55夜 天空×字拳

 
飛行場から自宅に、専用の道路があるのだとか聞く鳥山明も、
老人の皮をかぶった子供、または子供の皮をかぶった老人にこだわる大友克洋も、
どこか湿度の低い漫画だと思っていたら、
アメリカの漫画の影響を受けた作家なのだと聞いたのはずっと後になってから。

「バットマン」も「スパイダーマン」も、先日観た「スーパーマン」も「X-メン」も、
映画の本家は漫画。そしてアメリカの漫画はひとつの作品を複数の作家が交代で描く。
だから古くは物語に重点を置いた、胸のすく冒険活劇だったものが形を変えていったりする。
あやふやな情感でお茶を濁さない湿度の低さだったり、ゆで卵(ハードボイルド)だったり、
単純に分けられない正義と悪の混在が描かれたり、ヒーローに人間的な葛藤も影もあったり。
かといって作品には甘さがない、漫画の新しい分類グラフィック・ノベルズには、
日本の劇画の影響もあるのだとか。
劇画は大人の読み物という感じがするのだが、アメリカでも漫画は大人のものになった?
口を半開きにした顔が良く似合うジョニー・デップが切り裂きジャックを追う、
「フロム・ヘル」は気に入っている映画だが、これも本家は漫画なのだと知って驚いた。

X-メンのリーダー「教授」が授業で物理の事例を挙げて、生徒に考えさせるシーンがあった。
植物状態の患者の脳にミュータントが意識を飛ばすことは可能か。倫理はどうか。だったか。
常識的な回答をした生徒に『アインシュタインはミュータントじゃなかった、おそらくね。』
法則にとらわれない視点を求めた時にちょうど事件が起こり、解答は後回しになったけれど。
映画を見終えた時、その謎が解けないわたしは、アメコミに精通している男性客同士の会話に
耳が聴診器になってしまった。

ヒーローってなんだろう。
光の戦士的な、正義を体現するヒーローは子供のお手本に格好の材料だ。
子供はヒーローものに自分を投影する。
男の子はヒーローのその強さをかっこいいと感じ、女の子は魔法とファッションに惹かれる。
敵(かたき)役を仰せつかった時には、子供より強くてはいけない。
泣くほど悔しがられるから。
わに丸に妖怪役をやらされて、わたしのほうが強くて何度泣かれたことか。
女の子も小首をかしげてなりきっている時には、決して笑ったりけなしてはいけない。
傷ついて、ずっと忘れてくれないから。
なりきりファッションって、とっても可笑しいのだけれど。

ずっと昔から不思議に思っていたことがある。
ヒーローを持たない子のこと。
誰もが幼い頃には、自分を何かに見立てたり、何かになったりしたと思う。
自分と何かが切り離されて、すこしだけ挫折や失望を経験して、
そうして少年期に別れを告げるのだけれど、
中には、遠いあこがれに形を変えずに、自分に酔ったまま大きくなる子供もいる。
そういう子の胸にはヒーローはいない。
初めからいなかったのか、ヒーローを取り込んで消してしまったのかわからない。
そういう子は、成人した大人の皮をかぶっていたり、
可愛らしい子供の皮をかぶっていたりするものだから、
ひと目ではそれとわからない。
・・ヒロイズムとナルシズムは、どちらが健全だろう。

ところで天空×字拳(てんくうぺけじけん)は、X-メンの技じゃない。

ドラゴンボール
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by NOONE-sei | 2006-09-19 01:48


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