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閑話休題 ふたたび


このところ、季節の描写ばかりしていたら、
おはなしをまとめないまま、36夜のお話を載せてしまって後悔しました。
まとめるちからが湧かないときもありますが、
今夜は思い切って、気になっていた36夜を加筆修正しました。

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ゆるされてその壱 (おりぼんが似合っていないぞ)

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ゆるされてその弐 (鼻がでかいぞ)

シワ コ にも一緒に謝ってもらいました。


          暑さが急に厳しくなってきました、どうぞみなさま、
          おからだに気をつけて過ごされますように・・・
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by NOONE-sei | 2007-07-30 00:02 | 閑話休題(22)

36夜 箱の中には

   ・7月29日加筆修正しました

ちかごろ王様が、わたしが日頃使っているパソコンの箱を替えた。
もとよりむずかしいことをしないので、中身にこだわりはない。けれど困ったのは『色』だ。
「王様の千と線」に載せるお写真は皆、色を自分の目に映ったように加工しているのだが、
今度の箱の持つ癖というか固有の色というか、それがうまくつかめない。
新しい箱は、読んでくれているひとたちの目に、どんな色を見せているのだろう。
破綻していやしまいか。色が破綻するって、おかしな言い方かもしれないが。

中の見えないこの箱の中には何があるのだろう。
片仮名で名づけられた装置かもしれない。電気仕掛けのおもちゃの配線かもしれない。
でも小さな別世界があるかもしれないと思うと楽しい。
フィンランドの昔話にはトントゥという小人たちがいて、家人が寝静まると現れて家事を始める。
日本の昔話にもこんなものがあった。箪笥(たんす)の引き出しを開けると春の田んぼがあって、
牛を使ってお百姓が苗代掻きをしている。次に開けたときには黄金(こがね)の稲穂が実っている。

・・もしこれから観るのだったらこの段落は読まないほうがいいのだが、
好きな映画のひとつに「ダークシティ」というのがある。
昼も夜も太陽もない不思議な町があって、それでも時は動いていて、
夜中になると、眠っている間(ま)に頭がつるっぱの宇宙人たちが現れる。
家財道具から家人の服装からおまけに頼みもしないのに記憶まで取り替えてゆくから、
この宇宙人、トントゥとは違って悪者たちなのだけれど。
不本意ながら企みの手先になっていた善き人が宇宙人の目を逃れて、
真実を探す主人公に記憶を授けるシーンには、胸が熱くなる。

・・箱の中にあるものは何だろう。
夜中になにかが起きているのに、見えない気づかない。
だれか、箱の中にもし居るなら、わたしに空気感のある緑を頂戴。
箱に引き出しがあったなら、開けたときにはきっと、青々とした夏の稲の群だ。

                           * * *

今夜のお写真も夏の緑を。
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いつも行く公園でニッコウキスゲを見た。


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木の根元にはいろいろな草が生えている。
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by NOONE-sei | 2007-07-26 23:51 | 趣味の書庫話(→タグへ)

35夜 はたはたとした夕暮れ 


雨の合間には鳥が来る。
よく降った雨が上がり、夜にはまた降り出すかもしれないというような時に。
庭や休耕田をとことこ歩く鳥たちは、虫を啄(つい)ばんでいるのだろう。

その夕暮れは鳥をたくさん見た。
犬を連れて散歩に出たら、田んぼの空を高く回遊するトンビを見た。
田んぼの虫を食っているつがいのカモには、いきなり離陸するので驚かされる。
車を恐がらず、近づくぎりぎりまで飛び立たないセキレイは見ているこちらが恐い。
きっと羽の幅が足りないせいだと思えてならないツバメは、鋭く低く飛ぶ。
コウモリも低くぎざぎざに飛ぶ。サンダルを真上に放り投げると音波が狂って進路を失うというが、
コウモリでうまく遊べたためしがない。

・・コウモリは鳥じゃなかったのだったっけ。そういえば、コウモリの肌は、
羽じゃなくてスウェードのような毛で覆われていて、鳥には見えない。すべすべだ。
そしてくちばしがなく、豚のような顔をしており、掴むときぃと鳴く。

その夕暮れは蝶をたくさん見た。
林檎や桃の果樹畑をぶらぶら歩くわたしたちの周りを低く飛び交(か)う。
はたはたとして重さのない蝶の群れ飛ぶさまは、この世ならぬ景色。
その夕暮れの空には、渦巻きに隠れた島が浮かんだような雲。


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田んぼのあぜで見た蝶。この夕暮れに見たのは、みな白い蝶だった。


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渦巻きの雲。ほんの一瞬。
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by NOONE-sei | 2007-07-19 02:21

34夜 葉底蛇

   嫌いなひとは読まないほうがいい。

花底蛇(かていのじゃ)という言葉が中国の故事にあるのだそうだ。
美しい花の下には時として怖いものが潜んでいる。
まっすぐなまなざしで日々を生きる少女と、その周囲の人々との関わりを描いた漫画に
この言葉があった。吉田秋生の新連載。
少女が人の心の底の底にある闇を垣間見るお話だった。

いつも行く、山のふもとの公園の森は木々の間に山百合の街道が続く。
不自然なほど大柄の花が緑の中に点々と白い。
花芯は毒々しい朱の色とめまいがするように甘い匂いだ。
王様に、怖いものが匂いの下には居ることがあるから近くに寄ってはいけないと叱られた。

数日前、塾で庭の手入れをしていたら、長いものを見つけた。
とても細く長いそれを、わたしは腹を壊した野良猫の糞だと思った。
じっと見ているとゆっくりと動いたものは顔だった。いや、目がないので顔のような部分だった。
目で見たものが頭の中でわかるまでには時間差がある。長く感じる呆けたような時間が。
腰を抜かすほど驚いて、塾に駆け込み、
「だれか、だれか、長いものが怖くない子、割り箸持ってわたしを手伝って!」
塾生たちが箸でつまんで裏の川に捨ててきてくれた。
玄関に隠れて耳をふさいでも、形状をよく観察する声は聞こえてしまった。

その数日後、王様と塾で庭の手入れをしていたら、王様が長いものを見つけた。
ちいさな塾は文字通り寺子屋で、高い木に囲まれた寺のそばにあり、秋には落ち葉が山のように降る。
掃いても掃ききれずに積もった葉は腐葉土になる。その秋の葉の底に、それは居たんだという。
わたしや塾生の話からヒルかと思っていたが回虫かな、という。
わたしはあれ以来、ずっと映像が目の奥に払っても払いきれずにあって困っていた。
気味悪いのは正体がわからないからだったが、怖くて図鑑を見ることもできないでいた。

足のない長いものは怖い。名がわからなければなお怖い。
「博物誌」のルナールとかいう著者は、蛇を『長すぎる』と簡明に定義したのではなかったっけ?
虫と出くわす覚悟がなければ庭の手入れはできないけれど、わたしには長すぎるものへの覚悟がない。
それはずっとこれからもない。塾の長いものは、、、蛇じゃなくて虫、蛇じゃなくて虫。
・・・呪文のように自分に言い聞かせたって、やっぱり長すぎることに変わりないじゃないか、、、。

                      * * *

今夜は山のふもとの公園の花や実を。
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あざみ、じゃないかな。蜂が留まっている。

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白や紫の花、これらの名前がわからない。

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桜の実?

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これの名はわたしにもわかる、へびいちご。

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百合の咲く森。山百合とは鬼百合のことをいうのか?
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by NOONE-sei | 2007-07-15 23:31 | 趣味の書庫話(→タグへ)

33夜 南海の孤島


世の中にはさまざまな質問があるものだな。
南海でも北海でもいいんだが、無人島にただ一冊だけ本を持ってゆくとしたらなに?
ただ一曲だけ音楽を持ってゆくとしたらなに?
本はほとんど読まないので、わたしは本を持ってはゆかない。けれど音楽は、なくちゃさみしい。

三月、まだ雪のあるところにゆく機会があって、車の中で王様が音楽を流していてくれた。
王様は音楽よりも落語を聴いているほうが好ましいのかもしれないのだが。
流行(はやり)の音楽にあまりに疎い王様に、
「日本の流行歌を知らないでこのまま歳を取ったら、わたしたち、
ずいぶん趣味の合わない老夫婦のできあがりだわね、、、。」と言ったことがあって、
わたしや鰐号がどんな流行歌を聴いているのか少しは知っておこうと思ったらしい。
王様の車では無国籍料理みたいに、王様特製、流行歌のコンピレーション・アルバムが聴ける。
どれも同じに聴こえていた王様が、今では歌い手の名も曲名も区別がつくまでになって、目出度い。

J-POP集に、『あんぱんまんの歌』が混じっていた。嬉しそうに聴いているわたしに、王様が、
「これ、無人島に持って行く一曲に挙げる人が多いんだって。」と言った。
それは驚きだ。一曲に絞れることにも驚くが、わたしにとっては意外な選曲にも驚く。
考えてみれば、いい歌だもの、元気が出る歌を心の友にしたい気持ちはよくわかる。

よく訪ねるウェブログで犬に扮装させているのに笑わせてもらった。
背景音は、アニメーション「キテレツ大百科」の『はじめてのチュウ』、 ・・かわいい。
もしその犬のようにお殿様ちょんまげがわたしの頭に付いていたら、
きっとわたしも犬と一緒に、音楽に合わせてちょんまげを揺らすな。

「キテレツ大百科」にはもう一曲いい歌がある。『お料理行進曲』、これはなつかしい森 雪之丞の作詞。
こんなに力強く励まされて料理をしたら、あっという間に料理上手になれそうだ。

ところで『あんぱんまんの歌』と『お料理行進曲』、南海の孤島に持ってゆくとしたら、どっちだろ、迷うな。

あんぱんまんの歌
はじめてのチュウ
お料理行進曲


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夏だから、南海でも北海でもなくて、北国の雪で遊ぶ子どもたちのお写真を。


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これはどうやって遊ぶ乗り物?まるで整列の号令で待っているみたい。


お話のインスピレーションをくれた犬にありがとう
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by NOONE-sei | 2007-07-11 03:21

32夜 一年をはんぶんこ


六月は風情のある月で、
春のおわりのしっぽだったり夏のはじまりの頭だったり。
花も緑も毎日のように顔を変えてゆくが、
姿をぜんぶ現さないうちに梅雨で一気に変身を遂げる。
雨を浴びてぬっと現れた夏は、
熱い空気にも負けない厚い葉で、もう頑丈な体を持っている。
今日は七夕、七月になった。


六月最後の日はちょうど一年の折り返しだった。
茅の輪(ちのわ)をくぐり、夏越しの祓いをする。
人形代(ひとかたしろ)という、人の姿を模(かたど)った白い紙に名や歳を書き、
ふぅふぅふぅと三度、息を吹きかけて厄を移し、神社で拝んでもらう。
まるで陰陽師やら妖怪使いが式紙(しきがみ)でも操るみたいに。
ほんとうは式紙をどう使うか、よく知らないのだけれども。

夏の初めの菓子に「水無月」というのがあって、それは三角の姿をしている。
夏でも融けない氷室の氷に見立てたのだという。
夏痩せを防ぐ氷を口に含み、邪気を祓う赤を纏(まと)うような、
ういろうと小豆(あずき)で作った菓子。

六月は風情のある月で、
夏ほど強い輪郭でない、春ほど緑を欲しがらない、ほどのいい色の集まった姿。


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ドクダミを嫌いじゃないひとって結構いる。花の群は白くて綺麗なのだけれど、
雨の日はドクダミの周りだけ空気がぬるいような気がする。

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うちにはアジサイがない。色が定まらなくてすこしさみしい花だからかな。

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和菓子いろいろ。いちばん奥の三角が「水無月」。

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夜の神社は空気が澄んでいるはずなのに、
光が足りなくてわたしのカメラでは精一杯。茅の輪を左に右に、八の字に丸くくぐる。

これはおまけ
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夏のお昼ごはん。

おまけのおまけのお話。
我が家ではときどき、はんぶんこも取り分けもせずに、丸のままケーキを食卓に置く。
鰐号がおもむろにスプーンを家族三人分くばり、着席。
よーいドンで、がっしがっしと食う男たち、食べるのが遅いわたしの口に入るのは、
ケーキのはんぶんのはんぶんの、それまたはんぶんの、、、 ・・頭が悪くて計算できません。
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by NOONE-sei | 2007-07-08 02:00

31夜 映画三題


   映画を観る予定の人は読まないほうがいい。

・「プレステージ」
おぞましいものを観てしまった。
奇術にも手品にも、タネも仕掛けもあって、それは見ちゃいけない裏側の世界。
小鳥が消えたり現れたりする陰で、仕掛けの細工に閉じ込められた小鳥には、
今日の命があり、明日の命は無いかもしれない。
何羽が生贄(いけにえ)にされたかなどと、想像するだに恐ろしい。
それが人であればなおさら。

劇中、エジソン側に排斥される実在の発明家、ニコラ・テスラの名は聞いたことがある。
直流と交流、どっちが主流になるかの争いだったっけ。
その役をデヴィット・ボウイが演じ、電流ばりばりの中から現れるなんて、格好が良すぎる。
彼には『魔王』を冠したい。
「ラビリンス/魔王の迷宮」(米 1986年)が印象的だったから。
その時の彼は、長い髪で妙なヘアスタイルだった。・・カツラ?
そしてニコラ・テスラを演じる彼はごく普通の短い髪なのだけれど、・・もしかして、カツラ?
彼の師匠リンゼイ・ケンプは頭つるっぱのおじさんなのだから、
デヴィット・ボウイが髪を剃りあげていても、わたしは構わないんだけどな。

2004年に舞台でトニー賞を取ったヒュー・ジャックマンが奇術師を演じる。
妻の目の前で歌い踊る受賞の場面は格好良かった。
この映画でも、舞台の場面ですこしだけ舞台俳優らしい身のこなしが見られて嬉しい。
ただ、この映画での彼の役は、男の嫉妬のどうしようもなさにまみれており、
それは醜く恐ろしく、とどまるところを知らない暴走をする。哀れでもある。

この映画は、予告と内容がぜんぜん違うので驚いた。
このどんよりをどのジャンルというのだろう、モダンホラー?それともダークファンタジー?

                      * * *

・「ゾディアック」
実在の犯罪者を追った男たちの物語。
どの男にも派手さはそうないけれど、それぞれの立場を精一杯生きていく。

僕を見て、僕はここに居るよ、僕をつかまえに来て。
新聞社や警察に暗号と手紙を送りつける犯人。つまりは未熟な精神。
劇場型と呼ばれる犯罪の形の最初は、こんなふうにして始まったのか。
それを何年も追い続けるうちに、抜け出せなくなって、引き返せない男たち。
そんな執着を引きずるには、当時の犯罪捜査方法がまだお粗末で、
勘や状況証拠だけでは決め手に欠けるのがなんともいたましい。

終結を見るまではと身も心もつぎ込んだ結果、こんな愚鈍な知的でない男が
おそらく犯人なんだろうというのは、追った男たちにあまりに失礼じゃないのか?

                      * * *

・「しゃべれどもしゃべれども」
怒っていないのに、「怒ってる?」と、おずおずと訊ねられてしまうような、
そんな美人で損をする女性って、世の中には、いる。
強面(こわもて)に口下手で、親近感を持ってもらえない男性って、いる。
言葉がちがうばかりに、新しい環境になじめずいじめられる子どもって、いる。

そんな、表からは見えない切実な切なさをどこかで吹っ切りたい面々が、
噺家に落語を習うのだが、その噺家も華がない自分に悩んでいる。
大きな意味では、それぞれの成長譚が描かれているんだろう。

日本映画の気難しいのや湿っぽいのは苦手だが、
さらさらとしたこの映画、こんな気持ちになりたかったんだ、と思った。
ところで、達者で桂枝雀そっくりの子役にはひっくり返った。
君は若い。最後まで、ちゃんと生きるんだぞ。

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「プレステージ」を観終わったどんよりした気分は、この短編を読んだ後の感じに似ている。
めずらしく本なんか読んだから・・・

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こちらもめでたしめでたしのようでいて、ちょと変な感じが残るグリムやグリムのようなお話集。
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by NOONE-sei | 2007-07-05 23:03 | 趣味の書庫話(→タグへ)

30夜 生と死がごちゃまぜ


   映画を観る予定の人は読まないほうがいい。

「パイレーツ・オブ・カリビアン3」、お話の筋が未(いま)だによくわからない。
ずいぶんと前に観たし、もう書かないでしまおうかとも思ったが、書きながら考えよう。
前作で登場したタコ船長は、泣きながらパイプオルガンを幾本もの足で奏で、
嘆くわが身に酔い痴れており、その成就しない恋の行方はとても気になっていた。
海賊船の髑髏の旗ではなく、はてな印がわたしの脳の海を駆けている。

魚人間たちはこの世ならぬ生き物?
皆、元は人間だったのだとしたら、あれらは生きた死体?
では、タコ船長も元は生きた人間だった?
想い続ける恋人はガリバーみたいな大女で、それは人間ではなくてカニ女だったよ。
十年に一度の邂逅という呪いを受け入れ、逢瀬を待ちわびた相手が、・・カニ?

タコ船長がタコになったのは何故?
仕事を途中で投げ出してこの世で海賊になったから?
命を得る代わりに百年、この世からあの世へと海の死者送り。
真面目に勤めれば十年に一度、陸に戻れるのだけれど、カニ女は待てなかった?

タコの恋慕う相手は、くどいようだけど、・・カニ?
しかも自分よりもはるかに大きい、カニの塊?
この世とあの世の中間にカニがたくさんいたけれど、あれらは女神のばらばらなパーツたち?
この映画の見どころのひとつは、タコとカニの百年の恋?

もひとつ。
ジャック・スパロウの、えらくかっこいいお父さんは生きた人間?
いや、生きてるんだろな、でなけりゃ世界を代表する九人の海賊には数えられないだろうな。

先日、「エド・ウッド」(米 1994年)という、ジョニー・デップ主演の映画をDVDで観た。
わたしの中では、「奇人たちの晩餐会」(仏 1998年 )と並ぶくらいおかしな味わいの映画。
「エド・ウッド」のジョニー・デップは、口だけで笑みを作る顔が印象的だった。
彼は口元にとてもこだわりのある俳優なんだろう、歯に仕掛けをする映画も多い。
「チャーリーとチョコレート工場」でもそうだったし、この「パイレーツ・オブ・カリビアン3」でもそう。
えらくかっこいいお父さんはローリング・ストーンズのメンバーだそうだけれど、
その個性を真似てジャック・スパロウという人物を作ったと聞いたが、
半開きの口元だけは、いつものジョニー・デップだった。

この映画、三篇のしめくくりのサービスに、
生きている者、死んだ者、生き返った者まで、それぞれ見せ場があり、
オールスター・キャストが豪華に揃う。でもみんな悪い人達。
ロード・オブ・ザ・リングの銀髪の精霊は無精ひげが似合う男になったし、
エリザベスという名の乙女は立派にすれっからしの姉ちゃんになったし。

人が大勢死ぬし、グロもシュールもちらちら見えて、これほんとにディズニー?
エンドロールの後のおまけ映像が話題だったけれど、わたしは救われなかったよ。なんて悲しい結末。
女はじっと百年、十年に一度きりの、海の男の帰りを待つの?
せっかく一度は海の覇者、女海賊王になったのだから、待つだけになんてならずに、
エリザベスには子どもと一緒にスワン船長として海を自由に駆けて欲しかった。
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by NOONE-sei | 2007-07-02 23:55