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11夜 象の木のダンス


知人の作陶展のお誘いを受けて、王様とわたしが所帯を持って、初めて住んだ街に行った。
ざわざわとした粗雑な雰囲気だったのに、今は年老いたように様変わりした街を歩いた。
当時、街には活気があり、わたしたちは貧しかったけれどもずいぶんとこの街に助けられた。
みんな、どこへ行ってしまったんだろう。

ほど近いところには温泉町があったが、
住んでいた頃は、通るだけでいっぺんも立ち寄ったことがなかった。
旅館の何軒かは撤退して、離れに露天風呂が付く高級旅館や一軒宿が好まれていると聞く。
どんな様変わりなのか、行ってみることにした。

たしかに、昔の猥雑でパラダイス的なイメージは一掃されていて、閑静な宿が並んでいる。
遊歩道もあり、森に小道がつづいている。
山歩きは達者でないからこの程度で十分、、と森に入ったら、・・驚いた。
杉林の奥に、欅(けやき)の群生している場所があった。
樹齢二百年の欅なら、まっすぐに天をめざす高木(こうぼく)だろうに、
ここの欅は枝分かれして奇木の群だった。

どこか見知らぬ島にでも来たような錯覚を覚えながら木の肌に触れてみた。
象の肌みたいだから、欅を象の木と呼んでいたと王様が言う。
昔、王様は『象の木』という踊りを踊ったけれど、こんな木肌の木だったのか。

王様がいつか、象の木という言葉を教えたことがあったんだろうか、
ちいさいときから知っていたような口ぶりでわに丸が言ったことを 思い出す。
  
  「二百年は、僕のこどものそのまたこどもの、どれくらい先のことなんだろう。
  神秘的だな。・・神秘的って、よく知らないけど。」

今も十分に人間未満のわに丸だが、体中の皮膚がひりひりと、さわる者に火傷を負わせていたような、
ちょうどいちばん気持ちが荒れていた時期、ぽつりとこんなことを口にした。
それはとても不思議な感触で耳に残っているのだが、
こんな森の中で、それを思い出させられたこともまた不思議。
欅の木肌は乾いてごつごつとして、あの頃のわに丸のこころのありようとおんなじだ。

このところ、いろいろあって眠れない夜がつづいていたのに、
森は鎮まっている。
この木の群には、なにやら特別な麻薬が漂っているんだろうか。

11夜、いい夜であるように・・。

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作陶展のギャラリー。
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夜はにぎやかな町裏。
黒いスーツのおじさんも来るので、夜はちとこわい。

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遊歩道の道々、沢と道端に生えた草。


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象の木のダンス 逆光でソロ 
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象の木のダンス ねじれてデュエット 
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象の木のダンス 揺れているアンサンブル 
なにげない所なのに、わたしの写真はこわいと王様が。・・そうだろうか。


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磐梯熱海温泉の露天風呂。
これはおまけ。
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by NOONE-sei | 2005-05-31 12:45

10夜 歩く鞄

怪談ばなしじゃない。
小粒のおはなし。

中学生になった小粒。
初めての中間テストが終わったその日、学校から自転車でまっすぐ塾に寄った。
まだ誰も来る時間ではない。

王様 「テスト終わったんだろ?問題持ってるだろ?どれ、見せてみろ。」
小粒 「持ってないっ、持ってないぞっ。」

王様 「あれ?学校からまっすぐだろ?ふふーん、、・・そうかぁ?」
小粒 「ないないっ!捨てたっ、丸めたっ、ごみ箱だっ!」

解けない問題にぶつかると、お座りしてみんなで囲む円卓に、もぐりこんでしまう小粒。
テストの前夜もそうだった。
お座りから足を伸ばし、そのまま仰向けになってずるずるっと円卓の下に入ってしまった。
そして向かいに座る王様の股の間にがしがしと足先を入れた。

王様 「その、『臭い足攻撃』、やめろっちゅうに。」
小粒 「オレの足は臭いぞ、靴下じゃないぞ、足だぞ。」

もぐったまま威張り、追撃は続いた。答えがわからないことが、くやしいのだ。
いつにも増して、発する信号は強かった。

なんでも自分が一番の小粒には、どうも思うようなテストの手応えではなかったらしい。
不安になって塾に顔を出したのだろうが、なにも言い出せないまま帰ってしまった。

深追いは禁物。
小粒には強い自尊心がある。
言うべき時が来れば自分の口から言う日が来る。
それはきっと、テストよりもっと重い荷を負ったときだろう。

帰る後ろ姿を見送りながら、王様が小さく
    「あ・ら・ら・らーー。鞄(かばん)が歩いてる、、、。」

ちいさい体に、まだ大きすぎる通学鞄。
その鞄が、大きい自転車によいしょと乗っかろうとしている。

鞄は、歩くだけでなく自転車にだって乗れるのだ。

小粒
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by NOONE-sei | 2005-05-26 09:51 | 新百夜話 本日の塾(12)

9夜 あらいぐま ラスカル


卒塾生のひとりから、王様は久しぶりに連絡をもらった。
なかなか元気そう。

希望校に合格して高校一年生。
集中力に欠ける自分にはこれだ!と弓道部に入部した。
通学も中学時代よりずっと距離が長くなり、自転車を漕ぐ脚もぱんぱんになる。
なのに毎日が正座の練習、「△△道」と名の付くものは、精神修養が付随するらしい。

喋り始めると頬を紅潮させる、彼の姿を思い出す。
みんなが喋りたい、聞くより喋りたい、声は加速して止まらなくなる学年だった。
いのししのような子供たち。
耐えてこそ咲く花が美しいのかどうかはしらないが、
弓道のなんたるか、むずかしい意味付けとは別のところで、
静かに思索するのは彼にとって、新鮮な経験だろう。

ぴっかぴかの未来。
と思いきや、王様に
「じつは五月までずっとラスカルでした、、。」

あれほど喋りたい、語りたいの子が、ひと月ほとんど口を開かなかった。
知った顔がひとつもない新しいクラスで、彼は、ひとりだった。
放課後はじっと黙って正座の日々。

なにもかもが新しすぎて、自分のいる場所もかすんで見えない、
見えないものを語る口もない、
心を誰かに打ち明けるという考えさえ浮かばない。

授業が終わって休み時間になるたびに、
彼はずうっと手を洗いつづけていた。だから、・・ラスカル。
一日の学校生活で、彼は幾度そういう休み時間を過ごしただろう。

おとなもこどもも変わりない。渦中(かちゅう)は言葉を失っている。
ひとは、身に起きていたことを振り返れるようになってはじめて、言葉になる。
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by NOONE-sei | 2005-05-23 12:57 | 新百夜話 本日の塾(12)

8夜 異邦人


几帳面で勤勉で、物事を曖昧にせず、探究心のある、
そんな愛する奥方を ドイツ人、、とご亭主は形容した。

歯に衣着せない、彫りの深い顔立ちの、集中力のある、
そんな熱情の同僚を スペイン人、、と上司は形容した。

お絵かき講習会で、マチスのような切り絵の実習。
各受講者の絵を ロシア人、イタリア人、アメリカ人、、と指導者は形容した。
 わたしは、オーストリア人、と言われた。なんだか面白そうではあった。
けれど何かにはめ込まれるような気もして、理由も尋ねずそのままうっちゃっておいた。

では、このひとを どの国の人になぞらえよう?
 小さいけれども、なくなったら困るからと、わざわざよけておいたものを
わざわざ誰かが捨ててしまった。
いつものことながら、我が家はおおさわぎ。
捨てたのは母、西太后。・・おそらくはゴミと間違えて。

しかし真実は闇のなかへ。
  『ゴミは捨てるもの。大事な物はゴミではない。ゴミでないものは捨てない。
   故に(まるで怪しい数学の証明∴)「捨てた」ことにはならない。』
・・あっけらかんとした西太后の論理は彼女の中で確固とした整合性があり、揺るがない。
意地を張っての屁理屈であれば、まだ幾分かの隙間があるけれど、
この、どの国かのひとは、人間には過ちをおかす可能性がある、という概念がなさそうだ。
 
8夜は八、ということで。
縁起がいい数字じゃなかったか?

八ではなくて、どの国かの、まるで蜂に刺されたような夜、、。
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by NOONE-sei | 2005-05-20 11:28

7夜 美女と野獣


先日の連休には一泊で山。帰った一週間後には、公欠扱いで再び二泊三日の山。
合宿やら大会やらで、わに丸はすっかり山男だ。

これが、幼いときに心臓の穴を塞ぐ大手術をした子かと思う。
よくここまで育ってくれたとも思う。
 まだ、やつは人間未満の未熟者で現在進行形だから、脱皮や羽化を何度も繰り返すことだろう。
思い出が、書くこの手に移し変わるのには、苦さも苦しさもまだかたわらに残っていて時が要るが、
それでも、わに丸は山岳部に入ってからときどき面白いエピソードを提供してくれる。

山岳部とは、重装備だ。そしてすべての装備品の目方を計算して準備する。
テント2700グラム、ザックと水ともに3000グラム、・・軍手100グラム、予備電球の5グラムまでも。
標高1500から2000メートルの山並、磐梯吾妻連峰の山から山に歩き続ける山行は原始的だ。
雪の頂上に着き、引率顧問の「下りてよーし」の声が出ると、嬉々としてナイロン袋を尻に敷いて、
一斉に部員が山からすべり下りるさまは、まるで三十匹の小猿の群だろう。

女子にはきつくないのか、とたずねると
 「女子?女子って言わねーべ。だってあいつら、『野獣』だよ?」

東北でも、ひとつの、大きくて高い山を登るという登り方の山岳部は数あるが、
連なった山々を縦走するわに丸たちの山岳部では、女子の鍛えられ方が半端でないという。
ある意味、わに丸は正しい。男子より優秀で、彼女らは全国大会、インターハイに出場して好成績だ。
エントリーを目標にしているわに丸たち男子よりも、わに丸言うところの「格が違う」らしい。

合宿では雪でコースを誤り、水音で沢に気づきあわてて引き返したとか、
あまりにテントが寒くて、酒盛りする顧問達の暖かい山小屋を襲ってやろうかと密談したとか、
大会は十年ぶりの猛吹雪に見舞われ、寒さのため急きょ、ふたパーティでひとつのテントに寝たとか、
大なり小なりアクシデントはさまざまある。

そのテントの中でのこと。
脚、頭、脚、、、と、交互に寝袋を敷き、ぴったりくっついてテントの中で暖を得たわに丸たち。
外は吹雪と氷なのに、すっかり暖かくなった。・・暑くなってきた。・・暑い。・・すごく暑い。
たまりかねた一年生が言う。「暑いです、脱ぎますっ!」
がばっと寝袋から半身を起こして上半身裸になってしまったものだから、みんなの整列した寝袋は総崩れ。
朝、その部員の下着やらなにやらが発掘されたが、ついに手袋のかたっぽは見つからなかった。

県大会を終えて、風呂に入ってさっぱりとした顔で帰ってきたわに丸。
雪のついたテントを干し、行商のおじさんのような、縦に長い大きなザックの荷をほどいていると、
まだ凍っている手拭いや自分の装備の中に、後輩の手袋は紛れ込んでいた。
 「かえさなっきゃなんねーな、かあちゃん、封筒みたいな紙袋くれ。」

翌々日、学校に行く朝。
教科書等の準備をわたわたとしている手元に、ちらっと見えた紙袋。厳重にガムテープで封がされている。
その不自然さがかえって目を引くのに。ぴんと来たけど見ぬふり。

そうか、先輩というものはなにかとたいへんだな。
『美女』のなにやら雑誌まで、おまけにつけてやらなきゃならないんだから。
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by NOONE-sei | 2005-05-17 13:44

6夜 蓼か虫か


蓼食う蟲も好きずき、ひとの嗜好性もさまざま。

先日、犬を散歩させていたら、草野球のグランドで使うトンボのような道具を使い、
水を入れた田で丁寧に泥を均(なら)すのを見かけた。
さぞ良い米が実るだろうと感心してながめていたら、田の畦で長々と昼寝をする蛇も見た。
これは見たくなかった。
田んぼの水際の畦には蛙の卵、天気のいい日には、そろそろ蛙の声も聞こえ始めている。
餌はあるし、水を入れられて田んぼの土中から這い出してきた蛇が畦にいるのは当然のこと。

蛇は泳ぐとか。
田に張った水の上を一直線に進むのだとか。しゅるりと音が聴こえてきそうで、
目だけでなく耳も塞ぎたい。
早く田植えが終わってしまえばいい、と思う。泳ぐ姿が苗に隠れてしまえば、見ずに済む。
世に蛇好きの人種がいることは信じ難い。

さて、世には、蛇は好き、蟲は嫌いという人種もいる。
わたしは逆で虫は平気だ。蟲という文字は嫌だが、毛のない虫のいくつかには触ることもできる。
それは、きっとその温度のない乾きかたなのだろうと思う。
両生類や爬虫類には、冷たいにせよ温度というものが感じられて、有機的で気味悪い。

ちいさいときに住んでいたのは山の中だったから、オニヤンマは家にまで入って来、
ふつうのトンボをわたしはその餌にと与えた。オニヤンマの口はメカニックに開いて餌を喰う。
思えば残忍なことだったがいたずらとはちがう。自然の摂理はそうしたものだ。

こんなこともあった。
わに丸のところへ遊びに来てテレビゲームばかりやる子供達を 無理やり連れ出して、
望んでもいないのにバッタとイナゴの違いを教えて捕らせ、ひとりは泣き泣き捕ったのは楽しかった。
 また、発掘現場でバイトをしていた頃、プレハブに入ってきたカマキリ二匹を闘わせたら、
考古学調査の先生が、叫びながら吹っ飛ぶように出て行ってしまったのも楽しかった。
こんなじゃ、メスがオスを喰うのをみたら、倒れるんじゃないだろうか。 

乾いてはいないが、アゲハの幼虫もいい。
アゲハはわに丸の理科の観察に付き合って、山椒の葉裏の卵から羽化するまでを見、
一羽だけは、最後に標本にした。
十匹ほどの幼虫を飼うのは楽しかった。朝、数えて足りないと、脱走したその一匹を探すのが楽しく、
成長して体を細い細い糸で、枝から斜めに支えて羽化を待つ姿は植物のようだった。

蚕もいい。
ちいさい頃に見た蚕様は美しかった。
白いユーモラスな姿を手にとって、手の甲に這わせた。
夜も日もなく桑の葉を食べ続け、はたと音がやんでまどろみ始めると体は透けてくる。
糸を吐いて体が繭の中におさまると茹でられ絹糸がとられる運命だが、
この虫は豊かさをもたらす虫だから、敬称が付く。蚕様。

蛇嫌い蟲嫌いの人種はなんだろう、文明人?

・・ところで、こんな人種もいる。
学生の頃、美しい女ともだちと学食で蕎麦を食った。彼女は月見蕎麦。
黄身をつぶさず蕎麦を食い、最後に汁といっしょに黄身をこくんと飲んだのを見たときには、
わたしはかすかに、すうっと寒くなった。
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by NOONE-sei | 2005-05-14 16:22

5夜 憂鬱の根源


5夜は五月病、ということで。

このヒト頭が春だから、、と自分を笑いたい。

春ならお目出度くて屈託がない。しかし初夏はすこし厄介だ。
初夏というにはまだ早いこの地も、桃源郷のような花盛りを終えた。
春を捨てて、いよいよ自然という巨大で薄気味悪い生物が、
ぎちぎちと音を立てながら立ち上がる準備をしている。

わたしは自然を「おともだち」とは思えない。
自然には畏怖も感嘆もあるが、通い合うという言葉にある、「合う」がない。

縄文の太古、自然のあれこれには魂が宿り、再生を願う祭祀があった。
古い古い、もともとの神道には、払い清めればすべてを許容するおおらかさがあった。
仏の道には、滅んでも仏の手の中に滅び入る、同一化への安堵があった。

わたしが気づこうが気づくまいが、山も草木もあるがままにある。
自然から想起されるものに、わたしへの敵意はない。拒んでもいない。
ないけれども、わたしには自然に委ねるべきものが、ない。

春の花盛りに目が眩んでいたけれど、
正気に戻ってつくづくと自然を見渡すと、体の一部が痛い。

体のはずはないのだ。
なにかこう孤独で憂鬱な、
それは意識という、実体を持たないものなのだから。
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by NOONE-sei | 2005-05-11 15:34

4夜 馬なり

4夜は視野、ということで。

馬の視界は350度。見えづらいのは真後ろの10度だけ。

ひさしぶりに馬に乗った。
砂浜を駈足で疾走するのを想像されては困る。
過去に乗ったことがある、という程度の経験であって、馬術ができるわけではない。
 連休とは我が家は無縁、わたしはどこにも出かけず家にいたが、くじいた足の調子もいい。
王様が懸賞に当たったおかげ。馬で松林を歩いた。

馬に関することばは概して馬に失礼だ。
馬耳東風、馬の耳に念仏、、、馬は、実は調教者の出す指示語をききわけるし、
上にまたがっている人間の、体の芯のバランスの変化を敏感に感じて反応する。
そこには言葉無しの醍醐味がちゃんとある。
 馬は、敏感さと鈍さ、その両方の反応を 目的に合わせて仕込まれる。
初心者のめちゃめちゃな指示にいちいち反応したら、敏感に作った馬は混乱して一歩も歩けなくなる。
ある程度、指示を選択して聞き流すよう、わざと鈍感なオートマティックに作る馬もあるし、
半々に作る馬もある。いずれにしても、走る本能をコントロールして仕込むのだ。
はじめから鈍い馬など、いない。

馬子にも衣装、、、馬子はうまかた、人間だけれど、馬の皮膚はあたたかく毛はスウェードタッチ。
馬の足、、、張子の馬の中にはいり足になる、顔の見えない役、駆け出しや大根の役者。
でも馬の体重は約500キログラム、踏まれたら骨折、蹴られたら吹っ飛ぶ。
以前、馬体の手入れをしていたら馬鹿にされて幅寄せされ、洗い場のしきりに追い詰められた時はまいった。

馬面、、、たしかに長い。
長い口には前歯と奥歯の間に歯茎だけの部分があって、
ハミという両端に手綱が付いた金具をそこに噛ませる。
 馬に乗ったときの乗り手の指示は、握った手綱が馬の口に伝える感覚と、上体の芯の変化だ。
鞭は補助的なもの。ふくらはぎで馬の腹を圧迫したりかかとも使うが、
ほんとうに上手い馬乗りは、この口の中の異物、ハミを馬に受け入れさせるのが上手い。
 馬に乗るのはつまり運転だ。
右に行きたければ右の手綱を右に開き、止まりたければ両の手綱を引く。バックしたければ、
そのまま体の芯を後ろにそらす。走りたければ腹を蹴って合図を送り、走り出したら振動に体を合わせる。

父は馬を育て、乗ったが、鞍を付けたことがないという。
同じ乗るでも、運転技術の粋を極めようとする、高等馬場馬術とはちがう。
農耕馬とはいえ駈足させれば速い。手綱は決して離さず鬣(たてがみ)にしがみつき、
藁で編んで作った鐙(あぶみ)を踏みしめて乗ったのだとか。満州での少年時代のおはなしだ。
 
馬は馬なり、、、辞書にはおそらくないこの言葉。
馬を意のままに動かす、馬にいいようにされる、馬には馬の領分、等、諸説あるが、わたしが聞いたのはこれ。
乗馬のむずかしさ。乗り物に体を任せてみること。
馬には乗ってみろ、人には添ってみろ、、、おんなじ。
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by NOONE-sei | 2005-05-09 11:49

3夜 ちゃんばらトリオ


3夜は三役、ということで。
動物達は、チャンバラトリオ(ほんとは四人組)にあやかってありがたい肩書きを。

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臆病なリーダー、アク コ。



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おたふくな局長、しわ コ。                                 photo by K氏



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ブレーメンの隊長、わに丸。                                  photo by K氏
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by NOONE-sei | 2005-05-05 23:38

2夜 ブレーメンの動物園


2夜は、にゃぁ、ということで。

朝、「傷んだ林檎はないか。」と父が言った。
冬からずっと食べていた林檎が、いよいよ、さすがに底を尽いた。
春になると味も食感も落ちるのだが、それでも林檎は欠かせなかった。
「トリコにやらなきゃならない。待ってるからなぁ。」
 庭には、父が鳥のためにこしらえた餌台がある。
どこから見ているのか、台に載せるとほどなく鳥はやってきて林檎を啄(つい)ばむ。
大抵は鶫(つぐみ)で、美しい鳥とはわたしは思わないのだが。

父は小さきものに、「コ」を付けて呼ぶ。ちいさな発音、文字表記するなら半角程度の「 コ」。
だから小鳥はトリ コ だ。おなじように、子はコッ コ 、男の子はヤロ コ 。
おかげでわたしには、名前のほうにまで「コ」を付ける習い性ができた。ニュアンスでいうなら「・・ちゃん」。

うちには、雑種も混ざりに混ざるとこんな地模様になるかと思う、野良で生まれた灰色の猫が居る。
名はアク。悪女の悪ではなく灰汁の灰(アク)だ。父と母の猫。
それにわたしは 「 コ」を付ける。・・アク コ。「 コ」を付けようが付けまいが、もとよりおかしな名。
いつも父猫と母猫の影で生きている。もう成猫なのに。
そして性格も器量も悪い。どれほどかはまた別の折に、、。

うちの本命は、眼が不自由になって、散歩は盲導犬ならぬ、人間が盲導人をやっている犬。
名はシワ。シュワルツェネッガーのシュワじゃない。皺のしわだ。
王様とわたしとわに丸の犬だったが、病気をしてからは、母に、以前父が飼っていた名犬と
器量を比べられることがなくなり、我が家の市民権を得た。
大型犬は仔犬のときに皮がたるんでいる。それを見てわに丸が名を付けた。やっぱりおかしな名。

思えば我が家に縁あった動物達は皆、おかしな名だった。
もとをただせば、父は犬の繁殖家だったので、産まれた純血種の犬はそれぞれ譲った先で名を貰うから、
名を付けてやりたくてもそうはできなかった。
色や見た目で記号のように名を付けざるを得ない、それがすこし悲しくてわたしは 「 コ」を付けた。

しわ コ 。わたしはその名が気に入っている。
そして野生の生きる力を見せつけてくれたこの数ヶ月、犬ながら天晴れ(あっぱれ)だったと思う。
 だれも思わないだろうが、「しわ」は「志麻」を連想する。岩下志麻、である。
眼や左半身に不自由はあっても、尻尾を高く上げて歩くしわ コ は極妻シリーズの岩下志麻姐さんだ。
そして優しさがある。
 夫君篠田正浩監督は、妻に映画に出演してもらうときには、「いつもの貴女のままで」と言うという。
あの志麻姐さんは家族の中にあっては、はたから見えるものとは違うものがあるらしい。

先日、そろそろ人に馴らす練習をするために、しわ コ を公園に連れて行った。
子供はしわ コ に少し距離をとって「オス?」と訊ねるのが常だ。
動物同士の野生は、人間にもちいさな子供にはまだ備わっている。
しわ コ には、目に強い力があった。
目つきが悪い訳ではなく、その目の強さゆえに、あっという間に動物同士の位置関係は決まる。
人間の子はそれを肌で感じて「オス?」と表したのだ。
 それが最近はちがってきている。
目が柔和に見え、天然が入ったようなのだ。わたしは愛嬌に変わったそれを「おたふく」と呼んでいる。
子供は、しわ コ を躊躇なく撫で、頬ずりする子までいて驚いた。
すこしおたふくになって、しわ コ は新しい犬になったんだろう。

幸せはさまざま。時は変化し、ありのままと思っていたものは新しくぬりかえられる。
ブレーメンの音楽隊も未来になにがあるかはわからなかった。

餌台に林檎のなくなったトリ コ も、臆病なアク コ も目の不自由なしわ コ も、
コ は付けないが不器用なわに丸も、
おかしな名を持つ動物園の住人たち、ただ懸命に生きてくれ。
長寿を全うした、婆犬なのに赤 コ も、その子供の黒 コ も、
心臓を患っても生き延びた、犬なのに熊 コ もそうであったように。
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by NOONE-sei | 2005-05-05 23:05 | 新百夜話 父のお話(4)