カテゴリ:ときおりの休息 杜の都(4)( 4 )

58夜 青い書庫まつり


昨秋、シルク・ドゥ・ソレイユが東北公演をするということを知って、
個人でチケットを手に入れるのはなかなか骨が折れた。
それから半年以上も経ち、やっと公演を観ることができた。
装置や衣装や照明、肉体はもとより、生の音楽も美しかった。
まだ呆けていてなにから書いていいのかわからなくて困る。

この集団を知ったのはカルガリー冬季オリンピックからだろうか。
けれど、初めて日本公演をするまで、なんというか、
趣味性が強く、こんなに官能的で演劇的な祝祭空間を作っているとは知らなかった。

カナダに本拠地を置き、設立から二十五年、
四千人もの人間を抱える巨大集団になったシルク・ドゥ・ソレイユは世界中でショーをやっている。
オリンピックのメダリスト、ダンサーなど肉体言語者、歌手、演奏者、道化師。いないのは動物。
二十五年間、そしておそらくこれからも創り続けることができることに驚く。

訳せば太陽のサーカスという意味だそうだが、本当にサーカスだろうか。
もとよりサーカスとしては見ておらず、舞台として捉えていたから、
このたび初めて観て、やっぱりそうだったと思った。

観たのは「コルテオ」という舞台。
天に召される直前に見る道化師の夢まぼろしの葬列。
仲間や天使や人のようで人でないものなどに囲まれ、美しい歌や楽器に囲まれ、
ときに静けさ、そしてたいていは賑やかさに送り出されて、
自転車に乗って天国にゆく。
それを見送る観客も幸せな気持ちになる。




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いざない



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大きな大きなテント



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円形劇場、中央にステージ



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エントランステントの床は色の照明が足元を追う



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本日の演目



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大きなテントの入り口へ向かう



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こんな入り口から祝祭空間へ



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行列



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ベッドで飛んで跳ねて



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高い高い天井からシャンデリアが吊られ回りながら踊る。



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小人のアダージョ、頭上には天使がいて雪を降らせる。



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自転車に乗ってクラウンが昇天する。写っていないが、この下では大勢で大車輪ぐるぐる。




シルクドソレイユ ホーム(日本)
各ショーの物語のあらすじが読める

シルクドソレイユ ホーム コルテオ(英語版)
View Trailerをクリックすると動画が見られる

ほぼ日刊イトイ新聞
「シルク・ドゥ・ソレイユからの招待状。」



□おまけ
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仙台の愉しみは本屋にゆくこと。
この書店、UPという小冊子を無料で置いているんだが、
数年前に、記事を連載している学者の文章が読みたくて定期購読で取り寄せていたっけ。
(2001~2003 橋本毅彦「学問の図像とかたち」、現在は
「描かれた技術 科学のかたち」として単行本化されたが、
わたし個人は小冊子時代の、随筆のような物語のような味わいが好きだった。
単行本化するにあたって大幅な加筆修正がなされて、アカデミックになったのはすこし残念)

仙台は本の楽しさを広げる市民活動もさかんで、「6月の仙台は本の月」、
街のあちこちで本と出会うのだそうだ。
一箱古本市という、すてきな古書店ごっこがあって興味惹かれる。
遠巻きにながめるだけじゃなく ・・わたしも参加できるかも。
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by NOONE-sei | 2010-05-16 02:21 | ときおりの休息 杜の都(4)

54夜 実のなる木


東海道線にしばらく乗ると、各駅停車は海岸線を下に見ながら走る。
山の斜面には葉の茂った木が幾本もあり、
そこに大きなだいだい色の実が、まるでこぼれるように生っているのを初めて見た。
とても不思議なものを見たと思った。わたしの知る大きな実は、紅か桃色か黄色だ。
たいして高くない木にだいだいでまん丸の実がたわわ、、、たわわ、、、。信じられない。

夏みかんのジャムを頂いて、その時の木を思い出した。
あれを一個一個採って剥いて刻んで煮て、その手間を思う。
うちでもブラックベリーのジャムやユスラウメや山おとこをジャムにする。
けれど、ひとつひとつの大きさが夏みかんとは比較にならない。
・・それにしても、あの実はあの木に対して大きすぎる、やっぱり不思議だ。

ところで昨年度聴講していた大学の授業で、とてもポピュラーな心理診断法があった。
検査の方法はいたって簡単、が、診断の方法は結構込み入っている。
名を「バウムテスト」という。
白紙一枚に「一本の実のなる木をできるだけ十分にかいてください」という指示、それだけ。
小さな子どもでもたやすく取り組めるので、臨床だけでなく発達の分野でも使う。
バウムテストは投影法という一方法で、このほかに質問に答える質問紙法と並行して実施すれば
より理解の精度が高くなる。

テストだとか検査だとか聞くと、身構えてしまうけれども、
自分の現在の素直な調子を見る、成長の様子を知る、くらいの気持ちで受け止めればいい。
教授は毎年、新年に一本の木を描くのだそうで、診断方法を熟知しているからといって、
意図的に描くわけではない。書道の書き初め(かきぞめ)みたいなものなんだろう。

54夜を読んで興味が湧いたら、検索すれば、よく知られているから診断法を見つけられる。
授業では、小学生の事例をいくつか扱った。
まず自らが被験者になるので、私自身も実のなる木を描き、客観的な所見も書いた。
「かいてください」は、実際には描いてくださいなのだけれど、書くと描くでは若干印象が違う。
かといって、漢字で大きく「木」と書くのはちょっと、いやだいぶ違う。

一年間の聴講で、十種類くらいの検査を学んだ。知能テストやEQテストにはちょと青くなった。
これらはさまざまな角度から光を当て、人物を理解していく一助として使われる。
実は診断法は世界の戦争で発達してきた。
適正検査などはまさにそうで、精神のリズムには世界的に共通するものがあるのだが、
それが乱れすぎていたり乱れなさすぎていたり、明らかに逸脱している例外も見た。
こんなものでなにがわかるんだ、と半ば反発や疑いを持ちながら始まった一年だったけれども、
学問としてながめると、興味深いことがたくさんあった。
自分自身のことも客観的にながめることができて、なんだ結構大丈夫なんじゃないかと思えた。

さてそのバウムテスト。
絵画的に描く人、省略して図案化する人、さまざま自由に描いてもらっていい。
わたしの場合、実のなる木は、なんといっても林檎。
なぜだろう、一本できりりと立っている感じがするからか。


                      * *


今夜は杜の都案内、おいしいもの編を。


■牡蠣
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仙台からはちょと離れているリアス式海岸の松島、カキ小屋がある。



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仙台の牡蠣料理屋。日本で二番目に旨い牡蠣フライ。冗談です。



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牡蠣二個をひとつにまとめて一個にして揚げる。




■甘い物
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甘座(あまんざ)という名が可愛い洋菓子店。



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売茶翁(ばいさおう)という名が渋い和菓子店。



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店内はこんな感じ。



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菓子にはこんなカードが添えられている。古式ゆかしい文面。




□おまけ
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おもちゃ屋。市内をこんなバスが走っている。
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by NOONE-sei | 2010-04-09 02:31 | ときおりの休息 杜の都(4)

53夜 家出のすすめ


まだ一人だった頃、母と折り合いが悪くて家出をした。
わたしを案じて、王様の母がわたしに連絡をくれた。
王様の母は、日本の母を体現したような、包容力のある優しい話し方のひとだった。
娘のいない王様の母には、実母と娘が折り合えないことを想像するのは難しかっただろう。
王様の母にそういうことを想像しては欲しくない。
わたしは自分のことをうまく語れなかった。

その声の優しさにただただ泣き、あとになって腹立たしくなった。
それがなぜなのかよくわからない。
いいお母さんを持った王様が憎らしくなったか、
それとも、いいお母さんというものが世の中にあることが悲しかったか、
なにかに八つ当たりしたくなったのか。

鰐号がひとり暮らしをして一年になる。
初めは電話で今日の献立なんかを聞いてから来たのに、
今では昼となく夜となく来たい時に来て、
中学や高校の時のようにテレビで野球、PCで野球、携帯で野球、小型ゲーム機、
家族の茶の間を独占した後、風呂、飯、寝る、、をやってゆく。

鰐号が描く母親像は、鰐号の気分で話したい時には相槌を打ち、
温かいご飯、温かい風呂を用意し、ユーモアがあって明るい。残念でした。
わたしは鰐号の望みを叶えず居心地の悪さを告げるので、小競り合い大競り合いを繰り返し、
家財道具がひっくり返ったのは鰐号がはたちの時だった。

ひさびさに先日は茶箪笥が水浸しになった。
怪我をしなかったのは運動能力が高まったのではなくて、
居場所がなくなってわたしのほうが出て行ってしまったから。
母のお守りをして間を置かず鰐号に営業を強いられることに、我慢が利かなくなった。
犬小屋にでも家出すればよかった。

家出したわたしは父に連れ帰られたのだが、
あの時王様に、「家に帰れ」と言われなかったらどうだっただろうと今でも思う。
王様が鰐号に、「今、うちは大掃除中。おまえはしばらく出入り禁止」とメールをした。
鰐号が詫びるなどというのは記憶の遥か彼方なので、きっとまた
いつものようななし崩し戦法で時を稼ぐにちがいないのだが、
家出したかったわたしと家に寄り付き過ぎる子ども、
わたしの家出は、どうして子どもに遺伝しなかったかなぁ。



■杜の都(もりのみやこ)案内

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仙台は戦後に復興した街なのだとか、どこか整然とした感じがする。
並木は冬になるとライトアップされ華やかな夜の街は不夜城のような印象。
秋には大きな音楽のフェスティバルがあって、街のあちこちから音楽が聴こえる。


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デパートのショーウィンドウ。


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街に清潔感があって、ふたりで歩くのが似合う。


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夜の賑やかさが密集した通り。
牡蠣料理店、牛たん屋、海鮮居酒屋などなど店を選ぶのも楽しい。


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ちょうどこの街を訪れた頃、「ゴールデンスランバー」という映画のロケ地で沸いていて、街のいたるところに映画にちなんだものが見られた。
本屋やカフェやレストランにはカラーがあり、皆そう遠くない所にあって移動しやすい。そうした店々に置いてある小さな情報誌を読むのは楽しい。
地方都市が地方や中央をあまり意識しなくなって、自分の街で丁寧に文化を発信してゆこうという緩くて息の長い動きが感じられるから、わたしが学生なら住んでみたい街かな。一生かどうかはわからないけど。


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仙台青葉城から観た街。
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by NOONE-sei | 2010-04-07 01:39 | ときおりの休息 杜の都(4)

52夜 ひとりふたり


昔は女性のひとり旅は嫌われた。
わたしの育った山あいの温泉町では、旅館にひとりで泊まる女は傷心と相場は決まっていて、
夜に宿を求める女性客は、部屋に空きがあっても断られたものだった。
自殺でもされたらあとが面倒だったからだ。

旅館と死は離れてもいない。
旅館の湯は源泉の硫黄がきつくて、朝に客が風呂で浮いていたなどということは、
めったにはないが、そうめずらしいことでもなかった。
そんな事故があっても、宿の営業は休まなかったし、
誰もわざわざ口の端に上(のぼ)らせるということもなかった。

近頃はだいぶ様子も変わってきていて、
ひとりで泊まる女性を歓迎する宿が増えた。
少人数の女ともだち同士で泊まるということはよくあるが、
日常の喧騒を離れてのんびりしたい、そういうひとり客も増えてきて、
男性は旅することを楽しむために宿に来るのに対し、
宿で過ごすことを楽しもうという女性の志向が多くなってきたのだ。

なかにはめずらしい客もいる。
ひとりなのに二人分の宿賃を払いたいという話。
布団も二人分敷いて、食事は子どものものを用意してくれと言う。
動物じゃない。人形を連れてくる。
人形の数え方は一体二体。けれどもそういう客の場合はひとりふたりと言わなくちゃならない。
どんなわけがあったかは知らないが、生きている人として扱い、
おろそかにしてはいけないので仲居は神経を使う。

人形は小さな子どもくらいの大きさはあり、兄弟会や子供会や同窓会があったりもする。
補修が必要な時には、それを里帰りという。
どこまで人として扱うのか扱われたいのか、
どこまで人として信じているのか信じて欲しいのか、
人間の心の深淵は量り知れないし、深淵のほうも人を覗き込んでいるというから、
目を閉じて、深淵とやらと目を合わせないにこしたことはない。



今夜はわたしのひとり旅を。


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お供はこの写真機パタリロ。ひと月くらい前のひとり湯治の旅。


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以前にも女ともだち数人で湯治に来た小さなリゾートホテルなので緊張しない。ロビーにはこんな春が。


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オフシーズンだったので、宿のはからいで正午からチェックインさせてくれた。まず風呂。


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三人部屋、これをわたしひとりで使う。のびのび。


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読み物を用意して、飲み物を用意して。


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部屋からの夜。ひとりの夕食もさみしくない。
夜の料理はパタリロでまだうまく撮れないので、なし。


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朝食ものんびり。外はまだ寒くて、雪が残っている。
外は仙台郊外の名取川、まだ冬だったのに家よりも北に行きたいと思うのはなぜだろう。


ひとり湯治はくせになるかもしれない。
まったく退屈しないで風呂三昧、読書三昧、気分が一ヶ月は保てる気がする。
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by NOONE-sei | 2010-03-31 03:48 | ときおりの休息 杜の都(4)