ときおりの休息  十一のおまけ  100万光年の彼方


ゆうべは、夜の森の美術館で遊んだのか遊ばれたのか。
こんなところで、こんなところが、わたしと遊んでくれた。

山の庭にはJ.A.シーザーの音楽が流れている。
つるっぱ頭で白いお化粧をした、裸の男たちは黒いはかまをはいていて、
美術館の、平たい岩が敷き詰められた広い庭を駆け回る。
ガラス張りの美術館にその影が躍る。
観ているこちらに近づくと、甘い芝居化粧の匂いがしていい気持ち。
はかまを手でたぐって走ると、白い足に白いおしり。
下穿き(ぱんつ)も着けていない。

ゆっくりとゆっくりと、手の中に点った丸い小さな明かりを掲げながら女が踊る。
そうした、広い広い庭の、照明を身に受けた動くオブジェを眺めていればよいかと思ったら、
時が来るまで開かないかばんを持った、外套に黒い帽子の男がわたしたちを組分けする。
「人生はいたずらなもの。」二度と出会えないかもしれないふたつの組。
受付を済ますときから観客は野外劇に巻き込まれており、
すでにわたしの手の中には何もなく、手の甲には黒いスタンプが印されている。

前もって準備させられた懐中電灯を手に、真っ暗な美術館に誘い込まれる。
オペラ歌手が、大きな宇野亜喜良の複製画の前で楽器に合わせて歌っている。
美術館はすべての照明を切って、消防のための非常灯も切って、
懐中電灯だけが蛍のように館内をゆらめく。
天井には柱時計を持った詰襟の少年人形が吊るされていて、時刻は永遠に十時五分だ。
蛍のようなわたしたちは、昼の展示物のひとつひとつを夜の懐中電灯で照らして観る。
内田善美が絵を描いた寺山の絵本、わたしも持っている山下清澄の銅版画「奴婢訓」、
使っていた原稿用紙、舞台の模型、寺山の遺品の数々が浮かび上がる。

奥へ奥へと誘い込まれながら、ときどき柱時計の詰襟の生き人形とすれちがう。
暗闇の奥に赤い明かりが見えると、そこには舞台があって、
昼間は寺山の遺品のようにひっそりしていただろう人のいない舞台が、
機能を取り戻し、照明も装置も小道具も、俳優という人と声を得て本来の姿に息づく。
ここで床に座り、室内劇を観るのかと思ったら、
今度は黒布で目隠しされて、宇宙の小部屋に連れてゆかれる。

なつかしい俳優、根本豊はすぐにわかった。
東北の訛りそのまま、機関銃のように寺山の遺した言葉を散りばめる。
夜の美術館にはあなたが展示されている。
ノーベル賞科学者に発見されたニュートリノだったか?
体の中を突き抜け、一秒間に千も億も細胞から地球の裏側まで吐き出されているのだとか。
それには質量があるとわかり、であれば地球の裏側から宇宙にまで突き抜けたそれは、
われわれのDNAも写し取って宇宙にばらまいているとは考えられないか?
であれば、星の彼方にはわれわれのもうひとつの実像がいて、
それと出会うために、探せ、「100万光年の彼方」劇。

再び目隠しで外の庭に連れてゆかれると、そこにはもうひとつの組のわれわれがいて、
目隠しを手渡し、目が見えなくなった彼らはもうひとつの実像になって小部屋に消えた。
わたしたちはガラスの美術館に戻り、ある者は化粧を施され、ある者は衣装を着けられ、
ある者はネギをかじらされ、ある者は美術館の闇にマッチを擦らされ、
ある者は包帯を顔に巻かれ、ある者はレミング帽をかぶり、蝶の標本箱と柱時計を持って
オペラを聴きながら生きたオブジェになってたたずむ。
懐中電灯の蛍がそれを照らし、寄って離れてゆらめく。

もうひとつのわれわれと、オブジェの魔法の解けたわれわれがふたたび夜の庭で出会う。
夜の森、闇の美術館をさ迷ったのは三時間半。
広い広い庭の劇的空間で迷子たちは自分に戻った、そういうことなのかな。

美術館の企画展、寺山のポスターに、蘭妖子のサインをもらった。
観客にまぎれていたのだけれどね。




                        * * *



追って:
こんな映像が 根本豊 氏のところで紹介されていたので ・・

TVニュース Ⅰ(上演前)
郡山美術館 企画展のTV・CM
TVニュース Ⅱ(上演後)
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by NOONE-sei | 2008-10-06 01:57 | ときおりの休息 壱(14)


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