67夜 年齢詐称


小粒のこと。                

小粒とは、一緒に円卓を囲む仲だ。
勉強を教えていると言いたいが、そう威張ってはいられない。
わたしがもし遅れたら、おやつを奢らされることになっている。
だから、小粒は時間にうるさい。1分の遅刻を心待ちにしている。

あるとき、小粒に歳をきかれた。
いつもしてやられてばかりだ。嘘をついてやれ。

「あのさー、年、いくつ?おれんちのかーちゃん、32だぜ。それより上だろー?」
「あーー、ずっとずーーっと上ですねー、だって70歳だもの。」

「え~?なんかへんだぞ、それ。だって車に年寄りマーク、付いてねぇべ。」
「え?車に、なに?」

「聞こえねーのっ?涙マークだよっ!な・み・だ・マークっ!」
「それ、なに?」

「だからっ!70からは車にシール、貼るんだぞ、それ貼ってねぇべ、だから70じゃねーんだ。」
「ほほう、そういうものなのかぁ。あれは70からなのかぁ。わかった。・・・69歳。」

「なんだ、かーちゃんよりずいぶん年とってんなー、ふーん。」
「もう耳も目も弱いんだから、よろしく頼むよ。」

「おう。しょーがねぇべ。」

高齢ドライバーの紅葉(小粒は涙だと思っている)マークが車に貼ってないから嘘だと気づく小粒は頭が回る。
しかし小学三年生には、まだ人の年齢を察するのは難しいらしい。

小学生低学年の特徴は、世界は自分を中心に回っているということ。
 かけっこがあったとする。
  「あのね、ぼくね、一番だったよ。
  △△ちゃんが前にいるの。走ってたよ。それでねそれでね、・・・ぼく一番だよ。」
前を誰かが走っていて一番であるはずはないのだが、自分は確固とした一番であり矛盾がない。
全世界の王、そしてひとたび傷つこうものならこの世の終わりほどの悲しみ。
男児には特に顕著なこの振れ幅の大きさが、低学年だ。
 三年生でも小柄な小粒も例外ではない。
小粒の話は誰になにで勝ったかそれ一色、そして一番以外の自分を決して認めない。
かっこ悪い自分を見たくない。

白か黒か、即座に答えが出ないものを小粒は嫌う。
ゲーム感覚での一問一答を好み、思考の伴う書くという行為を避ける。
プロセスをすっとばして結論のみを手に入れたがるのをふみとどまらせ、
毎回、あの手この手でその気にさせるのには、こちらもなかなか創意工夫の連続だ。
上手く乗せられないと授業はガタガタになる。ほかの子にも影響が出る。
依怙地になる、屁理屈で応酬、赤ん坊が眠くてぐずるのとおんなじだったりする。

小粒は母が大好き。この世でいちばん好き。
はなまるをあげたものを持たせても、忙しくて見てくれない母だけれど。
 小粒はいい絵を描く。本人には言わないが、幼くてほれぼれするくらいへたくそ。そこがとてもいい。
描いてというと、下手だからいやだ、当然そう答える。わたしが上手下手で評価しないことを知っていても。                       
                                 (~「4夜 世界一」「47夜 やきもち焼き」より~)
その小粒が、もうすぐ小学校を卒業する。
わたしの、ちいさいさんのクラスを終え、中学生の本格的な勉強が始まる。
このごろ、小粒はわたしにありったけの反抗をぶつけることがなくなってきた。
落ち着き始めた子供の開花は、速い。
声が少し低くなってきている。声変わりが始まったのだ。

急がなくていいよ、小粒。
わたしは君が三年生のときからずっと69歳だからね。
[PR]
by NOONE-sei | 2005-02-16 00:09 | 百夜話 本日の塾(9)


<< 68夜 春遠からじ 66夜 声のありか >>