64夜 名付け親


東京には鈴本や末広という演芸場があって、落語を聴くことができる。
わたしは劇場でしか落語を知らないので、畳で座布団を敷いて噺を聴いたことがない。
昔は上野にも本牧亭というのがあって、そこで唄ったことはある。
通学路に小唄のお師匠さんがいて、縁あって一年ほど手習いしたことがあり、
師匠は『ゆかたざらい』という、いろんな流派の一門が集う夏の会に、
三味線の上手い姉弟子を唄の伴奏につけてくれて、おまけかしっぽのように出演させてくれた。
水商売なら銀座の人だとか、昼の勤めなら医者とその恋人だとかの、きょろきょろするような
おとなの世界に似つかわしくないお子様のわたしは、何故か恋の唄をうたった。

師匠は、わたしの場が華やぐよう、緊張しないでやれるよう、
楽屋で一杯やりながら重箱を前に談笑する先代の金原亭馬生師匠に頼んで、
わたしの出番にお弟子さんたちが声を掛けてくれるよう、はからってくれた。
だから、高座に上がるみたいに舞台に座ったら、「セイっちゃん!たっぷり!」と若い噺家さん達から
声が掛かったものだから、なおなお緊張してしまって、わたしは色っぽくない唄をうたった。
噺家の若い衆は、芸を磨くために小唄の稽古もすることを初めて知った。

近頃、落語の世界では、柳家小さんとか林家正蔵とか大きな名前の襲名があったと思ったら、
林家木久蔵が、あたらしい名前を一般公募するんだという。
師弟関係やら名跡やら、むずかしい序列があって、すこし調べただけでも込み入っている。
木久蔵の師匠は先代の正蔵で、正蔵は晩年『彦六』を名乗った。
真打ちになる時の襲名とはちがって、隠居のような軽(かろ)みのある名はいい。
彦六の由来は、徳川夢声の映画「彦六 おおいに笑う」からきたという。

木久ちゃんと呼びたいような、落語の世界で与太郎ぶりを飄々と見せる林家木久蔵には、
彦六の名がとても似合うと思うのだが、正蔵の名を掲げる亡き林家三平の一門から、
正蔵ゆかりの彦六の名を外に出すわけにもいかないんだろう。
どんな名がいいだろう。公募なんて、かつてない方法だ。

昔の映画なら、「春雨じゃ濡れて参ろう」の月形半平太で半平太、、、長い。
彦六の一字を入れて、与太彦、、、うーん安直。
彦六の初めの名は『福よし』だから、福々、、、ますます安直か。
後に正蔵となる前に『蝶花楼馬楽』を襲名しているから、蝶よ花よで蝶々、、、どこかで聞いた名。
名づけることを特別なことだと思っているわたしにとって、木久ちゃんの名を考えるのは
楽しくてしかも真剣だ。名付け親の気分。

そういえば彦六って、正蔵の頃にこんな映画に出ていた。「妖怪百物語」 (1968)
木久ちゃんって、そもそもが妖怪のような噺家だから、林家妖怪ぬらりひょんというのも
よく似合うと思うのだけれど。  ・・だめだろうなぁ。

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え~ まいどばかばかしいお笑いを一席、、、
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by NOONE-sei | 2006-10-21 02:16


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