99夜 お迎えが来る


お迎えにまつわるお話をいくつか。
お迎えが来るには、迎えられる者、送る者、めいめいに段取りが要る。
優しかった姑が気難しくなったとこぼすひとに、百歳近くの姑を見送ったひとが言う。
 「そりゃお姑さまも忙しいべナイ。
  お迎えが来る前に、いっぱい困らせて思い出作ってるんだべ。
  あとで思い出してもらわなきゃなんねから、お姑さまもハァ大変だ。」


歌にひっくり返ったという話がある。
家を普請(ふしん)する孫が、じいちゃんにも祝ってもらいたいと祖父を建前に呼んだ。
骨組みだけの家の二階に呆けた祖父を上げ、祝の宴が始まったら、
祖父は突然歌い出したのだ、『さんさ時雨』を。
そしてもう一曲、花嫁御寮のために謡う『長持ち歌』を。
建前の目出度さに、きっと、とっておきの祝い歌を歌わねばならなかったんだろう。

東北には伊達政宗仙台藩からの民謡『さんさ時雨』という祝い歌があって、
祝宴には、場を祝って年寄りが必ず歌う。
わたしは学生の頃に、小唄の『さんさ時雨』を教わった。
民謡ではなく筝曲『六段の調べ』を元にした曲だった。
のちに初めて結婚式によばれて聴いた正調『さんさ時雨』は、
小唄とは全くちがう、謡いの趣きで驚いた。
 

自分のために『さんさ時雨』を歌ったという話がある。
親を引き取っていた長男が、終末の看護をするようにと末の妹を呼んだ。
孫子(まごこ)ほどの年の差の、老いた親をひと月つきっきりで看護したら、
妹が少し病床を離れようものなら、幼子のように後追いをするようになる。
「母ちゃん、ちっと神様に抱っこしてもらっててナイ。」
そう言うと親は落ち着いて待つことができ、
妹が戻ると大きな声で歌を歌うのだ、『さんさ時雨』を。

母親を見送ったあとに、妹は言った。
 「母ちゃんは信仰を持ってたから、ああやって歌って、
  神様のお嫁さんになったんだよ。」

・・お迎えに来るのは仏ばかりとは限らない。


                   *さんさ時雨*

                 さんさ時雨か萱野(かやや)の雨か
                 音もせで来て濡れかかる

                 この家(や)座敷は目出度い座敷
                 鶴と亀とが舞い遊ぶ

                 雉子(きじ)の雌鳥(めんどり)小松の下で
                 夫(つま)を呼ぶ声千代千代と

                 ハァ目出度い目出度い
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by NOONE-sei | 2007-02-09 01:17


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