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46夜 「う」のおはなし


他界してしまったのが惜しまれる作家、向田邦子の引き出しには、
「う」の項があって、うまいものの「う」がたくさん詰まっていた。

わたしもそのような引き出しを持っている。
うまかった料理屋の箸袋だとか、菓子箱にそっとしのばせてあった栞(しおり)だとか、
大きな町や小さな町のちょっとした食材店で買い求めたうまいもののラベルだとか、
可愛くて持って帰った寿司屋のコースターだとか。
どんどん詰め込んでしまってあふれ出した引き出しを このあいだ整理した。
おもいきり捨てようと心に決めていたのに、全部は捨てられなかった。
可愛いコースターはマグロのネタを頭に乗っけたシャリの絵で、
そこには「トロ頭巾(ずきん)」って書いてある。可愛いので捨てられない。

「霜ばしら」という仙台の菓子のラベルがあった。
霜柱は暖かくなると融けてしまうものだから、そっくりの菓子も寒い季節にしか売らない。
仙台は伊達政宗が菓子好きだったのか? ・・そんなわけはないだろうが、
それにしても、城下町というのは菓子文化が発達する。
うまいと思う菓子がいくつかあり、わたしの一番は霜ばしらだ。

書いたよ。
書いたから、これでやっと霜ばしらのラベルを捨てられる。
誰にも言わなかったらずうっと持っていたのだろうなあ。
霜柱なんだから、あっためてちゃいけない。



■宮城や山形の「う」
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白石うーめんのつゆ・仙台松島こうれん(はかなげな菓子)・仙台の甘座(アマンザ)洋菓子店・山形の山田屋富貴豆(ふうきまめ)


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イタリア土産のロングパスタ、包みが格好いい。小さく載っているのはベネチアングラスの指輪。
こちらは戴き物がうれしいの「う」。
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by noone-sei | 2010-02-27 03:36

45夜 ひとりの愉しみ


本が呼ぶってことはないか?
銀や金に光るような背表紙に目がすいっと行くんだ。
そんなふうにして本屋で手に取った本は、「取る」というよりも、「採る」か「捕る」だ。

この地では本屋らしい本屋が今はなかなか見つからない。
昔はバス停の時間つぶしに入る、小さな間口に小さく痩せた親父が店番している店があった。
不思議なことに店の床は道路から一段低く、歩く革靴と運動靴の音を聞き分けられる寄木(よせぎ)だった。

役所のすぐ近くの裏路地だったので、 
実用書から純文学から耽美なもの淫靡なものまでぎっしりと棚が埋まっていた。
いや、役所の人間が皆そうだからというわけじゃないが、頭の片隅を現実世界から
少し離していられる職種というんだろうか、世俗離れしたものをまだ読んでいられる者が多くないか?

そこは篠原勝之や丸尾末広やつげ義春を飼っているような本屋だった。
探せば、76年から十号だけ刊行されたという新書館の雑誌、
「ペーパームーン」なんかも置いてあったのかもしれない。
別冊「グレープフルーツ」にはハルノ宵子なども掲載されていたのだそうで、
その頃それらの雑誌を知っていれば、読んでみたかった気がする。

自覚的に偏愛するという志向はいつの頃にもあって、
奇妙なものに魅かれ、それがなんなのか知りたくなるのは自然なことじゃないかな。
いつしか、かたくなに興味対象を希少の文化に求める者や、
いつしか、創作者でありたいと望む者が生まれたりするんだが、
なかには市井(しせい)の趣味人のような美学者がいてもいいように思う。
創作をする者と美学をする者には隔たりがあるんじゃないだろうか。
知識に感応して深く発酵する愉しみは替えがたい。
けれども創作は架空を醇化(じゅんか)させる、得たものを切り捨てていくことだ。
感応したまま創作をすると、脂肪のついたものができあがることもある。

先日、大きな町に行った。大きな本屋には、棚のあちこちに仕掛けがある。
「○○書店」と銘打って、その町に住む数名の作家選りすぐりの本が棚に並んでいた。
おすすめ本リストという印刷物まで用意されている。
彼らを形作った一部であろう本の群の並びは愉しかった。物語作品が多くあったことも興味深かった。
作家たちの作品も並んでいて、感応と創作をどう折り合わせたかを垣間見られてこれも愉しかった。

「佐伯一麦書店」の棚から、本が呼んだ。ちかちかと光ったのは文庫本。

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    カレル・チャペック 『園芸家12カ月』 中公文庫
    ルナール 『博物誌』 新潮文庫

これを王様にあげよう。
ひとりの愉しみを満喫してもらって、あとでお裾分けにいい話をいくつか聞かせてもらおう。
本には呼ばれるのだが、当たりのそれを読むのはいつも王様で、いつもわたしではないんだ。



■書店を開いていたのはこの、仙台在住の作家たち。
皆、大きな賞をもらっているそうなんだが、いままでぜんぜん知らなかった。
    ・佐伯一麦・瀬名秀明・三浦明博・熊谷達也



■仙台市はこんなところ
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街の様子


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街路樹が並ぶ大通り


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駅の近くの裏通りにはこんな戦後の名残りの市場が。


仙台・宮城オールロケの映画を観た。映画制作や撮影に地方都市が全面的に後押しをしている。
 
    映画ゴールデンスランバー
                       せんだい・宮城フィルムコミッション協力  
                       原作:伊坂幸太郎 仙台在住
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by noone-sei | 2010-02-19 03:51 | 趣味の書庫話(→タグへ)

44夜 花も嵐も

 
先週末は大雪、吾妻おろしの地吹雪。
門までの道を作ろうにも、かいてもかいても雪が降る。
地吹雪が来ると息もできず、一寸先(いっすんさき)も見えない。
雪は、しんしんと降ってしまえば心なしか温かみがあるものなのだが、
山から風が吹き降りると底冷えがする。
夏の風は太いが、冬の風は細くて鋭いから隙間に吹き込む。

父が亡くなって丸二年が経ち、日曜は三回忌だった。
この二年、この地は雪が少なくてさほどの雪かきもせずに済んだが、
そろそろ平常運転しろよとでも言うように、三回忌の前日に、
父はせっかちにどっさり雪を降らせてくれた。
まだ二年なのに三回と数えるくらいだから、仏事は万事、気が短い。

前日の大雪はとーちゃんが雨男だからかじいじが仕組んだかと鰐号は笑うし、
犬たちは久々の雪の小山に登ってはしゃぐし、三回忌はしめやかじゃない。
王様と鰐号でスコップを手に身支度は完全防備、
雪用の長靴を履いて、法会(ほうえ)の前に墓を掘り出しに行ったら雪めんぼ。
雪めんぼとは、雪にまみれること。この場合は白いだるまのようになってしまうこと。
墓堀りのだるまたちは墓石を掘り出すのが精一杯だった。
だるまはうずくまらない。地吹雪で転ぶんだ。
黒い喪服に、皆が黄色や青の長靴やら黒のゴム長って笑えるだろう?
つまり上はちゃんとしたしめやかさ、下はなんだもない格好。
なんだもないとは、この場合ふさわしさに構っていられない身なりのこと。

さてその法会、外は地吹雪、中は隙間風。
菩提寺(ぼだいじ)は古い造作(ぞうさく)なので隙間風が入る。
和尚(おしょう)も、ストーブのそばに固まって座してくれればいいからといった具合。
和尚の、組み結んだり鳴らしたりする指の所作は興味深く、
読経の前に唱えてくれる御詠歌は訛(なま)っていて微笑ましい。
経文は、唱えられても漢字音読みの羅列でさっぱり意味がわからず、
ありがたい内容なのだろうにいまひとつありがたみが薄い。
一方、和歌を詠み歌う御詠歌はたいそう美しい。

「詠歌」とは五・七・五・七・七の短歌、「和讃」は七・五調の長歌、
現在ではどちらも合わせて御詠歌と呼ばれるのが一般的になってきた。
どちらも共に節をつけて唱え上げる。
本家の伯父の葬儀では、妻である伯母が近隣の女の人たちと御詠歌を歌った。
この世は常ならむものであることや、朝に夕に想っていることなど、
御詠歌はしっとりと穏やかな心もちにさせるような内容で、
まるで、自然界にたゆたい、あるがままに受け入れられよ、と沁みこんでくるような。
受け入れよ、ではなく、受け入れられよ、という捉え方が素敵だと思わないか?

曼荼羅の数やその意味や仏のいろいろ、父の浄土への旅のあれこれを教わり、
法会を終えると地吹雪の墓地へ。
用意した花は風に飛ぶし、線香も点けられないし、
五輪塔に模した細長い板の卒塔婆を和尚は持って来るのを忘れるし、
風の中、大笑いなのだが笑うと口が雪めんぼになる。この場合は白髭じいさん。
墓地を後にしたら地吹雪がぴったり止み青空まで出て、
やっぱりきっと、じいじがあの世からなにかしてたにちがいない。

昨年の一周忌は人寄せをし、父と深い関わりのあったかたがたと会食をした。
この会食は神社の宮司が参席したので神式で『直会(なおらい)』。
今年の三回忌は家族だけで、和やかに総本家の旅館でのんびり、
会席膳と、父が手がけた露天風呂と昼寝、一体誰のための日だったんだか。
こちらは仏式で『斎(とき)』。

うちの前日が旅館のおかみさんの二七日(ふたなのか)だったので、
仏壇に手を合わせたら、満面の笑みの遺影が飾ってあった。
位牌の戒名には、俗世での象徴的な文字を選んで入れるものだろう?
父は大工だから匠の文字がある。
おかみさんは顔と歌と笑の文字があり、こんな戒名は初めて見た。
温泉町を一望する墓は雪の山になっており大雪と大風、
前日の墓参は嵐の最中(さなか)だったという。
うちはさっきやっとこさ墓石を掘り出して花入れに花を挿すんじゃなく刺したと笑ったら、
総本家では雪がどっさり降るなか雪の墓山に抱えきれぬ程の花をずぼっと刺して、
おかみさんを花の雪だるまにしてきたんだと聞いてなお笑った。

笑いで供養したふたつの仏事。
一寸先は闇というけれど、ふたりはおそらく閻魔様には拝謁していないだろうから、
一寸先の浄土は笑いのパラダイス、ほんとの極楽なのではないかな。




 先日の仏事 42夜 化粧直し

    

『斎(とき)』をパタリロで
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by noone-sei | 2010-02-14 00:53 | その五の百夜話 父のお話(1)

43夜 茶うけ


高校受験のときに世話になった家庭教師は男子学生で、実家が新宿の繁華街にあった。
この地どころか東北に来たのは大学に入ってからだったので、
地域による違いには驚くことばかりだった。
雪の轍(わだち)を見たのも初めてで、雪の恐さを知らないから、
年明けから二月終わりまでが最高に寒く雪も多いのに、原付バイクが移動手段だった。

彼が東北に来て驚いたことは数々あったが、
彼の驚き第一位はこの地の茶うけだった。
菓子ではなく梅干しに砂糖をかけて供された時にはひっくりかえった。

「上がりな」は、家にお上がりなさい、と、お茶でもおあがりなさい、の、ふたつの意味を持つ。
上がりな、と上げてもらって茶をよばれたら、
漬物と、そして梅干しに白砂糖がかかった皿が供された。
彼にとっては珍味ではなく珍妙な味、馴染みあるはずのものが、馴染みない姿で現れた。

今でこそ梅干しは塩気少なく甘い仕上がりだけれど、
昔の梅干しはしょっぱくて酸っぱかった。
だから砂糖をかけるのか、というと意味はひとつではない。
年寄りの家では、梅干しに砂糖をかけて茶うけにするのは当たり前のことだった。
茶受けには甘いものとしょっぱいものを出さねばならない。
漬物でしょっぱいもの、梅干しに砂糖で甘いもの。
砂糖は高価で上等な甘いものだった。

この地にいる間、彼はついに梅干しの茶うけには馴染まないでしまった。
東京に戻ってずいぶんと日が経つ。
けれど、ときどきは思い出してみてほしいような気がする。
あの紅い色のついた白い砂糖の味を。

                          * *


■ある日のわが家の茶うけ 試し撮り
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来客があったので、いい天気の午後、窓際レースカーテン越しの陽で撮ってみた。
絞り優先。お花マークにズーム。パタリロまかせだと横の数字が自動的に8.0になるところ、
ダイヤルをぐりぐりして6.3で撮り、赤味を少し加えて色加工。 
・・ところでこの、8とか6っていう数字は、なに?
自分でやっていることがさっぱりわかりません・・。
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by noone-sei | 2010-02-02 01:40