71夜 まつり


メンタルな話なので引き寄せられる人は読まないほうがいい

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「オレの祭りは終わったのか?」
父が退院直後からずっと口にする言葉。
王様をベッドサイドに呼んで、葬式の段取りを伝え続けている。
「葬式はもう終わって、家に戻ったんだよ!」とわたしが幾度耳元で大きな声で言っても、
保険のことまで王様に伝える。

「オレの祭りはいつだ?」
「三月の誕生日が過ぎてからだ!」とわたしが幾度説得しても、
「それでは遅い。」と言う。

家に戻ったことをもっと無邪気に喜んで、安堵してくれるかと思ったのに、
なにかが視えているらしく、段取りが終わるまで迎えを待たせなきゃならないと言う。
「わかった。」と言えば早くどこかに行ってしまいそうだし、
「もう終えたのだから楽しく暮らそう。」と言えば聞き入れないし、
返答に困る。

入院中の夜には、幾度も亡くなった父の友人に出直してもらったり、
ぴかぴかに覚醒して仕事に精を出すのを遮(さえぎ)って親子喧嘩をしたり、
透明な正気に戻った夜には、互いに出会えたことに礼を述べ合ったり、
濃密な時間を過ごした。

歳が行っているにも関わらず、この急速な容態の変化と日ごとに失う機能には
ちょびひげの医者にも追いつくことができなかったので、
最新医療で向かうべく、途中から主治医交代し、若い医者は大学病院から指示を仰ぎながら、
父が痛みで暴れる日も錯乱する日も人格のスイッチが綺麗に入っている日も、
くる日もくる日もよくがんばってくれた。

なんとなく不安だということを この地の方言で『おもかげおそろし』という。
ものがなしいとか、ものさびしいとか、そんな、『なんとなく』を『おもかげ』と表わす。
おもかげがおそろしかった母も、父に食べさせようと北寄貝なんか買ってきて、
さて夕げの支度にかかるとき、貝を開いて調理してくれる人はベッドに寝ているのだ、
と気づいて笑ったりする。

猫は、わたしが見よう見まねで開いた貝を狙ったり、
父の世話をしていると、ざーりざーりという音が聞こえて、
見るとその猫が父の栄養入り飲み物を舐めていてあわてたり、
訪問看護士さんに指導を受けている横に耳を傾けるようにちょこんと坐っていたり、
可笑しいことがたくさんある。

主治医も病棟の看護士さんたちも、毎日、訪問看護士さんから報告を受けていて、
いつでも戻ってきなさい、と待っていてくれる。
周囲にも、点滴や治療のために病院に戻るよう言う人もいる。
でも、わるいが戻らない。
昔なら、こうして家で看取るのが当たり前だったのだもの。
今は在宅ホスピスというのだそうで、二十四時間体制で訪問看護士さんが支えてくれる。

点滴の水分が体に負担をかけ、かえって苦しいということを知った。
痰の吸出しも吸入も着替えも清拭(せいしき)も、
座薬や貼り薬での疼痛管理も、向精神薬や胃腸薬の管理も、
ぜんぶ入院中に教わった。
でも今、わたしにできることがなにもない。
父はもう峠を迎えている。

今日、父は目が見えなくなり耳の機能だけが残った。
毎日親戚を呼び、演歌の音楽を流し、みんなでお茶を飲み、ご飯を食べ、
ベッドサイドでわーわーと賑やかに過ごす日々。
病室ではできなかったお祭りを 家でやっている。

父の言うのは祀(まつ)り、でもわたしがやるのは祭り。
明日は主治医が家に来てくれるそうだから、父がきっと喜ぶ。



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父の入院中、わが家でいちばん偉かったのはシワ コ 。
父の付き添いで家人が家を留守にするから、
こうして毎夜、アク コ を腹に抱いて寝てくれた。
 
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by NOONE-sei | 2008-02-04 16:49


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