76夜 あっぱれ西太后


生活のかたわらには、ごはんを食べるのとおなじようにユーモアがある。

脚立にのぼりたがる、お騒がせな花咲か爺の父と、母、西太后。
父に、犬の通り道で足場の悪いところを整えたいと言ったら、「よし、溝をふさげばいいんだな。」
と運んで来たのは大きなコンパネ板。どさっとくぐり戸の前に敷いて「よし。これでいい。」
いいわけがない。明らかに美観を損なっている。
 「アタシはつまずいて困ってたのに、今度は雪でも降ったら滑るようになる!第一見た目が悪い!」
気づいた母が即座に家の中からダメ出し。・・・やっぱり。
 わたしもその機に乗じて「犬が転ぶし。」

「俺の好きなようにやらせろ!」と行ってしまうのを引き留め、これはあれはと提案してみる。
提案というと聞こえはいいが、つまり短腹(たんぱら)父子、ふたつの大声。
退院後の回復で、大声が出せるまでになったとはめでたい。
 蓋をちょいちょいっと作って、父は馴染みのパチンコ屋へふいっと出かけてしまった。

もともと、大工でなかったら料理人になりたかった父は食いごしらえを自分でやる。
父の食事からの体調管理の責を免れた母には、精神的な負担が無い。
 父が出かけた後に、溝を巧くふさいでいる蓋を見て、母は満足して言う。

「おとうさんとは、何か家のことで事を起こす前にはいつも大喧嘩って決まってる。
なんだってでかいことが好きで、やりたいようにやりたいから、こまごま聞きながらは嫌。
手をかけなくちゃあばら家になるって言っても嫌。
そのくせあんなのが急に。 
(突如、巨大なベランダが二階の屋根に出現して、皆ひっくりかえったことがある)

まあ、何かやってもらいたいとおもったら、一回は怒らせなきゃなんないことになってる。
大怒りさせてしまえば、あとはこっちの思ってるとおりになるから。

さっきの犬の散歩、見た?
犬に合わせようって考えはないね、やっぱり。」

不憫に思って父が犬を気分転換に連れ出してくれたのだが、
爺と犬どちらも耳が遠くて、この弥次さん喜多さんは車の通る気配に気づかない。
しかもわざわざ水の流れを見ながら側溝に沿って歩く。落っこちるのも時間の問題だろう。

夕方、犬を連れて散歩に出た母、みごとな脚側歩行。
ゴッドマザー西太后、犬にも人間(父)にも天晴れ(あっぱれ)でございます。
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by NOONE-sei | 2005-03-01 14:11 | 百夜話 父のお話(19)


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