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76夜 ときおりの休息 参  はじめの吐息 


家にお邪魔してお茶をいただきながら話していると、
妙齢のお姉さまは「もう歳だから」と、奇妙なことを言う。
わたしにはそれがほんとうに奇妙に聞こえるので、感じたとおりに言ってみる。
普通は謙遜なのでしょうが、わたしには母がいるので「普通」がなんなのかわかりません、と。
お姉さまをわたしは敬愛しているが、
「もう歳だから」という言葉は、会話の潤滑剤にするにはほんとうに奇妙だ。

そのお姉さまよりもわたしの母はずっと年上で、近頃初めて天ぷらをひとりで揚げた。
母の茶の間にはカトリーヌ・ドヌーヴの映画「シェルブールの雨傘」のフライヤーが貼ってあり、
マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」も、観たいと言ったので連れて行った。
ときどき茶の間からそのCDが聴こえる。
母は観劇の会に入っているんだが、先日は代わりにわたしが行った。
新派の芝居は花柳界だの旦那というパトロンだの身請けだのと、百年も古くて退屈だからと。
達者な芝居に、わたしは十分愉しかったのだけれど。

母が人にものを頼むときに言う言葉は変わっている。
「~してもいいよ」と許可形で言う。許可形なんていう言葉はわたしの造語なんだが。
「~してもいいよ」、それは鰐号も同じで、これはなんだろうと考えてみる。
よほど意地っ張りなのか、ものを頼む言いようを知らないのか、普通はどうなんだろう。
そんなふたりが身近にいるわたしには、お姉さまの慎みがたいそう珍しいものに感じられる。

昨日はゴンチチのコンサートだった。
「ノルウェーの森」「ひまわり」「スカボロ・フェア」など母が知っている曲も演奏してくれたし、
ストリングス・カルテットも共演したので気持ちよかった。
「放課後の音楽室」はアンコール、最後は「Birth of Sigh 」、
ためいきのはじまり?生まれたてのためいき?ためいきの誕生?Birth of Sigh の訳はなんだろう。
わたしには曲名の紹介が「First of Sigh」と聞こえていて、
・・ああ、はじめの吐息なのね、、などと思いながら眠ってしまった。

普通、眠っちゃいけないんじゃないかと隣を見たら、母は気持ちよく眠っており、
周囲を見渡したらわたしたちだけじゃない、皆眠っている。
普通ってなに?ゴンチチは普通眠っていいんだって、後になって知った。



                        * *



今夜のお写真も洋館を。
□京都 寺町界隈
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銀行かな。


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中京郵便局。ここから母に葉書を出した。
頼むと、観光地などの郵便局では風景印といって図柄の入った消印を押してくれる。
鳶色(赤茶色)のインクで押した大きな丸い消印は記念印ともいう。
切手の収集家は使わずに保存するのではなくて、葉書や封筒に貼り記念印を押してもらう。
いつどこでそれがどういう道順を辿って手元に来たか、それを表わしてこその切手なのだとか。


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郵便局の入り口。


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保険会社。



□祇園
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八坂神社の後方、この洋館は別荘?



□河原町いろいろ
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□大阪 松竹座
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ためいきとも吐息ともつかぬ、えもいわれぬ無意識の息、なんて美しい建物だろう。
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by noone-sei | 2010-09-26 03:15 | ときおりの休息 参(12)

75夜 ときおりの休息 参  帰るあれこれ 


毎日、網で掬ってアオコを退治していると、
池で生まれた小さな鯉より大きいカエルが、ぼちゃんと飛び出したり飛び込んだりする。
一方、鰐が家には居ついてしまい、毎日、のたくたと茶の間を出たり入ったりする。
言うまでもなく、鰐とは一応人間の鰐号である。
旅行の費用を稼ぎに泊まり込みでアルバイトに精を出し、帰ったらアパートに戻らず居ついた。

友人のご子息は帰省して初給料で親に馳走し、
父の誕生日にはワインとチーズを送ってきたとのこと。
その成長にじんとなっていたら、わたしも鰐号に現金を貰った。

アパートに引っ越す時に残していった古本やDVDを引き取ってくれるところを見つけたので、
段ボールにひとつ送らせたら旅費の五千円になった。言うまでもなく艶物ばかりである。
泊まり込みから帰りその金を手にすると、
稼ぎが十分になったからこの金はかあちゃんにやる、というわけで、
どういう心境かわたしにくれた。

夏からこの秋、まとまった時間がとれず忙しかった。
「つづきはまたあした」で終えた74夜なのに、わたしの「あした」は二週間だ。
でもやっぱり「つづきはまたあした」って、とてもいい言葉。
ついこの間細い細い三角のような月を見たのに、いや月が三角であるはずはないんだが、
月のあしたは数日経って中秋の名月になった。

青い夕暮れを犬と散歩すると日の暮れが速い。
帰り足の空は夕闇にコウモリが飛び去る。
地面はぺたんと何かが脚に張り付き飛び跳ねたのはカエルだった。
うちの池に帰るカエルではないだろうけれど。
・・そうそう、鰐号は三日前から野球観戦の旅に出た。
二週間は帰らない。



                       *  *



今夜は、狭いところからより狭いところに入り込むようなお写真を。

□京都文化博物館の内部
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天井を見上げた時に見えた、漆喰(しっくい)の壁。


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美しい、意匠を凝らした天井。


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木の柱。


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柱の台座。


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大理石。


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窓。

青い夕暮れというと
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by noone-sei | 2010-09-22 03:56 | ときおりの休息 参(12)

74夜 ときおりの休息 参  水の華


美しい言葉だろう? ・・水の華。
美しすぎると思わないか?
華ならぬ花ならぬ鼻が白むのはこんな言葉なんじゃないかと思う。

だいたいにして、なんだ、水の華って。
わかったような印象を受けながらぜんぜんわからないじゃないか。
もやもやとして。

そうなんだ、もやもやとしているものと闘っていたんだ。
水の中の藻と。
大発生して、池が眼の覚めるような緑になってしまった。

この悪さばかりする藻の別名が水の華。
網で掬おうにももやもやと漂って正体がない。
鯉はエラにこれが絡んであっぷあっぷするし、毒気もある。
丁寧に掬ったものはこの暑さで乾くと潮の匂いがする。
憎らしいものなのだから、匂いじゃなくて臭(にお)いと言おう。

正体を現わせ。本当の名はなんだ。
・・アオコ。
憎らしいアオコ。可愛くないから半角の コ じゃなくてコだ。





気を取り直して今夜のお写真は重厚な近代建築を。


□京都文化博物館
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内部の意匠は次の夜に載せるので、今夜は外観と細部を。


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博物館の入り口。


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入り口の上の屋根。


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博物館一階の窓のひとつ。


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一階窓の上の意匠。


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外壁柱のレリーフ。

お写真はともあれ、なんて美しい建物なんだろう。
つづきはまたあした。



ところでここ数日闘っていたアオコへの腹立たしさを喩えてみようと思う。
漫画に「ブラッディ・マンデイ」(龍門諒原作・恵広史作画)というのがあって、
テレビドラマも面白かったのだけれど、劇中でハッカーの仕掛けに腹立たしい思いをさせられるのがこれだ。
見たらほんとうに腹が立つので、それでも構わないという人だけが見てくれ。

これを見たら腹立たしい
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by noone-sei | 2010-09-08 03:09 | ときおりの休息 参(12)

73夜 ときおりの休息 参  格子の眼


たとえば神社仏閣の全体像にはさほど興味がない。
庭のつくりに詳しければ、もっと愉しみ方があるようには思う。
日本庭園には宇宙観があるらしいのだけれども、
まだそれを理解するほど庭を知らない。

近代建築も日本家屋も神社仏閣も、全体像の美しさもさることながら、
各部にほどこされた意匠に惹かれる。
近代建築ならば
漆喰(しっくい)の天井だったり真鍮(しんちゅう)のドアノブだったり
エンタシスの柱だったり円形の窓枠だったり。
日本家屋ならば
木の軒や廂(ひさし)だったり木組みの建具だったり襖(ふすま)の金具だったり。
神社仏閣ならば
賽銭箱の上の柱や梁(はり)に掘り込んである得体の知れない幻獣たち。
それは麒麟のような、龍のような、獏のような、象のような。
雲や蓮の花に乗って現われるようなおかしなものたち。

狭いところから、より狭いところに入ってゆくようなものの見方をするとき、
建物を視るわたしの眼には、格子状の定規がある。
それは写真を撮るときにも現われて、画面の中に切り取って入れるような気分で眼を使っている。
ただ、水平や垂直が写真にきちんと収まらないのは眼のせいじゃない。
それは、写真機の重さを左右の手が配分できていないから。
あ、写真のまずさの言い訳じゃないから。




今夜のお写真は京都で見た建物、いろいろ。





□洋風建築
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地下鉄東西線、京都市役所前駅。
駅を降りて、最初に見た近代建築が京都市役所だった。・・・1




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烏丸御池駅。
この近辺には和洋とりまぜ美しい建物が並んでいる。ここは新風館。・・・2


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新風館の入り口。


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新風館の壁のタイル、お写真を連結して見ると千鳥格子と矢羽模様。
って、こういう洋風建築の壁のタイルの張り方にそういう名前で意匠を言っていいのかな。




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名前がわからなくなっちゃったのだけれど、可愛い洋館。
小さな出版社だったかな。・・・3




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商売をしているようなのだけれど、個人名の表札が出ていた。可愛い扉。


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その扉の上部横のお写真。


追って: 詳しく教えていただいてありがたい。
1.京都市役所は西と東があって、
それぞれ昭和2年と昭和6年に建築。
設計は武田五一と中野進一。

2.新風館は旧京都中央電話局の建物。
大正15年と昭和6年の2期に分けて建築、吉田鉄郎の設計。

3.平楽寺書店は仏教関係の学術書を扱う老舗出版社。
建物は昭和2年の建築、からきや工務店の設計・施工。


     
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by noone-sei | 2010-09-01 02:38 | ときおりの休息 参(12)