カテゴリ:百夜話 父のお話(19)( 19 )

94夜 エイプリルフールは貴女もか


今日は呼び鈴がよく鳴った。

母、西太后が届いた荷物を持って、電話がきていて受け取れなかったわたしの窓をこつこつ叩く。
「どこから、これなに。」
電話中のわたしが気になるのだ。わたしは受話器を耳に当てたまま、窓のカギを開け、
軽く頭を下げて荷物を受け取り、唇に指を当てる。受話器の向こうに声が届いてしまわぬように。
 母はわたしが気になる。封書は開けないが差出人を見、葉書を読む。
なにか失せ物をするとわたしに知らないかと聞く。貴金属だったりすると困るけれど、
もう慣れて久しい。なにしろわが家は『熱情の館』、彼女はその女主人(あるじ)、西太后だもの。

一人暮らしにあこがれたわけではないが、わたしは母から逃れるために学生時代を東京で過ごし、
留年というおまけつきの放蕩をして地元に一旦戻り、馴染めずにまた家出をした。
 しかし今では毎日起こるドラマを不思議なユーモアで眺める術(すべ)を身に付けて、
味わいの濃い地物の野菜と季節の食材に囲まれ、田園生活をのんびり暮らしている。
テレビはほとんど見ず、ラジオがかたわらにいつもある。
 ずいぶん前から、もう東京じゃなくてもいいな、とも思っている。
東京弁は苦手。もともとは関東の人だから王様の家族は皆きついイントネーションなのに、
王様はひとりきれいな標準語を話した。このごろは磨きがかかって方言まで仕込みつつある。
近頃は聞かなくなったが王様の台詞、今でも、わたしが死んだら東京に帰るつもりだろうか。
その王様にむかしむかし母は、娘を置いて東京に帰れ、と言ったことがある。
きっと母は忘れているしそれでいい。

なにかまた、別の荷物を持って母が家の奥へ。
しばらくして知ったのだが訪問販売で買ったとか。信州の味噌樽。
いつもひっくりかえるような出来事は父が起こすのだが、このときばかりは父がひっくり返って言った。

「一万二千円もする味噌をどうするんだっ。スーパーじゃせいぜい二~三千円だっ!」
母はさささっと笑顔でいなくなった。
その宝石のような味噌樽を前に、鬼の首をとったように言う父も心なしかうれしそうな、、、。

今日はエイプリルフール、西太后を騙すとは訪問販売のおっさんも勇気がある。
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by NOONE-sei | 2005-04-01 21:08 | 百夜話 父のお話(19)

86夜 蛇も目覚める頃


今日は春分の日。
もしかしたら、蛇も目を覚ましているかもしれない。

こわいこわいと東京案内を書いたら、蛇を飼っている漢方薬屋の話を聞いた。
これもありそうで怖い。
小さい頃、父がきのこ狩りに行くと、きのこに蝮(まむし)も付いてくるのが怖かった。

春なのに秋のおはなし。

父はきのこ狩りに行く時には手拭いを一本、首に下げてゆく。
汗拭きにはもちろんだし、怪我したときにももちろんなのだが、蝮に出くわした時に、
生け捕りにするために必要なのだ。
 蝮は香りの良いきのこを好む。
食するわけではなく、芳香を放つきのこの根元にうっとりととぐろを巻いている。うたたねするように。
ほかの蛇なら臆病だからすっといなくなるのだが、蝮は毒を持っているからかかってくる。
高く人めがけて一直線に飛び上がる蝮の、牙のある口に手拭いを首から取って噛ませる。
一度噛んで毒を使ってしまうと、次の毒はすぐには使えない。
だからわざと手拭いを噛ませてから掴むのだ。

歯のあるものの口は赤い。
蝮だけではない。川面をすれすれに飛ぶ虫を狙う岩魚の口も、威嚇するときの猫の口も赤い。
口を開けたその中に、真っ赤な色が見えるのは怖い。

採ってきたきのこを置くと、父はだらんとした蝮を「ほれ」と見せ、当たり前のように首を掴んで皮を剥(む)く。
わたしは足がすくんで動けない。
剥くところは覚えているのだが、そのあとどうしたのかは覚えていない。

ずいぶん大きくなってから、父に訊ねたことがあった。

 「あれ、焼酎に入れたの?」

 「いや。おまえに食わせたんだぞ。」

 「う、うそっ!覚えがないっ!」

 「焼いてほぐして、元気な体になるように、飯と餌に少しずつ混ぜて、おまえと年とった犬に食わせた。」

蝮飯と蝮餌、、、。
わたしとあの十八年生きた婆犬は、乳兄弟ならぬ、まむしの兄弟だったのか、、、。
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by NOONE-sei | 2005-03-21 01:23 | 百夜話 父のお話(19)

78夜 きょうのふたり


春の雪だ。

父は大雪の中、脚立にのぼっている。
犬はときどき雪の上にちんまりと坐り、父を見上げるようなそぶりを見せる。

「カドマツ」に積もった雪に、父はホースを脚立の上まで引いて水を掛けている。
大輪の白い雪の花を溶かしているのだ。
わたしが度々(たびたび)の雪払いで、松の枝をいくつも折ったことは
内緒にしていても先刻承知、
自ら出張るところが父らしい。


母は眼医者に異常なしと太鼓判を押されて上機嫌。
犬の目が悪くなってから、母は犬に優しい。
もともと犬の扱いの上手いひとだからと感心していたら、
さっさと自分の目の検査に行ってしまうところがなんともかんとも母らしい。

父と母、毎日が大騒動のわが家は、
春の雪のようにすこぶる平穏だ。
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by NOONE-sei | 2005-03-04 18:17 | 百夜話 父のお話(19)

77夜 ラッキースリーセブン


父がこよなく愛するパチンコ。

ずっと巧妙な手口が報道され続けている詐欺の新たな被害が、パチンコ愛好家(?)にもおよんだとか。
サクラになれば儲かるという話に騙されたのだそうだ、と父に告げると、
サクラは昔からあるのだという。

父が浜で弟子入り修行をしていた頃、男達は皆、娯楽に賭け事をした。
飲み屋の二階に賭場はあって、人寄せのサクラは大抵ヤクザだった。
素人の客がおかしな色気を出しさえしなければ、ちゃんと楽しませてもらえる。
それは不文律で誰でも知っていることだった。
 隣のヤクザに花札を仕込まれた父が、腕試しと肝試しに、賭場に連れて行かれた事は容易に察しがつく。
陸(おか)の賭場はあちこちにあった。港では船乗りが船の中で博打をし、飯場では職人が博打をした。

少年期から青年期にかけての年頃、弟子仲間の若衆の賭け事は部屋で日常茶飯だった。
札はトランプか花札を使った。
主においちょかぶなのだが、トランプのおいちょかぶは絵札が単純で易しい。
一方、花札では覚えることがたくさんある。花の名、それらを組み合わせた札にも呼び名がある。
 
父から花札を教わらなかったわたしは、花合わせもこいこいも出来ない。
サイコロの目の数え方もわからない。

今日、いいことがあった。
お年玉付き年賀はがきでふるさと小包便が当たった。王様とわたしの暮らしが始まって以来のことで、
それだけでも目出度いのに、桃の節句の今日、その小包が届いた。
 中身は肉。
選んだのは王様とわに丸だが、届いたのはお雛様の日だから、これはきっと
お雛様、つまりわたしへのご褒美にちがいない。犬もお雛様だから、ひとくち分けてやろう。

ところで今日は三月三日。花札の三月は、桜だ。
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by NOONE-sei | 2005-03-03 13:45 | 百夜話 父のお話(19)

76夜 あっぱれ西太后


生活のかたわらには、ごはんを食べるのとおなじようにユーモアがある。

脚立にのぼりたがる、お騒がせな花咲か爺の父と、母、西太后。
父に、犬の通り道で足場の悪いところを整えたいと言ったら、「よし、溝をふさげばいいんだな。」
と運んで来たのは大きなコンパネ板。どさっとくぐり戸の前に敷いて「よし。これでいい。」
いいわけがない。明らかに美観を損なっている。
 「アタシはつまずいて困ってたのに、今度は雪でも降ったら滑るようになる!第一見た目が悪い!」
気づいた母が即座に家の中からダメ出し。・・・やっぱり。
 わたしもその機に乗じて「犬が転ぶし。」

「俺の好きなようにやらせろ!」と行ってしまうのを引き留め、これはあれはと提案してみる。
提案というと聞こえはいいが、つまり短腹(たんぱら)父子、ふたつの大声。
退院後の回復で、大声が出せるまでになったとはめでたい。
 蓋をちょいちょいっと作って、父は馴染みのパチンコ屋へふいっと出かけてしまった。

もともと、大工でなかったら料理人になりたかった父は食いごしらえを自分でやる。
父の食事からの体調管理の責を免れた母には、精神的な負担が無い。
 父が出かけた後に、溝を巧くふさいでいる蓋を見て、母は満足して言う。

「おとうさんとは、何か家のことで事を起こす前にはいつも大喧嘩って決まってる。
なんだってでかいことが好きで、やりたいようにやりたいから、こまごま聞きながらは嫌。
手をかけなくちゃあばら家になるって言っても嫌。
そのくせあんなのが急に。 
(突如、巨大なベランダが二階の屋根に出現して、皆ひっくりかえったことがある)

まあ、何かやってもらいたいとおもったら、一回は怒らせなきゃなんないことになってる。
大怒りさせてしまえば、あとはこっちの思ってるとおりになるから。

さっきの犬の散歩、見た?
犬に合わせようって考えはないね、やっぱり。」

不憫に思って父が犬を気分転換に連れ出してくれたのだが、
爺と犬どちらも耳が遠くて、この弥次さん喜多さんは車の通る気配に気づかない。
しかもわざわざ水の流れを見ながら側溝に沿って歩く。落っこちるのも時間の問題だろう。

夕方、犬を連れて散歩に出た母、みごとな脚側歩行。
ゴッドマザー西太后、犬にも人間(父)にも天晴れ(あっぱれ)でございます。
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by NOONE-sei | 2005-03-01 14:11 | 百夜話 父のお話(19)

71夜 花咲か爺


梅も桃も桜もまだ遠い。
この地は四月半ばに桃源郷になる。
順々にではなく、花という花が一斉に咲く。

梅桃桜を春の象徴のように三つの春というのだが、
連翹(れんぎょう)の黄がアクセントになってこれも美しい。
そのあとの林檎や梨の白も美しく、特に林檎の果樹畑の道を通るときには、
わたしはそっとその道を林檎街道と名づけて楽しんでいた。
小道の両側に並ぶ林檎の木の枝ぶりには、強い美しさがある。

春の梅も桜もいいけれど、桃の花がいい。
桃の果樹農家が土地を空きにしないためなのか、桃源郷にはところどころ、濃い桃色が見える。
ピンクではなくクリムゾンレーキを薄めたような色。
薄紅の、桃の節句に飾る桃の花ではなく、いけばなに使われることが多いとか。
果実のためでなく花のために栽培される花。
遠くから見るその花の群は、空気まで甘い。


退院した父が日々元気を取り戻している。
頂いたお見舞いのお返しに客間に積んであった快気祝いの包みは、ひとつ残らず今日で届け終えた。
赤飯をいっしょにつけて届けるという予定だったが、それぞれの先様(さきさま)の都合を考え、
赤飯より多少は日持ちする紅白の饅頭をつけた。
 余談だが、お見舞いと一緒にバナナを一箱つけてくれた人は左官職人。200本あまりのバナナだ。
父もそうだが、職人の考えることは皆、常識を越えているかもしれない。

せいせいしたのだろうか。
それとも天気が良かったからだろうか。
父はまた脚立にのぼった。 (また、、、だ。)
今度は父自慢の松、「カドマツ」ではない。

脚立にのぼるという父をこれまで何度も止めて、
退院してからも数度にわたって、松にかぶった雪をわたしは払った。
小枝を数本折ったことは、口が裂けても言えない。
「カドマツ」め。
これが人で父の弟子か舎弟なら、とっくにわたしはイビリ出しているにちがいない。

朝夕の寒暖の差で、屋根に積もった雪が昼間にゆるみ、夜は氷の塊になって滑り落ちる。
父の建てた数奇屋造りのこの家は、玄関の戸の手前にもうひとつくぐり戸があり、
細かい細工の建具で、屋根は銅で葺いてある。
くぐり戸と玄関の間をつないでいた雨除けの簡便なプラスチックの屋根板に氷の塊で穴があいた。
わたしは脚立にのぼるのを止められず、父は今日その補修をしたのだった。

角材やら必要な道具を持って自慢の屋根にのぼり、ものの15分。
腕は落ちないが屋根から落ちたら困るところ。何事もなかったから良かったようなものの。

まだ、花にはすこし遠い春。
それまでに、父はあと何回脚立にのぼるんだろう、花咲か爺のように。
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by NOONE-sei | 2005-02-22 23:22 | 百夜話 父のお話(19)

54夜 百足競走


じいじが退院した。

「ほぉれ。」
さっそくわに丸に、服をたくし上げて手術の痕(あと)を見せる。
数週間前の抜糸のときに同じ洗礼を受けさせられたわたしは、
「またやってる!」そうたしなめるが、やっぱりわたしにもまたやる。
 わに丸も負けじと、爺と孫の疵(きず)自慢大会になるかと思ったら、
そうはならなかった。

先日の一時帰宅中に、雪が降った。
朝、なにやら外でごとごと音がすると思っていたら、
じいじが松の枝の支えをし直し終えたところだった。
歳が明けてから降る雪は重たい。水分をたっぷり含んでいる。
枝が雪をかぶり折れてしまう前にと、脚立を使い、下から支えをしたのだった。
わたしが昨年末にやっておいたはずだったが、どうしても気に入らなかったらしい。
じいじ自慢の松だ。名はやっぱり「カドマツ」か。さながら三下か舎弟のような名だ。
                                  (~「32夜 烏賊と蛸」より~)
実のところ、
筋肉の萎えた足で平気で脚立にのぼってしまうじいじに、家族は皆青くなってしまう。

じいじの若い頃の話を聞いても写真を見ても、コワイと言っていたわに丸だが、
近頃、ちょっと様子がちがっている。
一時帰宅の夜には、じいじの体を洗ってやり、あとからそっとわたしに
「じいちゃん、もう病院に返したくないなあ、あんなに垢がたまっちゃって、、、。
からだ、もう骨みたいだったよ。
あんなにされるところに、もう返したくないなあ、、。」
強い強い、野性味のあるじいじだったはずなのに、老人になって帰ってきた。
、、、それは病院のせいではない。
しかし何かのせいにしなければ、やりどころがない。
わに丸は切ないんだろう。

手術の痕をムカデという。
疵自慢は百足競走だ。

どうだ、すごいだろうと得意げなじいじに、
肯(うなず)いて花を持たせたわに丸の胸の疵は、もう、うっすらと白い百足だ。
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by NOONE-sei | 2005-01-25 23:15 | 百夜話 父のお話(19)

51夜 いまひとたびの蜜月


母、西太后の奇跡か強運か?
父が一時帰宅の許可をもらい、わずかの期間を家で過ごせる。
なにが奇跡か強運か。
それはいっときとはいえ、手術してやっとやっと帰れたのが彼らの結婚記念日だということ。
金婚式だ。

記念になるなにかを母は期待している口ぶりだった。
しかし経過が良好でいずれ退院しても、食事に制限のある父に、旅行や食事会を
プレゼントするわけにもいかない。
王様は新聞社が主催する、金婚式のカップルが集まるセレモニーの今年の日程を調べた。

今朝、父を病院に迎えに行った。
病院は暖房が効いているが、外は寒い。風もある。
すっかり筋肉の萎えた足には歩くのがつらそうだった。

午後、父にすきやきを食べさせたいという母のために、車に母を乗せて買い物へ。
そして帰路、しらたきを買い忘れたという母のために、店をさがす。
ちょうど休みの店や、扱っていない店しかなく、母はもう今日はすきやきはやめにするという。
車はもう、家の近くまで来てしまった。
もう一軒だけ寄ってみよう、と母をうながした。

大型店舗に車で行く暮らしになって久しい。
家から歩ける距離のその店に行くのは、何年ぶりだろう。
母の買い物をわたしは車の中で待った。
 ふいに、小さいころの記憶が蘇った。

父が数奇屋造りの家を建てていたとき。
今住んでいるこの家だ。
父の現場に母と来た。
 石鹸を買ってくるよう、おつかいを言いつけられた。なにか洗うものがあったんだろう。
わたしは小銭を持たされて、はじめてその店にてくてくと歩いた。
買ってきたのは紙の箱にはいった白い石鹸。
でも必要だったのは洗濯用の固形石鹸だったらしい。もう一度取り替えて貰うためにその店へ。
一度目は、はじめての店におつかいだから神妙に行ったが、二度目は道草を食いながら。
あっ、と思ってももうおそい。石鹸を田んぼの水路にぼちゃんと落っことしてしまった。
 半べそをかいて、水に濡れた石鹸の箱をつかんで現場に帰ると、両親にひどく叱られた。
「いやいやながら行ったからだ!」
どちらかがかばうということがあったなら、胸がチクチクする記憶にはならなかったのかもしれないが。

 あれ?
なんでこんなこと思い出したんだろ、、、。
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by NOONE-sei | 2005-01-20 22:44 | 百夜話 父のお話(19)

41夜 今日の蜜月


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この青年に会いに、今日はじめて母はバスを乗り継いでゆきました。
はい、ごちそうさま。

(ブログを読んだかたから、父の若造の頃の写真をリクエストされたので、
ご要望にお答えしてみました)
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by NOONE-sei | 2005-01-07 01:00 | 百夜話 父のお話(19)

40夜 蜜月


最近、父が夜中に吐いてよく眠れないという。
毎日顔を見にゆきたいが、雪道のゆるみ具合と相談しながら行くしかない。
今日は気温が上がらず、病院には結局行けなかった。

 わたしは母をひそかに西太后と呼んで、母娘の情愛が時に寄り添えないことへの
穴埋めをしているのだが、最近の母は、父の入院当初に比べて情緒に落ち着きがでて
きたように思う。父がわずかずつ快方に向かっているので、毎日、会うか声が聞きたく
なってきたようなのだ。
 病室は大部屋になったので、そう幾人もで長居するわけにはいかない。
わたしは母を病院に送り、また迎えにゆくという日々だ。

 父と母は恋愛結婚だ。当時はお見合いが普通で、仲人を介さないで結婚するのは、
非常にめずらしいことだった。しかも、金のワラジを履いてでも探すのがひとつ年上の
女房だそうだが、母はそれより、もうひとつ上だった。

 父が大工の弟子入り修行を終え、浜で一丁前の仕事ができるようになった頃、
親方に人の手配を頼む報がはいった。山あいの温泉街が火災で、旅館が何軒も
燃えたので、職人の手を方々から集めている。父にも行ってほしいという話だった。
 親方は腕が良かった。関西の数寄屋造りが得意で、弟子たちも料亭や割烹のような、
細かい細工の建具がよく似合う建物を建てるのを好んだ。

 父は温泉街に数ヶ月滞在し、遠くから集まったたくさんの職人たちと、毎日旅館を
建てた。ちいさな温泉街だったから、町は総出で職人に炊き出しをした。
その手伝いのひとりが母だった。

母は面食いだ。ちょっと遊び人風の父に一目惚れだった。
ふたりは所帯を持つ約束をした。
 温泉街に旅館が再び建ち並んだころ、父は浜に帰ることになる。
親兄弟や親方に話してからちゃんと迎えに来るという父に、母は、
浜に帰ったきり戻って来ないような気がしてならなかった。
それに加えて母は、住み慣れた町を離れたくない。
嫁にはなりたい、でも嫁に行くのは嫌だった。

所帯を持ってから帰れと引き留めたのは母。
ここいらは梁の太い民家造りばっかりで、数奇屋造りをちっともわかっちゃいない、
と文句を言いながら、結局いまだに住み着いて、数奇屋造りの自宅を建てた
のは父。

本日のBGMは、「Lovin' You」
歌は、ミニー・リパートンでもジャネット・ケイでもなく、シャニースで、どーぞ。
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by NOONE-sei | 2005-01-05 23:57 | 百夜話 父のお話(19)