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16夜 けものすぎる


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過ぎたるは及ばざるが如しというじゃないか?
でもわたしは、すぎるという言葉はちょっと好きだ。

ときどき訪ねる家があって、その家の子はちいさい時に、
わたしが遊びに行くと「いつ帰るの?」といつも聞いた。
行ったそうそう帰るのとは失礼な話でごめんなさいと、その子の母は詫びたけれども、
わたしはその子がさみしさの心の準備をしていると知っていた。
だから、上がって行くよと言うと、その子は「やったすぎる!」と言って喜んだ。

友人の休みの日に、温泉の風呂に誘った。
自前の洗顔石鹸を持参した彼女に、わたしはめったに化粧をしないから、
眠さに負けて布団に入るときには化粧を落とすのを忘れると言ったら、
「セイさん、それは獣よ!」と叱られた。
それからしばらく過ぎて、美顔講習会というものに誘ってもらったので、
教わったとおりまずクレンジングクリームで顔をぬりぬりしながら、
叱られたから眠くても我慢して台所の流しで台所洗剤をよく薄めて顔を洗った話をしたら、
友人も講習会の講師もひっくりかえって、
「セイさん、それは獣すぎる!」と言った。

文法的に、すぎるの使い方が可笑しくて印象的で、それらのおかしな言い回しがちょっといいなと思う。
いい話と呆れる話、その内容はともあれ。


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手作りの食事を自宅でふるまう、おうちカフェが増えた。
こういう食事をすると綺麗すぎるお顔になれるかしらん?
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by NOONE-sei | 2009-05-31 03:45

14夜 献身


死んでも生きている 死んでも死んでも終わりがない世界
という文を友人のところで読んでどきりとした。

昔、好きでときどき通っていた銭湯に、どきりとするポスターが貼ってあり、
それを見るたびになんともいえない気持ちになった。
「リボンのない贈り物、献体」
相撲取りの全身が載っていた。
周囲に、献体の意思表示と手続きをしている人は幾人かおり、実際に舅をそのように見送った人もおり、
友人の医者から医学生時代の実習や都市伝説を聞いたこともあった。

以前「カテゴリ~趣味の書庫話」で少し触れたけれども、「水の時計」(初野 晴)について。
事故に遭って脳死しているはずの少女が、自分の意志で身体の一部ずつを分け与えてゆく。
ときどきしか本を読まないわたしには精神的な痛みに同調しないための抗体が不足していて、
読んだことを後悔しながら痛くてたまらなかった。
ことに、脳死でありながら生かされている身体が初潮を迎え、開かない眼から涙が流れる描写は切なかった。
昇華される読後感ではなく、いつまでも胸にくすぶった。
「水の時計」は、「幸福の王子」(オスカー・ワイルド)を底本に書かれたミステリーなのだが、
わたしには寓話に思える。そういう意味では、「みどりの指」(モーリス・ドリュオン)もおなじ匂いを持つ。

前知識なく、題名に惹かれ図書館で手に取った「密やかな結晶」(小川洋子)について。
体のどこかが欠損してゆく過程に目をやり、静かに見つめるのはこの作家の特徴だろうか。
漫画「22XX」(清水玲子)も胸が痛む読後感だった。

 (これから読む予定の人はこの先を読まないほうがいい)

一方は食欲をプログラムされたが食という行為を厭う人型ロボット。
もう一方は夫を食べた母親から生まれ、自らも母親を食べ、
いつかは自分も子どもにそのようにして能力や命を継がせることを誇らしく考える惑星の種族の少女。
食という行為は神聖で、食事の前には長く深く祈りを捧げる。
狩りで獲物を得る種族にとって肉体の欠損は命取りであるのに、
彼女は危険な目に遭って動けないロボットをロボットと知らずに自分の一部を分け与える。
けれどもロボットはどうしてもそれを食べることができず、後に食欲のプログラムを外す。
そして、なにも食さずともいられる今になって過去に食べたかったものを思うとき、
それはたったひとつ、あのとき彼女から与えられたものだった。



ところで話は変わるが、
生まれ変わることのないよう、天の人によく頼んであるので、わたしには生まれ変わる予定はないんだが、
矛盾するようだがもしもそのようなことになったなら、
わたしは看護士になりたいと思っている。





友人のところ
百夜話 22夜 神さまからの贈り物 (「密やかな結晶」のこと)
追って:
本の題名を間違えたので訂正しました。夜中に書いた夜話なので、頭に木瓜の花(ぼけのはな)が咲いていました。
 正 「水の時計」
 誤 「青の時間」



今夜は晩冬から早春にかけて読んだ活字、読むつもりの活字を積もう。
ほとんどの活字は言うまでもなく漫画。
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上から五冊目「遠藤浩輝18」というのは帯で隠れてしまった「EDEN」の最終巻。
十年以上の連載だったとか。

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このお写真は
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この地のレッドデータで準絶滅危惧種に指定されている高山植物、シラネアオイ。
盗掘などで少しずつ持っていかれて減ってしまった。
花は、身を与えようなどという意思さえ持たず、ただ咲くだけで献身なのかもしれないのに。
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by NOONE-sei | 2009-05-14 03:02 | 趣味の書庫話(→タグへ)

13夜 おそい春のお写真


おそい春とは、「晩い春」と書くのだな。
時刻や時期や時季が例年とちがう時に使う漢字なのだと、初めて知った。


では今夜は、晩くまで咲いていた桜の日に撮ったお写真を。



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わたしの家の周りでは、こんなリンゴの花が満開の日だった。



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雪深い地方では、消火栓の位置が高い。


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奥会津で見かけた蔵。


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会津の町の中にある造り酒屋。入り口の上に大きな杉玉が下がっている。
酒を造り始めるときには青々していた杉玉が、酒造りが終わる頃に枯れた色になるのだとか。


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造り酒屋の建物内部。ひんやりとしている。


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今は旅籠になっている古い建物。


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スポーツ用品店。


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これらの古い建物群からいちばん近い駅舎から外を見る。





おまけ
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桜が散り始めたなかで食べた、婦人会お手製の地元の食べ物。
豚汁と、古代米の握り飯を青紫蘇の葉の塩漬けでくるみ、炭火であぶったもの。


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会津の古い茶屋の味噌田楽。身欠きにしん・厚揚げ・こんにゃく・餅。秋には里芋。

すこし前のエリザベス
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by NOONE-sei | 2009-05-06 02:12

数のない夜  ぼくの好きな先生


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                                                 絵:幼い頃の小粒




子どもの将来を思い、悩み、心底困って母上が新聞に投書したという。
そんな子どもが、目上の者を好きだと思い、
敬愛の念を抱き、
そしてそれを歌にした。

よくわからない歌もよくわかる歌も、
ずっとずっと、子どもは大きくなっても歌を作り続けた。


忌野清志郎、
訃報を聞いてから彼の歌が頭の中で止まない。
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by NOONE-sei | 2009-05-05 02:21 | 数のない夜(23)

12夜 ところ変われば


草引き 草取り 草むしりは、同じもの。
田おこしと苗代かきも、同じものだと思っていたらちがった。
わが家の周りの田んぼに水が入った。この連休の農家は田植えだ。
田んぼと果樹の両方をやっている農家は、とうに花選りを終えている。

先日、山を越えて猪苗代(いなわしろ)と会津に行った。
いのししに苗代で「猪苗代」、土地の語源は何だろう。
猪苗代の桜は満開で、途中の山道には雪があり、帰り道には雪が降った。
山を下り始めて雪が止むと、連なった山々が遠くまで見渡せる彼方に、大きな半円の虹がかかった。
距離を縮めて近づいて行ったように思うのに、やっぱり虹は遠くにある。
雪や桜で時間を縮め、虹で距離を縮め、一日に冬と春の季節を何往復もしたような気がする。

猪苗代というくらいだから、さぞ稲作が立派だろうと思いきや、猪苗代は蕎麦の町だ。
蕎麦畑は夏にならないと白い花の群は見られないので、野菜畑と蕎麦畑の見分けがつかない。
田おこしをすれば田んぼと蕎麦畑は見分けがつく。
磐梯路はまだ早春で、土の色がまだ冬気(ふゆけ)を残している。
いや、冬気なんて言葉はないと思うんだが。

家の造作(ぞうさく)に目が行くわたしは、出掛けたときには家屋を観るのが愉しい。
同じ北国でも、この地からわずかに離れた町でさえ、屋根や壁には違いがある。
気候風土は、住まいと暮らしに違いを生むものなのだな。
昨年、初めて訪ねた大阪で見る家々は、軒やひさしが短くて驚いた。
以前訪ねた函館の家々には、煙突があって驚いた。

道路事情が良いので、猪苗代には一時間もかからずに行ける。
ところが、屋根の形がうちとはまったくちがう。
猪苗代の家々は雪が屋根を潰さず滑って落ちるよう、トタン屋根で独特の形をしている。
玄関が透明の波板で囲われていたりする。
一方、会津の町に近い家々は、入母屋造りの屋根にトタンがかぶせてある。
磐梯山を見ながら生活するかの地、猪苗代はことに表磐梯のすぐふもとだから、
雪も寒さも尋常じゃないんだろう。

会津も奥会津の子どもは、高校に進学すると下宿をすると聞く。
中学校まで通うのも難儀だけれど、数が限られる高校では遠すぎるのだ。
大学への進学率が高くなったとはいえ、
かの地では高校へ進学することが大変なターニングポイント。
東京の大学に行ってしまうとそのまま地元に帰らず就職してしまうから人材が戻らない。
地方での親孝行は、県内の大学に進学して地元に就職すること。
県内とはいえ、大学は高校時代と同じくやっぱり親元を離れて生活するんだが。

この連休、高校生も大学生も、親元に帰省して田植えの手伝いをするんだろうか。
もともと、春の連休って、そういうことのためにあったんじゃなかったろうか。





田おこしと代かき  農林水産省のページより
屋根の形状について


今夜は雪と桜と屋根のお写真を。
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山の天辺(てっぺん)のトンネルを抜けたら、雪が残っていた。


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ここは少し春の林の中。ふきのとうがたくさんあるのが見えるか?


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林の中の地面はこんな色。


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磐梯山は裏磐梯が観光地で有名だけれど、猪苗代から見える表磐梯。
裏磐梯は厳しい顔、表磐梯は良い姿。


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桜が川に沿って咲いている。
遠く正面には猪苗代湖が見える。


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川のそばの家々。屋根の形が雪国仕様。
むこうに見えるのが磐梯山。


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こちらは会津の町に近いところで見た屋根。


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会津の町から少し離れた家々の屋根の群。


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会津の古い温泉旅館にも桜が。


次の夜には、このときのモノクロのお写真を。
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by NOONE-sei | 2009-05-03 03:23