57夜 食の愉しみ


つまり食い意地が張っているのだ。
胃が痛くても目は食いたい。ほんのすこしでもいいのだ。
食べられないときはある。
風邪で鼻がつまって、嗅覚がやられたとき。・・味覚がなくなるから。
食事は、かなりの割合を視覚から得ているというけれど、
のこりの割合の味覚や嗅覚も、やられて初めて、機能しているとわかる。
口からものを食することは生の根幹だ。

この家に同居することになったとき、初めは食いごしらえを母西太后と一緒にやった。
台所を厨(くりや)というが、厨の竃(かまど)に女ふたりは要らないという言葉があって、
昔の言葉には真実があるものだと思う。
台所に立つ動線がどうだとかリズムがどうだとかではない。
献立を自分で立てられないことがつらかった。
わが家は料理嫌いだがあれこれと好みのある母と、鯉のアライを作れる板前のような父だから、
食べ物にうるさかった。
料理は趣味だ。そう思っていたし今でもそう思うけれど、料理の楽しみの割合の中には、
できなくて初めて、献立を立てる愉しみが含まれているとわかる。

料理は家事と一線を画す。
わたしにとって料理は趣味だけれど、だからといって腕の良し悪しとは関係ない。
好き、ただそれだけだ。

生活の時間帯が違いすぎるので、ほどなくわが家には厨も竃もふたつになり、
今では食に保守的なわに丸には内緒で、ベトナムの魚醤や中国の黒酢やタイの調味料を
料理にひそませている。
・・だから同じ料理を所望されても二度とは作れない。


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写真を撮られるときに何と言う?「チーズ」?「ウヰスキー」? これは「キムチ」。
・・最近、駄洒落が不調だ、、、。

追って・・・
色っぽくという助言をいただいたので、あらためて。「撮りますよ。」はい「きぃ ・ むぅ ・ ちぃぃー」っと。

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by NOONE-sei | 2006-09-23 18:25


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