カテゴリ:ときおりの休息 壱(14)( 13 )

ときおりの休息  十三  ウルトラマンのいる飛行場へ


旅もおしまい。
六月にはじめた旅は秋になった。
あのときは小雨だったっけ。

わたしが乗った飛行機は、ウルトラマンの町から飛ぶ。
空港のあちこちにはウルトラなものたちが展示してある。
ちいさな空港だけれど、
ビリケンさんのいる大阪にゆく前に、わくわくするのにはちょうどいい感じ。

今夜は、その空港と飛行機の羽のお写真を。


□空港にて
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空港の外ガラスには、すでにウルトラマンたちがお出迎え。


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おお、たたかっている。
この場合は、戦い?それとも闘い?


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こういうものをジオラマというの?当時の台本もある。


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きれいな色。ウルトラマンには詳しくないので、ただきれいだなぁと見とれるばかり。



□飛行機、その内と外と翼
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貸し切るわけではないが、乗客はごくわずか。


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眼下に見えるのは、本物の日本地図。


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とても美しい羽。翼と言ったほうがいいの?



□帰路の離陸と着陸
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飛行機の離陸のGがいい感じ。


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着陸時の羽って、こんなふうに動いていたのね。

こんなふうにして関西空港からふたたびウルトラマンのいる空港へ。
旅はこれにておしまい。
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by NOONE-sei | 2008-10-20 01:03 | ときおりの休息 壱(14)

ときおりの休息  十二のおまけ  建っていないこと


体重が増えたら、献血に行こうとずっと思っていた。
体重は順調に増えたのに、献血には行かないまま時が過ぎた。
赤十字血液センターの移動献血車でやっと目的を果たせたのは今年の春。
そのとき、真っ赤なイチゴをひとパック貰って気をよくしたのは本当だけれど、
その後、また機会があればと思いながらなかなか献血車に出会わなかった。

夏に鰐号がはたちの誕生日を迎え、「はたちの献血」をすればいいのにと、
献血経験者になったものだからちょと得意げに言ったのがまずかった。
ぷうとふくれたへそまがりは、いまだに献血に行っていない。
高校生のときには、すこし血の気を抜いてもらえば平常心が生まれるだろうにと、
ひそかに思っていたが、口には出さなかった。

今日、献血に行った。
センターから緊急な葉書が来て、△△日に大量に輸血に使ったため
△△型の血液を補充しなくちゃならないという内容だったから。
センターに行くのは十年も前の骨髄バンク登録以来で、
古びた建物が、今では立派な建物に建て替わり、システマチックに機能していた。

初めて献血した時もそうだったが、終わると目の周りが熱くなる。
くらくら来たら立ち止まるように言われた。
しゃがんでしまうのがいちばんなのだとか。
それはいい。現在のわたしにぴったりだ。

血を抜いた人はまずしゃがめ。 ・・血の気が薄いか濃いかは置いといて。
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by NOONE-sei | 2008-10-16 19:37 | ときおりの休息 壱(14)

ときおりの休息  十一のおまけ  100万光年の彼方


ゆうべは、夜の森の美術館で遊んだのか遊ばれたのか。
こんなところで、こんなところが、わたしと遊んでくれた。

山の庭にはJ.A.シーザーの音楽が流れている。
つるっぱ頭で白いお化粧をした、裸の男たちは黒いはかまをはいていて、
美術館の、平たい岩が敷き詰められた広い庭を駆け回る。
ガラス張りの美術館にその影が躍る。
観ているこちらに近づくと、甘い芝居化粧の匂いがしていい気持ち。
はかまを手でたぐって走ると、白い足に白いおしり。
下穿き(ぱんつ)も着けていない。

ゆっくりとゆっくりと、手の中に点った丸い小さな明かりを掲げながら女が踊る。
そうした、広い広い庭の、照明を身に受けた動くオブジェを眺めていればよいかと思ったら、
時が来るまで開かないかばんを持った、外套に黒い帽子の男がわたしたちを組分けする。
「人生はいたずらなもの。」二度と出会えないかもしれないふたつの組。
受付を済ますときから観客は野外劇に巻き込まれており、
すでにわたしの手の中には何もなく、手の甲には黒いスタンプが印されている。

前もって準備させられた懐中電灯を手に、真っ暗な美術館に誘い込まれる。
オペラ歌手が、大きな宇野亜喜良の複製画の前で楽器に合わせて歌っている。
美術館はすべての照明を切って、消防のための非常灯も切って、
懐中電灯だけが蛍のように館内をゆらめく。
天井には柱時計を持った詰襟の少年人形が吊るされていて、時刻は永遠に十時五分だ。
蛍のようなわたしたちは、昼の展示物のひとつひとつを夜の懐中電灯で照らして観る。
内田善美が絵を描いた寺山の絵本、わたしも持っている山下清澄の銅版画「奴婢訓」、
使っていた原稿用紙、舞台の模型、寺山の遺品の数々が浮かび上がる。

奥へ奥へと誘い込まれながら、ときどき柱時計の詰襟の生き人形とすれちがう。
暗闇の奥に赤い明かりが見えると、そこには舞台があって、
昼間は寺山の遺品のようにひっそりしていただろう人のいない舞台が、
機能を取り戻し、照明も装置も小道具も、俳優という人と声を得て本来の姿に息づく。
ここで床に座り、室内劇を観るのかと思ったら、
今度は黒布で目隠しされて、宇宙の小部屋に連れてゆかれる。

なつかしい俳優、根本豊はすぐにわかった。
東北の訛りそのまま、機関銃のように寺山の遺した言葉を散りばめる。
夜の美術館にはあなたが展示されている。
ノーベル賞科学者に発見されたニュートリノだったか?
体の中を突き抜け、一秒間に千も億も細胞から地球の裏側まで吐き出されているのだとか。
それには質量があるとわかり、であれば地球の裏側から宇宙にまで突き抜けたそれは、
われわれのDNAも写し取って宇宙にばらまいているとは考えられないか?
であれば、星の彼方にはわれわれのもうひとつの実像がいて、
それと出会うために、探せ、「100万光年の彼方」劇。

再び目隠しで外の庭に連れてゆかれると、そこにはもうひとつの組のわれわれがいて、
目隠しを手渡し、目が見えなくなった彼らはもうひとつの実像になって小部屋に消えた。
わたしたちはガラスの美術館に戻り、ある者は化粧を施され、ある者は衣装を着けられ、
ある者はネギをかじらされ、ある者は美術館の闇にマッチを擦らされ、
ある者は包帯を顔に巻かれ、ある者はレミング帽をかぶり、蝶の標本箱と柱時計を持って
オペラを聴きながら生きたオブジェになってたたずむ。
懐中電灯の蛍がそれを照らし、寄って離れてゆらめく。

もうひとつのわれわれと、オブジェの魔法の解けたわれわれがふたたび夜の庭で出会う。
夜の森、闇の美術館をさ迷ったのは三時間半。
広い広い庭の劇的空間で迷子たちは自分に戻った、そういうことなのかな。

美術館の企画展、寺山のポスターに、蘭妖子のサインをもらった。
観客にまぎれていたのだけれどね。




                        * * *



追って:
こんな映像が 根本豊 氏のところで紹介されていたので ・・

TVニュース Ⅰ(上演前)
郡山美術館 企画展のTV・CM
TVニュース Ⅱ(上演後)
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by NOONE-sei | 2008-10-06 01:57 | ときおりの休息 壱(14)

ときおりの休息  十一  あやしげな薬


ガマの油売りの口上を聴いたのは幾度かある。
蛙のおばけが鏡に映った自分の姿を見て、汗がたらぁりたらぁり、
その汗を集めたものがガマの油なのだったか?
テレビで見た口上のおじさんは、袴(はかま)をはいてたすきがけ、
髪は五分刈り、手に刀を持っていたような。
自分の腕を切ってみせるのが怖かった。

生で口上を聴いたのは紅テントの花園神社。
芝居を観に来た人々がテントまで並ぶ、その横でお兄さんが口上を述べていた。
テレビのおじさんよりずっと若く、劇団の若い俳優の修行だったが、
だみ声なのはおんなじで、夜の刀が怖かった。

へび売りもいて、ぬめぬめとした長いものを腕に首に巻いて口上を述べる。
刀を当てたガマの油売りの腕よりも、
月夜の刀よりも、
夜に光る長いものが怖かった。


                            * *


今夜は薬の町のちいさな博物館のお写真を。

■道修町 地下鉄北浜駅にて
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地下鉄堺筋線北浜駅を出てきょろきょろしていたらこんな大きな看板が。
ショーウィンドウには、あるある、あやしげな薬。


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動物の剥製、キノコを乾燥させたもの、貝、長いものが入った酒。
美人になる酒、精がつく酒。ガラス越しに臭ってきそうな、あやしい数々。
怖くてカメラも向けられない。


■道修町 くすりの博物館にて
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ちいさな博物館は無料展示で観覧者はわたしひとり。
これは常設の展示、化学薬品の形状いろいろ。


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このときの特集展示は、「流行り病と錦絵」。


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十返舎一九の絵の複製。


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博物館のビルのうしろは神農神社。ビルの一階が社務所になっている。


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絵馬のひとつひとつには、病を治してほしいという願い、医学部や薬学部に合格したいという願い、
医療の研究チームが成功の結果を出したいという願い。


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これが、博物館に鎮座していた神農さん。




なつかしい百夜話 月下の一群
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by NOONE-sei | 2008-10-02 02:33 | ときおりの休息 壱(14)

ときおりの休息  十  あやしげな幸


目に焼きついて離れないということがある。
恐いもの見たさということも、恐いから見たくないということもある。
恐怖なのは長いものの姿で、それは払っても拭(ぬぐ)えない。脳裏に焦げ付くのだもの。
今年の夏は手を合わせて勘弁して欲しいほど、長いものを見た。

蛇腹とはよく言ったもので、ひっくり返って道路にのたばって死んでいたそれの腹は白く、
たくさんの横皺があり、一瞬で目に全像が焦げ付く。
温まった道が気持ちよくて昼寝して車に轢かれてはじけたもの。
薬屋のショウウィンドで薬壜に浸かり精力の素などと冠されているもの。
よせばいいのに酒屋が焼酎の品揃えを誇るなかに紛れて酒に浸かるもの。
これから美しい湿原のニッコウキスゲの群生を観に行くというその山のはじまりに、
頼みもしないのに山を登るもの等々。

数えたら悠に五指を越えるそのほかに、幾つかのウェブログに載っていたものがあって、
いつもなら気をつけて勘を働かして避けるのに、わたしの防衛器官は麻痺していたらしい。
迂闊にも抜け殻まで見てしまった。
それらは不思議なことに、脳裏に焦げ付くのではなく、網膜がやられる。
長いもののはずなのに、脊椎を丸め、網膜の裏側に巻きついて離れない。

今夜のお写真は、恐いもの見たさ。



■銭湯にて
これは恐くない。
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ここはユーモラスな源ヶ橋温泉
お写真は緑でよく見えないのが残念だけれど、屋根には金のシャチホコと自由の女神が。
大阪には町の中に温泉があるということにびっくり。
町屋散策の後、タオルを一本友人に貰って一人で入浴。ほとんど一番風呂だったのだが、
すでにおばあちゃん達が居て、「ぎょうさん使いなさい」とわたしに石鹸を貸してくれた。
道を聞いたら分かる所まで連れて行ってくれるのはおばあちゃん。
遠くから来たんだね、と旅を気づかってくれるのもおばあちゃん。
大阪の見ず知らずのおばあちゃん達は、優しかった。



■商店街にて
これから恐くなる。
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労働者の町、新世界から南に行くと、飛田新地と呼ばれる場所がある。
商店街を歩いてゆくと大門があって、高い門柱には、昔、遊女が逃げないよう塀があった。
「ここからはカメラを閉まってね。」友人に教えられてからの道は、まっすぐ前だけ見て歩いた。



■料亭にて
恐いのに行きたかった場所がある。
そこは内も外もワンダーランドのような建物。
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料亭の入り口には予約客の看板が。友人の心意気の計らい、「セイご一行様」。


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店の名は「鯛よし百番」、ここの意匠に囲まれて友人達と飲みたかった。


意匠の数々
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廊下の灯り
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楽しく過ごした部屋は鈴の間。



罰当たりな願いを叶えて迎えてくださったかたがたに感謝を込めて
ひすさんご夫妻
Hugoさん
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by NOONE-sei | 2008-09-15 00:37 | ときおりの休息 壱(14)

ときおりの休息  九  食の幸みたび


三度(みたび)言おう。
どうしておなかには限りがあるんだろう。
そしてどうして、食べる機会には限りがあるんだろう。

鰐号がまだわに丸だった義務教育の頃、
わたしは毎月わに丸が持ってくる給食だよりを精読した。愛読したと言ってもいい。
季節のこと、旬のこと、郷土料理のこと、給食センターからのお知らせは手書きで、
幼稚園の頃のおたよりを思い出させるような懐かしさがあった。
わたしは毎日給食が食べられるわに丸がうらやましかった。

粗食献立という特別献立があって、麦の混じったご飯と、メザシと梅干、
昆布の佃煮なんかもついていたかもしれない。
カミカミ献立というのは、歯や顎にいいもの、小魚だったような記憶がある。
子どもたちのいちばん好きなリクエスト献立はカレーで、
献立表を見るとショウガとかニンニクとか、使用する調味料や食材が細やかに記されている。

わたしは山育ちなので、ひと学年が十数人の小学校だった。
給食はなく、毎日弁当を持って行った。
ある年、一日だけ全校給食の日があった。
どこかの旅館の厨房で親や教師が準備してくれたのかもしれない。
食べながら校内放送を聴いた。
就業時間がどうとか、十四歳まではどうとか、女性の教師がむずかしい話をする。
温かい昼食が食べられる嬉しさに、耳は片方開いていたかどうか。閉じていたかもしれない。

山あいの温泉だから、旅館の子もいたし住み込みの女中さんの子もいた。
今になって思うと、子どもが夜働いてはいけない、と言っていたのだろうと思う。
怪しい歓楽街では、小学生が日が暮れて歩いていようものなら客引きのおじさんに叱られる。
けれど旅館の中では、働いている子がいたのかもしれない。
おめでたいわたしは、そういうことがなにもわからなかった。

中学に入ると、ひと学年が四クラスあって、贅沢なことに自校給食だった。
昼近くなると、ときどきショウガの香りがした。
ショウガをたっぷりとすりおろしたカレーは、美味しい匂いだった。
そのあこがれの給食も、一年間で中止になった。
だから、わたしが一生のうちで給食を食べた機会は一年間だけ。

子ども達が「給食のカレー」が好きならわたしもそう。
だって、カレーにショウガを入れるって、給食の匂いで初めて知ったのだもの。




今夜のお写真は、給食ならぬ昼食、昼の定食を。

■大阪天満宮 天神橋商店街にて
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予約していた寄席は昼席だったので、商店街でお昼ごはん。
どれも目は食べたい、が、おなかに限りがある。
どうして昼食は日に一回なんだろう。


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結局食べたのは、一回で食べきれる量の、これ。
それにしても、どのお写真も、値段が安いと思わないか?



■おみやげ
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大阪は「おやつの町」だと、勝手に命名してしまおう。
とりすました菓子も悪くないが、こうした普段食べるような菓子が魅力的。
六月中旬は暑かったから、葛菓子が涼しげ。ゼリーじゃなく、寒天や葛が和菓子の良さ。
この日の夕方には飛行機で帰るから、日持ちを気にせずに持ち帰れた。


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赤いのが気になるでしょ?
白餡にグレナデンシロップを混ぜたようなお味。お祭の味がした。

おまけのおはなし
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by NOONE-sei | 2008-09-10 01:51 | ときおりの休息 壱(14)

ときおりの休息  七  食の幸


もう一度言おう。
どうしておなかには限りがあるんだろう。

二泊三日の旅に出る前に、数えたものがある。
それは食事の回数。
朝にあんまりしっかりとした食事を摂ると空腹感がなく、昼に影響が出る。
だから、ちゃんと、きちんと、みっちり食を楽しもうと思ったら、昼と夜の二回しかない。
回数が見落とせない要点になる。
友人に、前もって食べることについて伝えた。
有名なところに行きたいとか珍しいものが食べたいのではなく、
地元の人が行くところで食事がしたい、よそゆきでないものが食べたい。

他所(よそ)に行くと、スーパーマーケットに入ってみたい。
地元の人が当たり前と思って食卓に載せるものが、
わたしにとってはそれこそ珍しいものだったりする。
惣菜、鮮魚、練り製品、乾物、インスタント食品等々、
そのような売り場にゆくと、わくわくが最高のわくわくになる。

有名な神社仏閣よりも、家々の屋根が魅力的に見えるのは、
そこに住んでいる人がいるから。
自然の中で朽ちた場所には引き込まれてゆくけれど、
ひとの中で見たいものはひとの暮らしや食だ。

・・いや、やはりわたしは食い意地が張っているだけだな。



■食堂で食べたもの
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まずうどんを食べなければいけない。
でも食べたい気持ちが逸(はや)り、カメラの操作にまだ慣れていないことを忘れていた。
接写モードにするのをすっかり忘れた一枚。


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「やっこ」という食堂にて天丼。海老だっ。


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おなじく「やっこ」のカツカレー。甘みがある。
友人のを味見させてもらったが、わたしは自分の海老をあげなかった。二本あったのにひどいやつ。


■夜のジャンジャン横丁にて
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ここここにある「ぜにや」。
あこがれの串かつ。土手やき。酒は懐かしい剣菱。
食に酔い酒に酔い集った人の縁(えにし)に酔った夜。



■おやつ
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商店街のたこ焼き。美味さに目がくらんで、接写モードを再び忘れる。
名物豚まん。駅で買って帰りのラピートβ内でおやつ。



■朝食
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味わい深い「ボンバーガー」
友人が食べさせようと買っておいてくれた嬉しさに、
ほおばった後になって、お写真を撮らなかったことに気づいた。
惣菜売り場で買った好物だし巻き玉子。




※カテゴリについて
次の「ときおりの休息 八」は、カテゴリが重複するため、「新々々百夜話 本日の塾」に入っています

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by NOONE-sei | 2008-08-30 02:26 | ときおりの休息 壱(14)

ときおりの休息  六  町屋の幸


まだ自分の方向が定まらない頃には、
同じように欲求不満と表現意欲と金欠病がないまぜになった者たちが集う。
ギャラリーや小劇場や洒落た店を探し、しかもそれらはとりすました表通りではなく、
どちらかといえば裏路地にあってほしいと願う。
かといって生活の匂いがあってはならず、斜に構えた風を装いつつ熱気を共有しなければならない。

葉書やチラシを どこか一風(いっぷう)変わっていてなにかテーマを持つような場所に置いてもらい、
絵画であったりイラストであったり詩画であったり芝居であったり、
自分をなぞらえるための手段や装置を使ったものを観てもらう。
または描(か)くのでも書くのでもなく、世相を引っ掻くひそやかなたくらみをもって
フリーペーパーを発行するというやり方もある。

やがて集った群れがちりぢりになる頃には、
方向を定めなければならない時期を迎えていたり、
行き詰まりに悩んで、軽やかに具現化していた頃の自己模倣に迷い込んだり、
自己に引き寄せすぎた作品が受け入れられないことに憤(いきどお)ったり正当化したり、
それらひととおりの通過儀礼を踏んで青年は成年に近づく。

どうあるべきだとか、どう受け止めてもらいたいだとか、
そうした青臭さと決別して、ただ歩むことを始めるのはこの頃からで、そうしてそれからがおもしろい。
ただし、推敲のなされていない作品は、どれほど数を重ねても、浅い。
頭でなく腹で思考するようになると、群れの成年はひとり歩きを始める。
 



■空堀(からほり)町にて
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坂の多い界隈、この石段を下りるとそこは裏路地。わくわくする。

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石段を真上から撮った。なぜに瓦が縦に埋め込まれているんだろう?



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商店街をちょっと横に入ると、洒落たギャラリーなどがある。
道行く人が手に取れるように表に置いてあるDMのかずかず。どれも凝ったデザイン。



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町屋を残しながら手を入れて、雑貨屋、カフェ、パブなどが路地にぽつぽつとある。
そんな店のひとつ、綺麗な灯り。



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路地に面した低い窓。よく見ると油彩用の額。



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町屋のひとつ。長屋を改築し、なぜか屋根に緑が生えている。



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奥まった路地にある雑貨屋サリーさんの店。



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一枚の絵のなかに豊かな背景話を語ってくれたひと。



大阪で町屋というのを初めて見た。
ここで何かをしようと思わせるような、木でできた家並み。
ここにくれば何かがありそうと思わせるような、商店街の裏路地。
集う群れもひとりになった者も受け止めたいと涌き出した界隈。
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by NOONE-sei | 2008-07-19 02:18 | ときおりの休息 壱(14)

ときおりの休息  五  屋根の幸



               雪                  詩: 三好達治


          太郎を眠らせ 太郎の屋根に雪ふりつむ

          次郎を眠らせ 次郎の屋根に雪ふりつむ



眠らせるのは誰だろう、と、主語を探して「母」だと言う人もいれば、
眠らせるとは何だろう、と、「死」を指し示す人もおり、
太郎、次郎がいるのだから、三郎、四郎と続く「永遠」が主題だと言う人もいる。
だだ感じればよいのだから、作者の意図を追うのは野暮だと言うひともいる。

わたしはこの詩を習ったことがない。
そしてちいさいさんたちに、この詩を読んでやったことがない。
書かれていない余白まで読むには、
子どもが行間を読むということはむずかしすぎる。

よくむかしばなしを読んでやる。
でも詩は読まない。
まずは物語という風呂にたっぷりつかって、肌のような触覚が玉子のようにつやつやして、
そのようにして、思い浮かべるちからというものは育(はぐく)まれるものだろうと思う。

詩がどれほど曖昧な味わいを印象づけても、作者が曖昧に書いているということはない。
緻密で精密な語彙選びが底に流れている。
その上で、読み手は各々(おのおの)の砂金を得手勝手にすくい取る。
わたしはこの詩に、色でも形でもなく、音のない音を感じる。




■住宅街の屋根
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門の上、細工の美しい意匠。



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凝ったつくりの屋根。



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白い壁の家。



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板壁の家。
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板壁。




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ちいさい家。
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ちいさい家の窓。



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窓。




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雨どい。


ため息の出るような美しい屋根の群。
大阪に着いてすぐに気づいたのは、わたしの住む地よりも圧倒的に軒(のき)やひさしが短いということ。
そうしてさりげなく銅が葺(ふ)いてあったり当たり前のように瓦の屋根だったり。
瓦は重く、短い軒では雪で入り口が塞がれてしまう。

「雪が降ったら困るでしょう」と言ったら、
その晩いっしょに建物を眺めて歩いてくれた友人達が口をそろえて
「雪は降らないんです」と答えた。
そうだった、ここは大阪。
父が好んで建てた、数寄屋造りの本場だった。

屋根の下には、北国なまりの太郎や次郎ではなく、
なにわことばを話す太郎や次郎がいる。
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by NOONE-sei | 2008-07-10 01:58 | ときおりの休息 壱(14)

ときおりの休息  四  陸路の幸


旅をしたあとって、祭のあとのようなさみしさがやってこないか?
はじめはふうわりと、つぎにはきゅうんと。
そしてそれは、きっといい旅だったからだ。

遠くからの友人を迎えた時、自分はあんなふうにもてなしてやれただろうかと思う。
どうしてあげれば良かっただろうかと思う。
いまさら言っても詮無いことなのだけれど、時を戻せるのならば、
さかのぼり、もてなし直しをさせてもらいたいような友人の旅がいくつもある。

今なら、あの時よりもおとなになっているから、
もう一度、わたしのうちを訪ねてくれたなら、
あの時よりもきっと、一緒にきゅうんとなれるのに。



■駅と電車
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関西空港の駅




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南海ラピートβの顔、鉄人28号みたい。

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胴体、起き上がって見せて。

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残念、鉄人は寝そべったまま行ってしまいました。



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地下鉄の駅、乗りたかったのはこの線ではありませんでした。



目的の駅の名は知っているのに、どのホームに立っていいのかがわからない。
電車というものは、その電車の行き先の名がわからないと、
目的の駅を通る電車を選ぶことができないのだな。
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by NOONE-sei | 2008-07-07 00:56 | ときおりの休息 壱(14)