カテゴリ:ときおりの休息 弐(8)( 3 )

30夜 ときおりの休息 弐  白い月


月を撮ったことがない。

夕暮れの月の、なんという大きさか。
比べるものが周囲にあるからだと教わっても教わっても、
あの尋常でない大きさにはあっぱぐちを開けてしまう。
その大きさのまま、月は夜の天辺(てっぺん)に昇るのだとはとても信じられない。

ばかでかい月が顔を出した頃、周囲にはさまざまな色があって、
夕暮れが一日のなかでいちばん色に階調のある時間だ。
月にも色はあっただろうか。
それはそれはどぎつい色の月を見たこともあったろうに、
なぜかわたしの脳のなかでは月に色がない。

色のない月はつまらない。
視力が悪いからウサギも見えない。
ただの丸い皿だ。

では、よく脳に言い聞かせて月に色を戻してやれと思うのだけれど、
色を戻したら星も色を得るだろう?
この地では夜の天辺が見えすぎる。
月も星も落ちてきそうでこわい。
だから、白い書き割りでいいんだ。



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塾で供えた月見だんご。

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大阪の月見だんごとおはぎ。

昨年の大阪の旅で寄席に行った。
繁盛亭のある天満天神商店街で、作りたての餅菓子を売っているがあって、
目の前で作る白い手が美しくて写真に撮らせてもらったことがある。

当たり前に食しているものにびっくりされたりさせられたりするのは、たいへんに面白い。
月見だんごは鶴の子のような雲形で餡子(あんこ)が載っている。
上等な香りの青海苔がまぶされたおはぎは中に餡子が入っている。
十五夜にちょうど届くようにくだすった方に、
わたしは醤油をたらすのかと訊ねてしまったが、このおはぎをたいそう気に入ったのは母で、
こんなに手をかけて作られたおはぎだとは、と感心するから、
また大阪に行く理由ができたようなものだな。



今夜は、白と子どもに掛けたお写真を。


■旅で見かけた子どもたち
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商店街の布地店で、乳母車に乗る子ども。


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阪神電車に向かう途中、動く歩道を駆け抜ける子ども。
電車に乗るときも駅の階段でも、関西と関東・東北は、並び方が逆だ。


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神戸南京町に遊びに来ていた子ども。
子どもなら脱ぎたくなるほど暑い日ではあったが。


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神戸居留地では、美しい町並みを乳母車を押しながら歩く
若い母親たちを何組も見かけた。
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by noone-sei | 2009-10-06 02:00 | ときおりの休息 弐(8)

26夜 ときおりの休息 弐  秋は馬車に乗って


「春は馬車に乗って」は読むにきつい昔の小説だけれど、
今、この地は秋が加速している。
小説では、花が春を撒き散らしてやってくる。
わたしの家の辺(あた)りには、馬が騒ぎを撒き散らしてやってきた。

春に田植えを見たと思ったら、もう稲穂は頭(こうべ)を垂れはじめた。
道路にはカマキリがいたり、カエルが干からびていたり、イナゴが跳ねている。
そんな道を夕暮れにシワ コ ととぼとぼ歩いていたら、
向こうから馬が歩いてきた。

白と黒の大きな馬は二頭で並んで、ぱかんぱかんと蹄(ひづめ)の音はのんびりだ。
横を悠然と通り過ぎるのをわたしたちものんびりと見送った。
すると向こうから停めてくれという声と軽トラックと、車から降りたおじさんが見えた。
おじさんは革ひもを持って、どすどすとゴム長ぐつの音を立てて少し早足だ。

わたしもシワ コ も馬は大好きなので、「ぽーぽーぽー」と呼びながら追ったら、
馬は田んぼの畦(あぜ)に曲がって行ってしまった。
おじさんも馬を追ったのだけれど、軽トラックのおばさんにはもう薄暗くて行き先が見えない。
わたしが、おじさんと馬が戻ってくるよと告げると、安心して顛末を教えてくれた。

うちから二キロくらい先の、道路の向こうに馬を飼っている家があって、
馬が走るのはよく見かけたし、道路を歩くのも見たことがある。
馬は生きた乗り物。軽車両だから、自転車やリヤカーみたいなもの。
大きいから、たとえ一頭でも馬車というほうがなんだかぴったりくる。

それが、厩舎(きゅうしゃ)の柵を越えて逃げたのだそうだ。
そういえば、二頭ともはだか馬で鞍も手綱も付いていなかった。
車が速度を出して追って、馬が走って逃げ始めたら捕まえられない。
競走馬出身の馬は、二頭並ぶと競馬で走っていたことを思い出すのか、
走りたくなるというから、下手に刺激するわけにはいかない。

それで、馬が自由な散歩を満喫するまで車はゆるゆると後ろに付きながら、
ときどき降りては捕獲を試みるという繰り返しでうちのほうまでやってきたというわけ。
軽トラックには二頭は乗らないし、おじさんの引き綱で馬はまたぱかんぱかんと家に帰ったのだが、
実はパトカーや警察の大きな車両も来ていて、一見のんびりとしたこの大捕り物を見守っていた。

おばさんが、いつでも家に馬を見に来ていいと言ってくれたので、
おまわりさんに、慌てて運転して免許証を携帯するのを忘れてしまったと言ったのは
聞かなかったことにした。




今夜は旅の乗り物のお写真を。

■空の乗り物 ハッピーフライト
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やっぱり飛行機がいい。
「ウォーターボーイズ」の監督が撮った映画「ハッピーフライト」がわたしは好きなんだが、
飛行場やそのバックグラウンドが身近なものに思えてくる。


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飛行場で勤務する人々。


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映画のとおり、離陸する飛行機に手を振って見送ってくれる。


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羽というの?翼というの?
ぱたぱたと小さな羽根が出たり引っ込んだり。


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ちょうど席の下。飛行機の腹から荷物を降ろす。



■陸の乗り物
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空港バスの発着掲示板。


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これは地下の乗り物が通るところ、心斎橋駅。


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天王寺駅。
わたしたちは飛行機で東北から、友人は夜行バスで関東から、
大阪で会おうという以外、なにも決めないばらばらな旅の線をつないだ点の駅。
一年ぶりに会いたい人に会って、じんとなりながら見送ってもらった駅。


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梅田駅。
阪神線で神戸に向かうときに見た券売機。甲子園の入場券情報が貼ってある。
じじばば鰐号の夢は、甲子園で阪神対巨人戦を観ることだった。


■ぎょっとする乗り物
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おくりびと ・・って。
なんば駅。これに年寄りが何人も乗って、ほんとうにぎょっとした。
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by noone-sei | 2009-09-13 02:05 | ときおりの休息 弐(8)

25夜 ときおりの休息 弐  あこがれの


「あこがれのハワイ航路」という懐かしの歌があるじゃないか?
わたしは歌える。
そんな機会はめったにないんだが、歌うと皆ひっくりかえる。
そんな歌を知っていることそれ自体に、驚かれる。

もとよりわたしのおはなしは、生まれ育ったちいさな山あいの歳時記なのだけれど、
語ると同世代にさえいつの時代の話だと驚かれる。
住む場所がすこし離れているだけで、こうもお伽噺に聞こえるものかと。
ただ、もしもこの地にあり続けて今があったなら、
きっとおはなしを書くことはなかったと思う。

山の中で育ったわたしは、自分の居る場所を見ない、興味を持たない子供だった。
山の名も草花の名も、それらの美しい時期も、ただ目からこぼれていた。
見ようとしなければ目には入らない。
歳時はわたしとは関係のないところで綿々と続いていた。
それら身の回りのことが、ようやく目に留まるようになったのは、
いちどふるさとを離れてふたたび戻ってからのこと。

盆暮れや法事には、都会から帰省した伯父たちが、懐かしそうに昔語りをする。
そういうとき、すこし悲しくてうざったいような、妙な気分になるのが常で、
できるだけ居合わせないようにしたものだった。
親に財があれば、長男に家屋敷田畑(でんぱた)を継がせるほかに、
農業に従事しなくとも次男以下にも土地を与えて近くに住まわせることができる。
けれど、分けるものがなければ、都会へ出て働くしかない。
都会というものが、出たくて出るあこがれの場所とは限らないことを
ちょっぴりちりちりと子供ごころにも感じ取って、それで一緒に居たくなかった。

あれからずいぶんと年月が過ぎた。
今でも伯父伯母そして母が、顔を合わせれば昔語りをする。
なおなおそれらには磨きがかかり、美しい話を聞かせてくれることがある。
「王様の千と線」は永遠の六十九歳が繰る記憶と嘯(うそぶ)いて、
このようなおはなしを書き続けていると、ちいさくてなにげない日常が、
いとおしく思えることがあるから不思議だ。




      ふるさとは遠きにありて   詩:室生犀星


   ふるさとは遠きにありて思ふもの

   そして悲しくうたふもの

   よしや

   うらぶれて異土の乞食(かたい)となるとても

   帰るところにあるまじや

   ひとり都のゆふぐれに

   ふるさとおもひ涙ぐむ

   そのこころもて

   遠きみやこにかへらばや

   遠きみやこにかへらばや



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                             * * *


ここからは、「あこがれの大阪航路」のおはなし。

王様とふたりで夜遊びに出かけると、串揚げ屋巡りをしていたことがある。
昨年の初夏に大阪で食したものの数々、ことに串かつをわたしが自慢したものだから、
それならこの地にも数軒ある店を食べ歩こうというわけだ。
けれど、どて焼きを食せる処はなく、王様のどて焼きへのあこがれはつのった。

王様は、鰐号がまだわに丸の頃それもほんとうに小さくて可愛かった頃に、
帰ると寝顔しか見られない日々を取り戻すように、
無理して一年に一度は二日休みを取って旅行に連れて行った。
けれど、わに丸が大きくなるにつれ、それもできなくなって久しい。
わに丸が憎たらしい鰐号になったころには、休みそのものがなかなか取れなくなっていた。

このたび、王様はぽっかりと平日に二日も休みが取れた。
こんな機会はめったにない。
あちこち旅の案を出し合ったのだけれど、
あこがれを現実にしよう、しかも会いたい人にも会おう、と決めたら、
東京からもその旅に参戦するという声もかかり、
それならばと、学生のようないきあたりばったりの愉快な旅にすることにした。
旅に付き合ってくれた友人たちに心から感謝している。


では、王様のあこがれ、食のあれこれを。
■串かつ
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どて焼き。甘い味噌がからんだ牛すじ。


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串かつ。玉ねぎ、タコ、イカ、しし唐、豚肉 ・・忘れるくらいいろいろ。


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貝柱、エビ ・・わたしはエビ好きなので。くすくす


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たまご、まるまる一個。


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ジャンジャン横丁のてんぐという店には、昨年行きそびれてしまったので、
わたしはずっと行きたいと思っていた。
以前、東京からの友人に先を越された時にはどすんばたんと悔しかったのだった。
このあとの喜びの小躍りは写真がないのでお見せしない。
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by noone-sei | 2009-08-31 00:00 | ときおりの休息 弐(8)