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写真保管庫より 参


メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい
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骨董屋で店番していた頃、競(せ)りや得意先回りでほとんど店にいない店主に、
よく女の人たちから電話が来た。
バーやクラブなど、水商売の女の人から、遊びに来てね、という誘いの電話がほとんどだった。
わたしは店主が「女の子」と呼ぶ彼女たちの声が、女の子の年齢とは思えなかったのだが。

ある日、店主に洋品店におつかいに行くよう言われた。行けばわかるようにしてあるから、と。
店に入ると、少し憂いのある、物腰の柔らかで上品な女性が商品を選び始めた。
わたしの寸法や年恰好に合わせた服を何着か持ってきてくれたので驚いた。
「いつも一生懸命にお店番をしてくれている、と聞いてますよ。受け取っておきなさい。」
彼女が選んでくれたのは、真っ白で小さな襟の清楚なワンピースだった。
受け取りはしたが、じつのところこういうことには慣れていないわたしは、
賃金を貰っているのだから洋服まで買って貰う理由がない、と、とても戸惑った。

男の人は、女性にプレゼントをしようとするときに、身に付けるものを選ぶらしい。
指輪だったり時計だったりブレスレッドだったり洋服だったり。
そういうものを 女性は一様(いちよう)に喜ぶと思い込んでいるようなところがある。
父もそうで、母やわたしに指輪をくれたりした。
喜ぶ顔が見たいだけで、その良さや価値には無頓着だった。

この連休、つらい治療の前に外泊で戻った父が一足早いクリスマスプレゼントを家族にくれた。
パチンコで貯めたポイントがあるから、好きな景品に取り替えてこいと言う。
電化製品は王様と鰐号に、時計や指輪やネックレスもあるから女たちに。
「早く行って来い、オレも見たいから。」
パチンコ屋で、ポイントぴったりになるよう玉数と景品を合わせ、
大きな箱や小さな箱を抱えて帰ると、父の前に広げて店開きをして見せた。
母が、わたしが選んだ指輪を気に入ったので、父は嬉しそうだった。
もちろん家族にもそうだが、父は、母になにかしてやりたかったのだろう。

白いワンピースは結局一度しか袖を通さなかったけれど、
父に貰った時計は、毎日腕にはめて病院に行くよ。



こんなに胃がきりきりと痛み、不整脈で苦しいのに、なぜ文章を書くのだろう。
「王様の千と線」を始めたばかりの頃を思い出す。2004年の百夜話はそのように始まったのだった。
あの時も不安で悲しくて、父の病院に通いながら毎晩のように書いた。
あれ以上の不安はないと思ったら、あれ以上の悲しみというものが世の中にはあるものなのだな。
あの時とちがうのは、文章のクオリティをあの時のようには維持できないということ。
だから夜話という枠から外して保管庫にした。

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by NOONE-sei | 2007-11-27 22:19 | 新々々百夜話 父のお話(12)

写真保管庫より 弐


メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい
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夕方から大雪が降った晩、父の病院から帰る途中、短い距離だったが逆走し、
気づいて車線に戻ったあと、赤信号に気づかず信号無視で走っていた。
人間にはたくさんの引き出しがあって、ごはんが食べられる引き出し、
人ときちんと話せる引き出し、交通規則が守れる引き出し、
それらは独立してはたらいてくれる。
が、ときどきこのごろ交じり合ってしまうことがあって、けれどもその時には気づかない。

ちかごろ、父の病状を受け入れられなくて体がふわふわと浮いている。
父は今日、箸が持てなくなった。
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by NOONE-sei | 2007-11-27 01:00 | 新々々百夜話 父のお話(12)

写真保管庫より 壱


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ヤギの類は高いところが好き。
絵本などに崖の上にいるヤギが登場するのを見たことはないか?

わたしが小さい頃に育った家は山あいで、温泉町にある本家の、そこは以前蚕(かいこ)小屋だった。
周囲は野菜や果樹の畑で、高原野菜を作り、山の斜面は日当たりがよく桃が採れ、
夏は小屋の庭にゴザを敷いて桃の収穫をした。
畑の隅には大きな岩があって、そこには羊が一頭いた。
いつも岩の上に立っており、本家のばっぱちゃんが朝餌をやり、乳を搾り持ち帰るのが日課だった。
本家ではウサギを飼ってその肉を冬の蛋白源にし、子どもたちに羊の乳を飲ませた。

今年のお彼岸に本家に墓参したときに、父が名残りの大きな岩を見つけた。
ところが、ばっぱちゃんが亡くなって何十年も経つので、その岩に立っていたのが
ヤギだったか羊だったか、皆、記憶が曖昧になっていた。
従姉妹たちはヤギだったといい、父は綿羊だったという。
よくよく思い出してみると、
父が大工仕事から帰り、物置にばっぱちゃんが朝置いて行った餌を毎夕与えたのは羊だった。

ある夕暮れ、父が帰ると庭にゴザが敷いてあり、その上は血まみれだった。
ぎょっとすると、近所のおやじさんたちが三人がかりで羊を解体していた。
羊は腰が抜ける病気で立てなくなったので、ばっぱちゃんが譲ったということだった。
「庭先を貸してもらったかんナイ、どうもナイ。肉、置いてくから食ってくらんしょナイ。」
そう言われても、父はその肉をどうしても受け取る気持ちになれなかった。

皆が記憶を辿った本家での彼岸話に、羊の名が出なかった。
名前がなくてよかった。家畜に名など付いていたら情が湧く。
使役の動物には名を与えても、いずれ食されるさだめの動物に名を与えてはいけない。

羊がいたのは、わたしが生まれる前のお話。
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by NOONE-sei | 2007-11-24 11:06

休憩


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ちょと忙しくてお休みをいただきます。
ときどきお話が浮かんだらupします。
今日も雪が降っています。
みなさま、風邪など召しませんように。
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by NOONE-sei | 2007-11-22 01:28

64夜 秋は夕暮れ


絵を描いていた頃のこと。
描写しようと目を凝(こ)らして、なぞるように視ていたら、夕暮れになると急に見え始めて驚く。
それはもう輪郭も色の階調も、なにもかもが鮮やかで、それまでの葛藤が嘘のように。
けれども刻一刻と夕暮れは深まり、追えば追うほど加速して遠のく。
掴まえたかったのに、画面に定着させる技量がなく暮れてしまうのは口惜しいことだった。

この地の山の紅葉(こうよう)は、北からとは限らず、天から下りてくる。
山から地上に下りるまでに、半月ほどの差がある。
カエデの赤や五葉松の緑で色鮮やかな紅葉は、安達太良中腹から頂上を臨むのが美しい。
錦繍と言うにふさわしい、安達太良の盛りの紅葉を まだわたしは観たことがない。

縁あって鯰(なまず)のようなひげの爺(じじ)を菊人形と安達太良に案内した。
菊人形は生き人形のようで、今見ても怖い。菊の匂いは年寄りの匂い。
たいてい、ちいさな孫が婆ちゃんに手を引かれて観る怖いものの一等賞、
お祭りのおばけ屋敷や見世物小屋の怖さとはまたひと色ちがう、静かな怖さだ。
子どもにとって、それはまだ物心つく前のイニシエーション。

婆(ばば)は孫の手を引いて、ちょろちょろさせないよう歩くが、
いまどきの爺はカメラの紐を首に下げて、ちょろちょろ達者に歩く。
京都のタカオモミジのような真紅のカエデを探しているらしく、
鯰の爺はこれを写真に収めたくて、どこを案内しても赤を撮ったらお終(しま)い。
色には細やかな階調があることをばさりと裁(た)って、
緑や黄が引き立てる赤の階調を切り捨て、欲のおもむくままに赤だけを求める爺。
世に爺(じじ)もいろいろ。鯰の爺は百など悠々と超えて生きるにちがいない。

王様曰(いわ)く、
「葉っぱが落ちたのを紅葉とは言わないけどいいもんだ。
 錦鯉のような毒々しい紅葉が好きな人は、これはこれで結構居るよ。」
今度こそ理想の赤を撮りたいそうだから、来年は赤の盛り、十月の中旬までにお招きしよう。
・・鯰が鯉に会いに来るというわけ。

                       * * *

今夜は十一月初め、終いの安達太良のお写真を。
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ゴンドラから見た下界。赤い実はナナカマド。


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安達太良のパノラマを薬師岳からぐるりと。
山のむこうに、わたしの家も写っているかもしれない。(でもまめつぶ・・)


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除雪車がカラフル。


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遊歩道と落ち葉。


おまけ これはなんだろう。
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鷹ノ巣をみつけた。とても大きくて、木にかかった揺りかごのようだった。
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by NOONE-sei | 2007-11-22 01:25

63夜 初雪どきの心構え


この地は東北でもまだ入り口だが、
わたしの家は山の入り口でもあるので、吾妻おろしが吹き降ろす。
東北人の気質は、本質的に明るくないように思うことがある。
いつか、なにか、辛いことがあっても耐えられるよう、
予(あらかじ)め身構えているところがある。
そういう意味で、もしかすると東北人は前向きな発言を控えがちかもしれない。

秋だと思っていたら、昨日、山から吹き込んでいた雨がみぞれになり、夜には雪になった。
山の風に乗って吹き降ろす雪はふんわりしておらず、冷たいだけで美しくない。
「ここは、急に夏になって急に冬になるからなぁ。けっこうびっくりするし、つらいものがあるなぁ。」
関東育ちの王様は、たとえばこんなときに、この地に馴染んでいない自分を改めて知る。
気持ちの準備が追いつかない。

吾妻山はとうに初冠雪は終えており、数日前の寒い朝には真っ白だった。
観光道路はすでに五月まで通行止め。
もう、里に初雪が降るのがいつであれ不思議なことではなかったのに。
けれども、気持ちの準備ができていないのはわたしも同じ。
ずっとこの地に住んでいてさえ、慣れるということがない。

予め身構えていようと思っているのに、
こんな雪が降るとなお背中がさわさわとする。
寒さのせい?家族の揃っていない日々をどう過ごせばいいのか想像もつかないから?
部屋には暖かいストーヴがついているというのに不安が白く吹き下りてくる。


                              * * *

お写真は十一月初めの裏磐梯。
山にはそれぞれの山の特徴があり、安達太良が錦なら裏磐梯は黄金(こがね)。
生えている木がちがうから。安達太良はまたあしたね。

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水にまつわるお写真。上は秋元湖、下は磐梯山。


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カラマツにまつわるお写真。上は昼、下は夕暮れ。


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山並みにまつわるお写真。上は平地から、下はゴンドラから。


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ブナにまつわるお写真。上はブナの森、下は一本の樹。



おまけ
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磐梯山を遥かに望む犬と紅葉を見下ろす犬。 ・・くすくす。
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by NOONE-sei | 2007-11-20 01:13

62夜 冬はつとめて


枕草子で語る春夏秋冬は、それぞれが心憎く言い得ていて、小憎らしいほどだ。
春は夜明け、夏は夜、秋は夕暮れ、冬は早朝。
立冬が過ぎ、まだ里に初雪が降りてこない今は、一日のどの時間に趣きがあるんだろう。

『寒厨(かんくりや) 音が明けてゆく夜明け』
一時(いっとき)句作に精を出していた母がこんな句を作ったことがあって、
ほかの句は憶えていないがこれだけは印象深い。
まだ火の気のない朝の台所で、引き締まった空気がこれから緩んでゆくという情景が見え、
そして外から音の無い空気が入り込んで音に変わるのが、視覚に聴覚に伝わる。
句のとおり、母の朝は早い。

しばし退院して家で過ごすはずが、ほんの数日で父は再入院してしまった。
母もわたしも毎日の病院通いが始まっている。
今度は長丁場だから、母を送り届ける役に努めようと思っている。
だから、わたしのほうは父の顔を見たら病室にそう長くは居ない。

毎日の出勤時間も決めた。
母の言った時間がきりのいい時間ではないので不思議に思い、ある時、
鶴の恩返しのようにそっと茶の間の襖を開けてみた。
母は朝の勤めを終えると、コーヒーを飲みながら一息入れ、
時代劇を観ながら化粧をしていた。
そして観終えると、それまでの実用本位の、人前に出るにはあまりに普段着の、
なんだもない格好から、派手ではないが、どこか可愛げのある服装の姿に変わった。

父に、母とどのように過ごしているのか聞いてみた。
大部屋に長時間居るのは気詰まりだろうと思った。
患者のベッドはそれぞれ昼でもカーテンが引かれ、個々人は静かに思い思いに過ごす。
「オレはテレビが観られるように、頭のほうに足をかいちゃ(逆向き)にして寝てんだ。
あのひと(母)は、オレの足を横っちょに退(の)けて、ベッドで昼寝して帰んだ。」
・・ぷぷっ

枕草子で言う『つとめて』が早朝を意味するのは、
お坊さんの朝のおつとめからきているのだったか。
母の冬は『つとめて』、朝の勤めをし、努めて父の病室に通い、勉めて父のベッドで寝る。



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わたしにはまだ、『秋は夕暮れ』。
秋を撮ったお写真を整理し終えぬうちに立冬を過ぎてしまった。
しばらくお話を更新できないでいたが、せめて雪が降る前までに
少しずつお写真を載せてゆこう。
時季がずれている、と、笑わないで見ていてくれ。

ウェブログのスキンも暖かい色に変えよう。
もうじき、火のつくストーヴの上に鍋をかけるからね。
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by NOONE-sei | 2007-11-14 01:57 | 新々々百夜話 父のお話(12)

61夜 a piece of diary 


このお話はフィクションです

ハロウィンの少し前の休日、セイさんの塾におよばれしました。
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塾生のみなさんに、友達を紹介してもらいました。
塾生さん達はハロウィンタウンのジャックさんが大好きで、
理由はわからないのですが、「エイジ」と呼んでいます。
わたしの背中にくくりつけてくれました。

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塾生さんは、人間のみなさんだけではありません。
子犬もお勉強に来ます。そういうときは、わたしもお役に立ちます。
これは大人の犬として、犬のふるまいを教える教育的指導をしているところです。
いじめているのではありません、誤解しないでくださいね。それにしても真剣な表情です。

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お昼です。
わたしも、厚揚げをなべに入れる塾生さんを応援しています。
あ、鼻の穴を、つい舐めてしまいました。

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おにいさん、お箸の持ち方が上手ですね。えらいですね。

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芋煮なべ、できあがりですか。ほほう。これはお醤油味の山形風ですね。
あ、わたしとしたことが。つい力がはいって、また鼻を舐めてしまいました。

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いや、わかっていますから。
味のついた食べ物は食べられませんから。いや、お気づかいなく、召し上がってください。

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・・クラクション、鳴らしていいですか。
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by NOONE-sei | 2007-11-05 00:22