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89夜 味噌か醤油か


日数(ひかず)を合わせたわけでもないのに、
暮れのお話が88夜とは、お目出度くて目出鯛こと、この上なし。

本日は晦日(みそか)。
たった今、椎茸の含め煮ができたところ。
正月のおせちに、たいした名のつく料理はできないが、煮しめはわたしが作る。
関西ならば、炊くというのか?
むずかしいことはできない。
白いものは白いように出汁と塩、茶のものは甘めに醤油で、
できるだけひとつひとつを別々に煮て盛り付けるときに合わせる、それだけ。

東北のこの地は味噌文化圏だけれど、
暮れのおせちの準備にも、明けての新年にも、味噌はお休み。

今夜の年越しを 歳夜(としや)という。
明日は初水とり。朝の初水を汲むのはその家(や)の主(あるじ)。
けれど、父は神社に詣でる地域のひとびとのお世話で、夜から朝まで神社に籠もる。
昨年は病院で年を越した父が、今年は例年どおりのことができるとは、ありがたい。
初水は、わに丸がとる。

雑煮はその初水で作る。
入れて煮るだけにしておいてやるが、王様とわに丸が作る雑煮。
王様は関東の人だから、かまぼこと鶏と小松菜が馴染みある雑煮だが、
我が家は小松菜ではなく芹。

味噌が台所に顔を見せるのは、正月三日。
長芋を擂(す)って味噌汁の上澄みでのばす、三日とろろ。
正月休んでいた白い飯も、この日三日とろろをかけて食される。

味噌も米も休み明け。
人も、休みが明ける。

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各部屋に飾る松と輪通し。食事はこの年越しの松で頭をぽんぽんと払ってもらってから。

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カマドに飾るお窯様。年間を通してこの切紙細工のようなものを火のそばに置く。

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わたしとシワ コ のシルエット。
どうぞよいお年を・・・。
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by NOONE-sei | 2005-12-31 16:24

88夜 年年歳歳


ちいさな塾には大きな円卓があって、
大工職人の父がこしらえてくれた。

その円卓を囲むのは、ある日は小学生のちいさいさん。
ある日は受験を目前に控えた中学生のお姉さん。

お姉さんもいろいろで、
学校が休みでも体操服で来る子もいれば、
キラキラした飾りを携帯電話に貼り付けている子もいれば、
リンゴのようなほっぺで外の寒さがへっちゃら、薄着の子もいれば、
いつも青い顔でしょっちゅう学校を早退するのに、塾には何故か来る子もいれば。

ほとんどの子は、
自分の未来に「大人になる」という世界が待っているのは
遥かの彼方すぎてぴんとこない。

ごくわずかの子は、
「大人になりたくない」と強く願い、暦が変わるたびに悲観的になる。
他人の言葉にも自分の言葉にも傷つき、いつも心をいとしんでやれなくて、
本当は誰より自分が大事なのに、どう大事にしていいのかわからない。

ある夜の王様と子どもたちの会話。
何故、年が新(あらた)まるのか?
何故、歳をとるのか?
子どもたちには不思議で理不尽でならない。

そういえばこんな言葉があったっけ。
年年歳歳。
人間万事塞翁が馬。

こんな言葉の群は年寄りくさい。
天邪鬼だから、わたしはこの手の言葉が押し付けがましく感じられて苦手だった。
けれど、辞書で調べてみると、なんてお気楽な言葉だろう。
先のことなど誰にもわからない。大人にだって。

子どもたちに王様が答えた。
「オレも歳をとりたくないなー。でもなんでかなぁ、歳ってさ、とると貯まるんだよねー。」
お気楽な返事。

・・人生は買い物?
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by NOONE-sei | 2005-12-26 20:28 | 新百夜話 本日の塾(12)

87夜 山の特別な夜


クリスマス・イヴ。
silent night ならぬ mountain night を。


   はるか昔。
   アダムとイヴは智恵の木の実の林檎を食べました。
   神様は、ふたりから生命の木を隠しました。
   それは樅の木にとてもよく似ていました。
   人間は永遠の命に焦がれ続ける憐れな生きものです。

   すこし昔。
   イエス・キリストはこの世のアダムとイヴの子供達のために祈りました。
   そうして、子供達は一年に一度、キリストに感謝を捧げます。
   樅の木に林檎を飾って。
   人間はそれと気づかずに贖罪をしているのでしょうか。


さて、山の夜へようこそ。
王様の千と線から、おもてなしのプレゼント。目で楽しんで。
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クリスマス前夜のあなたの訪問を樅の木がお出迎え。支配人はシワ コ 。


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テーブルに花を飾ろう。87夜、花の夜だから。


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お酒はどれにしようか?


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とりどりの味をゆっくり召し上がれ。


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温かい露天風呂。雪を眺めながら。


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青い月が、雪の道を照らすよ。


気をつけて帰ってね。
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by NOONE-sei | 2005-12-24 14:49

86夜 はがれたらどうする


はがれるのは化けの皮、と相場は決まっているけれど、
化けると言ったら化粧のことか?
では化粧がはがれると言ったなら、はがれるのは塗った壁か。
それならば皮のほう、ひと皮剥(む)いたら何が出る?

王様とわたしがアパート暮らしだったころ、新婚さんと知り合いになった。
彼らは新婚も、まだほやほやだった。
ことに奥さんは、遠くからお嫁に来たばかりで心細かったのだろう、
彼女とわたしはときどき話をした。
あるとき、趣味はなにか、という話題になり彼女の趣味を聞いてびっくりした。 ・・化粧。
世の中にはそういう趣味がある、ということに驚いたのではない。
「化粧」という項目を 趣味欄に当てはめるという言葉の使い方が初めてで、
そのことに驚いたのだ。

出たものは、「化粧」じゃない。
彼女は結婚前も結婚後も、一度も伴侶に素顔を見せたことがないという。
そして今後も見せるつもりがない、と。
・・「寝化粧」。そんな言葉はとっくに死語かと思っていた。
第一、寝るときまで化粧したら肌荒れするんじゃないか?

ほどなく王様とわたしは引っ越して、新婚さんとは、やがて疎遠になったけれど、
引っ越してだいぶしてから見かけたことがある。
彼女はまだ素顔を見せていないようだった。
それどころか、壁に磨きがかかっており、しかもなぜか化粧が濃くなっていた。
化粧とは、はがれないもの?ひと皮剥くのは止(よ)したほうがいい、出るものは謎だ。

さてわたしの額にはお札が貼ってある。
金額の額じゃなくて ひ・た・い。お金のお札じゃなくて お・ふ・だ。
映画「幽幻道士」に登場する東洋ゾンビ、キョンシーの額にあるような物。

86夜は、芸もなければひねりもない。・・貼るよ。

わに丸の親になったときに、見えないお札を貼ろうと決めた。
「母」というお札。それをめくると額に「セイ」と書いてある。
わに丸の何様(なにさま)ぶりに神経が三本くらい切れそうになると、
つい、お札がはがれそうになって困る。
ところが、今朝「反省するまで帰って来るな!」と怒ったのは王様。
王様の額にもお札が貼ってあったというわけだ。

今夜、わに丸は友達の家に外泊。
86夜は、『貼るよ』じゃなくて、もしかすると、この『野郎』?
まったくもう。
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by NOONE-sei | 2005-12-23 23:28

85夜 雪めんぼ


 「今日のシワ コ は雪めんぼになって、、、」

また王様に指摘される。
わたしが話す方言はいろいろ聞いているが、これは初めてだという。
記憶の底から掘り起こしたか、と笑われた。
わに丸にまで、聞いたことがあるかと問うて。

言った当人のわたしは、ちょっと気を悪くする。
小匙半分はいじわるだもの。
掘り起こす記憶には、言葉の金脈があるのだ、参ったか、そう言ってやればよかった。
いつも後になってから、
ああも言ってやればよかった、こうも言ってやればよかったと思う。

王様はわたしをネタにして笑うけれど、
わたしは、漢字を当てはめるとどんな字だ、と聞かれて困った。
方言の多くは、京で使った言葉が流れ着き、都では廃(すた)れてしまったのに、
なお、古(いにしえ)言葉として風化しなかった残像。
辿れば古典の世界にゆける。

雪めんぼの語源は何だったのだろう。
ワードの文字変換では、わちゃくちゃでお馬鹿な変換になるから面白い。
もとより機能に方言変換などないのだから、笑って楽しむしかないのだが。

今日の大雪で、我が家の「カドマツ」が雪の重さに撓(しな)った。
トンテンカンテンと金槌の音がする。・・父だ。

春に背の高いネジバナに(わたしはネジリバナと呼ぶのだけれど)、
撓って折れてしまわぬよう添える棒を 「手」という。
花や植木に手をくれる、と言うのだが、
門かぶりの松は(わたしは「カドマツ」と名を付けたのだけれど)、
背が高いし幹も太いので、手どころではない、「足」という支えが必要になる。

門の上に長く一本だけ腕を伸ばしたようなおかしな「カドマツ」に、
父は下から支える足をこしらえていた。吹雪の中で。
その間、わたしはカドマツに積もった雪を下から棒で払い落とすのを手伝った。
足元では雪まみれになって犬が遊ぶ。

 「こんな日に喜んでいるのは、おまえだけだぞ、シワ コ 。雪めんぼだ。」
父も犬に言う、雪めんぼ。

わたしの語源は父だった。
けれど京の都の語源は知らない。
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by NOONE-sei | 2005-12-19 20:30 | 新百夜話 父のお話(4)

84夜 幸せであるように


よくうちに出入りしていた父よりずっと若い職人仲間が、
子供が生まれたときにわたしと同じ名を付けた。
よほどわたしの名が気に入ったのだろう、
漢字はちがうけれど、同じ読み。
その子が小さいときに一度だけ会ったことがある。

不思議なもので、
その子はずっとわたしの中で小さな妹だった。
会ったときの幼い顔を 今もはっきりと思い出せる。

その子が、お嫁さんになった。
父が結婚式に招かれ、
帰りにテーブルの花をすこし貰ってきた。

お嫁さん。
結婚した、というよりもお嫁さんになった、と言い表わしたい。
どんなに大きくなっただろうか。
いいひとに逢えたのだろうか。
そのひとは大切にしてくれるだろうか。

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幸せであるように。ずっと。ずっと。
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by NOONE-sei | 2005-12-18 02:29

83夜 闇から曳くもの


闇の色?それとも闇の夜の物語?
想像の産物が怪物になって追いかけてさえ来なければ、
闇は恐くて怖くて魅力的。

夜のテレビが、江戸川乱歩をシリーズで紹介していた。
この夜は『パノラマ島奇譚』。
   
    「中学生頃に読み始め、高校、大学と。
     読んでみれば、文章そのものにことさら書かれている訳でもないのに、
     想像が湧いてくる。とてもエロティックな小説だと思った。」

案内役の大槻ケンヂがこんな意味のことを。
闇から何を曳いてくるかは、闇を覗く者次第。

子供達が夢中、ゲーム『ドラゴン・クエストⅧ』。
物語の終息までを 幻想という魔物の虜になりながら旅する。

    「世界樹の根元に落ちてる現在
     ゼボット研究所(禁断の地)左の小屋の宝箱(現在)
     今日と明日を間違われる
     過去ふきだまりの町
     城下町の井戸の中」
                   
攻略するための鍵になる言葉達、現実世界の子供達は自室の囚われ人。
闇から何かを曳いてくるのか、曳かれてゆくか。

ちいさな手を動かし合体するおもちゃで遊んだはずの子供達。
闇から何かを曳いてきて、そこに自分にも何かの役割を与えていたはずの。
闇に想像だけを飛ばすことを覚えた子供達は、
今はおもちゃ付きお菓子を集めないし、プラモデルを作らない。
わたしの周りの子供達は、今、ゲームの世界にいる。

ところで先日、王様のちいさな塾にちいさな生徒がやってきた。
小学三年生の男子。
小学生は、わたしが日本語遊びの勉強でお相手する。
初めましてだから、おしゃべりしたり、しりとりしたり。
この子も今、ゲームの世界にいておもちゃで遊ばない。

大きな紙に絵を描いてもらった。
お題は『この世にない、クリスマスの食べ物』
投げかけておしゃべりすると、想像の産物が画面に描き出される。
青一面の中に茶色の円。そして小さな黒い円。黄色い線。小人がひとり茶色の円の中にいる。

    「食べても食べても無くならない肉の島だよ。」

この子は肉が大好きだから、肉に囲まれてクリスマスを過ごしたい。
大好きな麺が黄色い河のように流れる。黒い池は?・・焼肉のタレ。

ではわたしも密かな想像をさせてもらおう。
麺の大河、タレの池、焼肉島の小人。 
恐怖劇場じゃない。
『肉の島奇譚』だ。

百夜話 58夜 小さな世界
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by NOONE-sei | 2005-12-15 17:29 | 新百夜話 本日の塾(12)

81夜 一生のお願い

明日は土曜日。
毎日の弁当作りがない朝。
・・・のはず。

「かーちゃん、今日の一生のお願い。あした、べんとーなー。」
背後からわに丸の声。
言いたいことだけ言ってしまえば返事は必要ないらしい。
さっさと自室へ行ってしまった。

はい?
歯か?
生(は)え変わるのか?一生のお願いも。

81夜、はい。良いお返事、ということで。
もちろん返事なぞ、していない。
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by NOONE-sei | 2005-12-09 23:23

80夜 活劇なお話


わに丸と『大団円』をやった。
久しぶりの掴み合い。

ちゃぶ台ならぬ、飯椀をひっくり返したわに丸。
ちゃぶ台返し、じゃなかった飯椀返しは、十年早い。
そこで始まったのが取っ組み合いだ。
理由なぞつまらないこと。
ちょっとしたきっかけで均衡は破れる。

わに丸の顔をひっぱたき、
掴みかかられてひっくり返りながら、わに丸の腹に蹴りを入れた。
鈍いので、当てるつもりがパンチもキックもなかなか当たらなくて悔しい。
すったもんだの挙句、
着ている物もこたつ布団も座布団も、皆飯粒だらけ。
大団円と座布団って、漢字が似ていないか?

わたしは、いつも口で負ける。
大昔から、わに丸は天然のわたしを馬鹿だと思っている。
もともとが、気合いを入れないと巧く喋れないから小言を細かく言うのは苦手なのだが、
それでもマイワールドを侵害されるように思うんだろう。
近頃は、小馬鹿にして耳も貸さないし、痛いところを突いた言葉で反撃する。

ぼくはまだ子供なんだよっ、と大威張りだった子供時代のわに丸を思う。
大威張り、それは相変わらずだ。

『大団円』というのは『大活劇』のことだと、つい今し方まで思っていた。
だから、わに丸との取っ組み合いが大団円。
けれど辞書を引いたら違った。大団円は、やるものではなく迎えるもの。
わたしの顔についた切り傷を見つけてわに丸が絆創膏をくれたこと、
どうやらこっちが大団円。

80夜は、さしずめ晴れ晴れか?

大団円 ・・うまい解決の最終場面。落語なら大喜利(おおぎり)。
座布団一枚は、王様から貰おう。
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by NOONE-sei | 2005-12-06 22:13

閑話休題ふたたび


外は夕暮れ、朝から雪が降り続いています。
山はもう、とっくに初めての雪の冠をかぶりました。
里は、今日が初めての雪です。

ここは里といっても山が見える場所、
山で育ったわたしには、雪が降ってこその、山です。
幼い頃を過ごした小さな家には、もっともっとたくさんの
雪が降り積んでいるのだろうな。

昨年の今頃は、父の病気で
父の思い出話を多く記した百夜話でした。
看病と雪掻きで過ごしてしまった冬、
どのような初雪だったのかを 思い出せません。

今年は、一日中ストーブの暖かな色がかたわらにある、
穏やかな初雪です。
水分が多いのか、ひとつひとつのかけらが大きい雪です。
これを 花のように降る雪と言ってしまったら
すこしロマンティック過ぎますね。

ところで、初雪が降ったらば、と、ずっと決めておりました。
若草色の王様の千と線は、
冬の間、ストーブの暖かな色に変わります。

・・あと二十夜ほどでふたたびの百夜、
わたしのお話は、近頃すこしづつ身に近くなりつつあるように感じます。
以前のように、身から離した視線で書いたほうがよいかと
思いあぐねて自分ではわからないのです。

数日前に、山のふもとの公園から見た山。
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蔵王。写真中央からほんの少し右、遠く奥に。
雲と見間違えそうだけれど、実際にははっきりとした輪郭で、清く白い。

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夕焼けが沈む直前の安達太良。
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by NOONE-sei | 2005-12-03 17:22 | 閑話休題(22)