59夜 文章の記憶


「銀の匙」(中勘助)を教えてくれたのは、中学の時の教育実習生だった。
中学の教諭はみな老練で、今思えばさほど年寄りでもなかったはずなのだが、
まだ小学生のしっぽをつけているわたしの幼い目には、
自信に満ちた立派な大人たちが、立派すぎて近寄り難(がた)かった。
実習生はまだ大学生のおにいさんおねえさんで、
ともに六週間の日々を過ごすと親しみがつのり、別れ難かった。

その実習生は、実習を終えると、勉強のできないわたしの家庭教師になった。
彼女は農家の納屋の二階に住んでいて、納屋の木の階段を上り、
隠し扉のような天井の一部分を押し上げると広い一部屋に台所があった。
そこでわたしは天気図を書く楽しさを教わり、歌を教わり、食の愉しみを教わり、
ときには思想めいた話を聴いた。

あるとき、初めて書いたちいさなお話を読んでもらったときに、
「セイちゃんのこのお話は、中原中也の詩のようだね。」と言われた。
勉強どころか物知らずのわたしは、中原中也を知らなかった。
そして、知ったことを深くなお知るという喜びも知らなかった。
そんな、教える手ごたえも張り合いもないわたしに、
綺麗な日本語だからと、彼女は「銀の匙」を教えてくれた。

目の粗い、笊(ざる)のようなわたしの感応の受け皿に、
一つ残っているのはさらさらと陽の射した、宝石のような小石。




                  一つのメルヘン
                                 中原中也

       秋の夜は、はるかの彼方に、
       小石ばかりの、河原があつて、
       それに陽は、さらさらと
       さらさらと射してゐるのでありました。

       陽といつても、まるで硅石か何かのやうで、
       非常な個体の粉末のやうで、
       さればこそ、さらさらと
       かすかな音を立ててもゐるのでした。

       さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
       淡い、それでゐてくつきりとした
       影を落としてゐるのでした。
  
       やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
       今迄流れてもゐなかつた川床に、水は
       さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました・・・







中勘助そのほか

中勘助が、小説を書く前に詩人だったことについてはよく知らない。
「銀の匙」以外のものに、「銀の匙」ほどのきらきらとした映像がまだ浮かばないんだ。



                   駄菓子                            
                                  中 勘助

       路は遠いけれど 遠いほどよかつた
       松のかをる路を 二人で駄菓子を買ひにいつた
       いくら話してもきりのない ひとつところへもどる話
       すべてが胸の香炉に入って いみじき陶酔の香煙となる
       鬼が島の宝物みたいに ふろしきに包む駄菓子
       豆ねじ おたさん
       きんか糖 うづまき
       汗にぬれて帰り 顔を洗つていれる番茶
       三十数年前の 
       楽しかつたその日

       
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by NOONE-sei | 2007-10-29 02:37 | 趣味の書庫話(→タグへ)


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