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78夜 野菜の顔


野菜って、花のようだ。
そしてじっと見ていると、なにやら顔にも見えてくる。
福笑いのように、眉と目を付けたら、どんなお顔?

78夜。今夜は菜と葉の夜、ということで。


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ブロッコリー。こんなに葉がいっぱいなのに、食べられる本体はちんまり顔をのぞかせるだけ。


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キャベツ。硬い葉に包まれているけれど、周囲の葉はすこし頬を染めているような気がしないか?

(野菜の顔にも、眉目秀麗って言うんだろうか、、、)
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by NOONE-sei | 2005-11-26 18:15

77夜 なないろ哉


今日、虹を見た。

光の仕組みを科学的に知っていても、反対に、なんにも知らなくても、
虹は不思議な架け橋だ。

良い天気だったので、昼から山のふもとの公園に行った。
山の近くは、雨とも言えないくらいの雨が、さぁっと吹きかかる。
すると虹が架かるのだ。
雨は、狐の嫁入りとも言えないくらいの、僅(わず)かの時間。
そういう長さのことを、束の間って言うんだろうか?
その、束の間の雨の虹は、ほんとうによく架かる。

家を出るときに郵便受けに葉書が入っていた。
年始の挨拶を控えるという旨の喪中葉書。もうそんな時節。
亡くなったひとの名は、セイさん。九十四歳のおばあちゃま。
そうか、セイ、、って、むかしびとのような名だったんだ、、。
 先日、ずっと読んでいた漫画の登場人物が死んで、それが最終話だった。
「YASHA -夜叉-」という、メディカル・サイエンス・ハードボイルドの主人公。
・・こんな作品分類があるわけはないのだろうが、物語の印象から勝手な分類を。
名を静(セイ)という。彼は男で、戦い続けて死ぬのだけれど、
セイって、男でも女でもどちらに付けても不思議でない名だと気づいた。

不吉な話をしたいわけじゃない。
朝の電話が、気持ちに残ったのだった。
相手は聡明な年上の女性で、謙遜して、「歳をとると、、、。貴女はまだ若いから、、、。」
そんな表現を端々に入れて物柔らかな会話にする。
控えめな日常会話の知恵なのだろうと思うし、それは分かっていたつもりだった。
けれど、ずっと心に引っかかっていたことを 今朝、言葉にした。・・やっと言えた、に近い。

いつの頃からだろう。
ああいう表現をされると、気持ちが沈むようになったのは。
わたしの、死の最初の記憶をかすめてしまうのだ。
わたしの記憶は五歳から始まり、それは母方本家の祖母の葬式だ。
古い地域の葬式には、不可思議な儀式がたくさん執り行なわれる。
長い数珠状の紐を円座になって皆で回す、ざらんぽんと呼ぶものもそのひとつ。
墓場には行列で歩き、そして土葬だった。

「死を恐れない人はいないのだから、トラウマを気にしないで。」
そう言われて気が付いた。
わたしが恐れていたのは自分のことじゃない。
別れが恐いのだ。置いていかれたくないのだ。
だから感情が揺れないようにすることに力を注ぐ。

そして、同時にもうひとつ思い出した。
わに丸を得た時、わたしは温かい気持ちになり、この子には、これからだけがあるのだと思った。
それは生まれて初めて、自分より長く生きる者に逢ったということでもあったんだろう。
別れるばかりじゃなくて、もう、最後のひとりになるのじゃなくて。

今日の虹は、きっとあの世とこの世を渡したんだろう、きっと。

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これは野葡萄という実?なないろに色づいてゆく。
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by NOONE-sei | 2005-11-25 01:07

76夜 夢と枯れ野


夢は枯れ野を、、、?
なんて切ない言葉だろう。

もうすっかり景色は枯れ野。
本歌取りで駄洒落や言葉のあやとりをするわたしが、
簡単に選んじゃいけないような句。

俳句はじつは苦手。
短歌には、わたしと歌との間に手のひらで遊ばせてもらえる距離があるのだけれど、
俳句は、句が刃物で切りつけてくるようで、痛い。
切 句 刃 ・・ほら、なんだか痛そうな漢字じゃないか?

今夜はこんな風景を。

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夏にたわわな実をつけた桃の木。

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木枯らしに吹かれて立つ鉄塔。

日中なのに外が夕暮れのような日には、
こんなサイトを教えてもらって、あちこち、でたらめにクリックして楽しむ。
英語がわからないから、なおのこと楽しい。
でも注射の画像は苦手。痛いから。

ギリアムの新しい映画の予告
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by NOONE-sei | 2005-11-22 23:36

75夜 グリム兄弟は似ていてほしい


映画「ブラザーズ・グリム」(米)を観た。

民間伝承を物語にまとめ、今では怖いだとか残酷だとか言われながら、
人間の心の、『こわいもの見たさ』をくすぐり続けるグリム童話集。
その中の幾つかのお話を本歌取りにして、
兄弟は魔物退治を騙(かた)る詐欺師だったとさ、でも時には本当の冒険活劇もあったかも、、
という仕立ての娯楽映画だった。

イギリスには、昔、
とってもインテリさんでおかしなおかしなコメディを連射する、モンティパイソンという集団がいた。
彼らはテレビで、お下劣あり、辛辣あり、しかも緻密の迷路に引きずり込んでおきながら、
手なんか元からつないでいなかったじゃない?と、ぱっと離して蹴っ飛ばすようなひどいやつらで、、。
・・・と言えるほど見たわけじゃないけれど。
そんな集団の出身者が作る長編映画は、最後にはもたらすのが常の、観客への救済がなかったり、
もしかしたら、こわいことは輪廻で繰り返してゆくのかもしれないよ、と皮肉に寒がらせてみたり、、。
映画に血が通っているとすれば、赤いというより青いかな、と感じさせる終わりかた。つまり、ずるいのだ。

そのメンバーのひとりが、この映画を作ったテリー・ギリアム。
以前作った「未来世紀ブラジル」(1985英)というと、彼の代表作なのだろうか?
今では神話のようにも語られているように思う。
なんとも寂しさに突き落とされる映画で、日本映画でもないのに無常観があってもう一度観るのは勘弁だ。

もっと以前には、「バンデットQ」(1981英)という映画があって、
神様の僕(しもべ)たちが大切な地図を盗み出すところからお話が始まる。
僕(しもべ)たちは歴史をかき回す根っからの泥棒で、小賢しくて、全員が小人で。
ナポレオンが登場するが、これまた背がほとんど小人。強い劣等感の持ち主として描かれている。
「ブラザーズ・グリム」でもフランスをけちょんけちょんに、いいのかと思うほど蹴っているし、
ギリアムはフランス嫌い?

テリー・ジョーンズという、もうひとりのモンティパイソンのメンバーも映画を作った。
「エリック・ザ・バイキング バルハラへの航海」(1989英)という。
この映画をジョーンズが作った同じ頃に、ギリアムは「バロン」(1989英)という映画を作っていて、
ふたりのテリー、ふたつの映画、真似たの真似ないのという話にもなったとか。
どちらがどちらに似ていてもいいけれど、わたしにはほらふき男爵を本歌取りの「バロン」より、
同じ本歌取りでも北欧神話が時空を越える「エリック・ザ・バイキング」のほうが楽しかった。

ところで最近、モンティパイソンと味わいの似ている映画をみつけた。
デンマーク映画で「キング・オブ・パイレーツ」(2002)という。

神様から何かを盗んで逃げるという設定は「バンデットQ」と似ている。
けれど、我がまま度と無責任度がちがう。
盗んだ海賊も、追う海賊も、追わせる天使も、そもそも神様にも使命感がないのだ。
神様は天地生きとし生けるものの創造よりも、死んで天国に来た有名人と遊んで暮らしたい。
だから水槽にタコを飼って、代わりに世界を管理させている。
タコ語は難解だから、天使たちが翻訳辞書を片手に天球儀の駒を動かすというわけ。
ときには珈琲を天球儀にこぼしてしまって、地球には茶色の大雨が降ることもある。
そんなこんなあったけど、みんな何故だか収まるべき所に収まりましたとさ。という映画。
 これのいいところは、積み木の最後のひとつを積み損ねたり、積むのが嫌になっても、
それを観客に、ギリアムのようには押し付けたりしない、というところ。

おそろしいことは、繰り返すのかもしれないよ、、、。
それはギリアムでなら「バンデットQ」で経験済みだし、
そういう終わらせかたをする映画なんて、捨てるほどある。
そんなことで恐怖を引きずって映画館を出たりは、もうしない。

わたしは怖がりなのだけれど、グリム童話があまり好きでないのは、
怖いからではなく、すこし腹立たしくなるから。
スティーブン・キングやラブクラフトの小説を読みたいと思えないのは、
恐怖が嫌だからではなく、ずるさが嫌だから。
このずるさ、モンティパイソン系なら許せるけれど、大家の小説のは御免だ。

映画の数々、小説の数々、こわいものの数々、、、。似た味わいは数々ある。
でも、ゆうべ似ていてほしかったのは、グリム兄弟の顔だったな。
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by NOONE-sei | 2005-11-21 11:33

74夜 一隅


今は亡き恩師に絵の手ほどきを受けたとき、
わたしは、絵は題をつけるものなのだ、ということがよくわからなくて、
ほんとうによくわからなくて困った。
『無題』というのは、それでも題のひとつのように思えたので、
やっぱりつけることができなかった。

描くということで終えてしまっているものを
言葉に置き換える余力も既になかったけれど、
たとえば、即座には意味がわからないような英語や仏語の題をつけて
観る人を煙に巻く気にはなれなかった。
ただ感じた事が手に移る、そんな作業だったから、
なにかを語りたい、という思いも執着もないのに
一見、思い入れやこだわりがこもったかのような題をつけることは、
むしろわたしにとっては不誠実なことだった。

体調を崩してから、絵を描いていない。
いつまで描かないかもわからない。
今は、せいぜいこうして写真を撮るくらいのものだ。
カメラの使い方も実はよくわからない。

身近なものから始めなさい、
絵が借り物になってしまわぬように。、、、そう恩師に教わった。
だから写真もそういうつもりで撮っている。

女性の撮る写真は軽妙で洒脱なものが多く、そして美しい。
それだのにわたしのは、不安定な構図で、時に重く泥臭い。
朽ちた場所、枯れた植物、土、こわれかけたもの、、、
そういうものに魂が惹かれてしまう。
空や雲には目がゆきにくい。

あの頃、わたしは絵に題がつけられず、ほんとうに困っていた。
恩師が、助け舟を出してつけてくれたのはこういう題。

  『一隅』(いちぐう) ・・・かたすみのこと。

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林の隙間から見える中津川の渓流。

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流れに削られて角の磨(す)れた岩肌。

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山肌が剥き出しになった上に落ちた葉。これからゆっくり苔が生える。

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岩盤をくりぬいて通した随道。

今夜のお写真は少し泥臭いけれど、
73夜と74夜、ふたつの夜にふたつのお話。
このふたつが合わさって、わたしの目に映った中津川渓谷だ。
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by NOONE-sei | 2005-11-19 01:00

73夜 錦の刺繍


紅葉の秋を錦秋、錦繍と言うとか。

もうすっかり秋は姿を変えて冬の入り口だ。
紅葉、黄葉、落葉前の樹木の葉が染まるのを愛でる、
紅葉狩りは十月からせいぜい十一月の初めあたりまでだろう。

昨秋は、だれかが「もみじ狩り」を「こうよう狩り」と言って笑わせてくれた。
紅葉(こうよう)は、今でこそ赤いモミジを思うけれど、万葉の頃のそれは黄葉。
紅葉が紅葉を意味するようになったのは平安の頃だという。
そして、指のように五つにくっきり裂けた紅い葉を指し、特にモミジと名づけているけれど、
紅い葉のそれらはカエデ類。ほかにも紅い葉になるのは、わたしの苦手なウルシ科の落葉木。

小さい頃、春の芽が萌え出す頃に山を歩くと、触ってもいないのに顔がかぶれて、
ぼた餅のような顔に病院で薬を塗られ、包帯でぐるぐる巻きのミイラ男のようになるのが嫌だった。
わたしはどれがウルシの木なのか、今も見分けられないので、山に入ると植物にはめったに触らない。
父が言うには、山菜のタラの芽とウルシの葉はよく似ているのだとか。

この秋、渓流沿いに渓谷を歩き、山に登って色の森の中を歩いた。
磐梯朝日国立公園に、安達太良も吾妻も磐梯山もある。
磐梯山のふもとの渓谷までは家から車で約三十分。中津川渓谷という一級河川。
川には岩魚が泳いでいた。
父に教わって、岩魚(イワナ)と山魚女(ヤマメ)の違いを初めて知った。岩魚の胸ビレは白い。

その日は行楽日和で、観光バスや県外からの車がたくさんあり、
山行きのいでたちの旅行客が上を見上げ、景色を眺めながら大勢歩いていた。
けれどだれも川を覗き込まない。
立派なカメラを携えた一団が山道をそれ、日光の差す美しい葉と葉の重なりを撮影していた。
先生と呼ばれる男性に、カメラを向ける位置を指導され、ひとりが驚嘆の声を上げる。
「世界が違うわ!」
けれどだれも苔の生えた地面に落ちた葉を見ない。

ひととおり歩き終え駐車場に戻ったら、何故だろう、カメムシが地面を数えきれないほど歩いていた。
父の母、わたしの亡くなった祖母の強烈な思い出が蘇った。
 家の中にカメムシがいて、触ろうかどうしようか迷ってわたしがじっと見ていたら、
「セイ、こんなものはこうするんだ。」
ぱっと掴んでぱくっと口に入れ、あむっと噛んでぺっと出した。
カメムシは触ると臭い。いつまでも手には臭いが残る。それを婆ちゃんは噛んだ!

戦後、満州から家族全部を連れて無一文で引き揚げた祖母にとって、
虫一匹をじっと見るわたしが、どれほど不甲斐ない子供に見えたことだろう、と今になって思う。

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山道には苔が生えている。滑るから足元に気をつけて歩く。

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渓流。岩魚は流れに逆らって泳ぐ。

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中津川渓谷を山から見る。この渓流に沿って歩いた。

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渓流の足元にはこんな落ち葉が。

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むこうの山は磐梯山。頭だけがちょこっと。
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by NOONE-sei | 2005-11-15 23:51 | 新百夜話 父のお話(4)

72夜 みにくいアヒル劇場


毎年、阿武隈川に飛来する白鳥。
用があって近くに行ったので、岸辺に行ってみた。

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いつもこの辺りに飛来するので、スワンセンターで野鳥の会の方々が管理してくれている。

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首に識別タグのある白鳥は、ロシアと日本で観察している。

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白鳥というと、こんなイメージだろうか?いやこれが、なかなか気が強く、いじわるだったりもするのだ。
怒らせると、くちばしでカモを突つき追い掛け回す様は、実は案外みにくい。
首なぞ、伸びに伸びて、妖怪大戦争のろくろっ首。あの映画に出てくるお姉さんのほうが、よほど色っぽい。

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餌を待っている?バレエの始まりを待っている?

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純白の白鳥は大人。灰色はまだ若造。つまり、元(もと)みにくいアヒルの子。見習いは教わる事もたくさんある。
「うちら新入りですんで、バレエのビギナーレッスンをひとつよろしゅうに。」

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「こうして首を伸ばして肩をおろして。右、そうそう、筋がいいね。左、猫背になっとるっ。一番後ろ、よそ見はあかんっ。ちゃんと見えてるんだよっ。」

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「さっ、左の二羽、チャイコフスキーのバレエ白鳥の湖、『二羽の白鳥』。一羽は前に出て。踊ってみなさいっ。」

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指揮者「オケの準備、オーケー、なんつって。」

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「じゃ、あたしら群舞は、今のうちにちょっと休憩、休憩。陸(おか)にあがらせてもらいますぅ。カモの子っ、あんたは水に入んなさいよっ、鳥なんだから。」

「・・・。」

百夜話 49夜 白鳥の水辺
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by NOONE-sei | 2005-11-12 02:27

71夜 まんまごとと、のんのさま


赤まんま(犬蓼)を
赤飯に見立てて料理、花に見立てて花束。
子供の遊びは見立てごっこだ。ままごとは、そのひとつ。

ちいさな頃、とかげのしっぽを見つけたときはうれしかった。
今でこそ、あの類(たぐい)は勘弁してもらいたいが、
あの頃は、ミミズもつまむことができたように思う。
わたしに限らず、今はもう苦手だけれども、
ちいさな頃には、たとえば虫だって掴めた、という人は案外いるんじゃないか?

とかげのしっぽは、スープで煮込んだら白雪姫の継母になってしまうので、
毒林檎は作らずに、わたしは宝石箱を作ることにした。
箱を用意するわけではない。
地面を掘って草を敷き、しっぽを置いて周りに花を散らす。
そこいらで拾ったガラスの破片で蓋をし、土を被せて出来上がり。
ときどき土を掻き分けてガラスの下を覗く。
しっぽの棺(ひつぎ)のようだけれど、これは大真面目に宝石箱だ。
けれど次の日もこれを見るかというと、そうでもない。
・・次の日には次の日の遊びがある。

今朝、新米が幾俵も届いた。
我が家は毎年、一年分の米を近くの兼業農家から譲ってもらう。
今年は米と一緒に、お百姓さんの子供もついてきた。
歳を聞いても、駄賃に菓子を与えても、
この黄色い長靴を履いた子はぺこりんぺこりんとおじぎをする。
今朝は天気が良いのだけれど、きっとこの子はいつも長靴なんだろう。

うちの玄関へのくぐり戸には、木槌が下げてある。
野武士が寺でも訪れて、こんっこんっ、たのもぉーー。とでも言うのに使うような。
それを見つけて見上げた子が、指差してのんのさまと言う。
抱き上げて厚い板を叩かせたら、ちいさな手と手を合わせた。
木魚だと思ったのだろうか。

わたしは小さな頃、月をのんのさまと言って、なぜか手を合わせたけれど、
この子は神も仏も、もしかしたらなんでもかんでものんのさま?
きっと年寄りと暮らしているんだろう。

甲にえくぼのある、ちいさな手。
あたり前のように手と手を合わせる不思議なかわいさ。
このままでいればいいのに。
・・明日は見ないけれど、宝石箱の記憶を 今日一日はときどき覗こう。
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by NOONE-sei | 2005-11-09 10:44

70夜 秋のお写真 米編


先月の末に霜注意報が出た。
きのうはもう立冬。

田んぼにすっかりなにもなくなってしまう前に、秋のお写真を。

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金色の稲穂の群は、本当に頭(こうべ)を垂れるのだと知った。

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お百姓さん、とひと口に言うけれど、農家によって田んぼは一反ごとに表情がちがう。
刈り取ったら、稲は束ねて杭に掛けて刺し、重ねておいて脱穀を待つ。
腰の曲がったお婆さんが、一束ごとに杭から杭に移し替えて乾かすところを見た。それは丁寧な米作り。
けれど、この田んぼは荒れ放題、手入れする人手がなくて刈るのもままならない。

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庄内のささにしき、会津のこしひかり、寒さが厳しいところの米はうまい。
秋の長雨が続いて、気温が上がらず稲に実が入らず、ついに刈入れ時期を逸して稲刈りを諦めた年もあった。
刈られず朽ちる稲の群を見るのはつらい。

晴れた日に脱穀したら、稲束は藁の束に早変わり。犬も走る。

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厩舎には藁を敷く。もみがらを敷く厩舎もある。
今年、わたしは稲と藁が、もとは同じものだと、やっと気づいた。
この並べた藁はトラックを待っている。牛の牧場に運ばれ、牛の寝床に敷かれる。

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藁を焼くのは田んぼの土が酸性にならないように?レンゲを咲かせるのは栄養になるように?

小学生のときにこの地に越してきて、家が農家の子に、落ち穂を炒ってポップ・ライスを食べることを教わった。
今は脱穀機がよく出来ていて、落ち穂がほとんど拾えない。
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by NOONE-sei | 2005-11-09 02:07

69夜 お米の神様、何人?


見るつもりで見なければ見えないのだ、と、つくづくと思う。

この秋、わたしには初めて田んぼが見えた。
いや、それは正確な表現じゃない。
田んぼは、春には土だった。
やがて水を湛(たた)え、稲を実らせ、水を抜いて乾き、藁を敷き込み、藁灰を混ぜて、
今、土は来年の田植えを待っている。
変わってゆくさまを 初めて切れ目なく通して見る、という経験をしたのだ。
春から現在までの時間軸が、やっと一本につながった気がする。

山あいの温泉町で育ったわたしは、身近に田んぼというものが無かった。
だから、田の「稲」というものと、食する「米」が結びつかず、別々のものと思っていた。
もしかしたら、それも正確な表現じゃないのかもしれない。
田んぼを見たことがないわけじゃない。
つまり、見ていなかった。見えていなかった。

わたしが通っていた小学校は、ちいさくてちいさくて、全部で百人くらいしかいなかった。
教頭先生や小使いさんは、学校のそばに住んでいた。
ある年転任してきた教頭先生には、わたしと同い年の男の子がいて、わたしの隣の席になった。
どの学年もクラスがひとつっきり。
転校生が来てもなお、男子は野球のチームが作れなかった。

自校給食にするにはちいさな学校だったから、昼は弁当。
さすがにご飯を食べに家に帰る子はいなかったけれど、
昔は貧しい家の子は、家に帰ると嘘をついて裏山で過ごし、
学校に戻って、お昼を食べて来た、と再び嘘をついた時代もあったという。

温泉町という所は、すこし変わった環境かもしれない。
ちいさな学校には、教頭先生の子もいれば、旅館の跡取も、女中さん・番頭さんの子もおり、
目の見えない按摩さんの子、芸者さんの子、営林署に勤める父親の転勤で転校してくる子もいた。
今は使うのが憚(はばか)られる言葉もあるけれど、言い換えたら当時の様子が伝わらない。

隣の席になった教頭先生の子の弁当の食べ方は変わっていた。
新聞紙に包んであるというのも不思議に見えたが、彼が弁当の蓋を開けてからすることを
わたしは飽きずに、いつもじっと見つめた。
金属製の平べったい弁当に詰めてあるおかずを、ひとつひとつ、彼は蓋に移し替え、
そのことに、食事のほとんどの時間を費やしてから、あとは一気にかっこむ。
じっと見つめたわたしの方はというと、ただでさえ食べるのが遅いのになお遅くなった。
クラスの子達はとうに食べ終え、ご馳走様を全員で言ったら兎のように遊びに駆け出したい。
わたしは、最後は半べそかいて食べ終える。
わかっているのに、翌日はまた彼のすることをじっと見た。

今になって思えば、嘘でも一旦蓋をしてご馳走様を言い、
それからあらためて、ゆっくり食べればよかったものを。そういう知恵がまわらない。
米一粒には何人の神様がいるのだったか?嘘でも残すのは悪いこと。
だから泣いても食べなくちゃいけない。わたしは、ただひたすら口に米を運んだ。
米と稲が頭の中でつながってもいない子供なのに。

禄は昔のお武家さんの給与、褒美、そして古くは福徳。だから69夜は、福禄の夜。
福禄寿は七福神のひとり。長くておかしなお顔。
ならば七福神も、米俵を舟に積んで田んぼの海をゆくかな。
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by NOONE-sei | 2005-11-08 00:38