本日の産声 四


どうして老いるかなぁ。
流動食を与え、手を尽くしても猫は猫で、つまり獣だ。
ブチ コ は割れて無くなった爪で穴を掘って、また出て行った。
今度は帰るんだろうか。

父は木材やら針金ネットやらで作った網戸で裏庭を仕切って、外で過ごせる環境を整え、
とぼとぼ歩く猫の後ろを母はゆっくりついて歩き、疲れてへたりこめば道草と呼び、
わたしは宵っ張りだから、夜中に屋根から下りられなくなって鳴く猫を下ろし、
そんなふうに、家族は、きちんと感情に半分だけ蓋をして、今日まで
老いた猫の仕草にちいさなユーモアをみつけてはいつもどおりに笑って過ごした。
いなくなれば気を揉むが、行ったら行った、帰ったら帰っただと父母は言う。

生き死にに淡白なんじゃなくて淡々とする。田舎では、生き物と関わる機会は多い。
大きいものも小さいものも、ふいと現われふいと消えるから、
濃密でなく一線を置いた、拒まず追わない習性を身に付けるようになる。
大抵の場合、別れは突然やってくるから、悲しさを制御するには技術が要る。

ブチ コ は、片目をどこで傷つけたのか、まるで番町皿屋敷。じゃなくて四谷だ。
おまけに青っぱなを垂らしていた。
もともと器量がいいほうではなかったが、すっかりブスになった。
洟(はな)を拭いてやればよかった。


                       *椰子の実*
                                       詞 島崎藤村
                                       曲 大中寅二

             名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実ひとつ

             ふるさとの岸を離れて 汝(なれ)はそも波に幾月

             旧(もと)の木は生(お)いや茂れる 枝はなお影をやなせる

             われもまた渚を枕 ひとり身の浮き寝の旅ぞ

             実をとりて胸にあつれば あらたなり流離の憂い

             海の日の沈むを見れば 激(たぎ)り落つ異郷の涙

             思いやる八重の汐々 いずれの日にか国に帰らん



実は実でも異郷の実ではなく、この地の林檎と桃の実
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・歌詞の漢字・改行箇所は、わたしの目に映る詩に替えています
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by NOONE-sei | 2006-08-12 02:18 | 本日の産声(8)


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