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15夜 青の野菜


春は緑。なのにどうして青のイメージがある?
青春というけれど、ほんとうは緑の春だろう?
そんな投げかけから始まった、青年心理の授業。
今年は大学で認知心理学を一年間、青年心理を前期の半年間聴講する。

青から始まり赤(朱)と白と黒。これは春から始まり夏秋冬の色。
この四つの色は方角も表わしていて、日が昇る東はやっぱり青。
漢の時代、「青竜」「白虎」「朱雀」「玄武」の四神が天の東西南北を示す。

青年心理では、生まれてから死を迎えるまでのうち、青年期と呼ばれる期間について、
発達段階や青年期以降の変化という全体の推移も含めて注目してゆく。
ところで心理学に思春期という言葉は出てこない。じつはこれは医学で使う言葉。
医学で言う「思春期」を心理学では「青年期前期」と呼ぶ。
着目点は、医学は生理的な変化、心理学は心理的な変化。聞いてみればあたりまえな感じ。
人になりかけの春の頃、いろいろなことを思い「人」というものに近づく、
そんなイメージの思春期という言葉はどこか文学的だ。
なのにそれは理系の医学で使われる言葉だというのが奇妙な感じがする。

心理学が文系か理系かというおはなしはまたいつかのおはなしにするとして。
もひとつところで人間の進化はちょっと他の動物とちがう。
昔も今も誕生の時の大きさは平均で3000グラム前後、
なのに現代の人間の成人身長の平均はまだ伸びている。
キリンの首が昔に比べて長くなったなんて話は聞いたことがない。
人間以外の動物の、種としての大きさはだいたい決まっているのになぜ人間だけが
伸び続けているんだろう。不思議でもあり、ちょっと気持ち悪くもある。
そして身体的な変化が早く前のめりに訪れ心が追いつかなくなってもきている。
これを発達の加速化現象という。あ、気持ち悪いというのはわたしだけが思っていること。

蛇足なおはなし。
講義はビルの五階や六階で行なわれる。
エレベーターは震度3で止まる設定になっている。
五月二十日は、授業の前に余震時の避難方法についての説明があった。
ちょうどその真っ最中に強くて長い余震があって、ぐらりぐらりと揺れた。
・・一応、ドアだけ開けておきますかね、、、。そう指示を受けて、
誰も席を立つ者もなく、静かに授業が始まった。
そこに集っていたのは大学生だから、青年期も、もう後期の者たち。
激情のような揺れに劇的な変化を遂げる青年期前期を「第二の誕生」というんだが、
すっかり、生まれてからもう一度生まれなおして久しい者たち。



今夜のお写真は、青い春の野菜を。



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14夜の本家の畑の行者ニンニク。


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こちらが普通のニンニク。


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ルッコラの花。今はロケットと言うの?


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野アサ。アサツキのこと。


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コゴミの炒め物。本家のある山あいは驚くほど線量が低いから山菜を口にできる。



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サラダの素。


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五月初めの春サラダ。
野菜には、セリ科、キク科、アブラナ科などなどがあるのだという。
アブラナ科のものは放射性物質を吸い上げるので口に入れることははばかられる。
トマトやキュウリはだいじょうぶなのだとか。
よく調べて食生活を送らなくちゃいけなくて、今年は周囲の畑に菜の花が多くて、
それは収穫されなかった葉物がたくさんあったということで、すこし悲しくなる。
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by noone-sei | 2011-05-30 00:10

14夜 花鎮めの儀 


本家の畑が花いっぱいだと電話がきたのは五月の初め。
子が生まれれば桜の苗木を植え、だれかが嫁になれば祝いだと桃の苗木を植え、
そうして少しずつ増やした木が立派な樹になり、みごとな花をつけた。

梅、花桃、しだれ桜、連翹、ウラジロ、水仙、雪柳、そして山の花クリンソウ。
花の勢いは写真では伝わらないけれども、春の花が一時(いちどき)に咲いて
それはもう目がくらむ。
畑の木小屋の前にゴザを敷き、ご馳走を並べて皆で花見をした。

お写真の整理にまごまごしているうちに畑の花は移り変わって、
五月の末、今は伊達騒動を題材にした人形浄瑠璃や歌舞伎の演目にある先代萩が盛り。
萩は秋の花だけれど、先代萩は五月の花。
ところで伊達藩といえば仙台だから仙台萩だとずっと思っていたのに、
表記は先代萩だった。知らないことってたくさんある。

知らなかったといえば桜の語源。
「サ」は五月(さつき)のサ、早苗のサ、穀物の霊。
「クラ」は磐座(いわくら)のクラ、神が降り立つ場所。
つまり、稲の穀霊が降りる花という意味。
満開の桜には邪を鎮める力が宿っているから、花見は豊穣を願う祭りなのだとか。
ほらね、やっぱり花見はしなくちゃだろう?

知らなかったことをもうひとつ。
今年は田植えが少し遅かったが、うちの回りは田んぼに水が入り、小さな稲が整然と並んでいる。
「雷は田んぼに乳をやるんだよ。」と聞いた。
稲妻とか稲光(いなびかり)は稲の字が付くでしょう、と言われて驚いた。
稲の実が付く頃に雷が鳴って稲を実らせると言われているのだって。

アーメンの神でもばさばさの神でもなむなむの仏でも自然界の霊でも、
なんでもいいから、どうぞ安全に五穀豊穣でありますように。



今夜のお写真は、五月の初め、山あいの遅い春を。



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この日は天気がよくてよすぎて、わたしの腕前もよすぎるのでたいへん未熟なお写真なのが残念だ。




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色も見た目もちがうけれど、このふたつは同じ名前だとか。イカリソウ。


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このふたつはウラジロ。紅の階調に華やいでいる。
ところで、わたしは県花シャクナゲとウラジロの区別がつかない。


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クリンソウ。うちの庭には濃い紅色のクリンソウが咲く。


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下界では桜よりも早い花桃が、山では一緒に咲いている。


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連翹と水仙。天然の黄色はしっかりした黄色で、淡い感じがない。


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雪柳。この近くにモグラの巣穴があった。
畑にはニホンカモシカが来て踏み荒らすので、人の臭いのする物がところどころに下げてある。


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木小屋の内と外。


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ヘリコプターと八重桜。
空はだいぶ静かになってきたけれど、各国の要人が来るときなどひっきりなしにばりばりと音がする。

ありがたい贈り物
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by noone-sei | 2011-05-28 00:10

13夜 夏の前


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磐梯山は空気が澄んでいる。もう山開きをした。
深い呼吸に涙ぐみそうになる。


五月も末といえばもう初夏で、柔らかだった若い芽は青々とつややかな葉に変わった。
とはいえ十日前の猪苗代には桜が残っていて、山桜は満開で雪もわずかに道の端にあり、
豪雪地帯の雪国は、まだ春だった。
遠くから王様の親友が訪ねてくれて、裏磐梯に案内した。
土産に貰ったのは上等なチョコレート、今度は木炭やコンロじゃなかった。
311以来、王様もわたしも初めて車で遠出をした。
こんな山の中のリゾートホテルにも避難してきた人たちが三百人もおり、
彼らの息子たちは今も原発で働いている。

数日前の気温が急に上がった日、かっこうの声を聴いた。
また気温が下がったら、山の近くでホーホケキョを聴いた。
夏が近づくにつれ、鳥の声はとても艶っぽくなる。
お写真を撮るときにいつも思うのだけれど、どうして鳥の声は写真に写らないんだろう。

「五月初めの春は、
やっぱり載せておかないと。」
・・連夜お写真を載せるとそう言ったのに、わたしったらうそつきだ。
でもやっぱり、春だったこの地を載せないと。
カーテンを洗ったり、網戸を出したり、ストーブやこたつを木小屋にしまったり、
出荷を許された春の山菜で食卓に季節を彩ったり、畑の手入れをしたり。
春から夏への準備はとても忙しい。
季節の変化は花の移り変わりに現れて、そうして忘れないための月日を数えさせてくれる。



今夜のお写真は、五月初めのわが家の庭を。


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二輪草の群


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近寄って


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ゆすらうめ。実が生ったら砂糖で煮ると綺麗な桃色のジャムになる。
とても残念だけれど今年はやめておこう。


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あけび。これはちいさいあけびの花の群か。

900グラム
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by noone-sei | 2011-05-26 00:10

12夜 花の名


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可憐な花だろう?

311から二ヶ月が過ぎた。
月日が流れるのはたいそう大切なことで、
とらえきれぬほどの大きな現実を 一旦、自分の胸に取り込んで咀嚼する時間をくれる。
月日を数えるのはもっと大切なことで、
亡くなったひとや死んでゆく動物や、失くしたものやこれから失くなるものを 
ずっと、思い続けるよすがとなる。
このウェブログはおはなしの手触りを綴っているのに、現(うつつ)の傷がひょいひょいと顔を出す。
震災の傷痕や近くのひとや遠くのひとのことを思わない日はない。

いつか春が来るからがんばれと言われ続けてその春はもう行ってしまった。
言われなくとも十分がんばっているからもう言わないで、三月はそうテレビの映像に答えたかった。
けれど、四月は忘れられていくような気がして、この地で狂ったように咲き続ける花にすがった。
そして五月、畑では実の生る桃の花は終わり、林檎の白い花が咲き始めた。
わたしの「忘れないで」という声を掬(すく)って祈り寄り添い、
「あなたを忘れないよ」と落ち着かせる友だちの声が胸まで届くようになった。

もうじきさくらんぼの季節、夏には桃、秋には林檎。
収穫しても他県の人々の口に入るかどうかは生ってみないとわからない。
米も野菜も果物も、それでも農家は作り続ける。
そしてこの地の人々はいつもどおりの日々を暮らそうとしている。

天皇ご夫妻が、うちのすぐ近くに避難している人たちを見舞ってくれた。
静かに思い続けるこの祈りの前で、貴賎の別なくわたしたちは等しく民の子らだと改めて思う。


                            *

今週から大学が始まった。
昨年の夏、大学は、誇り高いかの地、飯舘村の村長を外部講師として招いた。
福祉学部の学生たちに、村が実践してきた数々の理想的な事業の根幹を成す理念、
血の通った村営福祉施設、質の高い農業と酪農への取り組み、コミュニティの捉え方と展望、
村営書店や「あなたにつなぐ飯館絵本リレー事業」という絵本図書館、等々の講演をしてもらった。
その飯館村の計画避難が明日から始まる。
公務員宿舎や旅館に六千五百人もの村人が散らばることになった。
どこにあっても、このコミュニティの誇りが傷つくことのないよう、心から祈っている。
祈り続けている。 ・・花の名は「忘れな草」。


□までい産品
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トミちゃんが作った料理のたれと菓子。


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この地で一番のランチを少し弁当に詰めて持ち帰った。



□花
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四月の末の果樹畑。桃の花が満開。遠くの鉄塔は東北電力の変電所。



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鑑賞用の花桃には負けるが、それでもこんなに桃の色が紅(べに)のようだ。



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菜の花。土壌の改良にいいと聞いた。
東京電力原発避難区域の一時帰宅に、菜の花の種を蒔くんだと持っていった人がいるという。
なんともせつないはなし。



次の夜から数夜、花や野菜のお写真を連続で載せようと思っている。
もう、ツバメを見かけたので夏の気配なんだが、五月初旬の春は、
やっぱり載せておかないと。

750グラム
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by noone-sei | 2011-05-14 00:10