カテゴリ:新々々百夜話 父のお話(12)( 9 )

99夜 晴と褻


今夜は四度目の99夜。
99夜はいつも、死のお話をしてきた。

「晴(はれ)と褻(け)」ということばがある。
たとえば、婚儀や出産が晴れなら、日常や忌みごとは褻だというような。
「王様の千と線」は、99夜に死を 100夜に目出度さを 
褻の場が晴の場にくるりと転じて100夜を迎えるような仕掛けで綴ってきた。
いつもわたしの脳の中にあるのは、生ってなに、死ってなに。
その、背中あわせなのにちっともわからないものを 百ものお話のちからを借りて見つめてきた。

さて、なにを語ろう。
この新々々百夜話は、父の死に臨んでずっと死について書いてきたので、99夜に語るお話がない。
語れないから、歌うことにする。


     松の木の 雪や はや消ゆ 軒の褄   (作 未詳)

   
父がこよなく愛するものだから、毎冬の雪払いに難儀した門かぶりの松、
この冬は一度しか雪払いをしていない。
春が近づくと花のようにぼたぼたと降る雪の中、幾度も脚立を出しては雪払いをしたものだったが。
父があんまり愛でるので、「カドマツ」と、ヤクザの三下か舎弟のような名を付けて、
わたしはひそかに疎んじていたけれども、松もさみしそうだ。
難儀したら憎らしくて、雪がないとさみしく見えるなんて、ひとの目などいいかげんなものだ。
悪口も言えなくてはつまらない。もう一度くらい、春の雪が巡ってこないかな。

・・上の俳句は、さして魅力的でもない句だと思うだろう?謎解きをしてあげる。
はじまりからもおしまいからも巡る文、回文。


     まつのきのゆきやはやきゆのきのつま


ほぉら、すこしは春の気配?



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もうじき父の命日が巡ってくる。
一周忌に人寄せをして喪服で法要を営むのはもう嫌なので、
ゆかりのある職人さんや、父が世話役をしていた神社の神主や仲間に参集願って会食をすることにした。
儀式よりも、懐かしいお話が聞きたい。お話が生まれる場所を営みたい。
晴でも褻でもなく。


※これまでの99夜は
死の顔 2005,04
死の発見 2006,01 
お迎えが来る 2007,02
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by NOONE-sei | 2009-01-13 03:18 | 新々々百夜話 父のお話(12)

70夜 悪いたくらみ


メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい

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黒いのは腹、青いのは血。
悪だくみという言葉は「悪巧み」と変換するのだな。
悪企みではなかったっけ?

母、西太后が父を疎んじるので、
だんだんにわたしの血は青くなった。

このままでは父が父に戻れなくなるので、
だんだんにわたしの腹も黒くなった。

王様と鰐号に相談をもちかけたら、鰐号が一芝居打った。
夜中に西太后の寝込みを襲ってひとこえ。

「ばーちゃん、起きろ。」
「じーちゃんの退院、決まったから。」
「1月31日。」

言うだけ言うと、ばしっと襖を閉めておしまい。
まさに鰐号の本領だった。

企みが巧みだったかどうかは知らないが、
明日から忙しくなる。
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by NOONE-sei | 2008-01-22 02:34 | 新々々百夜話 父のお話(12)

69夜 決壊


メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい
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今日のわたしは大工の梃子(てこ)だった。
手刻みをする木材を あっちにやりこっちにやり、棟梁はなかなか厳しく、
ほんの数センチのずれを許さない。

聞けば夕べから棟梁は工務店と電話のやりとりで忙しく、ナースコールを電話にして
ずっと働きどおしだったという。
あんまり根を詰めるので、しまいに朝方には車椅子に乗って詰め所に居た。
朝、看護士詰め所から連絡をもらい、駆けつけると寝ずの仕事をしていたことを知った。

正月明け、痛みを抑えるために使った薬で今日は痛いという言葉が減っていた。
その薬に替えて十日目の今日、
痛みの軽減と引き換えに、父は人格を失った。

棟梁、職人の仕事には、必ず十時と三時の一服があるから、
一服点けませんか。
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by NOONE-sei | 2008-01-18 00:34 | 新々々百夜話 父のお話(12)

68夜 読み違え、呼び違え 


自転車には、かごも荷台もない。
ままちゃりともカマキリとも、ごく普通の通学用の自転車ともちょとちがう。
ハンドルが真っ直ぐなのだ。
三段変則ギヤが付いているのだけれど、漕ぐ足がうんと重くなったり
カラカラと軽くなっていっぱい漕がなくては進まなかったりで、
中くらいにしてあとはいじらないことにしている。

病院は町なかなので、月極駐車場に車を置いて自転車に乗り換える。
「月極」って、いつから「つきぎめ」って読めるようになったのかわからない。
「げっきょく」と読み続けていても不思議ではないのに。

途中には県庁があって、ときどき黒塗りの車が続々と入って行く。
県議会が開かれる日なのだろう。
そしていつも信号待ちをする県庁の曲がり角には、「密語橋通り」という道しるべがあって、
「ささやきばしどおり」とルビがふってあり、なにやら言い訳が書いてある。
古い町並みの保存に力を入れてはいるけれど、密談を連想されては困る、とでもいうように。

父の病状の変化についてゆけず、足元に地面がなかった頃のわたしの脳は、
アドレナリンが大量に放出し、ダメージを受けていた。
セロトニンをなにやら調整するのだったか、そういう薬は、気分は安定させるが
やる気については本人の資質に任せて待つのだそうで、わたしは朝の元気が欲しかった。
だから、ドーパミンに作用して元気づけるお薬を飲んでいる。
脳はわがままな臓器で、こうしたお手当てをしてやるとしぶしぶ動く。

父は疼痛管理がうまくいかず、痛みで暴れている。
年末年始の一時帰宅中は、外泊途中で病院に戻るのを嫌がるので、
元旦から毎日、王様とわたしで看護士詰め所に薬を貰いに通ったのだけれど、
いよいよ病院に戻ると高熱と痛みでコントロールが効かなくなってしまった。
しぶしぶでも痛みが和らげば、もうじき家で療養できるのに。

自転車に乗って日に二回、昼食と夕食を一口でも食べるよう見張りに行き、
静かに過ごすのが日課だったけれど、ここしばらく病室は静かでない。
まだ意識も混濁しているので、わたしと鰐号を呼び違える。
帰って鰐号に「じいちゃんは病室で鰐号と暮らしてるらしいんだ」と言ってみた。

その鰐号、じいじの病状から逃げ回って、
じいじに食べさせようと冷蔵庫に入れて置いた好物の腸詰ソーセージを
三本もいっぺんに食って昼寝していたりする。
鰐号、三本分、病室に三日通って働け。

・・とりあえず今朝、病室に顔を出したらしい鰐号、
昼にわたしが行ったら、父は鰐号が来たことを憶えていなかった。
鰐号、あと二回は行かなくては。


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以前、観光地で見かけた自転車。
こんなに小さくて、遠くまで走れるんだろうか?
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by NOONE-sei | 2008-01-15 02:40 | 新々々百夜話 父のお話(12)

写真保管庫より 四


メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい
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医者はなにもかも全てを話さねばならないので、説明のあとには署名を要求される。
王様が、医学的な説明の途中でわたしを外に出してくれた。
これから何をすべきかさえ知っていればいいという判断からだった。
そして、医者が冷静と見たわたしが、全く見た目どおりではないことを知っていたから。
わたしの目はレントゲンになってしまうのだ。

現代の透視にはおどろく。
レントゲンが画期的と思ったら、CT、MRI、造影剤に同位体元素を使うものまである。
父はまじめに、エム・アール・アイと言うのだが、わたしにはいつも「芋洗い」と聴こえて可笑しかった。

その聴き間違いを「ききまつがえ」と言う地方があるのか?
だとしたら、昨日のわたしのききまつがえも可笑しい。
看護士さんが廊下の向こうから、なにやら話しかけてくる。 
 看護士さん 「・・・だ、ふくの・・」
 わたし 「?? ・・大福ですか?」
 看護士さん 「・・?? 」
しまった、朝、父が大福を食いたいと言ったのがなぜかとっさによみがえった。
看護士さんは体を拭くので着替えが要ると言いたかったのだった。

医者は、父を生きさせようとただ前を見ていてくれる。
急激な容態の変化はあっても、父の人格は崩れない。
わたしは「お父さん子」で父が大好きだから、頭が緩まない父を誇りに思い、そしてそれがつらい。
父がいなくなることに慄(おのの)いて、受け入れられずに苦しかった。
受け入れることを前提に、人は「誰もが通る路」と言う。
けれど、まだ人の路をわたしは知らない。
受け入れられないのだから、このまま受け入れずにゆこう。



こんなときこそ、ユーモアが支えになってくれる
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by NOONE-sei | 2007-12-02 00:37 | 新々々百夜話 父のお話(12)

写真保管庫より 参


メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい
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骨董屋で店番していた頃、競(せ)りや得意先回りでほとんど店にいない店主に、
よく女の人たちから電話が来た。
バーやクラブなど、水商売の女の人から、遊びに来てね、という誘いの電話がほとんどだった。
わたしは店主が「女の子」と呼ぶ彼女たちの声が、女の子の年齢とは思えなかったのだが。

ある日、店主に洋品店におつかいに行くよう言われた。行けばわかるようにしてあるから、と。
店に入ると、少し憂いのある、物腰の柔らかで上品な女性が商品を選び始めた。
わたしの寸法や年恰好に合わせた服を何着か持ってきてくれたので驚いた。
「いつも一生懸命にお店番をしてくれている、と聞いてますよ。受け取っておきなさい。」
彼女が選んでくれたのは、真っ白で小さな襟の清楚なワンピースだった。
受け取りはしたが、じつのところこういうことには慣れていないわたしは、
賃金を貰っているのだから洋服まで買って貰う理由がない、と、とても戸惑った。

男の人は、女性にプレゼントをしようとするときに、身に付けるものを選ぶらしい。
指輪だったり時計だったりブレスレッドだったり洋服だったり。
そういうものを 女性は一様(いちよう)に喜ぶと思い込んでいるようなところがある。
父もそうで、母やわたしに指輪をくれたりした。
喜ぶ顔が見たいだけで、その良さや価値には無頓着だった。

この連休、つらい治療の前に外泊で戻った父が一足早いクリスマスプレゼントを家族にくれた。
パチンコで貯めたポイントがあるから、好きな景品に取り替えてこいと言う。
電化製品は王様と鰐号に、時計や指輪やネックレスもあるから女たちに。
「早く行って来い、オレも見たいから。」
パチンコ屋で、ポイントぴったりになるよう玉数と景品を合わせ、
大きな箱や小さな箱を抱えて帰ると、父の前に広げて店開きをして見せた。
母が、わたしが選んだ指輪を気に入ったので、父は嬉しそうだった。
もちろん家族にもそうだが、父は、母になにかしてやりたかったのだろう。

白いワンピースは結局一度しか袖を通さなかったけれど、
父に貰った時計は、毎日腕にはめて病院に行くよ。



こんなに胃がきりきりと痛み、不整脈で苦しいのに、なぜ文章を書くのだろう。
「王様の千と線」を始めたばかりの頃を思い出す。2004年の百夜話はそのように始まったのだった。
あの時も不安で悲しくて、父の病院に通いながら毎晩のように書いた。
あれ以上の不安はないと思ったら、あれ以上の悲しみというものが世の中にはあるものなのだな。
あの時とちがうのは、文章のクオリティをあの時のようには維持できないということ。
だから夜話という枠から外して保管庫にした。

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by NOONE-sei | 2007-11-27 22:19 | 新々々百夜話 父のお話(12)

写真保管庫より 弐


メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい
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夕方から大雪が降った晩、父の病院から帰る途中、短い距離だったが逆走し、
気づいて車線に戻ったあと、赤信号に気づかず信号無視で走っていた。
人間にはたくさんの引き出しがあって、ごはんが食べられる引き出し、
人ときちんと話せる引き出し、交通規則が守れる引き出し、
それらは独立してはたらいてくれる。
が、ときどきこのごろ交じり合ってしまうことがあって、けれどもその時には気づかない。

ちかごろ、父の病状を受け入れられなくて体がふわふわと浮いている。
父は今日、箸が持てなくなった。
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by NOONE-sei | 2007-11-27 01:00 | 新々々百夜話 父のお話(12)

62夜 冬はつとめて


枕草子で語る春夏秋冬は、それぞれが心憎く言い得ていて、小憎らしいほどだ。
春は夜明け、夏は夜、秋は夕暮れ、冬は早朝。
立冬が過ぎ、まだ里に初雪が降りてこない今は、一日のどの時間に趣きがあるんだろう。

『寒厨(かんくりや) 音が明けてゆく夜明け』
一時(いっとき)句作に精を出していた母がこんな句を作ったことがあって、
ほかの句は憶えていないがこれだけは印象深い。
まだ火の気のない朝の台所で、引き締まった空気がこれから緩んでゆくという情景が見え、
そして外から音の無い空気が入り込んで音に変わるのが、視覚に聴覚に伝わる。
句のとおり、母の朝は早い。

しばし退院して家で過ごすはずが、ほんの数日で父は再入院してしまった。
母もわたしも毎日の病院通いが始まっている。
今度は長丁場だから、母を送り届ける役に努めようと思っている。
だから、わたしのほうは父の顔を見たら病室にそう長くは居ない。

毎日の出勤時間も決めた。
母の言った時間がきりのいい時間ではないので不思議に思い、ある時、
鶴の恩返しのようにそっと茶の間の襖を開けてみた。
母は朝の勤めを終えると、コーヒーを飲みながら一息入れ、
時代劇を観ながら化粧をしていた。
そして観終えると、それまでの実用本位の、人前に出るにはあまりに普段着の、
なんだもない格好から、派手ではないが、どこか可愛げのある服装の姿に変わった。

父に、母とどのように過ごしているのか聞いてみた。
大部屋に長時間居るのは気詰まりだろうと思った。
患者のベッドはそれぞれ昼でもカーテンが引かれ、個々人は静かに思い思いに過ごす。
「オレはテレビが観られるように、頭のほうに足をかいちゃ(逆向き)にして寝てんだ。
あのひと(母)は、オレの足を横っちょに退(の)けて、ベッドで昼寝して帰んだ。」
・・ぷぷっ

枕草子で言う『つとめて』が早朝を意味するのは、
お坊さんの朝のおつとめからきているのだったか。
母の冬は『つとめて』、朝の勤めをし、努めて父の病室に通い、勉めて父のベッドで寝る。



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わたしにはまだ、『秋は夕暮れ』。
秋を撮ったお写真を整理し終えぬうちに立冬を過ぎてしまった。
しばらくお話を更新できないでいたが、せめて雪が降る前までに
少しずつお写真を載せてゆこう。
時季がずれている、と、笑わないで見ていてくれ。

ウェブログのスキンも暖かい色に変えよう。
もうじき、火のつくストーヴの上に鍋をかけるからね。
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by NOONE-sei | 2007-11-14 01:57 | 新々々百夜話 父のお話(12)

55夜 科学の子


父が入院するといつも思うのだが、
よくよく自分の体に起きていることを知りたい人で、
検査でカメラを入れられれば、もちろん痛みがあって苦しいはずなのだが、
ベッドに戻ると、見た画像やそれについて医者がどう説明したかを
まるで見てきたように話す。
つまり、カメラの先に自分が目になって見てきたように、である。
検査は通常はカーテンで見えなくしてあるのだが、父はそれを開けてまで見る。
それなら、と、医者もカメラの目になってよろこんで教えているようなのだ。

父は医者でも科学者でもない、ただの大工だけれど、
知りたい、さわって知りたい、見て知りたい。
科学の子は鉄腕アトムだけれど、科学的に知りたい父は、なに?

自分で自分の体を知るだけでなく、今度は人に教えたくなるものらしく、
病室に来た看護師に様子を尋ねられれば父はぺろんと腹を見せ、
しかもさわってみろと言う。
母はこれが嫌で、人にまでさわらせる気がしれないと言う。
臆病な母は、自分のをさわるのだって気味悪いのに、と。

実習に来ている見習いの看護師がさわりたそうにしているのを見て、
 「いいよ!さわってみな!」
嬉々として腹を出した時には、母は即座に
 「さわり賃、高いよ!」
・・これはちょと、「嫌」に、ちがう意味が混じっているかもしれない。
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by NOONE-sei | 2007-10-16 15:45 | 新々々百夜話 父のお話(12)