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10夜 西太后


「西太后」はわたしの母だ。
実在の人物だが、名を借りただけ。史実とは関係ない。

父の胃の細胞検査の結果がおもわしくないと、かかりつけの医者から連絡があった。
一昨年にもあやしくて連絡をもらい、再検査し事なきを得た。
昨年は大丈夫だった。
今年の連絡は、手術を視野にいれて、、、という内容だった。

電話を受けたのは母。
「一昨年はあやしいといいながら結局は何でもなかった、それなのに今年は手術と言う。
ずいぶんころころと変わるんだこと。」
・・・これを母、西太后はあろうことか医者に言った。

「胃の調子がころころ変わる、、という意味なのに、医者は気を悪くしたような口ぶりだった。
医者も、言うことが毎度ちがうと自分でもわかってるからそう聴こえたんだろう。
だいたい、いつも言うのが急なんだから。
去年は何でもなかったんだ。これをみればわかる。」 
西太后、去年の検診結果をわたしに見せる。
・・・わかる、ってあんたは医者か。

母には医者の気を逆撫でした前科が過去にも数度ある。
「母は気が動転してしまって。」と電話ですぐに詫び、父とわたしで説明を直接聞きに行った。

昔からの医者というものは、会話も薬になるということを心得ている。
さりげないが、話す相手の人となりを即座に見抜き、知的レベルに合った会話を組み立て、
科学的データを程よく説明してくれる。
 どんな医療行為も、百パーセント安全とは言い切れない。だから必ず、念のため、
という内容が提示される。昔からの医者には、不安にさせないうまさがある。
どう相手に届けるか、そこが若造と古参の差だ。

かかりつけの医者には申し訳ないのだが、
母はどうしても不安材料の提示を受け入れない。内容ではない。行為に対してなのだ。
そのあたりの「西太后」のメカニズムを熟知しているのはわたし以外にない。

わたしがなにかつらい状況にあるとき、母はかならず自分がどんなに不安で
心配かをうったえ続けてきた。それは今も変わらない。
 「きっとだいじょうぶ。」そう励まされたいほどのいちばんつらいときに、
わたしは母に「心配いらない、だいじょうぶだから。」と安心させてきた。
我ながらこの年季のはいりかたは筋金入りだ。

不安材料を提示するのは母であって医者ではない。
そういうメカニズムを知らずに母と会話して、うったえにいちいち対応するうちに
渦に巻き込まれてしまった医者達は気の毒だ。

穏やかでわかりやすい説明のあと、医者は言った。
「いいとは言えない細胞だから、取ってしまわなければならないが、
こんなに小さいうちに早くみつけてほんとうに良かった。
命に関わるという心配は、要らないからね。」
わたしたちは本当に胸をなでおろした。

父は、全く母のことには触れなかった。
「ワタシのこと、なにか言ってた?」開口一番。
父は恥の上塗りはしないと決め込んでいたとか。
この母にしてこの父。
いい根性をしている。
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by NOONE-sei | 2004-11-30 22:18 | 百夜話 父のお話(19)

9夜 こどもの夢


わかい父とちいさな娘のふたり暮らし。

お弁当もつくるし、一汁一菜だけれど朝夕の食事も懸命につくり、
洗濯もし、土曜日にはまとめてアイロンがけもする。
今度のクリスマスで、そういう暮らしが一年になる。

電話のむこうでは、飼っている小鳥のさえずりが聴こえ、
夏に捕った昆虫がどうだとか、運動会のお手伝いをしたとか、
他愛のない日常の暮らしぶりを伝えてくれる。

慣れない無骨な子育てだから、姉代わりのわたしに知恵を求めることもある。
〔朝の支度が連続の動作として身に付かない。
つい苛立ってしまう、自己嫌悪してしまう、どうすればよいのか。〕
・・・内緒で時計を10分進めてみたら、と応えてみる。

〔先生に宿題の提出を忘れつづけ、いつしか気後れしてしまい、
わかっていても提出できなくなっていることを知った。
娘の気持ちはひしゃげきって、一歩も動けない。
けれど先生にそれは届かず、怠慢を詫びるよう促されているようだ。
もうそんな日が何日も続いている。何度も娘と話し合った。
どうしたら娘が先生に自分の言葉で謝り、信頼を取り戻すための一歩を踏み出せるのか、
親としてどう援助してやればよいのか。〕
・・・先生とよく話し合って協力を求めてみたら、と応えてみる。
 わたしの言葉は選択肢のほんの一部だ。

考え抜いた末、父は娘に、「勇気を持て。」
「自分のおこないがまちがっていたことは事実で、それは向き合って直さなければいけない。
信頼は取り戻せなくても、信頼のために謝るのではないんだよ。」
ちいさい娘は、朝ごはんの時に自分で考えたことばをリハーサルして登校した。
まじめに胸を痛めた父娘はそんなふうに日々を懸命に生きている。

母子には有る、国の福祉が、父子には厳しい。
そして世間の目も厳しい。

娘を病院で見かけたが頭はちゃんと洗ってやっているのか、
洗濯して汚れを落としたこざっぱりした服装をさせないのか、
季節に合った色や素材の服装をさせないのか、
学校には理解してもらっているのか、学童保育の担当者は何もしらされないから
娘をはれもののように扱うじゃないか、
物ばかりを豊富に与えているが世話は不十分なのではないか、、、等々
わたしの耳にはいる外野からの痛い痛い尖った言葉の数々。

病院という非日常の多くの目がある場所に、とるものもとりあえず行っても、
そのときのたまたまの身なりから想像される。
学童の担当者たちは複数交代でパート勤務だ、全員に直接のコンタクトはむずかしい。
娘は好奇のそして吟味の目にさらされながら、しかし愛されなくてはならない。

娘は先日、学芸会で劇に出た。
こどもたちが夢を語る。
看護士になりたい、パン屋さんになりたい、、、、
ちいさな娘はアーティストになりたいと。
わかい父はこういうたとえ話をした。

「お父さんは王さまに仕えて仕事をして、ごほうびにお給料をもらうんだ。
アーティストはね、神さまに仕えるんだよ。
神さまは、一生懸命はたらいてもごほうびをくれないし、ほめてもくれない。
それでもいいとおもうなら、がんばってごらん。」
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by NOONE-sei | 2004-11-30 01:13

8夜 王様のアニバーサリー


わに丸が、王様に初めて珈琲を入れた。褒美を賜るにちがいない。
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by NOONE-sei | 2004-11-28 22:54

7夜 二尾でどうだ。


鯵の天日干しが二尾。
一尾足りない。喧嘩になる。

わに丸は分け合って食べるのを良しとしない。
王様は、亡くなった母が食卓によく鯵をフライにして乗せてくれた思い出があるという。
困る。
わたしはといえば、譲るほどうつくしい「日本の母」ではない。

そうだ、変わりご飯にしよう。

鯵をこんがりと焼く。飯の上にぽんと乗せ、へらでくずしざっくり混ぜる。
白炒り胡麻を振りいれ、最後にとっておきの大人の薬味。舌がしびれるほどぴりりとする、
山椒の実の醤油漬けを混ぜ込む。塩は要らない。
 蕪と胡瓜をざくざく切って、ほんの隠し味の砂糖と、粗塩と昆布茶、そして粉からし。
密閉容器の中でよく振って味をなじませたら即席漬け。
 じゃがいもは茹でておいたから荒く切ってころころと炒め、戻しておいた椎茸と、
昆布を水に入れてストックしておいた出汁と、同じくストックしておいたスルメの足の出汁を入れて、
砂糖をすこしと醤油で簡単煮物。出来上がりに刻んだ芹をばっと散らす。
 エリンギを細く手で裂いていれた、あったかい京菜汁でおしまい。

所要時間はごくわずかの夕げの支度。二尾でどうだ。
二尾しかなかったことを二人は知らない。
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by NOONE-sei | 2004-11-28 00:40

6夜 雲隠れ


今日、一年近くも雲隠れしていた結婚指輪をみつけた。

04.11.22
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by NOONE-sei | 2004-11-27 23:25

5夜 茶摘み


今年は長く収穫できた、豊作のピーマン。
霜がおりたら凍みてしおれてしまうから、
葉を摘んで、つくだ煮にして最後まで美味しく楽しむことにした。

茎は煮ても硬いので、葉だけを摘む。
大きなたっぷりとしたザルに葉を摘みながら、
ふと頭をよぎった 「夏も近づく八十八夜、、、とんとん」
これ、茶摘み唄か?このあとの歌詞はなんだっけ、、、。
冬間近に、なんて寒いうたを。
ピーマンの葉は、お茶の葉に似ているかもしれない。

酒をたっぷり鍋にいれ煮立て、砂糖と醤油、
そしてアクセントに、すりつぶした南蛮の麹づけを。
山ほど摘んだ葉をどさっと入れ、ぐつぐつ煮るといい香り。
味わいは、まるで葉唐辛子のつくだ煮。
でもわたしのはもうすこし柔らかくてあっさりしているかな。

息子わに丸の弁当は、男子の間で「渋い」と評判なのだとか。
弁当箱を洗うとき、入れた覚えのないアルミケースがよく入っている。
わに丸が弁当の蓋をあけると、当然のように隣から手が伸び、
ひょいひょいとおかずを摘んでいくそうな。
ひとしきりそれが終わると、とん、と何かひとつおかずが来る。

さて、葉唐辛子もどきの明日のおかずは、渋さ度が高いよ。
隣から、手は伸びるでしょうか。

04.11.21
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by NOONE-sei | 2004-11-27 23:23

4夜 世界一


「セイ、新しいパチンコ屋ができた。大きくて広くてね、あれは東洋一だよ!」

同い年だけど後輩のアキラに誘われて、井の頭線ガード横へ。
東洋一は怪しいが、なるほどぴかぴかだ。
大学生、昼間の娯楽はパチンコ。
今ほどの賭博性がなかった頃だから、元手が少しでもそこそこ遊べた。

ところでわたしは世界一難しい漢字を知っている。ばら(薔薇)だ。
読める、けれど書けない。

つい先ごろ、30年来の記録を塗り替える漢字が出現した。どくろ(髑髏)だ。
記録の更新に異存はないが、発見した子が小憎らしい。
小粒なのにからい。揚げ足をとるわ、「そんなこといつ言った?何時何分何秒?!」
 いつものように悪態をつきながらも、その日はわたしからの提案に気分が乗ったらしい。
カードを二枚一組にして最高に難しい漢字の熟語を書き、トランプのように神経衰弱をする。
「カルタにもできる!一枚は読み札にすればいいんだ!」
小粒、今日は冴えてるし機嫌もいい。読み札なんて趣のある言葉、いつ覚えたんだ?
辞書も使っているじゃないか。
 そして発見したのが、髑髏だ。

大学生、夜の娯楽は酒盛り。
飲めない奴に酒は勧めない。もったいないから。先輩から受け継がれている伝統だ。
すっかり出来上がって、お目出度い一行は東洋一からおめでたさのおすそわけにあずかる。
花環から造花を頂戴して、道端で東洋一を讃え歌い踊る。

小粒、次に得意げに思いついたのが、よろしく(宜しく)。
「小粒、それも難しい漢字だけど、カードに書くなら別の言葉で、熟語のほうがいいと思うよ。」
「熟語だっ!オレ書ける。」
紙切れに書いた漢字は、夜路死苦。
わたしはひっくりかえりそうだった。
「不良か、おまえはーっ!」

世界一を発見した小粒を讃えるべきか、いさめるべきか、、、ひとに言えるほど、
わたしはえらくない。

04.11.20
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by NOONE-sei | 2004-11-27 23:21 | 百夜話 本日の塾(9)

3夜 花の移ろふ


好きな花は、なに?

04.11.18
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by NOONE-sei | 2004-11-27 23:18

2夜 記念のお品


身の丈で買えるもの。

いちばん古い記憶は、高校入学の記念に買った服。
すこしずつ貯まったこづかいで、自分のために。
コール天のカジュアルなスーツで、洗いざらしたジーンズの色だった。

二十歳(はたち)には万年筆。
ひとの好みはさまざま。セーラー派とパイロット派がいた。
わたしはスレンダーなセーラーより、ふくよかでほんのすこし
ペン先にしなり感のあるパイロットが好みだった。

社会人になっても万年筆。
ギフトとして文房具店が職場に届けてくれた。
あこがれのモンブランの極太字。やわらかい。しなる。

長年わたしに絵の手ほどきをしてくれた恩師を失い追悼展をひらいたとき、
絵だけでなくなにか大切にしている物もオマージュにしのばせようと思った。
「身近なものから描き始めなさい。絵が借り物になってしまわぬよう。」
そう教えてくれた作家だったから。
贈答品としてのギフトではなくメンタリティなギフト、、、。

「誉田万次郎との対話」
そう名づけた展覧会は、日中は優しく外光が入り、おすましではないけれど
心地よく背筋の伸びる、詩画集のような落ち着いた雰囲気だった。
夕暮れには、街に灯りがぽつぽつともるとギャラリーは外からライトアップされ、
大きなガラス窓越しに客が足を留めて絵を観る。
丸テーブルにぱりっとした白布を掛け、ペンとペーパーウェイトと芳名帳でお迎え。
わたしのモンブランは、引き寄せられてふらりと入る、
幾人もの客の手のペンになった。

04.11.17
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by NOONE-sei | 2004-11-27 23:16

1夜 座右の・・・書物


大野一雄という踊り手がいる。
顔を白く塗り、髪に花を挿して天上へのあこがれを踊る。

「稽古の言葉」
彼が日々の稽古場で弟子たちに語った珠玉の言葉をあつめた本。

わたしの「稽古の言葉」には、付箋が数えきれないほど付いている。
それでもそれでも、本は、開くたびにあたらしくて尊い至福をあたえてくれる。

04.11.16
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by NOONE-sei | 2004-11-27 23:14 | 趣味の書庫話(→タグへ)