数のない夜  祓え給え


 ・まだ旅の途中に居る。足踏みがもどかしい人は読まないほうがいい。


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嘘のような話だが、仏事つづきで参る。
天の川が曇っていた晩に母の姉が亡くなり、先日は少し年長の従姉妹が亡くなった。
身内筋は、通夜も葬儀もひと七日もみっか七日も四十九日も納骨式もあるので、
告別式でおしまいというわけにいかない。
すべてに出席するのでないにしろ、本家に伺いを立てつつ行動するものだから、
新宅のわが家は不祝儀のたびに頭を悩ます。加えて本家もわが家も今夏が新盆だ。

たしかに悲しい。
シワ コ が咬まれた傷にかさぶたができるようになって、
医者に行くときれいに治るよう、わざわざそれをがりがりと剥がす。
しかし人間のわたしのかさぶたは、不祝儀の度に剥がされたくはない。

今日の葬儀では、故人の御霊(みたま)を浄化する言葉を聴いた。
僧侶が言う。「時には千の風となり、時には鳥となって空高く、云々」・・わるいが陳腐だ。
わたしが世界一嫌いな歌は「四季の歌」だが、「千の風になって」というのは、
どちらを世界一にするか甲乙つけがたいほど、好きではない。

僧侶すべてが俗めいているとは言わないが、
これほど仏事に遭ってもまだ経験が足りないのか、立派な僧侶というものに出会ったことがない。
シワ コ を咬んだ犬の飼い主が、賽銭泥棒を咬んでも咬まれる方が悪いと言った僧侶だったせいで、
今は、なおさら僧侶の説法は勘弁だ。

学生の頃、たびたび巫女のアルバイトをしていた。
坊主の経は宗派によってちがうので何を言っているのかわからない。
けれど、神主の祓詞(はらいことば)には馴染みがあって、ところどころ憶えている。

  掛けまくも畏き(かけまくもかしこき)なんとか
  祓へ給ひ清め給へ(はらへたまひきよめたまへ)かんとか
  恐み恐みも白す(かしこみかしこみもまをす)

ほらね、そしていつも白いばさばさとした紙の束のようなもので祓っておしまい。
ばさばさも、なむなむも、アーメンも、どれにも心寄せようという気にはなれないが、
こうまで嬉しくないことが続いて、お祓いするか、という話がわが家で出ている。
だったら神社だ。だって、すくなくとも神社の空気って、綺麗な気がしないか?



シワ コ の傷は順調に良くなっており、
よく知っている犬たちに協力してもらって徐々に犬に慣らしてゆこうと思っています

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by NOONE-sei | 2008-08-05 03:02 | 数のない夜(23)


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