カテゴリ:さくやこのはな( 6 )

68夜 さくやこのはな 六  会いたい


ずいぶん時間が経ったな。
一年くらい?
いや、ほんとうはまだ二ヶ月にもなっていないらしい。


シワ コ に会いたくなったよ。



セイは元気で浦島亀子をやっていた。
現世では日々を忙しく過ごしながら、脳みそは浮世から離れてぼーっとしていた。
ときどきシワ コ のことを思い出すけれどもどう思い出していいかわからないので、
わからないままにしておいた。
霞がかかったような脳みその中身は悲しみだったのかもしれないけれども、
シワ コ と別れた時に泣いたきり。
我慢していたわけでもなく自分をほったらかしておいたら春になっちゃった。
後悔という傷がないから放っておけたのだと思う。

三月の末には雪が降った。
四月になってほんの数日前から桜がちらちら咲き始めた。
まだ本物の菜の花は咲いていないから、今夜は久しぶりにお写真で菜の花の中のシワ コ に会おう。

さくやこのはな 春の犬
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by noone-sei | 2013-04-09 03:31 | さくやこのはな

66夜 さくやこのはな 五  もうひとつの生きた心地


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犬が眠りながら脚を動かすのは、こんな夢を見ているからだと思いたい。
このお写真は七年前の今頃のシワ コ 。



雪が降って、路面が凍り、吾妻おろしが吹き下り、時には地吹雪。
気温の変動で昔の古傷が痛んだり頭痛がしたり、体調が良くない時季。
雪道を車で走るとそこここで葬式を見るのは例年のこと。
二月から三月の峠を越えるのは大変なことで、生きることと自然界は直結している。

脳の異常から蘇ったシワ コ は65夜のその後の二週間を順調に回復していった。
が、今週になって、門の前を通った犬に尻尾を高く吠え掛かり、その直後に四肢を投げ出して横転した。
すぐに助け起こしたが茫然自失の様子を見て、わたしは自分で自分に驚いたのだろうと思った。
ところが、翌日も虚脱があり、その翌日もだった。
今になるとそれは虚血による失神だったとわかる。

医者には血圧の変動は命に関わるから覚悟するようにと言われた。
検査は心臓と血液の両面から調べた。
心臓はペースメーカーの役割をきちんと果たしており、問題は血液だとわかった。
骨髄で血液の元は造られているのだが、赤血球と血小板の数値が極端に低い。
増血剤をワンクール投与し、それでも思わしくなかったら輸血をすることになった。

数値から、食欲は出ないし立ち上がることも困難だと医者は言うが、
今日の午前中は立ち上がって餌を食ってから虚脱した。
しかし夕方には立って餌を食いながら虚脱、明日がどうなのかは明日になってみないとわからない。
もう、飼い主の手の届くところではないのだという。

獣たちにユーモアをもらいながらシワ コ とごくごく普通に過ごしたい。
シワ コ は床(とこ)からわたしを目でずっと追う。
いつもどおり、わたしの動きに応じられる準備をしている。
赤身の肉を食う。大根の切れ端を食う。床から半身は起こせる。

医者の言葉、「シワ コ は倒れるたびに、死の淵に行って帰って来ています。
これは飼い主のせいじゃない。あとはシワ コ の気持ち次第なんです。」
シワ コ の気持ち?
犬の気持ち?
医者らしからぬ珍しいことを言う、と、不思議な気持ちで聞いていたら、
「生きた心地」という言葉を教えてくれたのもこの医者、それも二月のことだった。



追って:シワ コ はさきほど息を引き取りました。
     ペロ コ から緊急に血液を貰い、輸血しながら餌も食い、意識もぎりぎりまでありました。
     もう少し看護する時間をくれてもよかったんじゃないか?と言ってやりたいくらいでした。
     十四歳十ヶ月を全うしたシワ コ には、あと数分待ってくれれば会えたのにとも言ってやりたいです。
     ご挨拶はまた改めて次の夜に。




【その後(五)の百夜話】 1夜 生きた心地 2009-02-21

三頭の さくやこのはな
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by NOONE-sei | 2013-02-24 01:31 | さくやこのはな

65夜 さくやこのはな 四  這えば立て


なんだかおはなしを書くのが怖くなってしまう。
ちかごろ、「そこにいて」とお題をつければ「ほんとうにそこにいて」のおはなしを書くことになったり、
現実世界におはなしが引っ張られてゆく。
今夜のおはなしもそうだ。「あたまにくる」と怪我のはなしを書いたら、
今度は「ほんとうにあたまにきた」おはなしに繋がってしまった。
だから、お題を替えよう、「這えば立て」。
我が家の犬のはなしだから、犬嫌いは読まないほうがいい。



シワ コ が倒れて十日余りになる。
朝、玄関の段差を踏み外したので、足をくじいたと思った。
そのまま夕方になっても腰が抜けて立てなかったので医者に連れて行ったら、
「もう、お気づきですよね?」と、医者はわたしに答えを促す。
顔つきから体から、犬のバランスはめちゃくちゃだった。
「いやだなぁ・・・・ 認めたくないんです。」

認めたくないと言ったって、左半身は麻痺し、険しい顔のまぶたも閉じないし出目金になっている。
脳に異常があるとしか思えないじゃないか。
でも、七年前に大学病院の医者は「脳梗塞は再発しない」と言ったはずだ。じゃあこれは何なんだ。
ぐるぐると血液がわたしの頭の中で逆流していた。
その時、犬の脳内は、耳の奥深い所で神経症状が起こっていて三半規管と平衡感覚がおかしくなっていた。
めまいと吐き気で物も食えない様子に、わたしはこのまま犬が寝付くのを覚悟した。
脳圧を下げる薬がどこまで効くかは未知数で、その晩は王様が留守、
母の世話と犬に添い寝で、長い夜はわたしも犬もぐるぐるだった。

翌朝、人の手を借りようと思った。
母の手も借り、近くの友人に生肉を届けてもらい、遠くの友人に寝付いた時の対処法を聞いた。
犬を失くしたその友人たちには大変申し訳なかったんだが、率直に、助けて欲しいと伝えた。
以前の十五まで生きた親犬と十八まで生きたその親犬の子は老衰で静かだった。
しかしシワ コ はそのどれとも違う。
動けないのに人に頼らない所は同じだけれども、気力がある。
「それはセイさんのためなんだよ。」と友人の言う言葉に、
「シワ コ はわたしの犬なんだ。」とぽろぽろ泣いた。

しかし泣いてばかりはいられない。
外は毎日大雪、雪かきをし、凍結した路面をツルハシで砕いていつでも車を出せるようにした。
晴れた日は雪が明るい。ストーヴのやかんには湯気がしゅんしゅんと立ち、犬は吐きながら肉を食った。
薬には治す力はない。原因がわからないから、現在のめまいや吐き気を抑え、脳圧を調整しながら、
犬の野生が状態に体をどこまで馴染ませられるかを待つだけだ。
わたしの犬は精神が自立していて、おかしな言い方だけれども、大人だ。
自分の回復力を精一杯に使おうと日々を過ごす。

数日後、自力で起き上がろうとした。
これはこれで危ない。よろけて転ぶと怪我をする。目が離せない。
這えば立て、立てば歩めというけれども、転ばぬ先の杖だって必要になる。
杖の代わりをしているうちに、犬は本当に立って、外の物干し竿からちょうどいい長さにして吊ったら
吊られたまま歩くようになった。
生き物には日光の明るさと口から摂る栄養だ。薬で吐き気は抑えられている。

歩いた、良かった、それじゃ済まない。
転ばずに歩けるまでに機能を持ち直せるか、薬をいつまで投与し続けるのか、まだ課題はいくつかある。
一番の課題は、シワ コ の場合、器質的にこの前庭疾患を再発する可能性を持っているということ。
「そういう器質を持っていることは不運と言えるかもしれないけれども、
生命力とリカバリー力を持っていることはシワ コ の運です。」そう医者は言った。




こんな音楽に助けられながら日々を過ごした。
ローラ・パウジーニ
リサ・ローブ



□今夜の さくやこのはな は、昨年のちょうど今頃のお写真。
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雪の原でそりすべり。


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尻を叩かれて焦るのはヒトばかり。犬は喜ぶ。


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三頭とも雪の原で遊んだ夜はしんしんと寝る。
しんしんと言ったら雪なのだろうけれど、雪で遊んだ夜はそう言いたいくらい。



□つい先日、発病する前の雪の日
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雪をほおばったあとのへんな顔


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雪の夜

犬の経過
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by NOONE-sei | 2013-02-02 02:27 | さくやこのはな

64夜 さくやこのはな 参  あたまにくる


雪の小正月、いや大雪の小正月、いやいやこれはなにも珍しいことじゃない例年通り、雪かきの小正月。
成人の日は、その後の行く手が平坦ではないと指し示すのか例年雪が降る。

例年通りじゃないのは、なにやらわたしも鰐号も運がないらしいということ。
昨年の暮れ、鰐号の助手席に乗っていたら追突されて軽いむちうちになった。
こんな声が出るんだというくらいの悲鳴を上げた記憶はあるんだが、どうやらわたしは育ちが悪いらしく、
後で聞いたら「きゃー」じゃなくて「うわあーーーーっ」と声を上げ、その上なんと、
「なんだ、このーーーーー!!」と怒って叫んだという。
血が瞬時に遡(さかのぼ)って頭に届いたらしい。
そうだったそうだった、もともとわたしはそうした熱情の家で育ったんだった。
穏やかに思慮深く暮らそうと努めるうちに、自分の中の血の流れ方を忘れていた。
そのむちうちはほんとに軽く、例年のような疲れによる体調不良もなかったので、
鰐号にもらった上等なワインで年越しをし、正月は朝から、いただきもののたいへん美味い地酒を飲んだ。
頭には、適度に血が遡るぶんには快適である。

そんな数日を過ごし、東京に帰る鰐号のために神社に札をもらいに行き、
まだ時間があるからと犬らを連れて散歩に出たら、鰐号が田んぼ道でシワ コ を放した。
十四歳の婆犬ゆえ、視界が狭くなり嗅覚に頼って歩いていたと思ったら、いきなり走り出して驚いた。
すたたたとのびのび走るシワ コ を追ったら、わたしが引き綱を握っていたペロ コ も走った。
しかもわたしの前を斜めに横切りシワ コ を追う。
つまりわたしはペロ コ に蹴躓(けつまづ)いて、走りながら前にのめり正面から顔面を地面に打った。
眼鏡の蔓(つる)とレンズは砕け、顔からだらだらと流血していた。
手。手があるだろう?とその時のわたしに言ってやりたい。
手は引き綱を握ったまま体を庇わず、血は頭でなく顔の外に流れた。
すぐに頭痛が起こったので近くの病院に行ったら、脳をCTでスキャンされた。
幸い脳も骨も異常が見られず外傷だけなので、傷はみるみる腫れたけれどもたいした処置もせず、
医者はわたしのすばらしく美しくなった顔を見て笑いを堪(こら)えていた。失礼な。

年末からちょっと頭にくることが続く。車や地面に当たるのは当たると言っても有難くない。
そういえば、普段はほとんどテレビは見ないが昨年観ていたドラマの特別放送を録画していた。
昨年度の大学での聴講、最新の認知心理学では、脳をワーキングメモリに見立て、
その働きやしくみを特殊な例も併せて科学的に講義していたので、
サヴァン症候群の青年が主役のその物語は面白かった。験(げん)直しにそれを観よう。

テレビを観る時にはいつも、なにか手仕事や整理作業をする。
その晩は届いた賀状の整理をしていたが、だんだんにむかむかしてきた。
どれもこれも今年の干支の賀状、つまりは巳年の長いものだらけ。
昨年は母があまり散歩をしたがらなかったこともありほとんど長いものには遭遇しなかった。
『実を結ぶ』という言葉は美しいけれども、ほんとうに『巳』を結んだら、長すぎて不気味だ。
今日など、本屋でその『巳』の写真集まで平積みで販売しており、
親切なことに帯には「嫌いな人にはたまらない、好きな人にもたまらない」。
昨今は初詣のシロヘビ神社がどうだとか、スネークセンターで太いのを首に巻いたとか、
ネット上にでるわでるわ長いものが。

あらら、頭に血が上(のぼ)るはなしから、頭にくるはなしが加わって脱線した。
こういうのを蛇足というのだっけ。
書かなくちゃいけなかったのは前述のドラマの題名だった。 ・・「ATARU」というんだ。





今夜のお写真は、さくやこのはな ずっと以前に読んだもの
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いただきもの。照れくさかったり爽やかだったりとっても恥ずかしかったり。
愉しかったよ、ありがたう。また本が旅して来ることを願う。



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一気に読んだ小説群。恩田作品では「光の帝国」がいちばん印象深い。
認知心理学では、錯視や錯聴のメカニズムやワークもたくさん行なった。
「スナーク狩り」は、わかっているのにスナークがどうしてもスネークに錯視を起こすのでいずれ手放す。
宮部みゆきと夏樹静子と山村美紗も区別がつかない。
ついでに言ってしまおう。藤沢周平と山本周五郎と池波正太郎も区別がつかない。



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大真面目であればあるほど笑わされたりアクや苦味が強かったりほんとにひどい話だったり。
わたしはこういった濃いものを「色もの」というPCの分類箱にしまう。



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背中を押される話だったり清らかさにこころが鎮まったり。
丁寧にひとつひとつの文字を拾うように読む。



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紺野キタの作品には品性と麗しさがある。
特徴的なのは幼い者への会話だ。「泣いちゃだめ」ではなく「泣かないよ」と話しかける。
わたしもそういう言い回しをする時がたびたびある。
転んでしまったけれども、「走らないよー」とシワ コ に向かって声掛けしながら追っていた。






□おまけ
いつも母と行くラーメン店。厨房からおじいちゃんがわざわざ出てきて母を出迎えてくれる。
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三年ほど前の一人前。


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現在の大盛り。一人前とたいして値段が違わない。
ふたりで分けて食せるようにというおじいちゃんの心意気。
不思議なスープは見た目よりもさらりとして塩気も控えめ、長い時間鶏の骨を煮込んで漉すのだという。

雪の夜の獣
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by NOONE-sei | 2013-01-18 01:31 | さくやこのはな

63夜 さくやこのはな 弐  謹賀新年


はつはるのご挨拶、松の内にはやっと間に合ったかな。

佳き年に 佳きひとと 佳き出会いがありますよう、
ここを訪れてくださるみなさまの幸(さち)を こころより願っています。

    人の幸

返り見すればこれに勝るものはないように思うのです。
昨年は、多くのひとに見守られ支えられた一年でした。




                         *    *    *





さて、今夜のおはなしは約束どおり連続するお題「さくやこのはな」の謎解きを。

『木花咲耶姫(このはなさくやひめ)』という名の姫君がいて、
これはいにしえ日本神話に登場する女神のひとり。
そして『咲くやこの花』というのは、姫の名ではなくて和歌の一部分。


    難波津(なにはず)に
    咲くやこの花冬ごもり
    いまを春辺と咲くやこの花


千両や万両という赤く目出度い実を 松と一緒に門口に飾るのが正月だけれども、
ほんとうは正月から二ヶ月ほどは雪の花ばかりで生花のない時期で、
この歌に出会ったときにはなんだかうれしくなったのだ。
寒いこの地で花を願うのは誰しも同じ。
花には活(かつ)を呼び覚ますちからがあって、そのまわりの空気さえ甘やかな気がする。 

正月に、かるた百人一首で遊ぶだろう?
遊ぶのではなくて競技としての百人一首は熱い。
そこまでではなくとも、ちいさい頃に全首を覚えておけばよかったとつくづく思う。
母がむかし、冬になると茶の間の障子の桟(さん)に百人一首をびっしりと書いた半紙を貼った。
正月までに覚えるつもりだったんだろう。
当時の友人たちとかるた取りをして遊びたかったのだと思う。
わたしもそのときならきっとまだ幼くて覚えてしまえただろうに、
残念なことに和歌に触れるには幼すぎた。

上記の歌は、競技開始に先立って読まれる、百人一首には無い和歌なのだとか。
それを「序歌」という。
この場合、創作ではなくて読み上げるのだから、「詠む」ではなく「読む」でよいのだろう?


では『さくやこのはな』はというと・・
これはわたしの当て字で、『朔夜此花』を当てている。
このウェブログ「王様の千と線」は夜の森のおはなし、
返り見すると冬の森にぽつぽつと点(とも)るような花があったらそこだけ温かいじゃないか?
夜を遡るように、撮りためたお写真を載せる時にこのお題を冠しようと思ったというわけ。
今夜のお写真は王様がお百姓の真似事を始めて、初めて収穫した白菜。



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あんまり目出度いので正月の供え物にしてみたよ。



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十月の初めはこんな感じ。


近隣のおじさんたちにも褒められるくらいの良い出来。
ただし、大根は種の蒔き時を逸してしまったのでちびのままだった。
さすがに本格的なおじさんたちが、どうだどうだとにこにこして立派な聖護院と青首の大根を
食うようにと持って来てくれた。

我が家の鏡餅たち
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by NOONE-sei | 2013-01-05 00:05 | さくやこのはな

61夜 さくやこのはな 壱  思い返すと


花が咲いて実が熟すといったって、それにしてもほどがある、というくらい、
わたしの文章は文章になるのが遅い。
こういうのを「後だし」というのか?

切れ切れの映像であったり言葉の断片であったり、
このおはなしは次の夜に、、、という「王様の千と線」の約束であったり、
それら頭の中にあるものは、枯れてしまうのではないかというくらい時間が経ってから文になる。
記憶を手放さない業を持っているので、ジグソーパズルのピースはいつかは繋がるんだが、
それにしても、遅い。
しかも、頭の中にあるものを開いてお見せできるかというとそれには至っておらず、
書くということは進行形の検証であって、まだちゃんと自分でわかっているわけじゃない。
反射のように情報という形を借りて文章が流れてゆく昨今、
わたしのありようは、まるで化石だ。

もう、化石なら化石でいいや。
今年一月からの石の種をお写真で載せてゆこう。


連続するお題、「さくやこのはな」のわけはまた次の夜に。ふふ


□一月の雪の町
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今年の初め、一月に、母を連れて旅をした。


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こんな雪のある温泉町。
鰐号が家族旅行を提案したのでとても驚いたが、今になってみれば母を連れての遠出はもう無理なので、
この時に思い切って出かけておいてほんとうによかった。



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こんな電車に乗って、


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駅ではこんなアヒルみたいな顔の電車を見て、


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こんな小さな電車に乗り換え、


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次の朝は雪をかぶった電車で帰る、そんな小さな旅。


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仙台と山形の間。とてもとても遠く、地図の距離と、時間は比例しない。


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町のあちこちから湯煙が立ち上っているんだが、
ここは大学生たちが掘りあてた湯を使った共同風呂。


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宿は純和風旅館。


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窓からの景色をと思ったら、いちばんに見えたのはつらら。


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浴衣のほかに、足袋が用意されている。
たしかにこれがないと、床や畳が冷たくて歩けない。


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温泉は風呂。


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とにかく風呂。


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寒いからやっぱり風呂。
鰐号が宿代を わたしたちが旅費を出し合ってほとんど初めてのような家族旅行だった。
思い返すと鰐号はこの旅から一年ちかくかけて、母の変化をやっと今受け入れ始めている。
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by NOONE-sei | 2012-12-11 01:10 | さくやこのはな