カテゴリ:新々百夜話 父のお話(8)( 8 )

29夜 にわとり鳥と鰐


山の小学校へ獣医のお供で出かけた。
お供と言っても、学校のウサギやニワトリをつかまえておいて、
子ども達が聴診器で心音を聴く間、じっとさせておくくらいのものなんだが。
28夜の子どもは嬉しくなってしまって跳ねていた。

今でも祭にはヒヨコを売っているんだろうか。
売っているのは必ずオスで、雌雄を見分ける技能の職業がある。
わたしが28夜の子ども達くらいの年頃、ヒヨコを買ってきたことがあった。
段ボールの中に電球を入れ、タオルをかぶせて寒くないようにして育てた。
そんなに大事に大きくしたって、白色レグホンはただのオスで、
成鳥になれば凶暴なだけで卵も産まない。

大工の父が大きな鳥小屋をこしらえ、どこからかチャボのメスを貰ってきた。
チャボは白色レグホンに輪をかけて凶暴で、飛べないくせに跳躍して人を蹴った。
成鳥のメスとオスの見分け方は簡単だ。鶏冠(トサカ)の大きさも体の大きさもちがう。
オスの特徴的なのはツメだ。ケヅメという、鋭く曲がったツメが脚の後ろに付いている。
跳躍しては、オスはこれで攻撃する。その攻撃の的に、わたしは幾度もなった。
可愛いと思った記憶がとんとない。名前くらいはあったかもしれないが。
最後は凶暴の極みになった頃、父のところにいた職人が貰い受けて絞めた。

学校の先生が、鳥の群れは子どもの情操教育に良くないんだとこぼしていた。
一羽を標的に、徹底的に群れで攻撃し抜く様をみせないよう、
その一羽は家に持ち帰って隔離するのだという。
けれど現実は、そんなふうに心をくだいて飼育する学校ばかりではない。

久しぶりにチャボをつかまえた。羽をくるむように手で抑える感触が懐かしかった。
学校では普段、飼育係以外は飼育動物に触る機会がない。
この日の鳥を触る子ども達の手は皆こわごわ、ウサギの首の皮もなかなかつかめない。
わに丸も小さい時は犬にも猫にも触れなかった。せめて犬にくらい触れなくてどうする、と犬を飼ったが、
動物が身近にいないまま大きくなる子ども達にとって、動物は皆、動くぬいぐるみだろうか。

明日は、シワ コ が山の小学校よりも小さな小学校にゆく。
では大きな、動くぬいぐるみに、子どもたちの前で吠えさせてみよう。


前回の山の小学校
・本日のお題は、回文になっています。上から読んでも下から読んでも山本山ね。
追って・・
 山本山は回文ではないそうです。下から読んだら、まやともまや、 ・・しくしく

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by NOONE-sei | 2007-06-26 02:27 | 新々百夜話 父のお話(8)

75夜 泣かせてフラガール


「一山一家」
時代は石炭から石油に変わるとき、次々と閉山を余儀なくされる炭鉱会社。
豊富過ぎて捨てている湯、その湯脈のせいで落盤事故や鉱脈の水没と背中あわせの採掘場。
その日その日を命懸けで働く荒くれ男たち。

「東北のハワイ」
斜陽を 捨てている湯で乗り切ろうとレジャー産業を興(おこ)す。
山から帰る煤(すす)けた男たちは、ボンネットバスに皆鼻を押し付けるようにして
酒をらっぱ飲みして車の荷台に載るダンス教師(松雪泰子)を”ハワイだ、ハワイだ”と呼んだ。

『求む、ハワイアンダンサー』
時代の波を掴めない労働者たち。炭鉱を閉じる現実を受け入れられない。
久しぶりに志賀勝を見たと思ったら巨女の親父役で、娘を売りに来たかのような、
やっぱり酷(ひど)い役が似合う。
ダンス教師をはるばる追って来る借金の取り立て屋を寺島進が演じていて、これは若ければ
スッポンのような志賀勝の役かと思ったら、志賀の親父はちゃんと死んで、山崎静代演じる
娘(熊野小百合という役名も酷くて嬉しい)のダンサーとしてのプロ意識の芽生えに
一役買うところがまた嬉しい。

「何がわがる!」
いつもアロハシャツで教師や踊り子志願の娘たちを世話する吉本(岸部一徳)。
飄々としているけれど一度だけ教師を叱責するシーン。聞きとれない観客がほとんどだっただろうが、
実はここに本音の単語が幾つもあり、常磐(いわき)弁そのもの。
この映画の出演者は、岸部のみならず怪演怪優揃いだった。

「バレエシューズ」
田舎を軽蔑し、素人すぎる娘たちに教える意欲を持てない教師と紀美子(蒼井優)が争った後、
ピンクのバレエシューズが稽古場に置いてあった。メーカーはチャコットじゃなくてシルビア。
稽古するほどに足に馴染む、ダンサー好みのシューズ。

「タヒチアンダンス」
ひとりの稽古場で教師が踊る。松雪泰子が美しい。同じダンスを後に紀美子が踊る。
涙なくしては観られないクライマックス、施設オープンこけら落としのダンス。そのときの
ソロダンスにもなる。踊りは皆、当時の振り付けをほぼ再現しているとか。


いい映画だと聞いていた「フラガール」をやっと観た。
女たちの成長物語と見てもいいし、町おこしと見てもいいし、無くなると知っていながら
炭鉱に運命を委ねる男の物語と見てもいい。幾層にも重なるドラマがあった。
舞台は父が少年期から青年までを過ごした浜であり、炭鉱の町。
そしてわたしが成人するまで本籍地だった場所。
映画の中で延々と続く炭鉱住宅は、当時を思い出させる。
父の兄弟は所帯を持って皆この住宅に住んでいた。

いわき市に住んだことはなく幼い頃に訪ねた記憶しかないが、わたしの戸籍は炭鉱住宅にあった。
映画の中では貧しく描かれていたけれど、紀美子が母(富司純子)に踊りを反対されて
縁側に正座しているシーン。現実の伯父の家にはその縁側の下に池があり錦鯉が泳いでいた。
伯父の家に泊まった朝、豆腐売りの声が珍しかったわたしは、
その声をよく聴こうと縁側に立ったら、池に落ちて大騒ぎ、笑う伯父たちは皆底抜けに明るかった。
伯父たちはどの伯父も非番には昼から酒を飲み、朝から刺身を食うこともあった。
浜から魚が揚がるから、肉より魚が身近だった。

板一枚の下は地獄。だからその日その日を楽しく暮らす。食いたければ朝だって刺身だ。
そんな暮らしをしていたが、末の弟の父には将来を安定させてやりたかった兄たちは、
父を大工の年季奉公に出した。それ以降、父は炭鉱住宅に住んでいない。
そしてそこで育たなかったわたしはボタ山を憶えていない。
戸籍だけがあった住宅も今はなく、跡地に石炭化石館というミュージアムが建っている。


父のこと
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by NOONE-sei | 2006-11-21 00:24 | 新々百夜話 父のお話(8)

時おりの休息  無口な猫


今から七年ほど前のこと。
一匹の黒猫が家の裏に来るようになった。長い時間いるわけではなかったが、
雨の夜なぞは雨宿りをして、朝になるといなくなっていた。
        * * *
その二年か三年ほど前のこと。
気が向けばやって来る茶猫がいて、母は飼い慣らすでもなく追い払うでもなく、あるがままにさせておいた。
茶猫は、どこかで飼われたことがある風だった。触る気なら触れたのかもしれない。

我が家には、野良には触らないという不文律がある。衛生的な理由ではない。
たとえ捨て猫でも子猫でも、触るということは飼うという覚悟を意味すると考えている。
触れば情が移る。情が移ったら名をつけて、呼びたくなる。
名を与えるということは、生き死にを引き受ける覚悟だ。

一戸建ての貸家群がある。
新婚で入居して、子供が小さいうちは懸命に働き金を貯め、皆、山の上の分譲地に家を建てて出てゆく。
その群の中央にある子供用の遊び場に、ある日子猫が捨てられた。
駐車している車の下で雨露をしのいでいる子猫を可愛いと抱っこしては、餌をしばらく与えた若い母親が、
明日は引越しだと、荷造りをしていた。子猫を連れていくんだろうと思って訊ねたら、驚いたように、
もちろん連れてゆかないに決まっているではないか、と答えた。
二度捨てられた子猫は、ほどなくどこかへいなくなった。
わたしはわに丸に、飼えないものをどんなに可愛いと思っても決して触ってはいけないと教えた。
        * * *
数ヶ月も、毎日のようにやってきては縁側で昼寝をしていった茶猫は、
あるときからすいと来なくなり、以来姿も見かけない。
気侭(きまま)で失せたのか、どこかで死んだのか、姿を見せずにさよならをいう野良は残酷だ。

だから黒猫には、いつ別れがきてもいいように、今度こそは心残りのないように、母は餌を与えた。
クロと名を与えたその猫は、朝だけどこからかやって来て餌を食うようになり、
ふいと、まだ子猫の雑巾のようなぶち猫を伴なって来た。よく見ると、孕(はら)んでいるようだった。
近くの家の敷地の奥から鳴き声がするので、子猫が子猫を産んだと知った。
父と母は、思い悩んだ末、餌を与えた猫の、妻も子も引き受けることにした。

野良の子は、三匹が三匹とも、小さくても野良だ。
人の姿に、ちびのくせに赤い口を開けて威嚇する。触れるものではないので、
父は木で仕掛けのあるケージを作り、母子を罠で捕まえて、医者で不妊手術をしてもらった。
        * * *
前世は動物使いではなかったかと思うほど、動物を手なづける才のある父に、クロは時おり
触らせるようになり、呼びかけると返事をした。三匹の子猫を懸命に育てる母猫にはブチと名づけた。
ブチ コ は無口で威嚇ばかりで、踏んづけられでもしなければ、うんともぎゃぁとも言わない猫だった。
初めての冬、雪に驚いたのかはしゃいだのか、子猫が二匹いなくなり、一匹は車に轢かれた。
残った一番器量の悪い臆病な猫は、アク コ という。

一日に一度だけ現われる気侭な亭主に、ブチ コ は惚れていたんだろうと思う。
王様なぞ、他所に妾宅があってこちらは本宅なのか実はその逆かと三匹が寄り添う朝の姿を見ては笑った。
そのクロも、昨年の初雪が降る頃からすいと来なくなった。家族は誰もクロの名を口にせず、
淡々と日々を過ごしている。


・これは昨年書いたおはなしの下書きに加筆修正したものです。今までなんとなく人前にだせずにおりました。
今朝、ブチ コ が帰っていました。
なんのためにどうしても外にゆくのか考え、生活領域の縄張りの見廻りをしにゆくことに思い至りました。
日課ですから、仕事ですから、どうしてもやらねばならなかったのでせう。だから今、それにつきあってきたところです。

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by NOONE-sei | 2006-08-13 01:32 | 新々百夜話 父のお話(8)

43夜 夏の鳥


風があって爽やかな暑さ。
今日は真夏日だけれど、過ごしやすい。
窓の薄手のカーテンが揺れている。

カッコーの声が聴こえたり、雀の声が聴こえたり。
春の雀は響きのある美しい声なのに、夏の雀はヂュンヂュンと鳴く。
鳥の鳴き声には美しい時期があるものらしく、そんなときには雀さえ美しく鳴き交わす。

わが家は毎年、ツバメが巣をかけるのを待っている。
どういうわけか一度も巣を作ったことがない。
電線やら家の外観の設計やらの加減が巣に向かないのか、
藁をくわえたツバメは見かけるのに、電線にとまりわが家を見つめるツバメも見かけるのに。

昨年は、やっとわが家にも、、、と思うほど同じ軒下に来ては休んでいた。
でもやっぱり巣はかけなくて、ほんとうにがっかりした。
玄関なので困ったとか、食べ物商売だから迷惑なので壊したとか、
他所(よそ)では罰当たりなはなしまで聞くのに。

ツバメは益鳥なのだとか。
そういうことを知らなくとも、農家でも学校でも公民館でも、
巣の真下が汚れても構わぬようフンを受ける皿を置いたり、大切にする様が伺える。
人の集う賑やかな場所を好むというが、わが家ではきっと役不足なんだろう。

父の大工仕事の木材を入れる木小屋(きごや)か納屋(なや)に、
なにやら動物の気配があったことがあり、父は「このクソダマリはハクビシンだ。」と喜んだ。
ハクビシンは、夜目に一度だけ見たことがある。
けして益をもたらす動物とも思えないのだが、
宿を借りに来る動物をむげにもできないから、と父は笑顔だった。

『宿を借りる』とはよく言ったもので、ずっと居つくわけではない。
動物たちは黙ってやってきて、黙って出てゆく。
その骸(むくろ)を見せるまで居ついた、というためしがない。

                  *  *  *

散歩で見た畑のお写真を。
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じゃがいもの花。店頭には新じゃがが出ているが、畑の地物はこれから。
根を掘り起こし、大きさごとに揃えると、親指ほどの小粒の小芋がざる一杯くらいになる。
それを油で揚げて、砂糖を入れた味噌をからめる素朴な畑の味。小芋とりは子供の仕事。

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これから大きくなる予定のピーマン。赤く色づくまで置いた方が味がいい。

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茄子の苗。土に藁を敷くのは、お百姓さんのいたわり。

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かぼちゃの苗。そろそろ黄色い花もあちこちの畑で見られる。ここにも土に藁が。
お百姓さんと日曜農家の違いはこのへんにあるのだろうな。
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by NOONE-sei | 2006-06-29 12:43 | 新々百夜話 父のお話(8)

29夜 浦島亀子


亀といえば、いつもは亀の子束子(たわし)が浮かぶのだが、今夜はちがう。
鶴は千年、亀は万年。・・万年って、「いつもいつも」という意味か。

ここ一週間ほどひどい風邪に悩まされ、外に出なかった。
思い返せば、病院をまるで脱走するように退院し、
母と桜を追ってあっちだこっちだとむちゃくちゃに動いたのが祟って、
父は退院直後に風邪をひき、病院で点滴をされた。

風邪は、誰かにうつすと治るとか。
父は母にうつし、母はその風邪を後生大事に抱えながらせっせと父と出掛けた。
あんまりふたりの鼻声が長引くので、言いたかないけど、、、と
外出を自粛するよう苦言を呈してみたのだが、彼らの行楽熱は引けない。
そうこうするうちに、わたしの喉(のど)が腫れてきた。
夫婦ふたり分の風邪を一手に引き受けたからたまらない。
喉の痛みから体の痛み、鼻水、咳とお決まりの循環の日数(ひかず)が長くかかった。

時間の長さとは主観的なものだったのか。
この一週間は、妙に長かった。そして妙に浮世から離れていた。
ふわふわと身だけが軽く気は沈み、わたしという門の内側と外側の時間の流れに違いがあった。

きのうは五月の爽やかさ。
山を見て驚いた。ずっと毎日見ていたはずの蒼い蒼い山が、みどりだった。
万年ぼんやりで気づかなかったとはいえ、いつのまに新緑になっていたんだろう?
折りしもきのうは安達太良の山開き。
今朝、父と母はさっさと身支度を整え、稲荷寿司を持って安達太良に行った。

山の変化に突然気づいたわたしは、稲荷の狐につままれた?
それとも、浦島太郎ならぬ、浦島亀子になって浮世に戻った?
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by NOONE-sei | 2006-05-22 18:51 | 新々百夜話 父のお話(8)

26夜 ゆく春くる夏


煩悩の憑き物を落とす鐘の音(ね)、ゆく年くる年。

五月。朝夕の肌寒さとひるべの薄暑さ。夏の初めの今をなんと名づけよう。
冬から春は、食が駆け足でやってきた。
日食や月食のおはなしじゃなくて、食卓のおはなし。

冬、雪の下の土は温かいから、室(むろ)を掘って葱や大根を埋めた。
白菜は凍みないよう、小屋の棚に積んでゴザをかぶせた。
白菜が尽きる頃、雪も融けて蕗のとうが顔を出す。
四月の春祭りにはつくしも顔を出す。むかし、土筆を「つくし」と読めなかった。

山からの吾妻おろしは冷たいから、帽子と手袋は欠かせない。
田んぼのあぜで、蓬(よもぎ)の若芽、空き地で浅葱(あさつき)、小川で芹。
農家の屋敷周りにはウコギの垣根があり、新芽のころはまだ棘が痛くない。
野の収穫に、早春の散歩はいそがしかった。

父はこの季節になると、どこかの沢から葉わさびやクレソンを摘んでくる。
時には蕨やトリノアシもおまけについてくる。
本当は山で、たらの芽やコシアブラなどなど、本格的に山菜採りをしたかったはずだが、
病み上がりだからと待ったをかけられて、今年はすこし不満な春だった。

けれど山の味覚は身近なところにもあって、じつは十分楽しめる。
柿や桑の新芽の天婦羅は美味いし、春の新芽はほとんどの植物が食せると聞いた。
初夏の候、まだ楽しめる味わいはあちこちにある。

皆ちいさいときには苦手なのに、おおきくなると恋しいという山菜。
体の毒を落とす薬と教えられたけれど、山菜の苦味も増すとえぐみになり、きどくなる。
本当は山菜のほうこそ毒ではないかと疑った。
きどい、とは方言か?

「きどい、きどい」と言いながら食べるうちに覚えた山の味。
いつか毒は、落ちるのではなく回るのではないかとこわかったはずだのに。


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冬の気温の低い時に、水をくぐらせて大根を干す。
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夜に凍り、日に干されて出来上がる凍み大根。乾物だから、戻して煮物などにする。

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キムチを作った。アミの塩辛のかわりに桜えびを入れる。全部混ぜて白菜漬けに挟み込むだけ。

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つくしの佃煮を作ろうと摘んだら、入れ物がなかったから手袋(ミトン)に入れて帰った。


おまけ 
 ミトン ロシアのアニメーションの紹介
 ミトン 音楽がかわいい。
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by NOONE-sei | 2006-05-12 02:54 | 新々百夜話 父のお話(8)

22夜 ちょろ。


父、じいじはまたの名をちょろという。
王様とわたしは密かにそう呼ぶ時があって、それはそれ以外に表わしようがない時だ。

犬を連れて一緒に散歩すると、庭から道に垂れ下がったよその家のイチジクをぱっと取って、
美味そうにほおばりながら歩いても平気だ。一緒に歩くわたしのほうがひやひやする。

わに丸がまだ小学生で、ソフトボールの地区大会があった時には、
いつのまにかどこからかやって来て、にこにことわに丸に駆け寄ったかと思えば、
試合中に、後輩と思しき審判に先輩審判が、休憩で寝そべりながら駄目だしをするのを見、
「何だその態度は。寝ながらちゃちゃをいれるな。子供達は、一生懸命やっているんだぞ!」
たたっと寄ってゆき食ってかかる。
審判は起き上がり、じいじと向き合うが、互いに手は出せないので腹で押し合うかの喧嘩。
どちらも手は腰の後ろ。大人の喧嘩は面白い。いい歳したおっさんとじいじが、本気になって。

父は、本気で怒るとその顔が紅潮せず次第に青くなりながら怒鳴る。
わたしも似た所があり、怒りを感じると青くなって声が低く小さくなる。

ここ数日の父は経過が良く、カテーテルも点滴もはずしたので優等生でいられなくなった。
退屈で退屈で歩き回っていたらしい。
母はといえば、父の所に顔を出す前に、わたしに行き先を告げる。
「△△寺のしだれ桜が今満開だから。江戸彼岸といって綺麗だから。ちょっと寄ってって。」
たしかに車は便利だし、母の言った場所は近くなのだけれど。

父と母は桜が好きだ。
退院してからでも、これから咲く桜はまだまだあるからと、猪苗代湖の近くがどうだとか、
そこには昔、軽便と呼ばれるトロッコ列車が走っていただとか、
桜にまつわる話は尽きない。仲良きことは美しき哉。

今日、どこぞの桜を観に行ったふたり。
「ついでに足をのばして三春の滝桜にも行ったけど、もう散ってたなぁ。」と父。
・・帰って来たのだ、昨日。それもバスで突然。

「退院していいと言われたから、帰ってきた。金。これから車で病院に金払ってくる。」
昨日の朝、帰って来ての第一声はこれだった。わたしはひっくり返った。
・・ちょろ。これ以外に、言いようがあるか?

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          母を連れて行った寺の桜。桜は不気味だ。凄みがある。
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           寺の庭の花とつぼみ。

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          近くの茶店の囲炉裏。
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          茶店の天井。
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by NOONE-sei | 2006-04-30 03:16 | 新々百夜話 父のお話(8)

19夜 天の配剤


じいじが入院するとわに丸はおとなになる。
そのときだけでまた逆戻り、とはいえグラフは山型にゆきつ戻りつしながらわずかずつ上るんだろう。

たびたび排尿に苦しみ、早朝の病院に駆け込むことがあったじいじが、手術をした。
「この量、横綱だったね。」と、ちょびひげの医者が切除した組織の入った瓶を机に置いた。
母、西太后とわたしとで術後に説明を受けたのだが、
腫瘍肥大のメカニズムを慣れた口調で話すちょびひげは、習慣のように瓶を振ってみせた。

わに丸の何様ぶりがいよいよ最高潮になる頃、じいじが入院する。
一昨年の大病のときもそうだった。
今回は、アルバイトで人に揉まれてわに丸なりによく耐えており、少し経験値を上げ始めてもいた。
前回のような動揺は見せず、からりと明るく受け止めたのが救いだ。

手術室に向かうときに、じいじは必ず冗談を言う。
前回は、イカが好物のじいじは「イカ刺し」になって帰ると言った。
今回は何を言うかと期待していたら、ストレッチャーに載せられて「まぐろの切り身」と言った。
この明るさが、なにより救いだ。

今日も歯が痛かった。
じいじの前回の手術には、前日に歯医者で牙を研ぎ、今回は、牙を抜かれた。
わに丸の鎮まりが天の配剤なら、わたしの抜歯も偶然ではない?

明日はパブリックな集いの場でパブリックなセイになる。
18夜のように、血も涙もない、と逆説的な自虐を言ってはいられない。役割でも正義は正義。
・・じいじの名も正義。

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         庭のカタクリ

百夜話 24夜 願い
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by NOONE-sei | 2006-04-19 02:32 | 新々百夜話 父のお話(8)