カテゴリ:その六の百夜話 父のお話(2)( 2 )

74夜 春の足跡  五 盆の入り明け


死んで十五年も経つ猫が、前触れもなく夢に現われたと友人が言う。
わたしの犬は、死んで二週間で夢に出て以来現われない。
そもそも動物は神や仏とは縁がないので、盆だからどうだということはない。
それでも、盆に鰐号が帰省すると自然にシワ コ の思い出を語る機会が増える。
けれどもわたしときたら、あんなに可愛がったのに、
こんな時シワ コ はどうだっただろうというような細かいことはずいぶんと忘れて、
憶えているのはカメラのシャッターを切るような映像だったりする。
シワ コ が冬の大雪と嵐の晩に逝ってからは、映像を思い浮かべることができなくなっていた。
思い出を語りたくても語れる記憶を失ったかのようだった。
盆というのはよい区切りだな。鰐号のおかげでシワ コ が会話に上(のぼ)った。
切れぎれでも、映像が蘇ると嬉しい。

今夏が新盆の伯父が夢に現われた。
伯父は旅館でもある自宅で亡くなったので、枕辺に駆けつけることもできた。
ほんとうに罰当たりな話なんだが、わたしは墓にも仏壇にも故人は入ってなぞいないと思っているので、
世間並みの法事も仏事も父の月命日の墓参も、欠かさず行なうけれども何も祈らない。
手は合わせるが心の中でつぶやく言葉は何も持たない。
感情の蓋を一旦ずらしたら、きりがないほど人の死は傍(かたわ)らにあるから。
けれども、この伯父の七夕に行なわれた葬儀では、棺(ひつぎ)に手を合わせて感謝の言葉をつぶやいた。
伯父にはいろんなことを相談しいろんなことを教えてもらった。
おかげで、父が亡くなった後の世間並みのことで恥ずかしい思いをせずに済んだ。
これからは相談できる人がもういないので、王様とふたりで判断してゆかなくちゃならない。
夢で伯父はなにも言わず、わたしと向かい合ってテーブルを挟んで座っていた。
静かであたたかい気持ちで目が覚めた。

昨年の盆は人寄せがあってたいそう忙しかった。
今年は、わたしの生活の中心には母があるので、人寄せも父の盆提灯も盆棚も省略させてもらった。
仏壇に、ホウズキと、母が週に一度遊びに行くデイサービスで色染めをしたナスとキュウリの絵でおしまい。
それと、盆の迎え火を焚いただけ。

それでも父の弟子が今年も手を合わせに来てくれた。
毎年、盆には必ず顔を見せていつも賑やかに父の思い出話をしていってくれる。
木造の回り階段を教わった時は誇らしかったこと、
棟上式には棟梁に皆酒を注(つ)ぎに来るが、父は全くの下戸だったので代わりにその酒を呑むのに、
弟子のくせに他の一人前の職人たちを差し置いて親方の隣にいつも座ったこと、
昨年の盆の、長いものを切って食った話にはさすがにひっくり返ったが、
今年はきのこ狩りの話をしてくれた。父は孫の鰐号にきのこの漁場は教えずにしまったが、
弟子を連れて歩いたので父の漁場はちゃんと受け継がれている。
時間が経つのは早い。名残惜しかったが別れ際にビールを持たせた。
夕暮れ、鰐号が犬の散歩で父の墓に寄ると、墓にはビールが一缶供えられていたという。
呑めないのはわかっているが、形だけは茶碗に注いであったとか。

盆が過ぎた。
今夜のおはなしを下書きしていたら、現実が飛び込んできた。
一昨日は夜中に消防車のサイレンがひっきりなしに鳴った。
心おだやかじゃない夜を過ごしたら、昨日のニュースで、山奥の一軒宿が焼失したと知った。
今日になって、建物ばかりでなく痛ましい結果になっていたことも知った。

ニュースでは宿を愛した人が大勢いたことも知った。
父は昔、その宿の仕事をした。
大正の頃に山の斜面に建った小さな湯治場を 昭和の中ごろに父が増築した。
幾種類も川べりに沿ってある風呂には長い長い階段を作った。
あまりに長い木の階段なので、途中には腰掛けも設(しつら)えて休み休み歩けるようにした。
趣(おもむき)のある組み木の建具、黒く光る廊下、すべてが木造の宿だった。
わたしは小さな頃から幾度もその宿に泊まり、父からは幾度も宿にまつわる話を聴いた。
今でこそ道路が少し良くなって車で近くまで行けるようになったが、
昔は温泉町から徒歩で山道を上らなくちゃ行けなかった。
宿の猫が急に具合が悪くなり、父が温泉町まで抱えて下りて、車で町から大きな町まで運んでやったこと、
その猫は体が良くなると、仕事を終えて山を下りる父を毎日見送りに付いてきたこと、
けれども見送るのには一定の距離を保ち、夕暮れに灯が点(とも)った温泉町が見えるところまで下りたら、
黙って帰って行き、振り返るともういなかったこと、
朝は、父が飼っていた犬が弁当を口に銜え、父に付いて山道を上ったこと、
イソップ童話の犬じゃないが、小さな川の小さな橋を渡る時にその弁当を流してしまったりしたこと、
・・宿の主人と父が語る話が蘇る。
胸の騒ぎと、まるで見たかのような鮮やかな昔話のいとおしさが、心の中で拮抗する。





□昨盆には
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昨年の盆には人寄せで食事を振舞ったので、料理の準備よりむしろ食器に準備が要った。




□六月の庭
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東北の名庭園と称される日本庭園が近くにあって、母を連れてアヤメを観に行った。
ところが目に入るのは二千本もあるという松。その剪定の見事さに目が吸い寄せられる。
じゃあ今まで何を見ていたんだろう?見るつもりで見なければ見えていないのと同じだった。



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こういうものを何というのだろう。戸?門?柵?あちらとこちらの境界線の出入り口。



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蓮か睡蓮か


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菖蒲もアイリスもアヤメも見分けがつかないが、アヤメまつりに出かけたんだからこれはアヤメなんだろう。


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水辺のアジサイ




□行楽のあとは蕎麦
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店先に植えてあった蕎麦の花


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山のものを供する店なので、山菜を売ってくれる。この日は山蕗。


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いつもめずらしい山菜を天ぷらにしてくれるんだが、美味いのに名がわからない。
この日の山菜の名は「はんごんそう」・・反魂草。調べたら菊の仲間で若芽を食するのだとか。

獣の夏祭り
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by noone-sei | 2013-08-31 23:44 | その六の百夜話 父のお話(2)

39夜 たからぶね


今日はいいことがあった。
まだ若くて新米の大工の兄ちゃんが、父が長年使った大工道具を貰いに来た。
もう四年もほったらかしで埃だらけにしてあって、
けれどもうちでは大工の跡継ぎはおらず、父の道具に申し訳ないようで、
ずっと気が引けていた。

年季の入った鉋(かんな)や墨壷やノミや鋸(のこぎり)などなど、
たくさんの道具が作業小屋から出されて日の目を見た。
父の四十九日に父の弟子に形見分けのノミを選び出した以来、ずっと眠っていた道具だ。
「用と美」という言葉があるが、そのとおり道具には美しさとちからがあって、
庭に並べられた道具類は壮観だった。
彫刻が施されている道具をいくつかだけ記念に残して、ライトバンに一杯の道具を持ち帰り、
兄ちゃんは時間をかけてそれらを生き返らせる。

四年前、父の弟子が訃報を聞いてわが家に駆けつけた時、
彼は開口一番、「親方、手を握らせてください。」と言った。
夜間高校で学びながら父の元で修行をした彼は父と同じごつごつした手をしていた。
葬儀では弔事を述べてくれ、原稿なしで父の遺影に
「親方、俺はおやじがいなかったから、親方がおやじだった。」
そう呼びかけると弔問客の皆が泣いた。
その強い想いのあまり、弔事の最後に彼は
「セイちゃん!俺は、俺は、、、がんばってもらいたい!」
わたしを大きな声で励まし握手の手を伸ばした。
葬式で親族が「はいっ!」と返事をして弔事の最中に立ち上がるなど、
いままで多くの葬儀に参列したが一度も見たことがない。

新年の蓋(ふた)明け、道具が蘇るに相応しい晴れた日、
わたしは父の葬儀のことを思い出していたけれど、
父も喜んだかもしれないがもう雲の上の人なのでその気持ちはわからない。
なにより、日の目を見た道具たちが、今日一番喜んだのではないかな。
今夜は初夢、宝船の荷はきっとたくさんの大工道具だ。



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兄ちゃんが年始にくれた酒。
年末年始は疲れがたたって調子を崩し、酒が飲めなくて困るんだが、
気持ちのいい酒だから飲まないわけにはいかない。
昼から利き酒。

わが家の鏡餅
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by NOONE-sei | 2012-01-03 01:41 | その六の百夜話 父のお話(2)