61夜 大男が生まれた町


書物の中には宇宙がある、とまでは言わないが、
書物の愉しみは、それを読むだけに留まらない。

本屋や図書館で、目立たぬ棚にありながら
その前を通りかかるとチカチカと光り出す背表紙の文字。
そうして手に捕ってしまう本がまれにあって、王様はそれを「当たり」という。
傍(かたわ)らにあれば嬉しくて、それだけでいい。
当たりくじのように引いた本は、もっぱら王様が読む。

小さい頃に本屋で瞬(またた)いて、わたしの元にやってきた本は、「ガルガンチュア物語」。
ガリバー旅行記をまだ知らないうちに読んだものだから、
わたしにとって、大男のおはなしといえばこの本のこと。
ちいさなわたしは、この物語を旅しながら異国を思い描いた。
それは今思えば中世のヨーロッパのことだったんだろう。

欧国を吟遊して歩く歌詠みがいたならば、
村の祭りの娘らにどんな浪漫の歌を聴かせただろうか。
楽器ひとつで旅して歌った歌の数々は、いつしか歌い継がれて姿を変えて、
寓話になって残っただろうか。

子供たちを 煙突のある小さな木の家に招き入れ、
寓話を語り聞かせる村の年寄りのそばで、蝋燭の灯は瞬いただろうか。
あくびをしながら親に手を引かれ、家路につく子供らの目には、
夜の星がチカチカと瞬いただろうか。

町々に村々に、ペストが流行った具現化だともいうハーメルンの笛吹き男。
ネズミ退治をしたのに謝礼の約束を違(たが)えた村の大人たち。
子供たちがその笛の音(ね)について行ったというけれど、
子ネズミのような子供たちはどんな踊りを踊りながら、村をあとにしただろうか。

書物の愉しみは、目で愛でることでもある。
そもそも書物とは、いつ、どこから来たのだろう。

骸骨だか髑髏だか、死神を思わせる者が通りを歩く生者に忍び寄る挿絵。
「~の摩訶不思議な物語」などと、ときめくような名の付く奇譚集。
聖書を解りやすく絵にした書物。
礼拝に合わせて選べるよう詩篇と楽譜を組み合わせた書物。
様式的で美しい字体。

おとなになってから、昔の書物が紹介されている印刷物を見ると、
書かれている内容よりも、意匠を凝らした挿絵や文字に目が行って、
それらはどうやって作られたんだろう、と、そのことのほうが気になった。

紙なのに、まるで手触りを確かめたくなるような絵や飾り文字や俯瞰図などなど、
それらを作り出した、印刷工房について書かれた本に、ある日、出会った。
リヨンの職人たちは、銅板と木版をひとつの書物の中で使い分ける技術も持っていた。
こんなふうにして職人の手を経て書物の中で結晶になったんだと、
人の手から作られた木版や活字、そのひとつひとつの美しさを思った。
活版印刷だとか凸版だとか、印刷技術の詳しいことを知らなくとも。

十五世紀からわずか百数十年で姿を消したフランスの一大印刷都市、リヨン。
わたしの、大男の物語「ガルガンチュア」は、ここから出版されたのだった。

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ハンス・ホルバイン『死の舞踏』

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フランス独自の字体として作られたシヴィリテ体。

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フランソワ・ラブレー『パンタ・グリュエル』 ボーダーとは両側の柱のことで、これは他の書物にも使いまわしされている。

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フランソワ・ラブレー『ガルガンチュア』

参考 印刷解体Vol.3 LAST  リンク切れ 
参考 日月堂

活字のばら売りから、わたしも活字をふたつ「セ」と「イ」を拾い出したい。東京には行けないけど。
     



後日談 
思いがけず、友人がわたしのかわりに拾って送ってくれた活字。 
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東京池袋パルコ ロゴスギャラリーにて。ロゴスって、対話という意味だったか?
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by NOONE-sei | 2006-10-08 02:25 | 趣味の書庫話(→タグへ)


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