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57夜 ファンタスティポへ連れてって


スタンダードナンバー「Fly Me To The Moon」や、
OZの魔法使い「Over The Rainbow」じゃないけれど、
彼方の場所を歌のなかに聴くと、連れて行ってほしくなる。

映画の劇中で、登場人物トラジとハイジが創り出すという曲、
「ファンタスティポ」はちょっと不思議でなつかしい。
 物語には、他所様に言えるありがとうが家族にはちょっと言いづらい、
そんなときに感じるチクチク感を軸に、愛と自由と再生が描かれているらしい。
 出演しているふたりはもともとがアイドルだから、この曲を歌い踊るのを最近見かける。

      『 ・・・・・
       ファンタスティポ
         みたことのない花が咲く

       きみを連れてく
           ・・・ファンタスティポへ 』   (曲:清水昭男 詞:久保田洋司)

不思議感はきっと、間奏のバイオリン(だと思う)のせいなのかもしれない。
これに似た編曲をどこかで聴いたことがある。
・・・「ギフト」、当時ホラーな脚本家だった飯田譲治のテレビドラマ。
1997年なのに、それを観たときにも不思議な気分になった。
どちらも1970年代をちょっとひきずった音楽のような気がするんだけど、気のせい?

これから封切られる映画「ファンタスティポ」
観るかどうかはわからないけれど、
歌には彼方に連れて行ってほしいなぁ。
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by NOONE-sei | 2005-01-31 17:24

56夜 語呂合わせ


昨晩の55夜はGOGO、
今晩56夜は語呂ということで。

賀状のやりとりだけになって久しい遠くの友人から、
とぼけたようにひょっこりと寒中見舞いが届いた。
いつも、お見事としか言いようのない美麗で粋な年賀状は、ギャラリーで扱うリトグラフの
刷り師を生業にしている、友人のご主人の手によるものだ。
今年は賀状が来なかったので、息災でいるのかを案じていたから、
いつもどおりの友人の筆跡を見てほっとした。

言葉の仕掛け、、、語呂遊びがわたしは大好きなのだが、自身で生み出す才は無い。
この友人のご主人の豊かさには、毎年脱帽し続けている。
毎年の賀状を全部紹介したいところだが、ときどき出しては謎解きするのが
わたしのひそかな楽しみなので、今夜は小出しにしておく。


■ 2005年 酉年の賀状(寒中見舞い)

           
       

       冴 刷




これだけ。
酉(とり)年だから小鳥の冴刷(さえずり)。
冴えた刷りだから、この二文字は暗いところでぽうっと光る。

表書きにはヒントが記してあった。
『闇に惑い、さえずるばかり・・・』
参りました。

もうひとつ表書きに刷ってあったもの。




        災



正確には斜め45度のふっくりとした書体の災。
災の下方の「火」を逆さにみると「ふ」に茄子がくっついて見える。
災の上方はひらがなの「く」がみっつ。
『災い転じて福となす』(茄子)
ふたたび参りました。

もう、参りましたついでということで、もひとつおまけしちゃおう。


■ 2002年 午年の賀状


       美 味
    皿に載ったトーストの絵



そのこころは、
午(うま)年だから美味(うま)。
皿にパン、つまり皿にブレッド、サラブレッド、、、、っと。
この年はヒントがなくて困った。
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by NOONE-sei | 2005-01-28 23:08

55夜 踊って踊って

踊るってなんだろう。
たとえば路上で、黒人の子供の踊る姿がある。
それは身体がそう望んでいるのだと思う。

瞬間に生まれては消えていく、身体が生んだ『線』の羅列をそのまま消えさせずに、
ひとつずつ拾い上げて名づければ、動きはいずれ洗練された型になる。
はじまりは身体の自然な反応から。そうして生まれたものを逆にたどって分解し、
名づけた型を再び構築すれば振り付けという行為が生まれ、即興だった瞬間を再現できる。

「舞台ではどんなに息があがっても見せちゃいけない。肩で息をするのは袖にひっこんでから。」
「人でないものを踊るんだ。」
知人のダンサーがそう言っていた。
  ・・・・踊りってなんだろう。
つきつめるとすべては重心の移動だ。そしてスポーツとはちがう。
 踊りとして身体を動かしているわけではないのに、はっとする美しさが感じられるものもある。
拳法にも、ときにそれを感じることがある。
共通しているのは伸縮の美しさだ。
重心の移動だけでは美しくない。

クラシックを基礎にするもの、しないもの。
踊りの区分はさまざまある。
 歴史の古いクラシックバレエには、ひとつひとつの動きにフランス語で「パ」といわれる名がついている。
たとえばフォンデュというパ。チーズフォンデュの連想でいい。
熱めの風呂にはいる時、ちょっとお行儀わるく脚で湯をかきまぜたい、どうするか?
つま先を伸ばして甲に湯をあて、膝を支点に膝下の脚を一本の長いへらのようにゆっくり回す、、だ。
膝下の脚をねっとりと内から外に外に、引き伸ばしながら回す、その動きがフォンデュという名のパ。
 世界中のどこでどんな教師に習おうとパは共通で、概念も共通。
だから振りを伝え、共有することが可能になる。

日本の舞にはストイックさがある。
西洋の踊りの合理性に比べて、その踊りの伝え方にもちがいがある。
能や狂言にみられる親から子に伝える舞の稽古は、空気が張りつめている。
精神性と、シンプルに削(そ)ぎ落とした抽象化は凄まじい。

抽象化された踊りを理解し語ろうと思ったら、むずかしい。
身体表現を記号と捉えて感情を排した、コンテンポラリーダンスという区分が
クラシックから派生したことがある。
歴史が長いから、クラシックではあらゆる実験がなされた。けれども底にあるものは、
観ればわかる。踊りは目でわかってしまうもの。
どんな派生でも引き受ける懐の深さだからクラシックが普遍なんだということも。

表現者が陥りやすい迷路。
それは自分にしかわからない作品に仕上がってしまうこと。
観客が寄り添えない作品にはカタルシスに疑問が残る。
抽象化してもなおカタルシスがふりそそぐ踊りって、、、?
西洋の踊りは合理性が、日本の舞は物語が、どれほどの抽象化にも耐えられる支えだ。

ところで踊りの区分に、『舞踏』という言葉がある。
日本で生まれた踊りで、言葉が知られて半世紀にも満たない。
美術の世界でいう区分、『現代美術』とすこし聞こえが似ているかもしれない。

西洋人と日本人はもとより骨格がちがう。
背筋を伸ばし、骨盤を立てて馬に乗る民族のからだと、
腰を屈(かが)めて農耕をする民族のからだ。
肩も骨盤も膝も外側に開いている西洋人がバレエを踊るのは、自然なことだ。
日本人は手足の長さ等のプロポーション以前に、からだを開くことから学ばなければならない。
その、内に内にと向かうからだに自然な踊りが生まれた、それが舞踏だった。

舞踏も、踊りだから重心の移動。
緊張と弛緩はあるが、わたしたちの目が慣れている類の伸縮とはすこしちがう。
わたしは日本人でありながら、その動きを奇異と感じるのも正直な気持ち。

最近、舞踏の第一人者、(故)土方巽の写真集が復刊された。
瀧口修造が序文「鎌鼬、真空の巣へ」 を載せた1969年当時のままの復刻。
 昔、「ニッポン国古屋敷村」という映画上映を手伝ったことがある。
この映画が、土方巽の最後の出演作だったという。

踊りとしての『舞踏』を頭のなかでなぞってみた。
わたしには足がすくむ世界だ。
もしかすると舞踏をきちんと観て語れるのは、違う身体を持つからこそ客観視できる、
西洋なのかもしれない。


■『鎌鼬KAMAITACHI 細江英公写真集』
【著者】写真・細江英公、舞踏・土方巽、装丁・田中一光
【発行】青幻舎
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by NOONE-sei | 2005-01-27 15:03 | 趣味の書庫話(→タグへ)

54夜 百足競走


じいじが退院した。

「ほぉれ。」
さっそくわに丸に、服をたくし上げて手術の痕(あと)を見せる。
数週間前の抜糸のときに同じ洗礼を受けさせられたわたしは、
「またやってる!」そうたしなめるが、やっぱりわたしにもまたやる。
 わに丸も負けじと、爺と孫の疵(きず)自慢大会になるかと思ったら、
そうはならなかった。

先日の一時帰宅中に、雪が降った。
朝、なにやら外でごとごと音がすると思っていたら、
じいじが松の枝の支えをし直し終えたところだった。
歳が明けてから降る雪は重たい。水分をたっぷり含んでいる。
枝が雪をかぶり折れてしまう前にと、脚立を使い、下から支えをしたのだった。
わたしが昨年末にやっておいたはずだったが、どうしても気に入らなかったらしい。
じいじ自慢の松だ。名はやっぱり「カドマツ」か。さながら三下か舎弟のような名だ。
                                  (~「32夜 烏賊と蛸」より~)
実のところ、
筋肉の萎えた足で平気で脚立にのぼってしまうじいじに、家族は皆青くなってしまう。

じいじの若い頃の話を聞いても写真を見ても、コワイと言っていたわに丸だが、
近頃、ちょっと様子がちがっている。
一時帰宅の夜には、じいじの体を洗ってやり、あとからそっとわたしに
「じいちゃん、もう病院に返したくないなあ、あんなに垢がたまっちゃって、、、。
からだ、もう骨みたいだったよ。
あんなにされるところに、もう返したくないなあ、、。」
強い強い、野性味のあるじいじだったはずなのに、老人になって帰ってきた。
、、、それは病院のせいではない。
しかし何かのせいにしなければ、やりどころがない。
わに丸は切ないんだろう。

手術の痕をムカデという。
疵自慢は百足競走だ。

どうだ、すごいだろうと得意げなじいじに、
肯(うなず)いて花を持たせたわに丸の胸の疵は、もう、うっすらと白い百足だ。
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by NOONE-sei | 2005-01-25 23:15 | 百夜話 父のお話(19)

53夜 オーシャンズ12のおとなぶり


映画を観た。

封切りを意識したわけでもないが、オーシャンズ12の俳優たちの、
昔出演した映画を幾つかビデオで最近観ていたので、そしてそれらは気難しかったり
若すぎたりもしたので、新作で肩をほぐしてもらおうか、と思って観に行った。

キャサリン・ゼタ=ジョーンズとB・ピットが着るシルクシャツもニヤつくようなオトナだけど、
登場したスターさんたちの会話がなんともオトナ。

笑いでごまかす力技あり、掛け合いにゆとりあり、含みのある言葉や表情の数々。
台詞を発する方も受ける方もみごとな大人ぶり。大人っ気があり余っている。
豪華スターのエンタテイメント絵巻の煙に巻かれているうちに、『しまった、
そういうことだったか』と、してやられる場面も許せてしまう。

フィルムの継ぎ目がわかってしまったり、撮る方が追いついていない雑な処理、
もっと言ってしまえば、監督がソダーバーグでなくても同じだったかな、とも思うけれど、
映像よりも会話でみせてしまえる力量の俳優陣だもの。
ハリウッドらしい大味の映画を、俳優達がふざけきって力技で成立させちゃいました、
でOKでしょう。 
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by NOONE-sei | 2005-01-24 22:48

閑話休題ふたたび


50夜を折り返しました。

試行錯誤の百珍です。
カテゴリ別に分けていいものかどうか、、、、。
とりあえず、月ごとが1夜からの目次、、という風にかんがえてみようかと。
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by NOONE-sei | 2005-01-22 20:03 | 閑話休題(22)

52夜 いつのまにかの祝日

エキサイトメンテナンス中。
日時が平日なのに祝日と書いてあってびっくり。

わに丸の自己申告。ハライタ。
朝、起きた時の眼の、力といおうか光といおうか色といおうか、、、。
ふぅ~ん、いつものやつね。
リフレッシュ休暇だって。ズルイ。
でもさすがに、登校日を「きょうは祝日だから。」とまでは言わないようだなぁ。
くすくすくす、、、。
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by NOONE-sei | 2005-01-21 11:21

51夜 いまひとたびの蜜月


母、西太后の奇跡か強運か?
父が一時帰宅の許可をもらい、わずかの期間を家で過ごせる。
なにが奇跡か強運か。
それはいっときとはいえ、手術してやっとやっと帰れたのが彼らの結婚記念日だということ。
金婚式だ。

記念になるなにかを母は期待している口ぶりだった。
しかし経過が良好でいずれ退院しても、食事に制限のある父に、旅行や食事会を
プレゼントするわけにもいかない。
王様は新聞社が主催する、金婚式のカップルが集まるセレモニーの今年の日程を調べた。

今朝、父を病院に迎えに行った。
病院は暖房が効いているが、外は寒い。風もある。
すっかり筋肉の萎えた足には歩くのがつらそうだった。

午後、父にすきやきを食べさせたいという母のために、車に母を乗せて買い物へ。
そして帰路、しらたきを買い忘れたという母のために、店をさがす。
ちょうど休みの店や、扱っていない店しかなく、母はもう今日はすきやきはやめにするという。
車はもう、家の近くまで来てしまった。
もう一軒だけ寄ってみよう、と母をうながした。

大型店舗に車で行く暮らしになって久しい。
家から歩ける距離のその店に行くのは、何年ぶりだろう。
母の買い物をわたしは車の中で待った。
 ふいに、小さいころの記憶が蘇った。

父が数奇屋造りの家を建てていたとき。
今住んでいるこの家だ。
父の現場に母と来た。
 石鹸を買ってくるよう、おつかいを言いつけられた。なにか洗うものがあったんだろう。
わたしは小銭を持たされて、はじめてその店にてくてくと歩いた。
買ってきたのは紙の箱にはいった白い石鹸。
でも必要だったのは洗濯用の固形石鹸だったらしい。もう一度取り替えて貰うためにその店へ。
一度目は、はじめての店におつかいだから神妙に行ったが、二度目は道草を食いながら。
あっ、と思ってももうおそい。石鹸を田んぼの水路にぼちゃんと落っことしてしまった。
 半べそをかいて、水に濡れた石鹸の箱をつかんで現場に帰ると、両親にひどく叱られた。
「いやいやながら行ったからだ!」
どちらかがかばうということがあったなら、胸がチクチクする記憶にはならなかったのかもしれないが。

 あれ?
なんでこんなこと思い出したんだろ、、、。
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by NOONE-sei | 2005-01-20 22:44 | 百夜話 父のお話(19)

50夜 折り返しの呪文



百夜半分、折り返しの呪文
  
  夜を折り返したら
  アブラカダブラオープンセサミ・・・
  でたらめ歌の、声に力がなくなって、
  ト音は抜け出しはみ出し歩き出し、
  そして最後の音になり、
  言葉はたちまち風物事物に早換わり。




     -------------------------------------

night → thgin → thin → thing
          ↓              ↑   
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by NOONE-sei | 2005-01-18 22:11

49夜 白鳥の水辺


白鳥に今年も会えた。

わに丸は白鳥の里親。
野鳥の会のかたたちが世話をしてくださる、その金銭面の支援者のひとりだ。

白鳥は、日本が冬になる前に飛来する。
寒いところを好むからわざわざ海を渡るのかと思っていたら、
正確にはちょっとちがった。
シベリアは、冬になると湖も川も凍ってしまい餌が捕れなくなってしまうから、
その間を日本で過ごすのだそうだ。

時速60キロで編隊を組んで、40日近くかけてやってくる。
群れといえば群れなのだが、その単位は家族。
夫婦と子供、家族形態は人間によく似ているという。

羽を痛めてシベリアに帰れない白鳥がいた。
暑い夏でも日本の川辺で過ごさなければならない。
「太郎」と呼んで、野鳥の会では年間を通して見守っていた。
 太郎の家族はいちばんにシベリアから飛来して、群れの最後にシベリアに帰る。
毎年、できる限り長く一緒に過ごすためにそうしていたんだという。

さて人間のわたしたち。
里親として招待されたのは、わに丸。
里親のために大雪の中、温かい芋煮とおにぎりが用意されていた。
家族を同伴しても良いということで、そのもてなしのご相伴(しょうばん)にあずかったのは、
人間のわに丸の親の、王様と私。
これは、子供のおかげ、、、?ちょっと、、、?
 
白鳥には、餌は投げてやるのではなく、腰を下ろして「コーコーコー」と声を掛けながら見せると、
目と目を合わせてから安心して水の上をすべるように寄って来る。
 シベリアには銃を持った狩人がいるから決してしないが、頭のいい白鳥は、日本では
保護されることを知っているんだろう、手から餌を食べるときもある。
餌は生米や食パン。

そういえば白鳥の餌付けで、里親のために用意してくれた食パンを見せたら、
白鳥もちょっと首をかしげた。
わに丸にもらったんだけど。
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by NOONE-sei | 2005-01-17 15:45