写真保管庫より 壱


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ヤギの類は高いところが好き。
絵本などに崖の上にいるヤギが登場するのを見たことはないか?

わたしが小さい頃に育った家は山あいで、温泉町にある本家の、そこは以前蚕(かいこ)小屋だった。
周囲は野菜や果樹の畑で、高原野菜を作り、山の斜面は日当たりがよく桃が採れ、
夏は小屋の庭にゴザを敷いて桃の収穫をした。
畑の隅には大きな岩があって、そこには羊が一頭いた。
いつも岩の上に立っており、本家のばっぱちゃんが朝餌をやり、乳を搾り持ち帰るのが日課だった。
本家ではウサギを飼ってその肉を冬の蛋白源にし、子どもたちに羊の乳を飲ませた。

今年のお彼岸に本家に墓参したときに、父が名残りの大きな岩を見つけた。
ところが、ばっぱちゃんが亡くなって何十年も経つので、その岩に立っていたのが
ヤギだったか羊だったか、皆、記憶が曖昧になっていた。
従姉妹たちはヤギだったといい、父は綿羊だったという。
よくよく思い出してみると、
父が大工仕事から帰り、物置にばっぱちゃんが朝置いて行った餌を毎夕与えたのは羊だった。

ある夕暮れ、父が帰ると庭にゴザが敷いてあり、その上は血まみれだった。
ぎょっとすると、近所のおやじさんたちが三人がかりで羊を解体していた。
羊は腰が抜ける病気で立てなくなったので、ばっぱちゃんが譲ったということだった。
「庭先を貸してもらったかんナイ、どうもナイ。肉、置いてくから食ってくらんしょナイ。」
そう言われても、父はその肉をどうしても受け取る気持ちになれなかった。

皆が記憶を辿った本家での彼岸話に、羊の名が出なかった。
名前がなくてよかった。家畜に名など付いていたら情が湧く。
使役の動物には名を与えても、いずれ食されるさだめの動物に名を与えてはいけない。

羊がいたのは、わたしが生まれる前のお話。
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by NOONE-sei | 2007-11-24 11:06 | Comments(6)
Commented by ろここ at 2007-11-24 23:29 x
こんばんは。
>ヤギの類は高いところが好き
↑そうなんですかぁ。知りませんでした。
幼い頃実家にもヤギがいましたが、あまり自由な環境ではなかったので
高いところが好きかどうかを察することが出来ませんでした。

朝起きたら母に「ヤギさんに、『これしこちょうだい(この量を下さい)』って
チチもろておいで」と言ってマグカップを手渡されて、祖母にヤギのチチを搾って
もらって飲んでいました。
ヤギの血は見ませんでしたが、当時実家が養鶏所をしていた関係で
時々曾祖母が川で鶏をさばいていたのによく張り付いて見ていました。
「これはろここちゃんの好きなキモよ~」とかひとつひとつ説明しながらさばいてくれたのが嬉しかったです。
やはり名前はつけていませんでした。
Commented by ひす at 2007-11-25 11:41 x
以前山に分け入ったとき、ばったり鹿と出会って、
驚いたシカたちはいっせいにすごい衣急坂(いや、崖?)を駆け上っていきました。
ああいう能力ってすごい!
そういや、六甲牧場のヤギさんもいつも小高いところを(時には小屋の上)占領しては、
すごく自慢げにめぇめぇ鳴いてます。
綿羊はたいてい足元で群れているのに。

>名まえ
名づけると、一気にその対象との距離が近くなった気がしてしまい、
感情移入しちゃいますよね。
お父様も、頭でわかっても心ではどうしようもなかったのでしょうね。
それが普通の反応ですよ。
でも、そういうのも慣れるのでしょうか?



Commented by NOONE-sei at 2007-11-25 11:44
ろここさん、
コメントすんごく嬉しいです。このお話にコメントする人はいないだろうなぁ、
と思いながらupしていたので嬉しい驚きでした。

ろここさんは、アルプスの少女ろここだったのね?
わたしは10歳まで山の家で過ごし、今の家に越したので
実際の経験はそう多くなく、ろここさんの実体験と、なによりその捉え方が
とっても素敵に思えます。
特に、ひいおばあちゃんのかたわらでその手を見ながら話に耳を傾ける
ちいさなろここさんの情景が、まるで目に浮かぶようで、
「嬉しかった」と感じるそのはぁとがとっても好ましい。
自然界と一緒に暮らすと、町育ちの人とはまたちょとちがう、なんというか、
受け入れ方とか折り合いのつけ方とかが生まれますよね。
それは、宝物なのではないかなぁ。
Commented by NOONE-sei at 2007-11-25 12:31
ひすさん、
お話にいつも付き合ってくれてありがたう♪

山で鹿の一群と出合ったの!?それはすごいなぁ。
ここいらだったら、カモシカかなぁ。
十月に、山で道路に何頭ものサルを見ました。
人家がすぐそばだったのに。・・のに、というか、だから、、、かな。

自然界と隣り合わせや共存して生きる環境では、人間とそれ以外のものを
さりげなく、けれどもはっきりと区別しますね。
名前にもそれが表われているんだと思います。
自己と他者を区別することや、周囲に起きたことと我が身に起きたことを混同しないこと、
厳しいけれどそれが知恵なのだろうなぁ。
同じく、そういうことは、現在のわたしの大きな課題でもあります。
Commented by inukuro3 at 2007-11-26 17:13
母方の実家でも、山羊を飼っていました。
わたしが物心つくころには、もう居ませんでしたが、
5つ違いの兄は、よく覚えているようです。
周囲に登れるようなものがなかったのは、残念です。

ヤギというと、絵本「3匹のやぎのがらがらどん」を思い出します。
山羊の仲間はビックリするような岩場に住むものも多いので、
急斜面や一本橋のようなところも、上手に歩けるようです。

母の実家では、トリも飼っていて、どこの家でもそうであったように
卵を生まなくなったり、何か祝い事(例えば正月)があるとシメて
いただいていたそうです。
「いただきます」という言葉は、『命をいただく』という意味であるということを
忘れてはならないのですが、わたしも含めて、今のように
肉というと切り身になっているものしか見たことがないと、
ついついそのことを忘れてしまいがちです。
羊ともなると、大きさも相成って、インパクトも大きいですよね。。。
ましてや、本来(少なくともお父様は)食肉用として飼っていたのでないのですから。
Commented by NOONE-sei at 2007-11-26 18:40
micaさん、
「3匹のやぎのがらがらどん」はとても不気味な絵ですよね。
子どもたちは、ミッフィーのような鮮やかではっきりした輪郭のものを
好むかと思うと、そればかりではないようです。
こうした、なんというか影というか裏側というか、つまりダークな側面も
とても好きなようです。

あまり教条的になるとなんにも食べられなくなるので、
ほどほどのいいかげんさも、食にはきっと必要なのでしょうね~~
それにしてもうちの羊じゃなかったから(本家の羊)仕方ないけど
ひっくりかえるような出来事ではあったろーなー・・・


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