カテゴリ:数のない夜(23)( 20 )

86夜 白いものふたつ


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「紺屋の白袴(こうやのしろばかま)」という言葉の意味を知らなかった。
女ともだちが「因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)」というメールをくれたので、
おなじく白いものが含まれる言葉だからと調べてみた。
紺屋が自分の袴は染めないで、白袴をはいている意。
他人のためにばかり忙しく、自分のことを後回しにしているさま。

彼女には昔から世話になってばかり。
猫の手ほどの手伝いだけれど、と言いながら、わたしが困った時にはいつも助けてもらった。
聡明なひとだから、自分のことを後回しにしたとは思えないけれども、
幾度助けてもらったか数えられない。

今夜のおはなしは、数はあるけれども「数のない夜」。

鰐号はまだちいさなわに丸だった頃、心臓が悪くて大学病院のこども病棟に入院していた。
彼女は町から遠いその病院にたびたび見舞ってくれた。
なぜかというと、わたしに食べるものを届けるため。
わたしのように食い意地が張っている者でも、食欲はなくなる。
なにか食べたいものはあるかとたずねられ、わたしはそうめんが食べたいだの、
目玉焼きが食べたいだの、入院の付き添いでは食べられないようなものを言った。
・・今思えばやっぱり食い意地は張っていたのだな。

父の看病で病院通いが続いていた頃、彼女は犬など飼ったこともないのに、
留守中に雪の中をたびたびシワ コ の散歩をしてくれた。
シワ コ はほんとうに生意気で、犬に慣れていない彼女に近所を案内してやると言わんばかりの
子分ができたかのような傲慢な散歩で彼女を引き回した。
やがて父が自宅ホスピスになると、彼女はたびたび買い物をしてきてくれた。
ハンバーガー十個だの、菓子パン十個だのと言うわたしに、
もしや台所に立てていないのではと、料理を届けてくれるようになった。
そして父が亡くなると、弔いごとの忙しさでまだ台所に立てないわたしに、
やっぱり食べるものを届けてくれた。
・・食い物の恨みは恐ろしいというが、一宿一飯の恩義ならぬ多飯の恩義はそれを凌駕する。

その彼女の子猫が事故で急死した。
冒険心の強い猫は、家の中で飼っていても外界へ興味津々だ。
わが家に居ついた子猫もそうして事故に合ったし、もう一匹は雪の朝に出て行ったきりだ。
姿がないといつまでも別れが言えない。
彼女から知らせを聞いて、姿があってよかったとは思ったけれども、
彼女の悲しみにはどんな言葉をかけてよいかわからなかった。
悲しみは、涙の量に比例しない。
悲しみかたも悼みかたもそれぞれのものがあり、思い浮かぶことのあれこれを
これじゃないあれじゃないと消去していったら、なにもしてあげられないことに慌てた。

会えなかったらそれはそれ、と、わたしは彼女がしてくれたことに倣って
おにぎりを持って玄関先に置くつもりで訪問することにした。
折よく会えたからもう帰ろうと思ったら、家に上げてくれたので、
馬鹿な、しかも動物にまつわる痛いのに笑ってしまう話をぺらぺら喋った。

悪いともだちのわたしは、今日、「どう?泣いてる?」と、痛さを擦り込むようなメールをした。
「因幡の白兎」という返事が来たのは、そんなわけ。
悲しみは、涙の量に比例しない。
・・しないけれども、やっぱり今は泣いたほうがいいんだ。



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たとえばこんなものをめくって、


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たとえばこんなふうにお茶でも飲んでいてくれたらよいけれど。
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by noone-sei | 2014-01-24 01:04 | 数のない夜(23)

8夜 ほんとうのおはなし


 ・おはなしの体裁をとっておらず、長く、明るくもないので引き寄せられる人は読まないほうがいい


「王様の千と線」は、おはなしを書くところだ。
でももうおはなしが書けないので、今夜はほんとうのことを書く。

大きすぎてすでに余震とは呼びたくないような地震の連続で、
船酔いが続き、毎日夕暮れになると頭が痛くなるのは数週間続いている。
怖いんだ。

大丈夫?と聞かれても、「大丈夫」と答えたくない。
大丈夫だと言い続けていた王様が、電車が東京まで回復していないので
先日夜行バスで上京して都内の電車に乗ったら揺れがものすごく怖かったと言った。
頭と体の大丈夫への認識はちがう。体は怖さを本能に刻んでいた。
そうしてこの地に再びバスで戻ったら、三十分後に大きな余震があった。
王様に東京に行かれて初めて、行って欲しくなかったんだと自分の気持ちに気づいた。
津波で家を失わなかったから、家族を失わなかったから、
地震で家が壊れなかったから、だからまだうちは大丈夫、なんて、もう言うのはやめだ。

311から一ヶ月が経ち、黙祷したその夕暮れに大余震があった。
わたしは母を連れて本家に行っており、311と同じシーンを繰り返した。
すぐに電話は通じなくなり、孤立感もおんなじ、ただ、テレビだけは消えなかった。

その夜、計画避難の発表を聴いた。
ときどき行ってひとりランチをしていた店はこの地でいちばんの美味い店で、
その店の食材は「飯舘村」のとびきりの肉や野菜だった。
村のトミちゃんがときどき店に来て、トミちゃんブランドを食わせてもくれた。
わたしはトミちゃんの、ミニトマトをひとつひとつ丁寧に湯むきして
オリーブオイルとビネガーとスパイスに漬け込んだマリネの瓶詰めがお気に入りだった。
小正月のだんごさしには、雪の中、村から美味い餅を持って振る舞いに来てくれ、
311がなかったら、彼岸には彼岸まつりでまた
あの美味い餅を寄ばれる(馳走になる)はずだったんだ。
あのトミちゃんはじめその工房の人々が遠くに行かなくちゃならない。
「飯舘村」の人々の、顔の見えるような肉や野菜が、
そしてそれらを生み出す技術や意識が福の島から失われる。

飯舘村は、町村合併の波に逆らって、自立と自律の道を選択したという、
農業も酪農も独自のブランドで誇り高く、丁寧で信用のおけるしかも安価をめざす
意識の高い村で、大学からも教えを請(こ)いに教員も学生も行くような村だった。
だった、という過去形で書かねばならないのが、身がよじれるほど口惜しい。
この地の風評被害を越えてゆけるような道をきっと大学と協同で模索してくれると
わたしは期待していたのだから。

この地の方言で「までぃ」という言葉がある。
例えばあんこを煮る時に、「焦げ付かせないように、までぃにかきまぜて」というふうに、
丁寧に、、という温かい言葉である。
その「までい」を掲げた村はあとひと月でどこかに行かなくちゃならない。

一週間くらいだから、と牛や馬や犬猫を繋いで山盛りの水と餌を置いて、
とるものもとりあえずバスに乗せられた人々がずっとわたしの周囲で避難生活をしている。
一緒に風呂に入りながら、置いてきた動物の話を聴く。
その人たちも学校が始まったからコミュニティをばらけさせられて各地の次の避難所に移っている。
多くを収容するためには旅館がほとんどで、犬猫を連れて来れた人たちも
ペット同伴禁止の旅館に機械的に割り当てられている。

わたしが生まれ育った山あいの温泉町も避難者でいっぱいだ。
三ヶ月は満館、そのあとは予約がまったくない。
地震で損壊した旅館は数軒すでに廃業を決めた。それに伴い、
繁華街のみやげ物屋も十軒近く廃業する。もう、温泉町として成り立たない。

いつまでこんな日々が続くんだろうと思ったら、原発の収束には十年単位だと知った。
ならば、一時的な避難じゃなくて、こんな待機とか流浪の民のような日々じゃなくて、
ダムの底に沈む村や町のように、コミュニティごと移転すればいいと思う。
いつ終わるとも知れぬ疲弊感や、希望を無理して沸き立たせる不自然さと別れて、
ほんとうに再生するためだけにエネルギーを使わせたらどうなんだと思う。
飯舘村には、もう二度と牛や馬や豚を置いてきて餓死させるようなことをさせずに、
役場も大人も子どもも老人も妊婦も動物も、まるごと気候風土の似た田舎に引越しをさせて、
その村づくりの技術や知恵を伝承させたらいい。

犬の散歩にはマスクと帽子と手袋で出掛ける。
カラになった家々や、人が住んでいても窓を開けず洗濯物を室内に干す家々の横を歩きながら、
吾妻山に融け残った雪の形、種蒔きうさぎを見る。
だいぶ耳が短くなってきた。急がなくちゃ、種の蒔きどきを逸してしまう。
まだ本当は手をつけちゃいけないのに、田んぼは田おこしされ、田植えを待っている。
ここいらでは米をそのつど買っては食わない。
自分の家や親戚知人の分は一年分、作らなくちゃいけない。
たとえ市場に出すことはできなくても、米そのものを作らなくなったら田んぼはだめになる。

わたしの近くで避難しているのは、津波と地震と原発の人々、
または土地家屋があるのに原発で連れてこられた数え切れない人々。
県庁が避難をするならもうそのときは、福の島はおしまい。県で残るのは会津だけになると思う。
わたしは、この地を離れるなら、「福島」の出身を隠さなくてもいいところに行きたいと思う。


飯舘村について



□庭の小さな春
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カタクリが咲いた。


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二輪草が咲いた。



8夜は目出度い数だけれど、今夜の8夜は目出度くない。
だから「数のない夜」のカテゴリとする。


口直し
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by noone-sei | 2011-04-14 00:10 | 数のない夜(23)

数のない夜 夢の花


 ・長いおはなしなので時間のあるときに読んでくれたらいい

あとひと月したら、花が咲き出す。
野も山も、桃色、黄色、真白、青の花々が。
そんな景色が見たいんだ、今年も。

誰もいないところで花だけが一斉に咲くのかもしれない。
そう言ったひとがいるけれど、それはさみしい。

お彼岸はお彼岸だから。
そう言っていつもどおりに墓参りをした。
みんな墓に参っていて、どこで買えたのかちゃんと花が供えられていた。
うちも、王様が仕事帰りの自転車で洋花を買ってきてくれた。
王様は先日誕生日だったのだけれど、自分のためでなく父の墓参のために。

わたしは王様の誕生日を忘れていなかったよ。
結婚してずいぶん経つけれど、今度こそ、ちゃんと日付を覚えられたような気がするよ。
誕生日の献立を聞いて聞いて。 ・・ちらし寿司。
地震の前に買ったまぐろはさっと湯通ししてヅケにしておいた。
冷凍しておいた海鮮や缶詰、夏に干して揉みほぐした紫蘇の葉は酢飯に混ぜ込んで。
陸の孤島の食生活は、秋に一年分を玄米で買っておいた米がまだ残っているから大丈夫なんだ。
その数日前には畑のフキノトウをてんぷらにした。
原発の備えとして換気扇を使ってはいけないというお達しがあるのだけが不自然だった。

食生活には不満を感じていない。
畑から、土に埋めておいた大根も掘り出しておいたし、ネギも白菜もある。
青々とした葉の小カブもたくさん摘んだから緑の野菜もある。
買っておいたトマトはオリーブオイルとニンニクと鷹のつめでソースにした。
肉は塩で揉んで日持ちするようにした。
それらを少しずつ、いっぺんに使い切らぬように工夫して、毎日の食卓を作る。
そう、食卓を作る、そういうイメージだ。

被災などと言うのは恥ずかしいくらい、わが家はちゃんと暮らせている。
そしてラジオでは本日現在の死亡者数と不明者数と放射線の数値を定期的に放送する。
さまざまな現場からの生の状況を知らせるメールと音楽のリクエスト、
それらを聴きながらちゃんと暮らしている。
救助された人の数も定期的に放送して欲しいとも思う。

ちゃんと暮らすための食べ物を これまでおすそ分けで人に送ったりしていた。
よろこんでもらったり、調理の仕方を教えてあげたり、食べ物はそんなふうにして
わたしとその人を繋ぐ時があった。
これから、そんなちいさな愉しみが摘まれてしまうのか?
この地や、この地に暮らす人々や子どもは、この先、特別な目で見られるのか?

「セイさんちは逃げなかったの?△△さんちは子どもを飛行機で関西に逃がしたよ。
うちの近所は県外に逃げた家でスカスカだよ。」
高台に住む知人が電話をくれた。彼女の子どもは鰐号と同級生で、看護師一年生。
大きな病院に勤めていて、貴女たちは最後の砦だから、とヨードをひと瓶、
じつはずいぶん前にもらったんだという。
米を背負わせて、高速バスで勤め先に向かうのを見送ったと言った彼女。

「いいからいいから、って患者さん置いてっちゃったんだよ。手続きしなきゃって言ったら。
精神疾患の患者さんに出す薬、ないの。もう、ワイルドになっちゃって。
で、ほかの患者さんがね、わたしたちソフィスティケイテッドされてますねー、って言うんだー。」
ほんとうは笑うところじゃないんだが、「いいからいいから」を合言葉に働く医者。

「六号線の横はすごいよー。田んぼに船がいるんだからナイ、あははは。」
明るくそう言って相馬からこの地まで何十キロも走って餡子(あんこ)を買いに来た菓子店。
「ぼたもち、作ったべか?」避難から帰ったばかりの菓子店に聞きに来た客。
岸のむこうにいるご先祖のために、仏壇にぼたもちを供えたいじゃないか。
お彼岸はお彼岸だから。

「法事は法事だから。」と、幼なじみの一周忌に、原子力発電所から約三十キロの村で
客を三十人も集めて酒盛りをした村の年寄りたち。もう、動く気はないんだそうだ。

庭の福寿草と椿と、王様が買ってくれたチューリップを墓に供えた。
菊はきらい。だいいち秋の花だ。ひと月ののちには、春の花がもっと綺麗だ。


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おまけ
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by noone-sei | 2011-03-22 00:10 | 数のない夜(23)

数のない夜 夢のひかり


うちにはマリーアントワネットが居て、彼女は以前、
西太后、と、わたしにひそかに呼ばれていた。
七日前の地震以来、敷地の外に出ていないから、映像に映るものたちが
本当のことに思えないでぴんとこない。
燃料がなくて王様が毎日往復十五キロの道のりを「これじゃ健康になっちまう!」
と言いながら自転車で塾じゃないほうの日中の仕事に通っていることや、
仕事をすることが経済活動の復興の小さな一歩であることや、
個人のところまでまだ物資が届いていないことがよくわからない。
「米は飽きた」だの「風呂がないなら追い焚きすれば」などと言って笑わせてくれる。

今日は「買い物に行きたい」と言うので、現実を知るにはいい機会だと
一番近くで今日は開いているという店に連れて行った。
まだガソリンの供給がないので実はとても痛かったんだが。
途中、あれほど頻繁に音がする消防車の正体もわかった。
「救援物資輸送中」と大きな幕をつけたトラックの先導をしていたからだった。
外から帰ったら箒(ほうき)で体を払い、うがい手洗い顔洗い。
流通が滞っていること、避難してきた人たちがいること、放射線を避けねばならぬこと、
現在の二重三重の困難をわかってもらいたかった。
買い物は目に光が宿る。たいしたものが並んでいなくとも。

帰ってから、母が言った。
「あれほど反対したのに。安保の時も原発の時も、労組はがんばったのに。
危険だってわかってるあれを持ってこられたのは、この県が貧しかったからだ。
世界に県名をこんなふうに有名にしてしまって、恥ずかしい。」
世界という名を口にした、西太后改めマリーアントワネット、たいしたものである。




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映像はもういい。夜になってから王様と原発についての特集をしっかりと見る。
寝る前に小一時間、海外ドラマを観て気持ちを切り替えるんだが、
たまたま借りてきていたものはほんの数本なので、繰り返し観ることになる。
吹き替えで、字幕で。なんだか英語の勉強だね、と笑う。

日中は大昔のラジオを発掘してきて聴いている。これが、いい音なんだ。
今日のFMは、子どもも大人もなんでもリクエストしてくれ、と言って、
子どもたちにアニメ「ワンピース」のオープニング曲を
卒園式を迎えられなかった母と子に「思い出してごらん」(詞:増子とし 曲:本多鉄麿 )を。
なんだか、泣いてしまったよ。そのわけは、
せめて子どもや若者には放射能の被害が及ばないようにと、周囲は皆それを祈っているから。
ほんとうに心から祈り続けているから。


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きのうは雪が降ったので外で遊ばせた。
映像で放射線を屋内に持ち込まないための画像を流している。
犬だってうがい手洗い顔洗い、でも犬はうがいだけはできないんだよねぇ。


□おねがい
ネットで訪問して観る美味しいごはん、いい映画、美しい言葉。
しかし中には終末への叫びのようなものもあって、
それは搾り出すような励ましだったり親切な情報だったりする。
けれども、どうぞどうぞ、お願いだからいつもどおりに暮らしてくれ。
情緒を揺らすことに、どうぞどうぞ、堪えてこらえて見守ってくれ。
堰を切ることなく。


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いつもどおりに。


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いつもどおりに。





※現在の状況と心境

計画停電や物資の枯渇不安などでご迷惑をおかけしています。

きのう、数件を除いてだいたいの親戚の安否確認ができました。
海の近くの親戚だけがまだ連絡がつきません。
余震は、小さな揺れと大きな揺れを感じ続けるのではなく、時間を置いた大きな揺れに変わってきています。
食材の点検をし、レシピをたくさん書いたのですが、寒さのためボールペンのインクの出が悪くかすれます。
すこし腰が痛いので、ごみ袋を切って巻いたら体温を若干保てるようになりました。
原発の心配でこの地を陸の孤島のように感じ、一日のなかでも気持ちが正と負を行ったり来たりします。
決して四十年前にできた原発そのものは希望を与える「ハヤブサ」ではないけれども、
技術者や関わる人はきっと「ハヤブサ」のスタッフと同じではないかな、と受け止めたいと思います。

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by noone-sei | 2011-03-18 00:10 | 数のない夜(23)

数のない夜 夢の途中


王様が炊き出しの手伝いに行っている。
原子力発電所から避難した人が約二百人、近くの大きな体育館に来たんだという。
夜分で食べる物の供給が間に合わないので、食品加工関係者に行政から依頼がきた。
関係者は組織として受ける間がないので、身近なところで賛同者を募り、
有志の被災者が重い被災者に炊き出しをすることになった。
朝に温かいおふかしの握り飯を提供できるよう、今、蒸し釜を準備しているところ。
それにしても食べ物が足りなさ過ぎる。
そして体を温めるものがなさ過ぎる。

こんなふうに、この地では人が人にできるだけのことをしようとしているのだから、
関東で聞き及ぶ、食糧の買占めなぞはやめてほしい。
そんなことをせずとも、あたりまえに欲張らずに暮らせば、
あたりまえに食べるものが口に入る流通が、まだあるではないか。
電車だって動くようになったではないか。
やっとつながった電話で、王様の実家埼玉から、父が食糧の確保に難儀していると言った。
わが家にまだ米はあるが、流通が途絶えていて送ってやることもできない。

町で給水車に三時間も並んで水をもらう人々がいる。
せめて知っている人にはメールで水を汲みにおいで、と連絡している。
できることをできることからすこしずつ始めることが復旧の始まりだ。
ほんとうに恐ろしいことはこれから起こるのかもしれないけれども、
こうして日々を精一杯送っている身には、その緊迫感がまだよくわからない。
ガソリンや石油の供給がほとんど止まっているから、
明日の自転車の確保をすることが生活の延長にある。
劇的なニュースをテレビで見るよりも、ラジオで人々がなにかを提供するとか協力するだとか、
そういうお知らせのほうが身に迫り真実味があると思うのはおかしいんだろうか。

今日も余震があるのだけれど、揺れていないのに揺れているように感じたりする。
三半規管がすこしおかしくなったかもしれない。
今夜の空には星があり、半月の月がかかっている。・・半と半、まるで駄洒落みたいだけど。



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作業場の倒壊現場


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悪い夢が覚めますように。


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悪い夢が終わりますように。




※感謝します

無事でよかったというコメントの数々、ほんとうにありがとうございます。
たいへんに嬉しく心強く、じんわりと読ませていただきました。
「死ぬ時は死ぬんだからさー」などと明るさを取り繕うのは嫌かな。
淡々と生活しつづけなくちゃいけないな、と思っているところです。
見守っていてね。

本来ならば、コメントをくだすったおひとりおひとりにお返事コメントをしたいのですが、
こうしてまとめてお礼を述べることをお許しください。

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by noone-sei | 2011-03-13 23:12 | 数のない夜(23)

数のない夜 夢


覚めない夢が続いている。
地面がおぼつかない、海で揺られるような気持ちの悪さ。
揺れは長くて怖い。

その揺れのなか、飯を食い、眠り、遠くのひとや近くのひとを思っている。
眠ると、おかしな夢ばかり見る。
化粧したふとっちょの男が出てきたり、ばさばさと白い雪が降っていたり。

山あいの温泉町にある本家の屋根には雪がたくさん積もっており、
茶飲み話の最中(さなか)にも、時々どさどさっと音を立てて雪がずり落ちる。
地震が起きた時には、わたしは母を連れて本家にいた。
家に掛け流しの温泉があるので、わたしは風呂をもらって
立ち上る湯煙に雪が降るのを見ながら湯につかり、
温まった体を拭いていたら地震がきた。
ほんとうに素っ裸で外に出なきゃならないかと思った。
着替えを引っつかんで、わちゃくちゃに着替えながら茶の間に走ったら、
たくさんのこけしががらがらとガラス戸を破って落ちるところだった。
明かりはぱしっと光って消えた。
母は揺れが気持ち悪いと言って夢遊病のように歩き回るので困った。

地元の消防車が、小学校のガラスが割れたから避難所を支所に替えると
拡声器で伝えながら走った。
町から上って来た車に、山の下は信号機が消え、道路はところどころ陥没していると聞いた。
すぐに自分の家の様子を見に戻りたかったけれど、
女所帯の本家が近所から面倒見てもらえるとわかるまでは家から離れられなかった。
本家はすぐ裏手が山なので、二次災害も気がかりだった。
車の中で余震を感じながら、吹雪の夕暮れ、地割れと陥没した道路を運転し、
途中の店で弁当を買い、やっと家に着いたら王様と鰐号がいた。

アパートに、こもっているんだか立てこもっているんだか、と、
その引きこもりぶりに苦笑していた王様は、じつに半年ぶりに鰐号に会った。
夜中や朝方や家族が留守の時に家にやってきて、黙って帰る鰐号に、
わたしは最近数回会っていた。そしてひきこもりは長期戦だと思っていた。

地震が起きた二時四十五分、家には鰐号がひとりで居たらしい。
長い眠りの夢から覚めたように、急激にドーパミンが放出されたのだろうか。
鰐号は震える犬と音に驚く犬を二頭とも掴まえていたのだという。
その後ろでは食器棚から磁器や陶器が飛び出し、階段の本は散乱し、
家の周囲では、庭の石灯籠が崩れ木小屋や作業場の材木類はめちゃくちゃになっていった。
鰐号は孤軍奮闘していて、割れたものを片付けているところに王様が現れたというわけ。

家を鰐号に任せ、王様は塾の被害を見に行った。
小さな塾は外壁が剥がれ落ち、中は足の踏み場もなかったという。
明日は王様と鰐号が、ふたりで塾の復旧にゆく。




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こんな雪が降る日の地震。



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木小屋の倒壊現場。



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写真を撮りに外に出たら、畑のふきのとうが開いていて、なんともいえない気持ちになった。




※現在の状況

災害ダイヤル171に声を入力しました。携帯電話も固定電話も繋がらず、どこにも連絡できません。
本家では電気がないのでラジオの情報だけが頼りでした。海の惨事の規模はあとになってから知りました。
わが家は電気が通じていたので、炊事ができました。水は地下水をモーターで汲み上げています。
消防車がひっきりなしに走っています。
今日になって電話が繋がりました。かかってくる電話は受けられますが、こちらからは通じません。
山の途中にあるわが家は被害が少なかったけれど、山と町では電気にも水にも困っています。
町では火事や家屋の倒壊があります。
余震はたいへん怖いです。また、原子力発電所の事故による影響がたいへん心配です。

ご心配くだすっているみなさま、ありがとうございます。


犬たち
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by noone-sei | 2011-03-13 00:10 | 数のない夜(23)

数のない夜 砂糖と塩


菓子にも料理にも使える野菜ってなんだろう。
わたしはかぼちゃが初めに浮かぶのだけれど。
塩気のものは、そぼろ煮、ほうとう、コロッケ、サラダ、ポタージュ、
甘味のものはプディング、ケーキ、パン、 ・・ほかにはなんだ?

つい先週に桜が満開だった。
今は鑑賞用の花桃は終わって食べるための桃が満開、
花選り(はなすぐり)に果樹農家は精を出し、
同時に田んぼを整え田植えに備えて水を入れ始めている。

それにしてもいつまでも寒い。火のつくストーヴがちょくちょく活躍する。
季節はもう煮込み料理ではないのに、まだトマト入りのポトフなんか作っている。
このまえはかぼちゃを煮たが、さて菓子にするか料理にするか迷った。

結局、両方にした。
塩気のものは、グリンピースとシーザーサラダドレッシングで和え、
パルメザンチーズを振りかけたサラダ。
甘味のものは、そのままでジャムとアイスクリームを載せただけの簡単スイーツ。
ほんとうに簡単、菓子の作れないわたしにぴったりだ。
デコレーションするだけ、そのままのかぼちゃが美味しい。



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今夜は砂糖と塩のお話。
それには訳(わけ)がある。
だから、花々のお写真は次の夜に。

訳とは
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by NOONE-sei | 2010-04-30 03:41 | 数のない夜(23)

数のない夜  泣きながら


昔々、水の入った大きなやかんを持って走る少女のコマーシャルがあったっけ。
陸上のスポーツ選手たちに運んでいるのだったか。
この地で重い物を持ったり持ち上げたりすることを「たんがく」という。
やかんを持つよりも、やかんをたんがくというほうが、言葉だけで重さが伝わる。

この地ももう、標準語化が進んで、微妙なニュアンスまでを含めた方言を知っている者は減ってきている。
知っているのに使わないのではなく、本当に知らないから使えなくなってきている。
文章なら行間に、会話なら言外(げんがい)に潜(ひそ)ますという、難しいことをしないでも、
方言が懐深く救ってくれるということがたくさんあったのだけれど。
そのあたりのことが書きたくて、学生の頃わたしは方言を卒論に選んだ。

わたしの卒論は王様に書いてもらった。
アイディアと言いたい事を王様に伝え、それを文章に置き換えてもらった。
小論文だとか論文だとかいうものを 自分で書いたことがない。
だから文章作法もいまだによく知らない。王様、さまさまである。

ところでコマーシャルの少女は泣きっ面だったような記憶がある。
鰐号の子育ての頃、自分の母業を「泣き泣き走る」と言ったことがあるのだが、
もっと以前にも同じように「泣き泣き走る」について考えたことがあった。
女性の生き方のあれこれについて。
泣き泣き走るひと、泣いて立ち止まるひと、泣かずに歩くひと、、、、。
興味があったのは女性よりも実は男性のあれこれで、
手をつなぎ一緒に歩くひと、叱咤激励するひと、やかんに水を持って来るひと、、、、。
女性にあれこれあるなら男性にもあれこれあり、その組み合わせは無数にある。

年末に、「王様の千と線」を閉じてしまおうかと思ったのは、恐くなったからだ。
発作的に、データも残さず削除した夜話もたくさんあり、文章百珍は虫食いになった。
偶然ある場所で「再生」という言葉を見つけなければ、まだ闇にいたと思う。
現実世界でも闇の魔に囚われていたわたしに、王様はクリスマスカードをくれ、新年にはお年玉をくれた。
お年玉は現物支給で、不承不承出かけたわたしに選べという。
なんでもよかったから、現品限りの展示品をつかんで「これでいい」と言ったんだが、
超破格値のそれは、よそでどうかは知らないがわたしには似合うものだったらしい。
ペンタックスX70という真っ黒のカメラで、「パタリロ」と名付けた。理由は特にない。そうひらめいたから。

結局一度も王様からの叱咤激励はなかった。
王様はやかんをたんがいて来てわたしに水をくれたんだろうか。
それとも、わたしをたんがいた? ・・それは重かったことだろう。
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by noone-sei | 2010-01-06 02:40 | 数のない夜(23)

数のない夜  再生


2009年の喪失。
2010年は再生への願い。
そうだった、喪失には再生という言葉があることを忘れていた。

夜話はところどころ虫食いにしてしまったけれど、
鍵をはずそう。


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by noone-sei | 2010-01-01 03:01 | 数のない夜(23)



すこしのあいだ鍵をかけます


自己復旧につとめております
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by noone-sei | 2009-12-20 20:02 | 数のない夜(23)