52夜 紅い花


「セイ、そういうときには、『耳がいたいです、せつないです』っていうんだよ。」
あるとき、うまく言葉が出て来ずに言いよどんでしまったわたしに、女友達が助け舟を出してくれた。
彼女は手で耳を塞ぐ真似をしてみせた。
小柄な彼女はおしゃれさんなので、後にその台詞がガロに掲載された「紅い花」(つげ義春)に
登場する女の子のものだったと知って、なんだか似つかわしくない気がした。
男漫画、女漫画と分けるとしたら、つげを読む女性は少ない。

「紅い花」は、まだ大人になりきっていない男の子と女の子の挿話で、不器用で恋と呼ぶには幼い、
格好をつけるにもまださまにならない、読む者が大人になっていたならいた分だけ切なさが増すような、
そんな物語だったと思う。
わたしが初めて読んだのは大人になりきる前のことだったから、情感を胸に入れるには至らなかった。
ただ最後に、男の子が女の子をおぶって山を下りる野辺に一面、紅い花が咲く情景だけを憶えている。

父の検査入院が決まり、母西太后の精神は不安定になっている。
悪いほうに物事を捉えて疑心暗鬼になってゆくのを
わたしは「大丈夫だから」という決まり文句で支えるしかない。
それは今までもそうで、これからも変わることはないのだが、骨が折れることにはちがいない。
紅い花は少女から大人になる女だけでなく、猜疑の沼のほとりを歩く老女の足元にも咲く。

鰐号の何様ぶりが増すと、父が入院して歯止めをかけるのが不思議な符号になって久しい。
ちかごろの鰐号は、急に世界が開けて大人になった気分と現実の未熟な精神とで均衡が崩れている。
相手を思うより、自分の精神の安全を一義とする西太后と鰐号、
慎重なのではなく臆病で脆弱(ぜいじゃく)なところがなぜかよく似ている。
仏の顔も三度までというが、仏様より人間が出来ているから四度目に怒ると自分をうそぶく王様が、
今朝、鰐号がわたしを言葉で四度傷つけたのを見てわたしをかばった。
王様が出勤してもなお、悔しくてわたしをなじる鰐号に抗う言葉がなくて、わたしも悔しくて鰐号を蹴った。
手で耳を塞げばよかった。
成人にはまだ遠い獣の道にも、紅い花が咲く。

近くの田んぼの用水路沿いに、何百メートルも彼岸花が咲いている。
わたしの野辺に咲くのは赤い花?それとも紅い花?



用水路の両脇に続く彼岸花
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                            * *
赤いものをいろいろ
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彼岸花

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赤まんま

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水引き

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唐辛子

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赤いものばかりじゃ目が疲れるから緑を
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畑で育っている葉もの。左上から時計回りにルッコラ・小松菜(だと思うんだけど)・香菜(シャンツァイでもパクチーでもコリアンダーでもいいんだけど)・三つ葉。

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白くなる予定のものを
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上はこれから大きくなって白菜になる予定。下は大根になる予定。
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by NOONE-sei | 2007-10-05 23:52 | 趣味の書庫話(→タグへ)


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