<   2005年 04月 ( 13 )   > この月の画像一覧

春のお写真 山編


誓って言うが、わたしは登山愛好家ではない。
身近にいつもある山々の名も知らず、いまさら何を、、と呆れられるばかり。
常識とは、環境が生み出す言葉だ。
多くの「あなた」の常識は、あなたのものであってわたしのものではない。

山の名知らずのわたしが、きのう山越えをした。
安達太良山を頭(かしら)とする安達太良連峰の、鬼面山と箕輪(みのわ)山の間を突っ切り裏磐梯の高原へ。
40kmだから距離はあるが、うねうねの山坂には信号が無い。腕の拙いわたしの運転でも40分だ。

約120年前に大爆発した、火の山磐梯山。
山麓の湖沼群、暗い森と明るい森、わたしはカラマツ林より泥柳が好きだ。
化け猫伝説の猫魔ヶ岳は隣の山。

春はまだ来なかった。
東京から絵を描く人たちが来て湖のほとりに滞在、それに合わせ山越えと相成った。
 磐梯山は気性が荒い横綱だから、未熟なうちは描くなと言われているのに、
それでも爆発で腹が吹っ飛びえぐれた山肌は、オイデオイデと手招きをする。

わたしの絵の師が師事した、春日部たすくはこの地を愛した。
彼の亡き後、絵筆が一本、宿の丘で筆塚になったことを知る者ははごく僅かだ。

写真は磐梯山。絵は、きのう禁を破って描いたら手をつけられない代物になった。
くやしいから、写真を三枚連続で。

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おそい朝の山。

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太陽が上から射す山。

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陽が傾きはじめる山。色がやわらかく見えてくるのはこの時間から。
いまさら優しげな表情を見せてくれるな。

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秋元湖。この湖畔で一日を過ごした。
水面(みなも)は優しい?いや、湖は描く背中で「バンダイサンー、タカラノヤマが変ーー♪」と
一日中わたしを笑っていた。


山の地図
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by NOONE-sei | 2005-04-28 12:11

春のお写真 土と「朽ちた場所」編


田も畑も耕されて、苗を待っている。
朽ちた場所も片隅に花が咲き、遠くに果樹をはらむ。

山は蒼く白く視界に立ちふさがるというのに、脈動している。

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田は苗代掻きが終わり、水がはいるのを待っている。
畦道は焼かれる。

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96夜の畑の畝は、耕されていた。種蒔きウサギが見えたから。

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うち捨てられた場所に、連翹(れんぎょう)が。
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名も知れぬ朽ちた場所、左奥には林檎の木が。

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黒い木の手前にはスモモの白。

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左、雪をかぶっているのが安達太良山系。右は吾妻山系。
右端の姿のよい山は吾妻小富士、種蒔きウサギが見えるのはこのべっぴんさん。

今日、わに丸は新人歓迎登山で安達太良へ。
雪山登山で真っ赤に日焼け。
安達太良の抜けるような青い空を 見る余裕もなく新人はみなへたばったとか。

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吾妻を越えた彼方にはこんな風呂。猫魔温泉。
これはおまけ。

  ・次回はなんだろ。
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by NOONE-sei | 2005-04-24 23:55

春のお写真 木編


花のための木と果実のための木。
わたしはいずれ果実となるちからを内に持つ木がいとしい。

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林檎畑。風の強い日が似合う。厳しい枝ぶり。

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桃畑。同じ果樹畑なのに、林檎畑とは印象がちがって明るい。

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花を愛でるための木。花桃。農家はこれを観賞花の出荷で収入にするでもなく、
こうして一年に一度の春盛りを楽しませてくれる。

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梅の木。こわいくらいの立ち姿。

  ・次回は、土と「朽ちた場所」編の予定。
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by NOONE-sei | 2005-04-21 09:52

春のお写真 花編


自然の山は果実ではなく花を楽しむための桃で色づく。

桜はところどころにしかなく、日当たりのいい特等席だ。だから桜の場所は極楽浄土。
きれいで日当たりがいいのだもの、亡き人を埋めてあげたくなるのも自然なこころ。
山の桜は撮らなかった。お花見の山の桜なら気にならないけれど、
山の古木桜の周りは聖域のような気がする。
 それでは桜なしで、山の春をどうぞ・・・。

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山には花桃。

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連翹と木蓮も。

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一輪草。西太后はこれを 花の原点だと言った。

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カタクリ。群生していた頃は、葉をさっと茹でて食べた。つるりと美味しくて一年に一度きりの贅沢だったけど、
群生地が少なくなって、食べるにしのびなくてやめた。

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ひっそり咲く雪柳。これは近くの用水路のそば。

   ・次回は木編の予定。
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by NOONE-sei | 2005-04-20 01:24

閑話休題 四たび


お手、といえばおかわり。

セイです。
百の夜を終えました。

さて、迷いに迷いました末、おかわり。
新たな一夜から百夜に旅しようと思います。
 ふたたびの手さぐりの旅ですから、
次の百夜が近づけばまた、終りにしようと騒ぐことでせう。
即興ゆえに、書くということがわたしには恐ろしゅうてなりません。
新たな夜話は、いままでより更新のペースがすこしゆっくりになるやもしれません。

静かに見守ってくださったみなさま、
コメントくださったみなさま、
インスピレーションを授けてくださったすべてのみなさま、
この出会いに支えられなければ歩けませんでした。

おつきあいくださいましてありがとうございました。

あたらしい夜は五月からにいたします。
それまではときどき、風物の写真を載せますので、どうぞ目で楽しんでください。
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by NOONE-sei | 2005-04-16 23:21 | 閑話休題(22)

100夜 さても目出度き百夜話


デカメロンの百夜なら十日物語、雪女なら百物語。

ハムレットよろしく生か死かそれが問題、
本日の慶びにふさわしい生、本日の終焉にふさわしい死のどちらを選ぼうか、
そう迷った末に決めたのはこちら。
 仏教では生死も因果も流転、ただただ「巡る」そうなので、
人の世を舟に見立ててお目出度く。

この歌を書いた帆掛け舟を枕の下にいれて眠ると
お目出度い初夢が見られる。


   『  永き世の
         永遠の眠りの皆目覚め
                   なみのり舟の音のよきかな   』


読者の皆様に幸多からんことを、、、。

謎解きはこちら・・
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by NOONE-sei | 2005-04-14 23:29

99夜 死の顔


塾の先生が、忌引きで休暇を取った。

王様は、それを子どもたちに知らせるか知らせないか迷う。学校なら伝えるだろう。
大きな塾ならピンチヒッターを立てて、学習に穴が開かなければ特には知らせない。
さて、うちは小さな塾だ。知らせることにした。

「△△先生は、お身内にご不幸がありました。お父様を亡くされて、明日、お通夜があります。」
普段耳慣れない言葉を聞かされて、子どもたちはぴんとこない。

  おとなはぐっとこらえて泣き言を言わないから、
  復帰してからもきっとそのことには触れず、いままでどおりだろうということ。
  ただ気づかってやってほしいということ。
  とりだててできることはなにもない、なにもないが、
  ああ、そういうことがあったのだ、と知っていてほしいということ。

それらのことを話し、子どもたちが少し状況が飲み込めたところで聞いてみた。

  お葬式に行ったことのある人は?・・約半数。
  では、死んだひとの顔を見たことのある人は?・・そのまた約半数。

見慣れないものをみて気持ち悪いと思った子も、硬くて怖いと思った子もいるだろう。
これから経験する子も、生とおなじ分だけ死にも尊さがあることに、いつか気づいてくれるといいが。

99夜にふさわしく、死の話を。

死の顔は、何度見ても見慣れるということがない。
小さい頃に見た自ら死んだ人の硬い顔は忘れられないし、
あたりまえのように「またあした。」と言って別れた同級生が突然、朝になったら冷たくなっていて、
駆けつけて見た、まだ自室の布団に眠るままの顔の白さも忘れられない。

自らの死は、その死にいたる背景への周囲の思惑が死体のまわりにふわりふわりと浮遊していた。
突然死は、『生きているような、、』、という、息子の死を受け入れ難い家族の気持ちがあり、
しかし一方では儀式への準備が進む。彼を布団に寝せたまま、二階の自室から階下に下ろし
棺に入れるという、家族のおもいを断ち切るような現実に手を貸した。


まだ死を知らなかった幼いころのこと。
生まれて初めて死の顔を見るより前に、父に聞かされた浜の話がある。

父が少年時代を過ごした浜は、港であり、炭鉱の町でもあった。
 石炭を求めて掘り進めると、湯脈にあたることがある。
豊富な湯は、汲み上げられてもなおどんどん湧き出し、炭坑の外にパイプから溢れている。
ドラム缶に入れ、水でうめた湯はまるで風呂だ。
 ある冬、浮浪者がとぷんとその中に入った。入ったが最後、寒くて上がれない。
幾日も幾日も、父はそこに行くたびに浮浪者が風呂につかり続けるのを見た。
戦争に敗れ、もとより生きる気力そのものが希薄な浮浪者だったから、誰も風呂から引き上げない。
そうしているうちに、からだは水気でふやけ、真っ白になり、それでもつかり続けて
やがて膨れた死体になった。誰がその死に気づき、引き上げ、供養したかは知らない。

この話を聞いたのは、幼い頃に住んでいた山あいの温泉町の、旅館の風呂。
どの家も自宅に風呂はなく、旅館や共同浴場にでかける。
わたしは旅館の風呂が遊び場で、そこではやくざの入れ墨を見ることもあれば、父からは浜の話を聞いた。

死の原風景はわたしの網膜に、映像になって残り、以来、湯でふやけた指を見るとその話を思い出す。

その後、大人になってからは何度も通夜や葬式に出、いくつかの死の顔を見た。
感情が動き出さぬよう、心に鍵をかけて臨むことにしている。
 見ることはお別れだ。
友の死の知らせを遠くからもらったときには、葬式に出席したもののついにその死の顔を見られずに、
わたしのなかでおもいが断ち切れず、彼女はいまでもいつまでも、別れを言ってくれない。
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by NOONE-sei | 2005-04-11 22:58 | 百夜話 本日の塾(9)

98夜 あなたは原初の女性ではなかったか


智恵子は何故『智恵子』ではなく『光太郎と智恵子』なんだろう。
対の存在として語られることが悲しい。

高村光太郎の妻となって共に暮らす故に、
阿多多羅をほんとの空と言わねばならなかった智恵子。 <智恵子抄 ~あどけない話~ >
あの光るのが阿武隈川と言わねばならなかった智恵子。 <智恵子抄 ~樹下の二人~ >
 それらの詩は智恵子が死んでのち、透明で清新な存在として再構築した、
光太郎が願う『光太郎の智恵子』であり、光太郎によって語られた物語、
その詩集を人は愛の物語だという。

現実の安達太良山はどんな山だろう、、、。
そのシルエットは撫で肩で、登るにはそう厳しくない。
しかし場所によっては、高濃度の火山性ガスが人を死に取り込む、山頂は草木のない荒涼とした裸の山。
お花畑の山ではなく、その風景は厳しい。だから朽ちていて美しい。
 光太郎が智恵子の言葉を借りて語る安達太良はロマンチックで、愛の象徴として用いられたにすぎず、
光太郎自身が足で登り、肌で感じた実感は伝わって来ない。
智恵子抄はなんというか、・・緩(ぬる)くて、光太郎が居るようでいて、居ない。

では『光太郎』とはなんだ?
芸術の域に憬れた、健全な、努力家。
美の世界の住人には二種あって、もとより自己完結して美を手にする者と、
誰かや何かに照らしながら、そこに映ったものから美を知る者のふたとおり。光太郎は後者だ。
 はたち、20歳にはロダンから腰の強い彫刻を 25歳にはボードレールやベルレーヌから自由詩を得る。
そして28歳で三つ年下の智恵子と出会い、以降54歳に智恵子を見送るまで、
光太郎は智恵子からインスピレーションを受け続けた。
智恵子によって自分は清められ、制作の力が芽生え、洪水のような愛を受け続けたと光太郎は言うが、
製作を制作に換えるのに、外から何かの力を借りなければならない種類の者だった光太郎の、
智恵子は鏡になったんだろう。

わたしは敢えて年齢で追って、現実感を伴わせたい。
 智恵子の精神に翳(かげ)りの兆しが現れたのは、光太郎が48歳のとき。
今なら熟年夫婦、光太郎はあどけない幼子(おさなご)のように智恵子を描いているけれど、
実際の智恵子は45歳から52歳までの闘病期間が、『智恵子抄』だ。
現実感を取り払い、愛という名の昇華されたものだけが描かれているところに
智恵子抄の良さがある、といってしまえばそれまでだが。

光太郎を知る上で、もうひとつ重要な鍵がある。・・父の存在。
光太郎の父、光雲は美大の教師となって彫刻家と呼ばれるようになったが、
もともとは仏師。年季奉公をした木彫り職人だった。
息子光太郎にとって、跡を継ぐというあらかじめ決められた将来は、幼少から抗えないものだった。
その父は光太郎が51歳まで存命だった。智恵子が亡くなったのはそれから三年後。
 高名な父の息子という世間の目と、内実の結婚生活の窮乏に智恵子は苦しみ、
それは精神の翳りにも影響しただろう、、、そう光太郎は言うが、
父の呪縛に苦しみ、本物になれない自分に苦しみ、それでも
父のいる東京を離れられなかったのは、他ならぬ光太郎だ。誰でもない、自分自身のことだ。

51歳で父と別れ、54歳で23年間の結婚生活を終えた、その後の光太郎の人生は変化する。 
智恵子抄を刊行し、62歳で岩手に疎開し、山小屋で農耕自炊生活を始める。
星の群の盛観を超人的な美しさと呼び、山の暮らしを天然の法楽にたとえて暮らす。
73歳で亡くなるが、こうして年齢で追うと、まるで定年を人生の境とする現代の社会と
妙に重なってきはしないだろうか?
光太郎作品は、若い時分より、年齢が上になってからの作品のほうが深いのも不思議な気がする。

では『智恵子』とは。
若い時分には、
 「元始、女性は実に太陽であった。・・・・」
という平塚らいてうの書き出しで始まる国内初の女流文芸雑誌『青鞜(せいとう)』創刊号の表紙絵を描いた。
いわゆる「冬の時代」が到来した年、困難な中、青鞜は創刊された。
青鞜は文芸誌として出発したが、のちに女性解放誌の色合いが強まってゆく。
 また、智恵子は紙絵にその才を開花させた。
50歳になってから亡くなるまでの三年間に凝縮して生み出した千数百点に及ぶ紙絵、その鋭利な美しさ。

ひとつは、時代の流れの始まりの場所に立ち会ったひとであり、もうひとつは、晩年に美を手にしたひと。
智恵子抄はそのディテールにすぎない。これはあくまで私観。

青鞜創刊号表紙絵
智恵子の紙絵
青鞜の概要と、青鞜を支えた人たち(参考)
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by NOONE-sei | 2005-04-09 16:25 | 趣味の書庫話(→タグへ)

97夜 今夜、大地は循環する


マグマや地殻のお話ではなく。

噴火でできた大きな湖は、おとなの目を休ませ、冬は氷の下の魚を捕らせる。
自然にできたちいさな湖は、子供らに雑魚を捕らせ、冬は氷の上に遊ばせる。

まるで隣り合うように、ちいさな湖がふたつあった。
ひとつはスケート場で、もうひとつはそばに大きな別荘が。
別荘は高い高い木のうっそうとした森のなかにひっそり佇(たたず)み、ときおり外国人が避暑に来た。
子供らは「ガイジンの別荘」と呼んで、鬼の棲み家のようにおそろしい場所と決めこんで近づかず、
探検する勇気のある者はついに出て来ず、外車が停まっている日は湖にも行かなかった。

大地は循環する。
ちいさな湖には森の枯葉が積もって沼になり、やがて水芭蕉の湿原になるけれど、
そこはおとなが訪れる場所になって、子供らはひとつ秘密の遊び場を失った。
 今では、ガイジンの別荘の湖は湿原になって木道が敷かれ、水芭蕉を観に人が来る。
水芭蕉を見慣れていないわたしには、よその借り物の植生を見せられているようで奇妙な感覚になる。
スケート場の湖も温暖化で氷を張らなくなって久しく、今では沼となって湿原に近づきつつあり、
風景は「朽ちた場所」になりつつある。
 日頃から「朽ちた場所」に魅入られるわたしは、その横を車で通るたびに、ひときわ寂しく魂が揺れる。

・・・循環、これは願望。
ほんとうは湖はいつの日か極相林となってふたたび湖に戻ることはない。

今夜の写真は秘密の遊び場だった湖と道々(みちみち)の風景。


(王様は高原がたまらなく好きで、
 安達太良のふもとに広がる高原や温泉や渓流に沿った遊歩道によく行く。
 本日のおまけは露天風呂。)

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あしもとには小さき春。

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秘密の遊び場。山百合の百合根を掘ったっけ。

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吾妻連峰。吾妻おろし、風は冷たい。

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安達太良山ふもと塩沢の渓流。

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登山客や、農閑期の骨休めに農家のおかみさんが宿泊する塩沢温泉の風呂、内と外。
これはおまけ。

植生について
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by NOONE-sei | 2005-04-06 23:25

96夜 春の風物

このごろ、『ふるさと』について考えている。
古い友人、後輩、活字だけで会うウェブログの書き手、さまざまな方角から
彼らの望郷や誇りや嫌悪、もしくはひとことではくくれない感情を感じている。

同様にわたしにもそれらはあり、『ワタシハナニモノナノカ』と同じ比重で
『ココハドコカ』を考える。
 NOONE-sei  ・・セイという名のだれでもないわたしが暮らしている場所は
ほんとうにnowhereなのかを考える。
 自分の文章のなかに、なぞらえて登場させる踊り手だとか作家だとかの多くが
北国に生まれている符牒(ふちょう)の不思議を考える。

今夜の写真はわたしが暮らすふるさとの風景。

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畑の畝を耕すのはこれから。山の雪が消え残り、種蒔きウサギの姿に見えたなら。



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春の小川。芹や西洋大根(クレソン、胡椒草ともいうのか?)が自生する。
右手の林檎畑、枝の芽吹きはこれから。



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梨畑もこれから。ワイヤーの梨棚で枝を横に伸ばす。夏は蝉の宝庫であり蝉の自殺の名所。
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桃畑もこれから。小さい頃住んでいた温泉町では、山の斜面に桃畑があった。
日当たりがいいのが桃へのご馳走。収穫は桃の表面の毛で体中がちくちくになる。



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いたるところにある朽ちた場所。名も知れぬ場所。


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朽ちた場所。こういった風景に、たまらなく魅入られる。しかし地面前方には春の雑草が。
愛らしいこの花の群、あまりに不憫な名なので忘れることにした名無し草。

安達太良連峰、吾妻連峰、蔵王連峰が遠くに見えるこの地。
わに丸は花粉症なのに山岳部だ。
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by NOONE-sei | 2005-04-04 18:23