わが家の正月
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# by NOONE-sei | 2015-01-07 00:34

97夜 戴きもの


「戴く」と「頂く」は使い分けがあるのだとか。
むずかしいので、いっそ「頂戴する」では慇懃(いんぎん)だろうか?

年の瀬の運勢にこんなことが書いてあった。
「友情を確かめ合えるとき。生活先行で友との交流、助け合いをおろそかにしないで」
痛い、痛い。耳が痛い、目が痛い。返すことばもない。
わたしは人に良くしてもらうばかりでちっともお返しできていないのだ。
今に始まったことではないというのがわたしのおめでたいところ。
どれほどおめでたい脳みそかといえば、来年のヒツジ年をヤギ年などと大真面目に思っていたようなところ。
漢字で表わしたら羊と山羊だろう?いっそ山羊羊(やぎひつじ)で一緒くたでは乱暴だろうか?

とても久しぶりに会う友人たちと、数日前に忘年会をやった。
のんびりと飲む昼を過ごそうと、山をいくつも越えて猪苗代に行った。
道々、いくつものスキー場や除雪された路肩を見ながら、山越えまでして行く忘年会って、
よほどの気合いだと笑った。
それもそのはず、その朝は雪もないほどの冷気で我が家の水道はみな凍った。
家中の水道が蛇口をひねっても水が出ない。
前夜の星はとても美しく光っていた。
冬は油性ボールペンのインクの出が悪くなる。車の中に置いたカメラは電池が効かなくなる。
水道が凍るほどの寒い日の空はすっきりと青空だ。

朝、雪が降っていたら取りやめます、という但し書き付きで予約したのに、
店はちゃんと準備万端で出迎えてくれた。
万障繰り合わせて集ってくれた友人たちに感謝、お店に感謝、、、 あれ?
そうだったそうだった、おめでたいわたしはすっかり肝心なことを忘れていた。
酒を飲まない王様が、酒飲み四人を車に乗せて運んでくれたんだった。
その(ご)好意に甘え、全員、昼からへべへべに酒を頂戴しました。有り難う。


□忘年会
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お献立?お品書き?


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大皿から取り分けて。匙にはフォアグラのクリームにベリーを載せて。乗せて?いや、載せて。


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ショートパスタ。丹波猪のラグー オレキエッティ。
意外なことに白ワインが合うのでびっくり。


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豚バラ肉のポルケッタ。


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ドルチェは林檎の塩キャラメルとメレンゲの焼き菓子。






□戴きもの
ここ数年、大切な友人たちから戴いたものの数々。わたしったら戴きっぱなしのようなものだ。


・関東の友人から
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缶詰にキャベツを入れたのはわたしね。

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このとき戴いたのはパンじゃなくて器ね。


・関西の友人から
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戴いたのはサラダじゃなくて点心ね。


・南の島の友人から
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・地元の友人から
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猫は紐をほどけない。




□差し上げたもの
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秋のこと。
王様には畑仕事を教えてくれるひとたちがいる。
わたしはそのおじさんたちを「畑の先生」と呼んでいる。
冬に向けての野菜の苗の心配をしてくれて、なかなか植え付けの時間が作れない王様のために
ついには植えていってくれたひとりの「畑の先生」に、
お礼にうちの庭のマム(小菊)やハーブを生けてアレンジして差し上げた。
おじさんより奥方が喜んでくれた。

鰐号にもらったもの
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# by NOONE-sei | 2014-12-30 23:59

96夜 贈りもの


今夜はイヴだね。

あっという間に季節が駆け抜けてもう十二月だよ。
雪もたくさん降って、木に白い雪の花が何度も咲いたよ。
この地は北国ではあるけれども、あんまりさっさと雪国になったので驚いてしまったよ。

先日、王様とわたしの友人がはるばる関東から遊びに来てくれたんだ。
彼は海からすぐ山のところに住んでいて、思い切って仕事を辞めてお百姓になった。
代々の山の畑を受け継がなくてはならなくて。
どうもてなそうかとすごく考えて、楽しく考えて、東北の楽しさをあげようと思った。

着いた晩はこの地の美味しい物ということで、餃子の店へ。
「ごはんないの?」と訝(いぶか)る彼に、「餃子は主食。中華屋の肉々しい餃子を思い浮かべちゃだめ。
野菜のつなぎに肉みたいな軽さだから一人二十個は食べられる。」そう答えて、二軒をハシゴした。
温泉の風呂に浸からせてやりたかったけれど、ちょとそれには時間が足りなかった、残念。

翌日は宮城の松島へ。
島々の綺麗さも見せたかったけれど、それ以上に牡蠣を食わせたかったんだ。
今年の牡蠣も、昨年のようにまだ小さいし牡蠣小屋の期間も長くはないけれど、
炭火で焼いて食った牡蠣殻をブリキのバケツにがしゃっと入れるのはきっと気持ちがいいから。
「ごはんないの?」やっぱりそう思う?「牡蠣が主食。一人十五個は食べられる。」
ほんとうは牡蠣めしがあるのだけれど、早い時間に売れてしまっていた、残念。

午後は仙台光のページェントへ。
夕暮れの欅(けやき)並木に一斉に六十万個の灯りが点く瞬間を見せて驚かせてやりたかった。
点灯まですこし時間があったので、彼の「ごはんないの?」に応えてやることにした。
牛たん焼きと麦めしとテールスープの定食屋へ。

仙台カラーと言われる白熱灯色の電球はLEDだけれどあたたかなだいだい色。
「震災後の復興はどうなの?」と彼に訊ねられて、
震災の年の暮れには、倉庫ごと流されて失くなった電球の代わりにと全国から電球が貸与されたこと、
松島では昨年からやっと牡蠣小屋が復活したこと、
三陸へ行く高速道路でCDの音が飛ばないくらいに道路が復旧したこと、
その高速道路で波がせき止められたこと、飛行場も自衛隊もビール工場も今は稼動していること、
車の中でいろいろな話をして、やっと気づいた。
毎年、松島や仙台に行くのは、復旧の確認なんだってことに。
復興とはまだちょっとちがう。わたしの中では原発であらゆるものが分断されたこの地で
具体的にこれがとかここがとか、復興していると言えるものがまだない。
同じ東北でも、この地ではない場所に復旧のしるしを見に行っているんだなぁってことに。

彼は311の後、流通が回復すると炭や軍手を送ってきたやつ。
そのときの彼からの贈りものと、このたびの彼への贈りものは形も大きさもちがうのだけれど、
贈りものをしたつもりでやっぱり「考える」という贈りものをもらったんだな。
帰ってから彼からこんな便りが届いたよ。
「おもてなしってさ、腹いっぱいにしてやることだよね!」
すごく嬉しがってくれた彼に、わたしたちのほうこそ嬉しかったと伝えたい。

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牡蠣はいつも載せているから今夜は帆立を。


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ぷくぷくしたら食べられる。


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いつもは漁師のおじさんやおかみさんがやってくれるのだけれど、
もう顔を覚えてくれたようで、自分でできるよね、という気持ちのいい放っておかれ方。
友人にもやらせてみた。心ゆくまで二枚貝の開け方を覚えることができたよ、ふふ。




                            *  *  *



さて  
今夜は特別な夜だからね。
獣たちがご挨拶するよ。


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シャンパーニュのコルクが飛ばないように抑えてある金具で王冠を作ってみたよ。
ものすごく迷惑そうだけど、テン コ がんばれ。


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トナカイの角の間に王冠を載せてみたよ。
あさってを向いちゃっているけど、ペロ コ がんばれ。


それじゃ、杜の都の夜に出かけよう。

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ショウウィンドも華やか。


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ここはかばん屋さん?


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なんだかかばんもふわふわ。


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赤いものを集めたウィンド。


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子どもが白ひげをつけちゃって。


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ここは恋人たちの森だね。



さ、寒くなってきた。森のレストランへ行こう。
洒落た店が増えているけれど、ここは昔ながらのレストランだよ。


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食事が運ばれてくるよ。


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まずは前菜をどうぞ。


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澄んだスープです。


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メインのビーフシチュウを召し上がれ。


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甘いものをどうぞ。そして苦めの飲み物も。



あったまったかな?
さぁ帰ろう。つづきは次の夜にね。
今夜は贈りもののおはなしだったから、次の夜はいただきもののおはなしを。

舞台裏
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# by NOONE-sei | 2014-12-24 23:59

95夜 はなくそ


やっぱり書きたいことがいっぱいあるよ、どうしませう。


今夜のおはなしは獣にまつわるあれこれ。

テン コ の鼻にはいつもはなくそがついている。
いや、本当のはなくそじゃない。
黒い色素が歯茎や唇にぽちぽちあちこちについている。
その色素が鼻にひとつあったのが、四歳近くになったら正中線上にぽちっとはっきりしてきた。
それをわたしははなくそと呼んでいる。

シワ コ は見た目には黒い色素はなかった。
でも、口をあけると舌に黒い舌斑(ぜっぱん)があった。
これがあると気が強いだとか癖っ気があるだとか気質的には多少問題傾向があるらしい。
たしかにシワ コ はきかない女だった。
気性が激しいことをこの地ではきかないというんだが、これは共通語か?

シワ コ がいなくなったら、ペロ コ が急に何に目覚めたのだか、わたしの御付きの者になった。
いつもわたしを目で追ったシワ コ とは違い、どこに行くにも家や敷地をくっついてくる。
しかも動線上にくっついて歩き振り向くので、わたしはペロ コ を踏みそうになったりつまづいたりする。
だからわたしはペロ コ を「御付き」と呼び、王様は「動線上のペロ コ 」と呼ぶ。
言わずもがなバッハの『G線上のアリア』である。

王様はテン コ は年を経るにつれシワ コ に似てきたという。
きかない。家族以外には触らせない。ずいぶん慣らす努力をしたのだが。
シワ コ は誰に触られてもよいようにしつけ、実際誰に触られても従順だったが、
家族以外に触られるのを本心では好まなかったし腹も見せなかった。
ペロ コ は誰にでも触られたい。
家に人が来ると、その膝によじ登り丸くなる。大型犬なのに。
ちかごろは、もし口をきいたなら敬語を使うことを覚え始めているのではないかと思えるふしもある。

介護の休みをもらえた日中は、わたしはほとんどでかけない。
昼まで家のことや庭のことをこなして、午後からは自分のためにちょっとしたつまみを整え、
明るい背景音を選び、グラスにワインを注いで本や漫画を読む。
そのうちに日々の疲れが顔を出し寝てしまう。
すると足元にテン コ が丸くなり、わたしの隣でペロ コ が丸くなる。
時には獣たちがもっと近くで寝てしまい、鼻息寝息がわたしにかかることもある。
母が帰るまでのほんのひとときだけれど、幸せで贅沢で大切なひとりの時間。

時々訪れる幸せな時間もある。
弟のような男友だちが、互いに休みの日が合うと自分の作った料理をメールに貼付してくる。
これみよがしに、どうだとばかりに、たとえばオーブン料理とワインの瓶とグラスも写っているので、
わたしはわたしで愛情たっぷりな皮肉でエレガントに返事を返してやる。
彼は娘が進学して上京したので今は猫と暮らしている。
わたしたちは休みの日が合っても、まずめったに会うことはない。
ひとりの時間を大切に過ごしているのだな、とわかればそれでいいんだ。

ところで猫というものはたいへんに綺麗好きでおしゃれで、いつも身づくろいをしている。
けれども目やにを自分で取るということができない。
テン コ が、シワ コ には取らなかった生意気な態度をペロ コ には取ることがある。
いつも我慢しているばかりではないが、ペロ コ のほうがテン コ に比べたらずっと心優しい。
ペロ コ も自分で自分の目やにを取ることができないけれど、でもペロ コ は目やにだけだ。
テン コ は「目くそ鼻くそ」じゃないか。




□わたしに幸せをくれる獣たち
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ペロ コ 、ついさっきまで寝てたね?
向かって右のまぶたの上に目やにがあるよ。


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テン コ 、鼻のまんまん中にはなくそをつけちゃって。


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どちらの獣もなにか目で言っているにちがいない。


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せっせとペロ コ を舐めてやることがあるテン コ 。


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はい、おやすみなさい。




□もうひとつの幸せ
時々、近所の馬たちにおやつをやりに行く。
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このお写真はイメージだけ。
外乗といって、乗馬レッスンではなく松林の中を馬に乗って小一時間散歩しに王様とたまに行く、その牧場の馬。

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こちらが近所の馬たち。
そこは農家の人が道楽で飼っているだけかと思ったら、ちゃんと乗馬クラブで、
浜通りの相馬野馬追いという由緒ある伝統行事にも出ていると、おやつをやりに行って初めて知った。
それが数年前、鞍もつけずに裸でうちのほうまで脱走して散歩に来ていたとは。

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おやつはかごの中のニンジンと葉っぱ。
近所のおじさんで、王様の「畑の先生」のひとりが時々立派な野菜をくれる。

 
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# by NOONE-sei | 2014-11-30 23:52

94夜 わたしの作庭帖


書きたいことがいっぱいあるよ、どうしませう。


今夜のおはなしは庭にまつわるあれこれ。

庭というのは、自然界のあれこれの再現なのだろう。
盆に間に合うようにと松の剪定に来てくれた庭師が、父の残した庭を見て、
「これは吾妻山の石を使った景色だね、このあたりの造園屋に頼んだの?」と言う。
わたしは何十年も前のことを知らない。
しかも、山野草にも、ましてや松だの石だのには全く興味が持てなかった。
王様なぞ、「手も金もべらぼうな松は三本とも切ってしまえ、庭は潰してしまえ、
じいちゃん大好きだけど、この道楽だけは負の遺産だ」などど言ってのける。
昨今はひとり一台の車を持つのが当たり前なので、
車のために庭をガレージに作り変えることはめずらしくない。
今では作り込んだ造形の日本庭園は人気がなく、自然形に近い雑木の庭が和洋を兼ねていて人気だ。

母が音を立てるように認知力を失っていった五月から七月、わたしは松の手入れをしていた。
庭にいると家の様子がわかるし、脚立に上っていると気持ちがよかった。
脚立が山野草を踏まないよう気をつけたり苔を傷つけないようしているうちに、
やがて庭の隅々に目が行くようになった。
雨が降ると大きな木の下で雨宿り、犬も猫も雷が鳴るとわたしの陰に隠れるが、
寄らば大樹の陰になれない小さいわたしよりも、松は四十年もどっしり立っている。
その庭の松三本のうち、門かぶりだった松と一番華奢な松を残して、
もうわたしでは手入れできないほど育って電柱の邪魔をしている松を切ることに決めた。
庭師の仕事はさすがに速く、伐採も門の松の剪定も一日で終わった。
わたしが最後まで仕上げた華奢な松は、結構いい出来だと褒めてもらった。

今年の二月は、早いもので父の七回忌だった。
それが済んだら、庭の池を空池(からいけ)にさせてもらおうと思っていた。
鯉とドジョウの棲む池に土を入れ、苔と岩ヒバを植えてまた違う風情の池に作り直す。
もう父もうなずいてくれると思った。
二月は春のような暖かく晴れた日と大雪の日が交互にやってくる。
その狭間に、父の七回忌を家族だけで行なった。
雪が降り始めた日の朝、長靴を履きスコップを持って父の墓の雪を払い、
花だけは春の、桃のつぼみとチューリップを供えてから寺に出かけ、
あぁもうあれから丸六年なんだね、と和やかに読経してもらい、塔婆を墓に立てて帰った。
母を気遣いながら外で食事をするよりも、家に仕出しを届けてもらってゆったりしよう、
庭のことなどのんびり話しながら酒を飲んで過ごそう、そんなふうに静かに法事をした。

今になって思うのは、父がわたしに手を合わせて頼んだ母の行く末。
その母は強運の持ち主で、さすがに西太后だということ。
先日、ついに徘徊して母が心の中の郷里に向かって歩いた時、
さほど遠くない場所でおかしいと気づいて警察に通報してくれた人がちゃんといた。
本庁まで迎えに行くと、がっしりと頼もしい若者の警察官をはべらせて母は嬉しそうだった。
現在の郷里と母の心の中の郷里はすでに乖離しているので、実際に連れて行っても意味はない。
そのように、容れ物としての身体に余病がなくても脳が機能しなくなってゆくことがある。
反対に父の場合は脳の意識が最期まであり、容れ物が保たなくなっていった。
認知症は母本人のためのもの。死を怖がらなくしてくれる神の配剤。
癌はわたしたち周囲のためのもの。死というものを知る機会をわたしたちに与えた神の配剤。
母では心が弱すぎて、癌と闘えない。

「セイはもともとのイメージからして野の作業のおばちゃんだよね。」そう言葉に出したら、
自分の言ったことに笑いの拍車がかかり止まらなくなった不届きな男ともだちがいる。
不届きではあるが、そう外れてもいない。なぜならよく日に焼けて麦わら帽子を被って立つ姿は、
悔しいが男ともだちの言う姿ではある。
わたしは今、空池作りに精を出しているのだ。
とはいうものの自然界は怖い。安達太良山も吾妻山も怖い山だ。
安達太良では火山のガスの流れる場所があるし、吾妻では震災以降水蒸気の噴煙が立ち上っている。
その怖い自然界の山を模した庭に手を入れるにはそれなりの鎮めをしなければならない。
切る前には松に酒と塩を 水を枯らす前には池に酒と塩を。

お神酒(おみき)というくらい神に酒はつきもの。
なにやら神を数える単位は「柱」というのだとか。
松は木だから一本二本だと思うのだが、酒を撒くとは特別だからもしかして一柱二柱か?
夕方、池の石組みと土入れをしていたら王様が帰ってきてこんなことを言う。
「ご精が出ますなあ。松の次に土と石では、行き着くところまで行っちゃったね、ははは。」
人間は年を経るに従って花から緑へ、そして土から石へと志向が動いてゆくというけれど、
これはずいぶんな言いようだ。王様め。

ところで、仏はどう数えるのだろうか。 
仏像は一体二体。仏の姿は生々しいもの、だからきっと、おひとりおふたりにちがいない。



□法事の仕出し
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法事だからといっても、精進にこだわらずに賑やかに。

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てんぷら


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きぬかつぎをきのこに見立てた包丁技、日本料理は面白い。


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鰐号が用意したワイン。




□庭の変遷

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六月、暑い日の庭。


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八月、これから松の清め。


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松、伐採中。


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松、剪定中、その手際の良さと腰の道具袋。


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松、完成。わが家の男たちはこれから池の掃除。



□池の変遷

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存在感がありすぎる池。


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自家繁殖していた鯉と、鰐号が小学生の時に釣った、まるでウナギのように大きくなったドジョウを捕まえて川に放流した。
ドジョウの寿命ってどれくらいあるんだ?

お久しぶりの獣たち
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# by noone-sei | 2014-10-01 23:24