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73夜 冬の嵐 


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夏に屋根のペンキ塗りをした。
わが家の男三人で屋根に上(のぼ)って、大工道具のある作業小屋。
鰐号なぞ、高い所が苦手なのに、麦わら帽なんかかぶって、
格好だけはいちばんそれらしかった。

冬に台風のような嵐が来るとは思わなかった。
小屋の屋根のトタンが飛んで行ってしまった。
吾妻おろしが吹き荒れるなか、合羽(かっぱ)を着こんでトタン捜し。
道路は地吹雪で雪の文様になっている。

大きいくせにひらひらと飛んで行ったトタン、
遠くで見つけ、ふんづかまえはしたものの、
びらびらと暴れるものだから、一緒に飛ばされそうだ。

ぽっかり屋根がなくなって、夜空が見える不思議な小屋。
明日は雪が降りませんように。
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by NOONE-sei | 2008-02-25 01:08

72夜 手を合わせる


 ・メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい

入院中、父は幾度もわたしに手を合わせた。
母のわがままを勘弁してやれ、だったり、ありがとうだったり。
手の機能が片方になると片手を上げた。
じゃあな、だったり、承知した、だったり、ありがとうだったり。

父が亡くなって、葬儀では幾度も合掌をさせられた。
礼拝(らいはい)では目までつぶらされる。

初七日を過ぎ、七日七度(なのかななたび)の旅をして、
ゆるゆると浄土に向かう父は、どこに寄り道しているだろう。
父のことだから、道草を食いながらちょろちょろしていることだろう。

遺影の父は明るく笑っているので、
顔を見ながら祭壇に線香をあげると、明るい気持ちになる。
けれど礼拝をすると、病と闘ってもらうためについた、たくさんの嘘を思い出す。
だから、わたしの代わりに、せっせと犬や猫にちーんと鐘を鳴らさせる。
合掌と礼拝もやらせる。
鐘じゃなかった。あの梵音具はリンという名だった。

・・手を合わせる。
ほんとは合掌じゃなくて、そのままぱちぱちと拍手がしたいんだけど。


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父が若造だった頃。

若造のお話



王様の千と線は、わたしが見聞きした拙(つたな)い経験だけでは書き続けられなかった。
父のリアルがわたしの拙い文章にリアリティのようなものをくれたことが幾度もある。
感謝しているから ・・ぱちぱち。

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by NOONE-sei | 2008-02-18 00:45

71夜 まつり


メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい

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「オレの祭りは終わったのか?」
父が退院直後からずっと口にする言葉。
王様をベッドサイドに呼んで、葬式の段取りを伝え続けている。
「葬式はもう終わって、家に戻ったんだよ!」とわたしが幾度耳元で大きな声で言っても、
保険のことまで王様に伝える。

「オレの祭りはいつだ?」
「三月の誕生日が過ぎてからだ!」とわたしが幾度説得しても、
「それでは遅い。」と言う。

家に戻ったことをもっと無邪気に喜んで、安堵してくれるかと思ったのに、
なにかが視えているらしく、段取りが終わるまで迎えを待たせなきゃならないと言う。
「わかった。」と言えば早くどこかに行ってしまいそうだし、
「もう終えたのだから楽しく暮らそう。」と言えば聞き入れないし、
返答に困る。

入院中の夜には、幾度も亡くなった父の友人に出直してもらったり、
ぴかぴかに覚醒して仕事に精を出すのを遮(さえぎ)って親子喧嘩をしたり、
透明な正気に戻った夜には、互いに出会えたことに礼を述べ合ったり、
濃密な時間を過ごした。

歳が行っているにも関わらず、この急速な容態の変化と日ごとに失う機能には
ちょびひげの医者にも追いつくことができなかったので、
最新医療で向かうべく、途中から主治医交代し、若い医者は大学病院から指示を仰ぎながら、
父が痛みで暴れる日も錯乱する日も人格のスイッチが綺麗に入っている日も、
くる日もくる日もよくがんばってくれた。

なんとなく不安だということを この地の方言で『おもかげおそろし』という。
ものがなしいとか、ものさびしいとか、そんな、『なんとなく』を『おもかげ』と表わす。
おもかげがおそろしかった母も、父に食べさせようと北寄貝なんか買ってきて、
さて夕げの支度にかかるとき、貝を開いて調理してくれる人はベッドに寝ているのだ、
と気づいて笑ったりする。

猫は、わたしが見よう見まねで開いた貝を狙ったり、
父の世話をしていると、ざーりざーりという音が聞こえて、
見るとその猫が父の栄養入り飲み物を舐めていてあわてたり、
訪問看護士さんに指導を受けている横に耳を傾けるようにちょこんと坐っていたり、
可笑しいことがたくさんある。

主治医も病棟の看護士さんたちも、毎日、訪問看護士さんから報告を受けていて、
いつでも戻ってきなさい、と待っていてくれる。
周囲にも、点滴や治療のために病院に戻るよう言う人もいる。
でも、わるいが戻らない。
昔なら、こうして家で看取るのが当たり前だったのだもの。
今は在宅ホスピスというのだそうで、二十四時間体制で訪問看護士さんが支えてくれる。

点滴の水分が体に負担をかけ、かえって苦しいということを知った。
痰の吸出しも吸入も着替えも清拭(せいしき)も、
座薬や貼り薬での疼痛管理も、向精神薬や胃腸薬の管理も、
ぜんぶ入院中に教わった。
でも今、わたしにできることがなにもない。
父はもう峠を迎えている。

今日、父は目が見えなくなり耳の機能だけが残った。
毎日親戚を呼び、演歌の音楽を流し、みんなでお茶を飲み、ご飯を食べ、
ベッドサイドでわーわーと賑やかに過ごす日々。
病室ではできなかったお祭りを 家でやっている。

父の言うのは祀(まつ)り、でもわたしがやるのは祭り。
明日は主治医が家に来てくれるそうだから、父がきっと喜ぶ。



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父の入院中、わが家でいちばん偉かったのはシワ コ 。
父の付き添いで家人が家を留守にするから、
こうして毎夜、アク コ を腹に抱いて寝てくれた。
 
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by NOONE-sei | 2008-02-04 16:49