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68夜 布団取り競争


あいかわらず闘いが続く、わに丸とわたし。
わに丸とわたし?
『おばあさんおじいさん』『犬と人間』『わたしと王様』・・並べる順番がちがう。
親なんだから、『わたしとわに丸』が正解なのだけれど、どうも語呂がよくない。
そういえば、小さい子は、よく『おかあさんおとうさん』と言う。
子供にとっての親密度の順が、如実に表われる。

その『わに丸とわたし』は、そのまま力関係を表わしていて、
わに丸はますます論理のすり替えが巧くなった。
近頃わたしも負けてはおらず、王様がわに丸に意見をしてくれたことで力を得て、
やつが聞く耳を持たなくても言うだけは言おうという気力を保てるようになった。
意見とはこうだ。

  「お前ひとりで生きてるんじゃない。生かされているんだぞ。
   毎日のいがみ合いは、たいがいにしろ。
   あんまりなことをするな、オレの女房なんだから。」
この意見、三日位は威力があった。

さてまた、つまらぬことでわに丸ともめた。
いつもなら泣き寝入りをするところだが、追いかけて文句を言ってみた。揚げ足を取られた。
けれど、今夜はがんばった。
即座にわに丸の部屋に駆けのぼり、普段わたしが『がじゃがじゃな物』と呼ぶ、
畳に散らばるあれやこれやを屋根に放り投げた。布団もだ。
そして靴をはいて外に出た。頭に血が上っている。

帰ってから聞いた話。
王様が、わたしがいないわけをわに丸に聞きにいくと、がじゃがじゃな部屋は
整理整頓されている最中、そしてわたしの布団は屋根の上。わに丸、やるなぁ。
この母子に王様はあきれ、わたしを『熱い女』と呼んだ。
ところで王様はわたしを探したのだそうだが、探す場所がちょと違ってやしないか?
シワ コ の犬小屋。 ・・何故だ。
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by NOONE-sei | 2006-10-31 02:18

67夜 耳なし芳一赤ちゃんがえり


怪談話じゃなくて、塾のお話。

塾では親子面談がある。
普段、王様が用事で電話すると、女親は用件よりも胸の内を明かしはじめ、長電話になるのが常だ。
小学校までは母親同士がよく情報交換をするものだが、子が中学生になると学校へ行く機会が減り、
母親同士がわが子のことを打ち解けて話す機会が減る。母親の心理は孤独で不安だ。
母は子の評価を自分の評価にすり替えるな、とよくいうけれど、それはまちがいではないけれど、
個としての評価を持たない女親はよりどころがなくて寂しい。
「いい子に育ってますね、おかあさん。」
王様は、電話でも面談でも必ずそう言う。言われたときの女親は声が明るくほどけ、表情がほぐれる。

密かにわたしが耳なし芳一と呼んでいる子が塾生になったのはこんな理由。
塾生、ちょんまげが、
 「うちのお父さんがね、親友の子供を心配してここに紹介するって。すごい馬鹿なんだって。
  私より馬鹿なんだって、きっとすごいよ。馬鹿じゃなくしてくれるんじゃないかって。」

魔法使いじゃないんだから、馬鹿につける薬なんか作れない。
でもとりあえず、来たらいい。そして言っておくが、ちょんまげ、君は馬鹿じゃないし優しい。
そうしてやって来た耳なし芳一は、馬鹿じゃなかった。少なくとも成績は問題ない。
問題は、聞く耳がないことだった。場を読まない。これは、学校では異質な雰囲気だろうな。

親子面談には、両親が来た。学校で、クラス中からボールを投げられた話、無視される話を聞いた。
学校では学年全体の教師が目をかけていくことになったという。
王様は塾の話をした。塾での彼の学年は、彼が話を聞かなくても、結果的に無視されても、全く
気にしないから傷つかない。だから、仕返しもない。なぜかというと、皆が皆、まだ赤ちゃんだから。
この学年は小学校はハガレン(鋼の錬金術師・漫画)で、最近までハンター・ハンター(漫画)に凝り、
王様にそれを読めと強要し、随時、感想まで言わせ続けた。今ではゲームはポケモン、漫画は
ケロロ軍曹を「深い」と言いながら読んでいる。赤ちゃんがえりをしている学年と言ってもいい。
学校では大人っぽく見えるから煙たいけれど、ここで赤ちゃんになってもらいますか。
・・実は耳なし芳一は、すでに塾では影響を受け、赤ちゃんもどきになっていたのだが。

ところで、ちょんまげのところは、親子四人で来た。
 「じいちゃんばあちゃんは、来ないのか?」とは、ちょんまげに王様の冗談。
下の弟はちゃんとおもちゃを持参していた。この弟、いつも姉ちゃんのちょんまげを迎えに来る。
授業が終わると、円卓を掃除するジャンケンをするのだが、なぜかそれに加わる。
そして、たまに負けて、掃除して帰るのだ。ご苦労さん。
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by NOONE-sei | 2006-10-29 03:20 | 新々百夜話 本日の塾(9)

66夜 泣いて笑って大口上


大阪の寄席、こけら落としの口上を番組で見た。
高座には、文珍・小米朝・大御所の春団冶・三枝・鶴瓶が並ぶ。

こんな感じ。細かいところの記憶ちがいは勘弁。

 「・・天井には(ご尽力いただいたかたがたの名入りの)
  蚕の繭のような提灯が(びっしりと並んで)・・
  ここから、お客さんと糸を紡いで、
  絹のような舞台ができればと思います。
  ・・うまいこと言えたなぁ。」
これは進行役の文珍の口上、自画自賛。ほんとにうまいこと言うなぁ。

 「・・家、出る時に大正十年生まれの母が、
  『泣いたらアカンで、お前ももう大きいねんから』と言ったのに・・」
言うそばからぼろぼろ泣く三枝、ずっと涙が止まらない。

 「こんなこともあろうかと。」
文珍がハンカチを持ってゆき、涙を拭かせる準備の良さ。流行の『青いハンケチ』。
そのハンカチは泣きながら三枝から鶴瓶に渡される。

 「・・私がこの世界に入って、(縁を振り返り)今五十四歳、不思議なことで・・」
とってつけたようにハンカチを目にあてる鶴瓶。
しらじらしいと三枝にどつかれ、座布団から転げおちる。
 「ほんまに泣いてますねん!」

三枝は大泣きお客さんは大笑いの落語家達の口上は、大喜利のような、大口上。
泣いているお客さんもいる。
もらい泣きしそうなほどいいものって、上げたり下げたり泣いたり笑ったり、
頭の中が大運動会になって気持ちいい。
・・というわけで、落語にまつわる三夜三題、これにてお披楽喜(お開き)ということで。

繁盛亭ホームページ


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鼻の穴をなめて、どーもすいません。
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by NOONE-sei | 2006-10-27 01:17

65夜 狂気を笑ったらこわい 


先ごろ大阪にできた、落語の定席(じょうせき)の様子が放送された。番組の案内役は桂文珍。
話芸は、なんにもないけど何でもできる、つまり言葉だけで森羅万象を表わすのだとか。
見えないものを見せ、居ない人に会わせてくれる落語は、抽象の極みだ。

番組では、江戸と上方の落語のちがいにも触れていた。
まず発生のちがい。江戸落語はお座敷から生まれ、上方は神社が多く信徒が集うから、
野外の境内で生まれたのだという。
次に高座のしつらえ。江戸になくて上方にあるものは、見台。小机のようなものである。
見台は膝隠しとして着物の裾の乱れを隠してくれるし、大阪には川が多いから、
噺の中に川がでてくれば橋の欄干に見立てて上から流れを眺めることもできる。

見台があると、音が生きる。
扇子で台をたたいて音を出せば、下座のお囃子方の三味線にきっかけを出すことができ、
文珍いわく、立体的に話が進むのだとか。また、見台の上で扇子は連続的に小拍子をとったり
言葉の流れの間(ま)を生んで、音で注目を集め、強調することで話しにメリハリが出る。
扇子の音は、省略にも生きる。
狂言ならば、例えば「・・西宮へまいろう」とくるりと回って場面を転換させるが、
上方落語は扇子のパン!という音。狂言の転換も説明を相当省略していると思うけれど、扇子の音は
なお省略化されている。文珍いわく、これはカットバックで映像ならば編集点だとか。

上記は全て受け売り。文珍という人は知識を整理して引き出しに分類するのが巧い。
だから説明も巧いんだが、広角的なものの見方にはどこか破綻のない計算がある。利口なんだな。
番組の中で、立川談志がなにやら難しいことを言っていた。

・・落語とは非常識の中のイリュージョン
  狂気があるかどうかが芸術の分かれ目だね
  (鶴瓶には)狂気があるでしょ
  (文珍は)(非常識という)どうしようもないものを常識で救っているのかね  

概(おおむ)ね、こんなようなことを。その映像を見た文珍は、承っておきます、と答えていた。
芸の道の狂気が何たるか、わたしにはわからないけれど、
鬼気迫るもの、壊れそうな(または壊れている)ものは、観る者を選ぶ。
談志は既にどこかで化けて、もうあちらの岸辺に立って、芸の生き神さまになってしまったんだろう。
彼が何を云わんとしているのかさっぱりわからなかった。わたしは選ばれない者だったかもしれない。
抽象画の作家が饒舌に難解な内容を語るのを聞いたことがあって、その時の違和感を思い出した。
言葉は脳に入り込むのに、意味が入ってこない、それと似ている。

芸の道から芸術の高みにまで行き着くためには最後のハードルがあって、
その何かか醸されるかそうでないか、それは大きな分かれ目なんだろう。
何かって、なんだ?
狂気って、結構、生っぽくて困ってしまう。
狂気を笑うとバチが当たって返って来てしまいそうだ。剃刀で切り返されるように。

文珍も今はまだ利口で演じる恐い目をしているけれど、いつか狂気を孕むことなく浮世と折り合って、
談志とは別の岸辺に立つ日があるかもしれないし、ないかもしれない。
承って、狂気にこだわらないでくれればいいけれど。

ところで、木久蔵のあたらしい名のことだけど。
徳川夢声「生きてゐる孫六」(1943)から、 孫六、、、 ・・だめかなぁ。(まだ言っている)
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およびでない?こりゃまた、、、クレイジーキャッツは狂気の猫ですかい?
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by NOONE-sei | 2006-10-24 22:43

64夜 名付け親


東京には鈴本や末広という演芸場があって、落語を聴くことができる。
わたしは劇場でしか落語を知らないので、畳で座布団を敷いて噺を聴いたことがない。
昔は上野にも本牧亭というのがあって、そこで唄ったことはある。
通学路に小唄のお師匠さんがいて、縁あって一年ほど手習いしたことがあり、
師匠は『ゆかたざらい』という、いろんな流派の一門が集う夏の会に、
三味線の上手い姉弟子を唄の伴奏につけてくれて、おまけかしっぽのように出演させてくれた。
水商売なら銀座の人だとか、昼の勤めなら医者とその恋人だとかの、きょろきょろするような
おとなの世界に似つかわしくないお子様のわたしは、何故か恋の唄をうたった。

師匠は、わたしの場が華やぐよう、緊張しないでやれるよう、
楽屋で一杯やりながら重箱を前に談笑する先代の金原亭馬生師匠に頼んで、
わたしの出番にお弟子さんたちが声を掛けてくれるよう、はからってくれた。
だから、高座に上がるみたいに舞台に座ったら、「セイっちゃん!たっぷり!」と若い噺家さん達から
声が掛かったものだから、なおなお緊張してしまって、わたしは色っぽくない唄をうたった。
噺家の若い衆は、芸を磨くために小唄の稽古もすることを初めて知った。

近頃、落語の世界では、柳家小さんとか林家正蔵とか大きな名前の襲名があったと思ったら、
林家木久蔵が、あたらしい名前を一般公募するんだという。
師弟関係やら名跡やら、むずかしい序列があって、すこし調べただけでも込み入っている。
木久蔵の師匠は先代の正蔵で、正蔵は晩年『彦六』を名乗った。
真打ちになる時の襲名とはちがって、隠居のような軽(かろ)みのある名はいい。
彦六の由来は、徳川夢声の映画「彦六 おおいに笑う」からきたという。

木久ちゃんと呼びたいような、落語の世界で与太郎ぶりを飄々と見せる林家木久蔵には、
彦六の名がとても似合うと思うのだが、正蔵の名を掲げる亡き林家三平の一門から、
正蔵ゆかりの彦六の名を外に出すわけにもいかないんだろう。
どんな名がいいだろう。公募なんて、かつてない方法だ。

昔の映画なら、「春雨じゃ濡れて参ろう」の月形半平太で半平太、、、長い。
彦六の一字を入れて、与太彦、、、うーん安直。
彦六の初めの名は『福よし』だから、福々、、、ますます安直か。
後に正蔵となる前に『蝶花楼馬楽』を襲名しているから、蝶よ花よで蝶々、、、どこかで聞いた名。
名づけることを特別なことだと思っているわたしにとって、木久ちゃんの名を考えるのは
楽しくてしかも真剣だ。名付け親の気分。

そういえば彦六って、正蔵の頃にこんな映画に出ていた。「妖怪百物語」 (1968)
木久ちゃんって、そもそもが妖怪のような噺家だから、林家妖怪ぬらりひょんというのも
よく似合うと思うのだけれど。  ・・だめだろうなぁ。

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え~ まいどばかばかしいお笑いを一席、、、
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by NOONE-sei | 2006-10-21 02:16

63夜 蒸しぱんはははの味


塾のちいさいさんのお母さんが、
ちいさいさんの下の妹を抱っこしながら蒸しぱんを持ってきてくれた。
ときどき、味噌ぱんや干しぶどうぱんなどを差し入れてくれるのだが、
今日は黒糖を使って蒸した、さつまいもぱんだった。
そういう時は、ちいさいさんのクラスだけでなく、中学生のお兄ちゃんお姉ちゃんも、
ちいさいさんにお礼を言ってごちそうになる。

数年前の受験生男子たちは、ケモノのようにいつも腹を空かせていて、どんな物でも
口にさえ入れば、あらゆるものを食い漁ったものだが、今年のケモノは二年生。小粒たちだ。
小粒のけちんぼが伝染(うつ)ったのか、二年男子はほとんどがけちんぼで、
なにか菓子を買ってきては自分の食う分を隠しておく。
犬のように、隠したまま忘れてしまっては困るので、流しに菓子を入れる段ボールを用意してやったら、
紙に大きく名を書いて貼り付け、食い半端には湿気ないよう開け口にテープをする。
それはよその学年に食われないためでもある。
食うときには、いくら言ってもぼろぼろとこぼして食うくせに、そんなところだけはちゃんとしている。
ただし、小粒はこぼさない。筋金入りのけちんぼだから。

小学生のちいさいさんだった小粒は、その年の芋煮会に初めて差し入れを持って来た。
みんなが驚嘆の声をあげた。大好きなミカンの袋をふたつ、母に持たされたらしい。
ひとりひとつずつ貰い、袋がひとつ空になった。焼きそばを焼いたあと、網で焼きミカンも作った。
牛肉で醤油味の山形芋煮を食って、腹ごなしにかくれんぼをして、みんなミカンのことは
すっかり忘れて遊んだ。
帰り支度を始めるころ、小粒のザックが妙にぷっくりしているのを見て、王様が言った。
「小粒、おまえ、なにか野菜を持ってきてて、出し忘れたんじゃないか?」
・・そうじゃない。小粒は残りの袋にたっぷり入っているミカンを持ち帰るところだったのだ。

ちいさいさんは蒸しぱんが嫌いで、食べ厭きていて、ちっとも嬉しくないんだという。
贅沢な言い分(ぶん)だけれど、今わたしが言っても母の手作りを再認識するわけじゃない。
ちいさな彼女が気づくのは、いくつもの夜と朝を繰り返して大きくなったはるかの未来。
「手作りのお菓子はいいねっ、いいお母さんだねっ、すごいねっ。」
そう言いながら美味そうに食べて見せるしかない。

来週は、小粒何度目かの芋煮会。あれ以来ミカンは持ってこない。
今年はソーセージも焼肉も、焼き方一切(いっさい)を任せてみようかな。
みんなに等分に分けて、しかも自分も食べることができるようになっているだろうか。
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by NOONE-sei | 2006-10-16 18:45 | 新々百夜話 本日の塾(9)

62夜 占いは売らない?


今夜は王様が寄り合い。
酒を飲めない人でも、酒席に出る機会がある。
気の置けない仲間内で飲んで食べるのとは違い、なかなかに気を使いながらの宴席だ。

寄り合いといえば、父は夜のパチンコが好きで、わに丸が小さい頃には夕食後に出掛けた。
わに丸は、じいちゃんはどこに行くんだろう、何しに行くんだろう、僕はもうじき寝る時間なのに、と
いつも不思議に思っていた。
八時には布団に入れられて寝かせつけられるから、自分が寝れば「一日というもの」はおしまい。
けれど大人の一日は、わに丸が寝てもまだ終わらない。
わに丸は子供だから、自分の一日の終わりと大人の一日の終わりは、
時刻が違うということを理解できなかった。
どこにどこにという問いに、わたしはいつも寄り合いだと言った。
今思えば、寄り合いに限らず、わたしは結構嘘ばかりついていた母だった。

今朝のテレビで、今日の運勢というのをやっていた。
いいことだけを信じてあとは忘れることにしているのだが、今日の王様の運勢はいまひとつだった。
わに丸が試験期間で家を早くに出たあと、ゆっくりと起きてきた王様に朝食を出しながら、
「今日はね、人の悪口を言うとどこかに洩れていくらしいから、宴会、気を付けてね。」と告げた。
朝のスープの酸味はどうだろうかとか、オムレツは固すぎないかとか気づかいながらわに丸の話をする。
わに丸が今回の試験は赤点ぎりぎりだと言ったとか、
試験勉強よりも野球の引退選手や高校野球の東北大会の結果で頭が膨らんでいるようだとか。
王様は静かにうなずきながら食べている。

見送りながら、もういちど「今日は、悪口、、、」と言いかけたら、王様が、
「だから、わに丸の話を聞いても、なにも返事しなかっただろ?」
宴会ではなく、既に朝からその準備を始めたというわけ。
いつになく反応が素早いというのか、早すぎるというのか、返事は欲しかったんだけど。

ところで辻占(つじうら)という言葉があって、夜の町で占いをすることかと思ったら違った。
むかしむかし、万葉の頃には道行く人の言霊(ことだま)を聴くことにはじまり、
江戸の頃には子供が辻に立っておみくじを売ったのだという。
もう、夜の町の交差点に立っている子供なぞいないけれど、
今夜、ありったけの愚痴やら本音を酔った人たちから聴き、彼らを介抱しながら通りを歩いたら、
王様だけにはおみくじを持った童が視(み)えるかもしれないな。
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by NOONE-sei | 2006-10-12 18:52

61夜 大男が生まれた町


書物の中には宇宙がある、とまでは言わないが、
書物の愉しみは、それを読むだけに留まらない。

本屋や図書館で、目立たぬ棚にありながら
その前を通りかかるとチカチカと光り出す背表紙の文字。
そうして手に捕ってしまう本がまれにあって、王様はそれを「当たり」という。
傍(かたわ)らにあれば嬉しくて、それだけでいい。
当たりくじのように引いた本は、もっぱら王様が読む。

小さい頃に本屋で瞬(またた)いて、わたしの元にやってきた本は、「ガルガンチュア物語」。
ガリバー旅行記をまだ知らないうちに読んだものだから、
わたしにとって、大男のおはなしといえばこの本のこと。
ちいさなわたしは、この物語を旅しながら異国を思い描いた。
それは今思えば中世のヨーロッパのことだったんだろう。

欧国を吟遊して歩く歌詠みがいたならば、
村の祭りの娘らにどんな浪漫の歌を聴かせただろうか。
楽器ひとつで旅して歌った歌の数々は、いつしか歌い継がれて姿を変えて、
寓話になって残っただろうか。

子供たちを 煙突のある小さな木の家に招き入れ、
寓話を語り聞かせる村の年寄りのそばで、蝋燭の灯は瞬いただろうか。
あくびをしながら親に手を引かれ、家路につく子供らの目には、
夜の星がチカチカと瞬いただろうか。

町々に村々に、ペストが流行った具現化だともいうハーメルンの笛吹き男。
ネズミ退治をしたのに謝礼の約束を違(たが)えた村の大人たち。
子供たちがその笛の音(ね)について行ったというけれど、
子ネズミのような子供たちはどんな踊りを踊りながら、村をあとにしただろうか。

書物の愉しみは、目で愛でることでもある。
そもそも書物とは、いつ、どこから来たのだろう。

骸骨だか髑髏だか、死神を思わせる者が通りを歩く生者に忍び寄る挿絵。
「~の摩訶不思議な物語」などと、ときめくような名の付く奇譚集。
聖書を解りやすく絵にした書物。
礼拝に合わせて選べるよう詩篇と楽譜を組み合わせた書物。
様式的で美しい字体。

おとなになってから、昔の書物が紹介されている印刷物を見ると、
書かれている内容よりも、意匠を凝らした挿絵や文字に目が行って、
それらはどうやって作られたんだろう、と、そのことのほうが気になった。

紙なのに、まるで手触りを確かめたくなるような絵や飾り文字や俯瞰図などなど、
それらを作り出した、印刷工房について書かれた本に、ある日、出会った。
リヨンの職人たちは、銅板と木版をひとつの書物の中で使い分ける技術も持っていた。
こんなふうにして職人の手を経て書物の中で結晶になったんだと、
人の手から作られた木版や活字、そのひとつひとつの美しさを思った。
活版印刷だとか凸版だとか、印刷技術の詳しいことを知らなくとも。

十五世紀からわずか百数十年で姿を消したフランスの一大印刷都市、リヨン。
わたしの、大男の物語「ガルガンチュア」は、ここから出版されたのだった。

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ハンス・ホルバイン『死の舞踏』

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フランス独自の字体として作られたシヴィリテ体。

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フランソワ・ラブレー『パンタ・グリュエル』 ボーダーとは両側の柱のことで、これは他の書物にも使いまわしされている。

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フランソワ・ラブレー『ガルガンチュア』

参考 印刷解体Vol.3 LAST  リンク切れ 
参考 日月堂

活字のばら売りから、わたしも活字をふたつ「セ」と「イ」を拾い出したい。東京には行けないけど。
     

後日談
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by NOONE-sei | 2006-10-08 02:25 | 趣味の書庫話(→タグへ)

60夜 ふたたびつまさき


53夜はつまさきのおはなしだった。
ふたたびつまさきのおはなし。なんだか早口言葉みたいじゃないか?

歯の磨き方を 小さいときに、学校にやってきた綺麗なお姉さんに習った。
学校中で、歯磨きを外部からの指導で教わるという経験は皆あるんだろうか。
その頃の磨き方は、今の歯医者で教わるのとはだいぶ違っていた。

今でも歯医者に行くと、綺麗なお姉さんが教えてくれる。
歯ブラシを歯の根元に当て、そのまま細かく振動させるように磨くだとか、
ブラシの先を縦に使って歯の隙間に当てるだとか、
ブラシの・・・
ブラシの柄に近い部分は何と呼んだらいいんだ?
「先」に対して「後」・・ブラシの「後(あと)」?・・ブラシの「後(うしろ)」?
でも、後(うしろ)なら、それに対する対語は「前」だろう?
ブラシの前って、聞いたことがないような。なんだか「表」と「裏」みたいな感じがする。

歯磨きと歯ブラシの宣伝をテレビで見た。
ここでもやっぱり綺麗なお姉さんが歯の磨き方を教えてくれた。
そのときの呼び名。
歯ブラシの「つまさき」と「かかと」。
つまさき。・・爪先。・・足?
・・ちょっとそれは嫌かもしれない。

新百夜話 43夜 色っぽい足
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by NOONE-sei | 2006-10-04 23:54